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第2部
第9話:命の取引④
しおりを挟む【side:アカツキ】
―――――――――
『グランコクマ帝国ホテル』のスイートルームに着いた僕は、疲れを癒やすため部屋の隅に荷物を適当に投げてから、ベッドに飛び乗った。少し横になっただけで高級だと分かる低反発マットレスと、フカフカの布団にガスが抜けるかのように『あああぁ…』と声が出る。
ディアは落ち着いて僕が適当に投げた荷物を整理してから、部屋内を物色し始める。
「インスタントコーヒーに紅茶、梅昆布茶もありますね。アカツキ、何か飲まれますか?」
「んー、じゃあ紅茶」
「ケトルにお湯も入っています。すぐ出来上がりますよ」
部屋の奥で食器を漁るカチャ…という音が聞こえる。
一息できたのでベッドから起き上がり、豪華な椅子に座った。流石スイートルーム、とても部屋が広く家具も高級品だ。椅子のクッションもフカフカである。
数分経たぬうちにディアがお盆にカップを2つ乗せてやってきた。
ディアは僕の目の前に紅茶とスティックシュガーを1本置いた。
とても香り高い紅茶で一口飲んで匂いを嗅いでいるだけで、ささくれだった気持ちも落ち着いてきた。
「しかしまぁ、ハルさんにお使い頼まれてしまったね。『マナの秘薬』だっけ? そんな薬聞いたことないんだけど」
「マナの秘薬はマナリーフという希少な植物から作られた薬です。マナリーフは1000年前魔界に自生していたのですが、今では絶滅してしまったようですね」
ディアがコーヒーを一口飲みながら言った。
なるほど、魔界の植物だから聞いたことないのか。
「いや待って、絶滅しているならどう持ってこいっていうの」
「…魔界にはもう無いでしょうが、今でもマナリーフを持っていそうな悪魔に心当たりがあります。ルシファーが私たちに頼んだのも、その悪魔が居る場所を明確に知っているのが私くらいだからだと思います」
その悪魔を巻き込みたくないディアは普通に頼まれたら絶対に断っていたらしい。ディアにどれだけ直談判しても無駄だと分かっていたからこそ、ハルさんはわざわざ僕を危険な目に遭わせて従わせようとしたのだと言った。
どうやらハルさんは、そこまでしてそのマナリーフから作られた秘薬を欲しているようだ。
「その心当たりがあるというのが、イブリースさんって悪魔なんだね」
「はい、持っているとしたらあいつだけでしょう。ルシファーは人間界・天界・魔界全てを行き来し、あらゆる事を調べ上げることができますが、イブリースは自分の魔法で作った世界にずっと引き籠っている。場所も知らない世界には行くことが出来ないようですね」
「まあ、どの道いつかイブリースさんに会いに行く予定だったんでしょ? 友人なんだっけ?」
「はい、唯一無二の友です」
イブリースという名は何度もディアから聞いたことがあると。
僕と出会う前から居る不老不死の悪魔だそうだ。人間に対して悪さもせず、ただ自分で作り上げた世界の中に引き籠って植物や動物と戯れながら生きているらしい。
それだけ聞いていると悪魔というより絵物語に出てくる古の魔女みたいだと思っていたんだけど、絶滅した植物を扱っているとかますます魔女感が増したな。
そう話しているうちに紅茶も飲み終えてティーカップを受け皿の上に置いて背伸びをする。
「はー、とりあえず今日は豪華なディナーとフカフカのベッドが待っているから明日考えよ…」
「賛成です」
なんだか利用されているのが癪だという気持ちはあるけど、やることは結局ディアの友人の所に行くだけだ。ディアの友人には会ってみたいとは思っていたから丁度いいと思うことにしよう。
―――――――――
日が暮れた頃、国の外で待機しているルキさんに会いに行った。
国で一泊するかもと事前に言っていたが、まあ観光という点ではもう不要だろうしこうして報告も兼ねて一旦戻ってきた。
ハルさんには広場での事件のことと自分の正体のことは言わないでほしいと言われていた。今の関係が心地よいから壊したくないと…。
正直この国の一件でハルさんへの信用がだだ下がりなわけだが、ルキさんに罪はないのでルキさんの為に黙っておこうと思った。
馬車を停めていたところに戻ると、何故かハルさんも居た。ルキさんの話によるとつい先ほど来たらしく、僕たち2人ももうすぐ来るからと待っていたそうだ。
