暁の悪魔達の狂愛物語【完結】

ノノノ

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第2部

第7話:濃霧の町に潜む②

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【side:アカツキ】
―――――――――



「う、我ながらダサい…やってしまった」

『ミスカルタウン』の入り口に足を踏み入れた途端、魔法陣に引っかかった僕はいつの間にか町の中に居た。
町の中の、至って普通の噴水がある小さな広場のような場所だ。
怪しい施設の中ではなくて良かった。

僕には悪魔の魔法はディアが使うものほど強力でなければ効かない。だからあの魔法陣を設置したのもおそらく人間だろう。
悪魔からの奇襲しか考えていなかったので予想外だ。
しかも入るつもりだった町に移動させてくる魔法とか予想外にも程があるだろう。

「いや、むしろ逆か」

そうだ、なんでこんな魔法を設置しているのか。それは町の中の人間を外に出さない為ではないだろうか?
いや、それでもよく分からない。
悪魔なら人間を逃がさないために魔法を設置する可能性はあるが、人間がそんな事をするものなのだろうか?
もちろん人間が出られないなら悪魔も逃げられないが、その為にこの町の全ての人間を犠牲にするやり方を実行するとは考えたくない。

そんな事を考えていると、近くでドサっと大きなものが落ちる音と『キャッ…』と言う小さな悲鳴が聞こえた。

今度はなんだろうと音がした方を見れば、一人の女性が尻もちをついて痛そうにお尻をさすった後、心配そうに自分の膨らんだお腹を撫でていた。
30代前後の厚めの生地の大きなワンピースを着た女性だった。肩に暖かそうなストールをかけている。長い黒髪は緩く三つ編みにして肩から垂れ下ろしている。背中には大きなリュックを背負っており、キャンプ道具のようなものも見える。
そして服越しでも分かるくらい大きくお腹が膨らんでいた。心配そうにお腹をさする様子から、おそらく妊婦だろう。彼女は起き上がろうとするが、お腹が大きくて上手く起き上がれないようだ。

「あの、大丈夫ですか」

なんだか黙って見ていられなくて、僕は彼女に手を伸ばした。
女性はこの時僕の存在に気が付いたらしい。一瞬驚いた顔をしたが、『有難うございます』と言いながら僕の手を握った。
グイッと引っ張ると彼女はよろけながら立ち上がり、お尻についた砂埃をぽんぽんと払った。

そして僕は念の為魔法を発動し、握ってきた彼女の手首に魔法の鎖を巻き付けた。

「えっ? あ、あのこれは…」

カチャ…と音を鳴らして鎖は手首からぶらんと垂れている。
なんの反応もない。
女性は困惑したような様子だ。まあ無理もないけど、そんな忌避の目で見ないでほしい。

「あ、すみません。している悪魔でないか確認しただけです」

「ああ、そうですか」

僕が魔法を解除すると鎖は始めからなかったかのように消えた。
女性も消えた鎖を見て驚いている顔だった。

「えっと町の方ではないですよね? 旅人さんですか?」

「あー、そうですね。ちょっと用があってこの町に……うん?」

その時だろうか、ゆっくりとこちらへ近づいて来る足音が聞こえた。
女性と足音が聞こえる方を見て待っていると、霧の向こうから痩せ細った男性がふらふらとした足取りで現れた。服もズボンもあちこちほつれてボロボロになっており、革靴も汚れている。痩せこけた顎にはくたびれた髭が生えており、長い間手入れされていないように感じる。

「なあ、あんたたち何か食べ物を持っていないか? 空腹で死にそうなんだ」

「空腹? 家に食べ物がないって事?」

「ああ…この町は人間のふりをしている悪魔が何人も居るせいで、町の人も積極的に外に出てこない。金銭がもらえる仕事も、食料の供給も支援も殆どないんだ…頼む、少しで良いから分けてくれ」

男性はお腹をさすりながら言ってきた。
絞り出すように吐く言葉は本当に苦しそうで、おそらくお腹が空いているのは本当だと思う。僕は男性をしばらく見た後、一呼吸ついて返事をした。

