2番目の1番【完】

綾崎オトイ

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叱責と後悔と決意(エルネスト視点)

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「エルネスト、話って何かしら。貴方からの頼み事なんで珍しいわね」

 微笑みながら首を傾げるのは俺のお仕えするこの国の王女殿下である、マリーアンジュ様だ。気品があり気高く美しく高貴、そのどの言葉を並べても言い表せない素晴らしいお方だ。俺はこの方をお護りすることを心底誇らしく幸せなことだと思っている。
 普段ならば俺から何かを願い出ることなどないのだが、今回は少しばかり事情が違う。どうしても、言わなければいけなかった。

「お時間を取らせてしまい申し訳ございません」
「あら、いいのよ。貴方ったらむしろわたくしに何も言わないから心配になってしまうくらいだったもの」

 さあ、なんでも言いなさいと優雅にお茶を飲みながら言うマリーアンジュさまに膝をついて頭を下げる。護衛のために常に身につけている剣も床に置いた。

「数日、少し長めの休暇をいただきたいのです」

「休暇?」
「はい。護衛騎士の身でありながら身勝手な休暇を申し出ることは大変心苦しいのですが」

 頭を下げたままの俺に、マリーアンジュさまの気の抜けた声が降ってきた。

「わざわざ頼みだと言うから何かと思ったのに、そんなこと? それくらい勝手に申請なさいな。貴方の休暇なんてそれこそ腐る程余っているでしょうに」

 頭を上げなさいな、と笑いを含んだ声で言われて顔をあげれば、声色通り楽しそうに笑ったマリーアンジュ様がいた。

「それで? 貴方が長期休暇を取ることは構わないけれど、理由が知りたいわ。貴方が珍しくそんなこと言う理由、聞かせてちょうだい」

 もちろん秘密でも構わなくてよ、と言うそれは命令ではないが、もちろん俺に断ると言う選択肢は存在していない。マリーアンジュ様のお言葉は、お望みは絶対だ。

「妻のところに、向かいたいのです。妻が実家の領地に療養のために帰っていまして、会いに行きたいのです」

 返事がない。

 なんとなく気まずくてほんの少しだけ理由を言う間目を逸らしていたが、マリーアンジュ様の様子が気になり元に戻せば唖然としたお顔があった。
 公の場でない、私的な空間では気を抜いてくださっていることも多いが、こんな表情はそれでもあまり見ることがない。

「妻? え、それは、エルネスト、貴方の、と言うこと?」
「はい、私の妻です」
「え、貴方、結婚していたの?」

 マリーアンジュ様の御前だから耐えたものの、思わず首を傾げてしまいそうになった。

「はい。3年ほど前に」

 答えれば、マリーアンジュ様は訝しげに眉をしかめられた。
 アリシアと結婚したのは3年前。マリーアンジュ様にはそれより前から護衛騎士としてお仕えさせていただいている。アリシアの話もしたことがあったはずだ、と記憶を辿る。

「確かに貴方の婚約者の話は聞いた記憶があるけれど。でもわたくし、貴方の結婚式に呼ばれていないのだけど?」

 怒っていらっしゃるのだろうか。マリーアンジュ様が俺の結婚式に参加していないことは当然で仕方がないことだ。なぜなら。

「ええ、結婚式はしていませんから。婚姻の誓約書にお互いサインをしただけですので……」

 マリーアンジュ様は一国の王女と言う存在でありながら護衛騎士たちの結婚式や何かあれば顔を出してくださる。本来ならば危険すぎる行為なのだが、全てマリーアンジュ様の気配りであるから俺たちは全力でお護りすることくらいしかできない。
 警備の都合もあって毎回一瞬くらいしか顔を出している時間をご用意する頃はできないんだが、俺の結婚式についても気にしてくれていたようだとわかって申し訳ない気持ちになる。

「なんなのそれ、信じられないわ」

 トーンの下がったマリーアンジュ様の声に自分の顔から血の気が引くのがわかった。

「マリーアンジュ様、申し訳ございません。お呼びすることでができずに……」

 必死に謝罪の声を出す俺に、マリーアンジュ様は呆れを含んだため息を吐き出された。

「わたくしのことはどうでも良くてよ。貴方、結婚式にも呼んでくれないし、まともな休暇を取る様子もなかったし、一年中時間も気にせずわたくしの護衛をして傍にいるものだから婚約の話なんて無くなったと思っていたのよ」

 どうでもいい、と言われる割に、怒気のような哀愁のようなものが漂っている。周りにいるマリーアンジュ様の侍女たちも俺に厳しい視線を向けている。

「あなた様のお傍で御身をお護りすることが私の誇りであり幸せですから。特に休暇を取るような理由もありませんでしたし」

「新婚なんて普通休暇を取るのが当たり前よ。全く、奥様に申し訳ないことをしてしまったわ。彼女はさぞかしわたくしのことを怒って恨んでいたのではなくて?」

「まさか! アリシアは、妻はマリーアンジュ様に仕える私のことを誇りに思ってくれていると常に言ってくれていました」

 慌ててそういえば、さらに深いため息が吐き出された。

「でも、出て行ってしまったのでしょう」
「いえ、これはただの療養のためですので……」

 マリーアンジュ様にまでそう言われて不安が膨らんだ。マリーアンジュ様のお心を無碍にしてしまったからではなく、アリシアへの態度で厳しい視線を向けられているようだと気づいた。侍女たちの視線もさらに冷たくなったように感じる……のはどうやら気のせいではないようだ。

