暁の悪魔達の狂愛物語【完結】

ノノノ

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第2部

第11話:千年世界の引き籠り魔女①

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【side:アカツキ】
―――――――――



ホテルの豪華なモーニングを食べた後、僕たちはすぐに出国した。

町の整備も悪くないし昨日のような事は立て続けに起こらないとは思うが、やはり昨日の広場での光景を見てしまっては長居したくない。1泊しかしていないというのに、いろいろありすぎてとても長い1日だと感じた。ホテルのベッドはそれはもう快適で、長時間熟睡したがその分頭もスッキリした。

馬車の前でルキさんとハルさんに合流し、少し世間話をした後に別れた。
ルキさんはちゃんと馬の世話をしてくれていたみたいで、僕たちがなかなか時間が取れずに出来なかったブラッシングもしてくれていた。
申し訳ない事に荷物置き場の整理までも…貴重品は手持ちのリュックに全て入れていたとはいえ、盗難もなく本当に良い人…いや、良い悪魔だ。

そろそろ移動しようかと思っていた時、目の前に光の線が出現した。
なんだと思ってジロジロ見ていると、その線から1枚の紙がファックスのようにスーっと出てきた。紙に何か書かれてる事に気付き、手にとって読んでみる。

『マナの秘薬の件、期待している。
 集合時間は今から10時間後、場所は君たちが門を開いた場所で良い』

「…ルシファーですね」

ディアがものすごく嫌そうな顔で言った。多分僕も嫌そうな顔をしていたと思う。思わず紙をクシャッと握ってしまった。ハルさんのことはいろいろと気がかりだが、一旦考えるのを止めよう。
そうだ、今日はディアの友人さんに会うんだ。それだけを考えればいい。

それから30分ほど森の中を馬車で移動し続けた。
周りに特徴的なものもなく、ここなら絶対人も通らないだろう。

「ここなら問題ないでしょう、門を開きます」

そう言ってディアが正面に手を掲げると、手を向けている方向に強い魔力の流れを感じた。黒いモヤみたいなものが立ち込め始め、それが一箇所に集まると、モヤの奥から扉が出現した。

「行きましょう」

そう言ってディアはドアノブに手をかけ、扉を開けた。


―――――――――


門の開いた先は薄暗い森の中だった。
先ほどまでいた『グランコクマ帝国』近郊の森とは全く雰囲気が違う。
上を見上げると背の高い木が大きく枝を伸ばし、光が殆ど差し込んでいないようだ。地面には見たこともない魔法陣が掘られた石が敷いてあり、正面を見れば真っすぐ道が続いているが、木の根が絡まっていて歩きにくそうだ。光があまり差し込まないこともあって道の先があまりよく見えない。

「侵入者対策の為、この世界に開いた門は自動的にこの地点に繋がるようになっています。面倒かと思いますがもう少し歩きましょう。20分も歩けばイブリースの家に着きますよ」

「了解~」

木の根が絡まっているとはいえ、道が真っすぐ続いているため迷うことなくスムーズに進んでいく。時折、道から両端の森の奥を見ると、沢山の草食動物が森の中に居るのが分かった。
ディア曰く、イブリースが人間界から連れてきた動物たちを放っているらしい。温厚な動物を好むらしく、肉食獣は一切居ないのだとか。捕食者が居ない為ここの動物たちには警戒心が無いのだろう、何食わぬ顔で目の前の道を横断する鹿もいた。
奥に進むにつれて動物たちも多くなり、肩にリスが乗ってきて少し和んだ。

「ディア、ずっと気になっていたんだけど『マナの秘薬』ってなんの薬なの? ただの風邪薬とかとは違うよね」

道中暇だったので気になっていることを質問した。
一瞬で傷も治すようなすごい天使が欲しがる薬ってなんだろうと考えたけど何も答えが出なかった。それにただの薬なら『秘薬』だなんてすごい名前つけられるようにも思えない。

「マナリーフは魔力と特殊な性質を持っていて、他者の魔力と結合して強化させることが出来るそうです」

「つまり術者の魔法をパワーアップさせる感じ?」

「そうです。なのでマナリーフは最初、魔法の効果を助長させる為に用いられました。しかしマナの秘薬は少し違います。アカツキは悪魔の魂が何で出来ているかご存じですよね?」

