公爵子息の母親になりました(仮)

綾崎オトイ

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星空の下のディナー

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 公爵様は忙しいということで、今日の夕食はアスルと二人だけ。
 私を迎え入れる準備や、今日わざわざ迎えに来てくださったのもあってお仕事が溜まっているみたい。
 でも数日後に改めて三人での食事を、と約束している。元々、アスルとの食事の時間はできるだけ作っていたらしいから本当に息子思いの父親だと思う。

 せっかく素敵なサンルームが部屋にあるのだから、とアスルと二人の夕食はそこで星を見ながら食べることにしてみた。
 壁も天井もガラス張り。今は目立たないけど床もガラスのタイルだから地面に咲いた花が昼間だとよく見える。
 広くは無いけれど、私とアスル、それから侍女のユイとコルカくらいの人数ならちょうどいい。

 星を見ながら食べる、とユイが料理人にも伝えてくれたみたいで、料理の中の野菜も星型に飾り切りされていた。メニューは元々準備していたものだと思うけど、お皿の盛り付けが夜空を意識した物になっていて私も見ていて楽しい。
 公爵邸の人たちはきっといい人ばかりね。

「すごいね、エルシー! おそらきらきら! ごはんもきらきらだね」
「喜んでもらえてよかった。アスルは野菜も食べられて偉いわ」

 星の人参、木のブロッコリー、月のパプリカ。一つ一つ見つけて楽しそうに口に入れるアスルは躊躇う様子がない。まだ小さいのにすごいと思う。私だって昔は嫌いな野菜が沢山あったし、子供は野菜嫌いな子もたくさんいるのに。

「うん! なんでも食べる子は早くおおきくなるって、おとうさまがいってたから」
「お父様の言いつけを守るなんてアスルはいい子ね」

 自然と形のいい頭に手が伸びてしまう。サラサラとした髪の感触を楽しんでいれば、気持ちよさそうに目が細められた。

「あのね、星のおうちって絵本でもね、エスタがおかあさまと星を見るんだよ」
「そうなのね。じゃあ今日の私たちと同じね」

 さっき読んだ中には無かった絵本だけど、エスタっていうのがきっと主人公ね。

「うん、ぼくね、おかあさまと星を見たかったから、うれしい。エルシーがおかあさまになってくれたから星のかみさまにもありがとうって言うの」

 明るいいい子で、お父様がいて、使用人がたくさんいてもやっぱり寂しかったのかもしれない。

「私もアスルのお母様にしてくれてありがとうって言わなくちゃ」

 えへへーとアスルと笑い合う。明日はその星のおうちって絵本を読んでみようかな。

「あ、アスル、口元にベリーのソースがついてるわ」

 公爵様の一人息子として貴族としてのマナーが身についているのか、アスルは一人でも綺麗に食べている。子供用の食器だけど、扱い方は上手いし食べ方も綺麗。
 口元を汚したのは最後のデザートのときで、ちょっと待ってね、と口元を拭ってあげれば、キョトンとこちらを見上げる瞳と目が合った。

「エルシー、ありがとう」
「どういたしまして」

 まだまだ小さい子供らしくて可愛いな、と思う。だって完璧すぎたらお母様なんて必要無いみたいで悲しいでしょう?

 手を伸ばした私が姿勢を戻すと、横目で、自分でアイスの乗ったスプーンを頬に押し当てるアスルが見えた。

「坊っちゃま……っ」

 慌てて駆け寄るコルカを手で制して、椅子ごとアスルに近づいた。

「アスル、また付いてるわ」
「エルシーふいて~」
「急に食べるのが下手になっちゃったわね。今日は特別に私が食べさせてあげる」
「ほんと!?」

 あー、と口を開けるアスルは雛鳥みたい。

「今度は私がアスルに食べさせてもらおうかな」
「いいよ! ぼくのをあげるね!」
「いいの? ありがとう。アスルにもらった分は美味しい魔法がかかってるみたいに甘いね」
「もっと食べさせてあげる!」

 ソファで食後のお茶を飲む頃には、アスルは私の隣でウトウトとしていた。

「アスル、眠い? ベッドに行きましょうか」
「やだ、ぼく、ねむくないよ」

 ぎゅ、と私のスカートを握りながら首を横に振るアスルは、今にも眠ってしまそうなほど瞼が下がってきている。

「早く寝て、明日は朝早くから遊ばない? アスルがしたいことはある?」
「エルシー、明日も一緒にいてくれるの?」
「もちろん。だって私、アスルのお母様なのよ?」
「ぼく、朝ごはんエルシーと食べる」
「それなら寝坊しないように早く寝ないと」

 こくりと頷いて私から手を離したアスルを、コルカが部屋に連れていく。
 部屋を出る前に振り返って手を振ってきたアスルの小さい手が愛おしい。眠そうにバイバイする息子、こんなに可愛いものなの。

 ◇◇◇

 ほっこりとハーブティーを楽しんでいれば、ユイがぽつりと呟いた。

「こんなにも、子供らしい坊っちゃまは初めて見た気がします」

 ユイはアスルたちが出ていった扉に目を向けている。

「いつもはどんな感じなんですか?」
「アスル坊っちゃまは、あまり我儘を言わない子供でした。言われたことは素直にやってくださいますし、大人の邪魔をすることもなくて、手がかからないという表現がピッタリ当てはまるような」
「きっと、みんなの迷惑にならないように、って思っていたんでしょうね」

 お仕事をしている人の邪魔をしちゃいけない、って私も何度も伸ばしかけた手を戻したことがある。
 きっとアスルも私と同じ。

「ですので、わざと口元を汚すような、そんな行動には驚きました。普段はイタズラをするような方じゃないんですよ。今日は本当に珍しくあんなことをしてしまっただけで」

 どこか心配そうなユイに私は笑顔を向ける。

「大丈夫ですよ。アスルは、構って欲しかったんだと思います。普段どれだけ大人しくても、聞き分けが良くても、本当はもっと甘えたい年頃のはずですから。私にとってもう大切な息子なので、手を離したりしませんよ」

 嫌いになったり放り出したりなんかしない。笑って喧嘩して、これからたくさん一緒にいるんだから。
 あんなの我儘のうちにも入らない。私だって似たようなことをたくさんしてきたもの。
 お父様の目の前で何度も転んだり、アトリの前では危ないって言われてたことをわざとしてみたり。
 結局あまり意味は無かったけれど。

「おかあさまが欲しい、というのがアスル様の珍しい我儘とおねだりで、旦那様もわたくし達も、その願いをどうにか叶えて差し上げたかったのです。来てくださったのがエルシー様で本当に良かったと思います」

 改めてそう言われるのはなんだかくすぐったい。

「一緒にアスルにとって素敵な時間を沢山作りましょうね」

 
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