 言い訳がましくアリシアが怪我をした経緯まで口を滑らせれば、マリーアンジュ様から鋭い視線を向けられた。
 まるで陛下が重大な命令を下すような、そんなお姿にそっくりだった。

「エルネスト、三月、休暇をあげる。これはわたくしからの命令よ。奥様を口説き落としていらっしゃい。結婚したとわかっていたらこんなに貴方をこき使っていなかったものの……」

「ありがたいお話ですが三月というのは流石に」

「命令よ。これに貴方の意思は関係ないのよ。いいこと、エルネスト、貴方は最低よ。女の敵よ。奥様は確実に家出だわ。奥様が本気で嫌がっているのなら貴方は身を引くしかないけれど、正直名誉挽回を今更できるとは思わないけれど、だからこそ必死に謝って愛を誓って口説き落としていらっしゃい」

 あまりにも厳しいマリーアンジュ様の言葉に、俺は頷く他なかった。

 正直頷けたのかすら怪しい。家に帰ってくるまでの記憶がなかった。
 アリシアは出て行った、とマリーアンジュ様が言うのだから間違いないのだろう。
 アリシアが、出て行った。
 俺が今までマリーアンジュ様に尽くしてきたことはアリシアにとって最低な行為で、謝りに行っても許してもらえない。

 アリシアが、帰ってこない。なんてそんな。
 アリシアが、本当に……?

 それだけが頭の中を巡っていた。


 普段ならばあり得ない速さで帰ってきた俺の姿に使用人は揃って驚きの表情を浮かべた。

「旦那様? どうかされたのですか?」

 家令が慌てた表情を上手く隠して俺の上着と荷物を受け取りに近づいてきた。

「ああ。長期休暇をもらった。用意してアリシアの元に向かう」

 俺のその言葉に使用人たちの間にざわつきが走る。一様に驚いた表情を浮かべて、信じられないような物を見る目で俺のことを見ている。遠目ながら、しっかりと声が聞こえる位置にはいるようだ。

「なぜ、とお伺いしても?」

 普通ならば使用人は主人に対してそんなことは言わない。この家の使用人達も、この家令も、今までそんなことは言わなかった。
 だが俺にはそれを咎める資格すらない。この家のことは全てアリシアに任せっぱなしで、そんなアリシアのことは気にかけない、マリーアンジュ様の言うところの最低でしかなかったのだから。

「今更、と言いたいのはわかっている。だが、俺は、アリシアに会いたいんだ」

 今更ですね、とどこからか声が聞こえた。咎める声は聞こえない。

「そうですか。我ら一同、奥様が帰ってきてくださることを心から望んでおりますが、帰ってこないのだとも、皆思っております」

 それでも行くのか、と問われている気がした。

「それでも、俺はアリシアに会いにいかなればいけない。俺にはアリシアが、必要なんだ」

「奥様をこれ以上傷つけるのならば旦那様でも許しませんから!!」

 泣き叫ぶような声に思わず視線を向ければ侍女の一人がこちらを必死に睨みつけていた。アリシアについていた侍女のうちの一人だろう。他の使用人達も俺を見る目は決して優しいものではない。

「流石に口が過ぎるぞ」

 家令からの叱責にすみません、と小さな声が聞こえた。
 アリシアはこの家の使用人たちにも大事にされていたようだ、とこれも今になって実感する。ここの主人は一応俺になっているが、それも形だけだ。アリシアがいなければ家を取り仕切ることもできなかったのか、俺は。

「アリシアにはどうにかして帰ってきてもらう。もちろん彼女の嫌がることはしない。しばらく家を空けるがよろしく頼む」


***

 今日はお休みを、と言われてその日は久方ぶりに家でゆっくりと過ごした。それでも彼女の気配が全くないと言う事実が気になって、仕事もなかなか進まない。
 その日はもう全てを諦めて随分と早い時間にベッドに横になった。
 その分朝は早朝に目が覚めてそのまま家を出る支度をし始めたのだが、玄関に向かった時にはすでに使用人たちが揃っていた。アリシアも乗れるように、と今回は馬ではなく馬車を用意した。

「旦那様、これもお持ちください」
「奥様の好きなお菓子買って参りましたの」
「これ、奥様用のクッションでございます」

 あれも、これも、それも……と、アリシアのためにと使用人たちがせっせと俺に何かを渡したり馬車に詰め込んだりしている。随分と大荷物になってしまった。

「旦那様、行ってらっしゃいませ」
「くれぐれも、アリシア様にはお優しく、親身になって差し上げてくださいませね」

 最後の最後まで念を押されて、俺は力強く頷いて返した。
 
 行こう、アリシアの元へ。彼女に会いに。

「アリシア……」

 動き出した馬車の中で俺は無意識に呟いた。
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