「魔力と魂が一体化していているってやつだよね?」

悪魔と天使は人間の魂と性質が違うらしく、魂の魔力が燃え続ける限り生きられるけれど、逆に失えば息絶えてしまう。その魂の魔力以上の魔力を使うことは出来ず、普段魔法を使っても多少なら休むと回復する。ただし時間が経つごとに少しずつ絶対量が減っていき、やがて消えてしまう。これが悪魔の寿命というものらしい。
先月行った『ミスカルタウン』で出会ったオズマという例外も居るが、寿命が悪魔の強さの目安になっているのはこのためだ。

「もしかして、マナの秘薬の魔力と結合って…これと関係する?」

「はい。マナの秘薬はその悪魔の魂の魔力と結合し、僅かですが寿命を延ばすことが出来ます。服用しすぎるとマナリーフの魔力が魂の魔力を上回り、精神障害を起こすそうですが、弱い悪魔でも3年くらい寿命を延ばすなら大した影響はありません。おそらくマナリーフが絶滅したのもこの秘薬のせいです。私には不要でしたが、当時ほぼ全ての悪魔が求めていましたから」

へー、昔の魔界にはそんなすごい薬が存在していたのか。
確かに飲むだけで少しでも長く生きられるなら欲しくなる気持ちは理解できるかも。
でも、ひとつだけ違和感がある。

「ディアが不老不死なら、ディアより強いハルさんもそうなんじゃ…」

「直接聞いたわけではないですが間違いなく不老不死でしょう。ルシファーは私やイブリースとも違う、この世のあらゆる物質・能力・現象・概念の創造に深く携わっている特別な存在です。世界と同時に誕生したと言われています。そんな存在がただの時間経過で死ぬとも思えない」

「ハルさんってそんなヤバい存在なんだ…」

僕はそんな存在に簀巻きにするとか白髪と言ってたのか…。
ハルさんが怒りの沸点が低いタイプじゃなくて良かった。

「マナの秘薬…ルキさん用かな…」

「おそらく」

「はあ…仕方ない、それならちょっと頑張るか」

ハルさんのことはあまり気に食わないが、友人の為になれるなら少し頑張ろうと思えた。ルキさんにはいろいろお世話になったし、僕にとってもという気持ちで贈るのも悪くない。


―――――――――


そんな事を話したり考えたりしているうちに、今までずっと暗かった道の奥に光が見え始めた。
そのまま進んでいき、道を抜けると、その先には大きな平地の庭が広がっていた。それまで高く伸びていた木はその庭をぐるりと囲むように生えており、その場所のみ上空から光が降り注いでいた。道を分断するように穏やかな水流の川が流れ、橋が架かった道のその奥に大きな木製の家が見えた。
動物たちも沢山、庭に出入りしているようで賑やかな雰囲気だ。

家の前まで着き、ノックをしようとすると、突然ガラリと扉が開いた。
出てきた人物…いや、悪魔と目が合う。
山羊のような大きな角を生やした、長い白髪の女性だった。肌は月の見えない夜のように黒く、真っ白なまつ毛が浮いているように見えた。

「久しいの、ディアボロスよ。1000年ぶりかの」

「ああ、久しいな、イブリース」

自然と表情が柔らかくなるディアを見て珍しいなと思った。

「そっちの童は例のかの?」

「わ、わらべ…」

僕これでももうすぐ20歳なんですけど…。
彼女がディアより長く生きているとは聞いているけど、まさかこの歳で童と言われるとは思わなかった

「ああ、紹介しよう。主のアカツキだ」

「あ、アカツキです! よろしくお願いします!」

「うむ、わらわの名はイブリース。そう固くなるでない、ディアボロスが心酔してる人間にはわらわも会ってみたかったのでな。まあ何もないところじゃが寛ぐと良い」

イブリースさんはそう言うと家の中へ入れてくれた。
木製の少し古い造りの家だった。居間には畳の上に座布団が置いてあり、中心には囲炉裏もある異国の雰囲気がする。家の棚や機織りマットは手作りらしく、植物の不規則な枝のうねりを活かした味のある家具類だった。
そこによく磨かれた金色の王冠やら、豪華なネックレスなども飾られていたが、すごいけどなんだかアンバランスに感じた。
珍し気にいろいろ見ていると、いつの間にかお茶を入れていたイブリースさんがこちらを見る。

「それは悪魔に頼まれ事を聞いた礼に貰ったものじゃ。泥棒なら追い出させてもらうがの」

「いえ、ちょっと見惚れてただけです…はは…」

話を聞くにイブリースさんは基本的にはこの世界に引き籠っているが、やはり暇を持て余しがちなので時折魔界に出向いては適当に仕事をしているらしい。決まった所に現れるわけでもないので、かなりレア者扱いされているとかなんとか。
頼まれ事は殆ど魔法を授けたり、薬品を作ったりしているらしい。やっぱり悪魔と言うより魔女では?