なんだ監視のつもりか? そこはかとなく怖いなこの天使…。
一通り観光して、町はかなり整備されていたこと、インフラも整っていて過ごしやすそうであること、町の人たちも基本的に幸せそうだということを話した。ルキさんは驚いた顔をしたが、真剣に、嬉しそうに僕の話に耳を傾けていた。
広場での事件については話す気は元々なかったが、なおさら言えないと感じてしまった。
「そっか、不安だったのですが、良さそうな町だったんですね!」
「う、うん」
嬉しそうに聞いているルキさんの真っすぐな目に罪悪感のようなものを覚えてしまい、語気が弱くなる。幸いそのことには気付かれず、ルキさんはハルさんの方を向いた。
「ハル、君は気に入った? 君がこの国を気に入ってくれたなら俺は…」
「ちょっと違うかな。まだルキ君と一緒に居る方が楽しい」
「そっか…次は良い場所が見つかると良いね」
少し残念そうにルキさんは言っているが、ハルさんのほうは全然気にしていなさそうだ
そういえば初めて会った時、ルキさんは『自分が先に寿命が尽きて死ぬから、その前にハルが興味のある人や場所を見つける』事を目的に旅をしているのだと言っていた。なんでその考えに至ったか、この2人に何があったのか、部外者の僕は詳細なんて知らない。
ただ分かることは、『ハルさんは、ルキさんと離れる気無いだろ…』って事だけだった。
長い時間関わっていない僕ですらそれが分かるのに、ルキさんはそれに気付く気配がない。
いや、気付けない性格なのかもしれない。それは考え過ぎか。
「ああ、そうだ。今日グランコクマ帝国ホテルのスイートルーム宿泊チケット貰ったんだ。ルキ君も来なよ」
「スイートルームの宿泊券? それはすごい! …でも俺はいいです」
「2組用チケットが2枚あるから問題ないよ。ハルさんに魔法をかけてもらえば入れるし、馬車より寝心地いいよ」
「お気遣いありがとうございます。でも俺は大丈夫です。ベッドより床の方が慣れてますし、ハルも毎回俺に魔法をかけるのも嫌だろうし」
いや、ハルさんはルキさんがスイートルームに一緒に一泊したいと言ったら喜んで魔法をかけるでしょ。
でも断られるだろうなというのは何となく分かっていた。
ルキさんが『グランコクマ帝国』に入りたくないという気持ちはここに着く前から伝わっていたので、これ以上強く言わないでおいた。
代わりに夕食の食べ放題のパンを少し持ってきていた。
こっそり持って来れるだけの量しか取らなかったので、個人的に美味しかったものを2個選んでおいた。もう冷めて少し固くなってしまっているが、十分美味しいだろう。
そしたらハルさんもどこからか、出来立てほかほかの柔らかいパンを3個取り出してルキさんに渡した。
いや、どういうことだ? やっぱ怖いなこの天使…。
「ありがたいですがこんなに沢山は…」
「あ…えっと、今更持って帰って食べられないので、僕が持ってきた分は朝食にしてください。そっちの方はその、温かいうちに…」
「えっと、すみません。頂きます」
そう言うとルキさんは、何故か温かさを保っているハルさんが持ってきたパンをおずおずと食べ始めた。
ゆっくりと、パンも挟んである具材もしっかり味わうように目を伏せて噛みしめていた。そういえばルキさん、前に人間ファンクラブでご飯を食べていた時もそうだった。先ほどの会話といい、ルキさんの抱えている闇が垣間見えた気がしたが、触れないでおこう。
「ではすみません、僕たちはホテルに戻ります」
「あ、いえ、無茶な要望に応えてくれただけでなく美味しいパンも本当に有難うございます!! ハルももう遅いからホテルへ戻った方が良いよ」
僕が立ち上がるとルキさんも食べるのを中断して立ち上がり、深々と礼をしてくれた。
その後ハルさんの方に向き、ホテルに行くよう催促した。
「私だけ部屋が別で1人で寂しいんだ。もう少し一緒にお話しして良いかな」
「うん? まあいいけどホテルの入り口締まる前に戻ってね」
どうやらハルさんはもう少しここに居るらしい。
見え隠れする執着心と独占欲がどうか僕たちを攻撃しないよう願って、僕たちは再び馬車のことをお願いしてを離れた。
森の中を進み、2人が見えなくなったころ、緊張の糸がほぐれたかのように大きなため息が出た。はああぁ…と大きく息を吐く僕の肩に、ディアはポンと手を置いて『お疲れ様です』と言った。
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