暁の悪魔達の狂愛物語【完結】

ノノノ

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第1部

第6話:微睡の中で④

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記憶の映像を見終えた私は、ふぅと息を吐いた。
初めて最後まで映像を見ることが出来た。そして最後に出るのが小さな息だけなのだから、ようやく私はもうこの出来事を過去のものと受け入れることが出来たらしい。

さて、見るものも見終わったし目を覚まして本物の主に会いに行こうと思った瞬間、再び映像が流れ始める。
はて、と首を傾げた。この先のことは全く覚えていない。だが記憶というものは、思い出せないだけで消えずにずっと残っているものらしい。
もう少し、様子を見ることにした。

―――――――――


私が封印されてしばらく経った頃だろうか、石の階段をカツンカツンと降りてくる音が広場に響いた。
誰だろうと、映像を見る私は思った。あの時私は国に居る人間全員一人残らず殺したはず。

“過去の私”もその誰かに気付いたのかわずかに顔を上げた。
ほんの僅かだけ意識が戻っているようだ。
目は虚ろで、焦点が合っていない。完全な封印の大剣は生命活動も五感も全て封印できるらしいので、やはり当時の主では力不足だったらしい。

とはいえ、封印された瞬間はかなり強力な効果だった。
意識が朦朧としていて、何かを見たり聞いたりしていても何も理解できていなかった。
これもきっと、その時の記憶だ。

『誰も居らんとはつまらぬ国じゃの』

広場の出入り口から入ってきた者は、私のよく知る女性の悪魔だった。
さらりとした白髪は、立っている状態でも毛先が地面につきそうな程長い。両耳の裏あたりから山羊のような大きな角が生えている。
全身真っ黒な肌の顔は、白く長いまつ毛と瞳だけが浮かび上がっているように見えるほど目立った。その代わり、相変わらず表情が分かりにくい。

「イブリース…」

間違いない。当時の私の唯一の友で、同じ不老不死の悪魔だ。
いつもは自分の魔法で作った世界の中に引き籠もって、1人ひっそり暮らしている変わり者の悪魔だ。あいつが人間界に赴くなんて本当に珍しい。

『ディアボロスよ、ずいぶん面白い姿をしておるな。聞こえておるか?』

イブリースは動けない“過去の私”を近くでジロジロと愉快そうに見ている。
こいつならどんな状態なのか説明せずとも分かるというのに、からかうように聞いてくる。

『聞こえずとも、わらわを認識できずとも聞いておけ。いつかきっと思い出す。悪くない情報をくれてやろう』

もの言わぬ“過去の私”の頭を子供扱いするかのようにポンポンと叩いた。
その瞬間、イブリースの手が僅かに光る。何かの魔法をかけられたようだ。

『おぬしの主とらや、随分しぶといようじゃぞ。その剣には人間の魂まではこもっておらん。剣にされる前に自害したか偶然息絶えたか、そこまでは分からぬが肉体と魔力を全て捨てて逃げておるみたいじゃ。奇跡でも起きるか、気の遠くなるような時間でも経てば再会できるかもしれんの』

イブリースはこの時点で主が転生していることに気付いていたのか。その点については流石だと称賛に値するが、私の意識がはっきりする頃に来てほしかったものだ。
もっとも、まだ意識が朦朧としているときに会いに来たのはわざとであろう。
こいつはいつもそうだ。

イブリースはクスクスと笑うとその場にゆっくりと座り、空間魔法で小さなを作り、手を差し入れた。しばらくごそごそとした後、徳利とおちょこを2つ取り出した。
片方のおちょこを“過去の私”の前に置き、酒を注ぐ。その後自分が持っているおちょこにも酒を注いだ。

『わらわは人間のことなど信用できぬ。面白い魔法を編み出していたようだが、よほどの執着がないかぎり記憶の引継ぎなぞ出来ぬよ。おぬしのこと忘れていると思う。…わらわならその封印を破壊することは可能じゃ。だが今のおぬしはそれを望んでいないのだろう。好きなだけ眠ると良い』