「それで、わらわになんの用じゃ? ただ茶を飲みに来ただけではあるまい」

イブリースさんは先ほど入れたお茶をすすりながら話を切り出す。
僕たちは囲炉裏を囲むように座り、イブリースさんに用意してもらったお茶と茶菓子をつまみながらハルさんに頼まれたもののことを話すことにした。

「ルシファーにマナの秘薬を持ってこいと頼まれた。お前なら持っているのではないかと思い、ここに来させてもらった」

「あの男がか? どう考えてもあの男には不要じゃろう」

「おそらく渡したい相手が居るのだと思う。とても必死だった」

「はあ、あの男にそんな感情があったのか。感情がない虫か何かだと思っとったわ」

酷い言われようで少し可哀想だと思ってしまった。ハルさん多分作り笑いだろうけど、笑っているようには見えるんだけどなと思ったが、フォローするのも癪なので黙っておいた。

「マナの秘薬はないがマナリーフはある。おぬしらがやる気ならマナリーフは少し分けるし製法も教えよう」

「助かる」

「友のよしみで報酬は望まん。じゃがわらわは教えるだけ、作るのはおぬしらじゃ。疲れるのでな。まあ気張るがよい」

イブリースさんは急須に入ったお茶をお代わりしながら言った。
良かった。この様子ならハルさんの頼みを無事に終わらせることが出来そうだ。

お茶と菓子で一息着き終わった僕たちは早速マナの秘薬づくりに取り掛かることになった。
案内されるまま外に出て歩いていくと、家の裏側にいくつかのビニールハウスが並んでいた。その内のひとつに入ると、濃緑の膝下くらいまでの長さの植物が沢山育てられていた。
葉は手のひらくらい大きく、ミントのようなスーっと爽やかな香りがわずかにした。そして、ほのかに魔力を帯びているのが分かる。

「マナリーフじゃ。湿度管理が面倒じゃが動物に食われると困るからこうしてビニールハウスに入れておる」

ビニールハウスの端の方に移動すると、そこには摘み取られ、乾燥されたマナリーフの葉がざるの上に置かれていた。粉にするために余分な水分をとる必要があるらしい。マナリーフは例の延命薬に使われることが多いが普通に風邪薬や痛み止めの材料にも使うことが出来るらしく、動物用の薬の材料用にこうして干しているのだとか。
貴重な植物だと知っていると風邪薬や痛み止めに使われるのは勿体ない感じもする。喉から手が出るほど欲しがっている悪魔が居れば怒り出しそうだ。

「まあ、これくらいでいいじゃろう」

いくつかあるざるの1つを回収し、ビニールハウスを後にした。
家の縁側に腰を下ろすと早速作業を開始した。

イブリースさんは家の奥から石臼を両手で抱えるように持ってくるとゴトンと音を立てて縁側に置いた。そこそこ大きなサイズの石臼だというのにこうも軽々と持ち上げれるのか…やっぱり悪魔は人間より力が強いんだなぁ
イブリースさんは石臼上部の穴に乾燥したマナリーフを入れた。

「力仕事は男の仕事じゃ。ほれ童、回せ」

「絶対イブリースさんの方が強いと思う…」

ぼそりと文句を言いつつも、作るのは僕たちの仕事だと予め言われているので取っ手を持ってゆっくりグルグル回す。
しばらくすると石臼の上部と下部のパーツの間から細かい粉が溢れるようにパラパラと石臼の周りに落ちていった。初めて粉を挽いたけど結構楽しいなと思い、ゴリゴリ石臼を回していった。

「これ、意外と疲れる…」

「貧弱な童じゃのう…ディアボロス、代わりにやれ」

僕はディアにバトンタッチし、ディアは取っ手を握って石臼を回し始める。
すこし回したところで動きを止め、イブリースさんの方を見る。

「…これ操作魔法で回して良いか?」

「駄目じゃ。マナリーフは魔力と結合する性質がある。魔法を使って生成すると効果が弱まるぞ」

「…面倒だな」

「たまには魔法も使わず作るのも悪くないものぞ」

提案を一刀両断されたディアは『はぁ…』とため息を吐いて、それ以上はなにも言わずに粉を挽いていった。ディアは僕みたいに途中で休憩することなく、一定のリズムでずっと石臼を回していく。ポロポロと零れていく粉をなんとなくじっと見てしまう。