「ごめんね、自分の分しか持っていないんだ。あと僕も君のご飯になってあげられない」

そう言うと、男性はビクリと肩を震わせた。
離れている状態ではよく分からなかったが、こう対峙していると分かる。彼は人間の皮を被り、何食わぬ顔でその人間にしている悪魔だ。

殺した人間の体に自らの魂を移動させるらしい。
腕力等は人間並みに弱くなるが、外側の身体は人間なので悪魔討伐の専門職の人間でもその正体に気付きにくいらしい。僕は悪魔の魔力を感知する力が強いから気付けたけど、この距離まで近づかないと断言出来ないとは…擬態とは恐ろしいものだ。

「今の君の体は人間だろう? 人道的にカニバリズムはやめた方が良いと思う」

「だ、黙れ!! てめぇら2人分の肉があればしばらくは生きていける。大人しくすれば痛いのは一瞬だ!!」

そう言うと男性は懐からナイフを取り出し、刃についていたカバーを適当に投げ捨てた。
妊婦の女性は小さく悲鳴を上げて、お腹を守るように抱えながら後ずさる。逃げれば僕はともかく彼女は捕まるだろう。相手の男性は痩せこけているが、お腹に命を抱えている状態では分が悪い。

僕はそんなに悪魔のことが嫌いではないし争うのも好きではないけど、放っておくと僕も被害を受けかねない。僕は一歩前に出てキッと睨むと、男性は一瞬驚いた顔をしたがナイフを構え直した。

「うおおおおお!!」

男性はナイフを振り上げ、叫びながら一直線にこちらへ飛びかかってきた。
僕は瞬時に束縛魔法を発動し、鎖を彼の足に向かって投擲とうてきした。

「がっ!?」

「ごめんよ!」

僕の鎖は彼の足を捉え、グルグルと巻きつき拘束した。鎖をグイッと引っ張ると、男性はバランスを崩してその場に倒れ込む。地面に倒れた衝撃で男性は手に持っていたナイフを離し、地面にカランと音を立てて落ちた。
擬態している今の悪魔は人間と同じくらいの身体能力のはずだ。武器が無く、痩せ細っている身体では僕に勝てない。

僕は倒れている男性の背中を片足で押さえつけ、身体をささっとグルグル巻きにした後、近くの街灯の柱にくくり付けた。男性は最初こそ抵抗していたが、やがて全てを諦めたかのように力を抜きうなだれていた。
僕は仕方ないなーと思い、背負っていたリュックを手に持ってチャックを開けた。

「…この鎖、数時間後には消えるから。それまで誰にも見つからなかったら助かるかもね。あとこれ、嫌いな味だからあげるね」

男性の口に、リュックから取り出した非常食のチューブを差し入れた。四角いパックの入ったゼリーの栄養食品だ。喉が渇いていても食べやすいはず。
一瞬こちらを睨まれたがよほど腹をすかせていたのだろう、静かにゼリーを飲み込み始めた。

「次襲ってきたら容赦できない。分かった?」

そう聞くと男性はゼリーを飲みながら小さくうなずいた。
大人しくなったのを確認した後、妊婦の女性の手を掴み、早々とその場を離れた。

「あの…放っておいて大丈夫でしょうか?」

「さあ? でも僕、束縛と封印は出来ても退治は出来ないんだ。それをやるのは僕の仲間の仕事だからね」

広場から十分離れた僕らは、設置してあったベンチに腰を下ろして休憩した。水筒の水を一口飲むと、先ほどの張り詰めた緊張感が抜けて大きなため息が出た。いくら僕の身体が悪魔に対して強くても一人で実戦は緊張する。
いつも側に居てくれるディアの存在がとても大きく感じた。