そう言っておちょこに注いだ透明な酒をくいっと飲んだ。
もう一つの床に置いてあるおちょこも浮き上がり、“過去の私”の口元に付けて少しだけ傾く。喉がわずかに動いていた。口の中に液体が入ったので条件反射で飲み込んだのだろう。

『美味いか?』

当然“過去の私”はなんの反応も示さない。
私も映像で見ているだけなので味など分かるわけがないが、イブリースが作る酒はいつでも美味かった。きっとあれも美味いに違いない。

『その半端な封印は次第に効果が弱まり意識も完全に戻ろう。その頃になれば、おぬしなら破壊できるはずじゃ。もし再びこの世界で生きたいと思う日が来たら、会いに来てくれぬか? わらわも暇なのじゃ。これと同じ酒、残しておいてやろう』

そう言うとイブリースは徳利を揺らした。チャプチャプと水が揺れる音がする。
イブリースは残りの酒を徳利に直接口をつけて一気に飲み干した。好きな酒なのだろう、ぷはーと息を吐く顔は機嫌がよさそうだった。

イブリースは“過去の私”の前に置いたおちょこも回収し、気が済んだのか立ち上がった。
彼女の背中に空間魔法の大きなが出現し、潜っていった。が消えて見えなくなる直前、イブリースは一度だけ振り向いて言った。

『いつかまた会おう、友よ』



◆―――――――――◆



目を覚ますと、視界の端でテントの隙間から差し込む太陽の光が見えた。
私が覚えていなかったものも含め、夢は全て見終えたらしい。

自分の頭に触れて意識を集中する。
弱い力ではあるが何かの魔法がかけられている。先ほど最後の映像で見た、イブリースがかけた魔法はこれだろう。今まで意識したこともなければ、困ることもなかったので気付かなかった。

特定の記憶を反芻はんすうさせる幻覚魔法の一種だ。かなり弱く通常時に効果は一切出ないが、眠っているときなど無防備な時に現れるようだ。
息をのむほど緻密な魔力調整はイブリースにしか出来ないだろう。私より長生きしているだけはある。意図は不明だが敵でなくて本当に良かった。

私はかけられた魔法に刺激を与えて解除した。
これでもう、二度と見ることは無いだろう。

軽くストレッチをしてからテントの外へ出た。

「おっ、ディア、おはよう! 珍しく寝坊助さんだね」

眠気眼でテントから出ると、主が笑顔で手を振っていた。
外はすっかり日が昇っていて、心地よい風が吹いていた。

私は主が焚火で温めていたヤカンを握り、カップにお湯を注いだ。
『使わなくて大丈夫?』と片手に鍋掴みを持った主に尋ねられたが、この体はただの火では火傷も負わない。
インスタントコーヒーの瓶を取り出し、濃いめのコーヒーを作った。慣れ親しんだ香りと苦味で目がさえてくる。

「よく眠れた?」

「はい、長い夢を見ていました」

「へー、どんな夢だったか聞いて良い?」

「アカツキと初めて出会った時の夢です。あと友に頼まれた事とか、とにかく全て話せばすごく長くなります」

「それはとても気になるなぁ。どうせ道中も暇なんだし話してよ」

主は期待したキラキラした目で見てくる。
確か先日、出会って以降のことはあまり覚えていないと言っていたか。

「良い事ばかりではありません。苦しい事を思い出させるかもしれません」

「いいよ。それでも知りたいんだ」

主は力強く頷いてまっすぐ私を見ている。
それならば秘密にしておく必要もない。大丈夫、もう全て終わったことだ。
コーヒーを飲み干してカップを床に置いた。

あの時直接伝えられなかった愛の言葉も、今なら伝えることが出来る。
それはとても幸せなことだ。

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