「はは…大変でしたね。急に連れ出してごめんなさい。ええと、なんて呼べば良いですか?」

「あ、マリアと申します。あの、先程は有難うございました。あと、お水も」

「どういたしまして。僕の名前はアカツキ。何があるか分からないから、一息ついたら家に戻った方が良いですよ」

僕が渡した水筒の水を飲んで一息ついた女性が、ぺこりと頭を下げた。お腹の子が重いのか僕よりも疲れているようで、額にはうっすら汗が流れている。
あの場に居続けるのは危険だと思ったとはいえ、こんな状態の女性を無理矢理引き連れて走ったのは申し訳ない気持ちだった。

「お願いがあるのですが、聞いてもらえないでしょうか?」

もうそろそろ行こうかなと思った時、マリアは言いづらそうにおずおずと聞いてきた。
まあ聞くだけならいいかと思い、話の続きを催促する。彼女は少し悩んだ後、意を決したように頭を下げながら言った。

「私を、この町の外へ連れていってほしいのです…!!」

「えっ…」

予想外の要求に思わず目を丸くした。
確かに彼女は遠出するかのような荷物ではあるが、ただ偶然通りかかった旅人である僕にそんなこと頼まれるとは思っていなかった。

「…嫌です」

「…っ!!」

僕の返事にマリアは残念そうな顔をしていた。
申し訳ないと思うが…落ち着いて考えてみても、それは無理な要求だ。

「ごめんなさい。でも町の外に出たとして、その身体では歩いて遠くの町に行くのは無理です。僕みたいな通りすがりの人間でなく信頼している方に頼った方が良いかと」

「そ、そうですが…頼れる人が他に居ないのです。その荷物の量からして徒歩以外の移動手段がありますよね? 私は端の方で構わないので乗せてもらえないでしょうか? なんでもしますので…この子の為にもよろしくお願いします!!」

マリアはお腹を抱えるように手を動かし、力強く声を上げた。
最低限の物しか入れていない僕のリュックを見て、移動手段があると判断したらしい。実際僕たちには馬車があるし、1人くらいなら乗せられる。だけど健康な男性2人分の旅の荷物しかないのだ。
彼女や彼女のお腹の中にいる命にも責任が取れない。

「子供を交渉の盾に使うのは卑怯ですよ…それに僕はとある目的があってここに来ました。なので何もせずに帰るわけにはいかないのです」

「では、そのお手伝いをします。この町のことは一通り知っているので、大抵の事はご協力出来るかと。この町は危険です。早く目的が済むのは貴方にとっても大きな利点だと思うのですが…どうでしょう?」

「むう…それはとても助かるかも」

正直来たばかりのこの町の事は何も分からない。
霧が深いのもあり、地理が把握しづらく、町人も先ほどの男性以外見かけないから聞いて回るのも難しい。それに、よりによってこんな危険な町でディアとはぐれてしまった。
入口の魔法をうまいこと解除できれば外に出られるかもしれないけど、ディアもじっとしていないだろうし、会うのはちょっと時間がかかりそうだ。
ディアが強い魔法を使えばディアの居場所は分かりそうだけど、何が起こるか分からないこの町でそんな事やらないだろう。

場合によっては1人で一泊することを考えると、町人の彼女に手伝ってもらえるのは心強い。馬車のスペースにも余裕があるし彼女1人乗せたところで移動に支障はないと思う。

「分かりました。手伝ってくれたら僕たちの馬車に乗せてあげます。でもマリアさんとお腹のお子さんしか連れて行けません。旦那さんとか他のご家族は置いていく事になりますが、大丈夫ですか?」

「ああ、有難うございます!! 旦那にはもう…会えないので私とこの子だけで大丈夫です」

「そ、そうですか…なんか、すみません」

「いえ、大丈夫です。私には命を救ってくださった救世主様がおられるので…」

マリアは頬を赤らめ、うっとりとした顔をしながら言った。
救世主って何のことだ? 何故だか分からないが、背筋がぞわりとするのを感じた。

早く行こうと催促すると、マリアは頷いて立ち上がる。
心の片隅でディアを心配しながら、僕たちは歩き出した。

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