「童、薬の材料はそれだけではない。ディアボロスがそれを挽いている内に次に行くぞ」

「うっ、はい」

僕はイブリースさんに腕を捕まれ、引っ張られるように立ち上がった。
木の枝のように細い腕だったがとても力強い。
ディアに軽く手を振ってから、また外へ連れ出された。


―――――――――


次に連れていかれたところは森の中だった。
道から外れた木々の間を、イブリースさんは迷わずどんどん進んでいく。僕は一度はぐれたら迷子になってしまいそうで必死についていった。

イブリースさんは時折すれ違う動物を撫でて他愛のないことを話しかけている。動物は勿論返事など出来ないし、理解している雰囲気もない。ただイブリースさんには懐いているようで、黙って撫でられたり、どこからか取り出された木の実を警戒もせず食べている。
動物に囲まれているイブリースさんは心なしか嬉しそうだ。

その時、僕の肩に1匹のリスが乗ってきた。
僕もリスに『餌は持ってないよ』と話しかけてみた。当然何の反応も返ってこない。僕の肩の上で毛づくろいをしているだけだ。

「リス太143世は童のことが気に入ったみたいじゃの」

「なんですかその名前…142世までいるんですか?」

「居たの。全員寿命が尽きて死んだ。143世もそう見えてリスの中では年寄りじゃ。別れも近い」

イブリースさんはどこか寂しそうに呟いた。
僕は肩のリスに目をやる。愛くるしく首を傾げるようなしぐさをしているこの動物も、もうすぐ死んでしまうのか。リスの寿命は長くて8年だという。不老不死の彼女は今までどれだけの動物の死を見届けてきたのだろう。

「童、おぬしなかなか面白い生を満喫しておるようじゃの。別れも多く経験したじゃろう?」

「別れは確かに経験はありますが、イブリースさんとは状況が全然違うのでなんとも。僕は20年で息絶えるのを繰り返しているので別れるのはいつだって僕の方からです。次に意識が戻った時、全ての生活環境は変わっているので新しい環境に慣れることに精一杯でした。新しい親も居ましたし」

今まで何度も生と死を繰り返してきたが、いつも先立ってしまい申し訳ないという気持ちが大きかった。
僕は目的の為20年サイクルで生き続けることを受け入れることが出来ているが、両親や当時の友人たちは話が別だろう。イブリースさんはどちらかというと、その両親や友人サイドの立ち位置だ。

「前世の記憶というのはどれほど覚えておるものじゃ? その魔法は誰にでも扱えるものか?」

「正直、完璧な記憶の継承はできません。ディアの事は絶対に忘れたくないので覚えていましたが、それでも抜けはあります。魔法も僕自身にかけられたの性質を利用しています。このやり方では他の方にはできないでしょう」

「ふむ…やはり記憶の継承などそううまくいかぬものじゃな」

「別に僕はそんなに気にしていませんけどね。ディアの事を忘れるのは困りますが、生まれ変わった僕は生活環境全て変わった新しい命として生きることになる。また一から全て学び直せるし、友達だって新しく作ればいい」

「友達だって新しく作ればいい、か…おぬし意外と神経が図太いのう」

イブリースさんは目を閉じて、数秒間何かを考えていた。
目を開け、傍らにいる鹿の背中を撫でながら口を開く。

「少し悪い事を考えておった。おぬしの記憶の引継ぎを人間誰しもが使えるなら、別れることのない友が出来るかもと期待してしまったのじゃ。そうか、また新しい友人か。いつしかそうするのも止めてしまってたのう。もう別れを繰り返すのが面倒で、それなら出会わなければ良いとここにいるが、結局動物たちと数えきれないほどの別れを繰り返しておる。実に愚かじゃ…」

やっぱりイブリースさんも別れを繰り返し過ぎて寂しいらしい。
正直僕も20年で築いてきた人間関係を全てリセットされることに寂しいと感じたことは勿論ある。だけどイブリースさんに『貴方の気持ちはよく分かる』と言うのはなんだか違う気がした。

満足するまで撫でられた鹿は離れていく。その後ろ姿をイブリースさんは呆然と見ていた。でもその代わり、別の鹿が脇からやってきて、イブリースさんの手のひらの匂いを嗅いでいた。先ほど木の実を持っていたのでその匂いが残っているのかもしれない。

「今からでも遅くないでしょう?」

イブリースさんそう言うと、彼女は無言でこちらを向いた。

「別れる側の僕が言うのもなんですが、人間界にも魔界にもいろんな人や悪魔が居る。ディアも最近友人作ってたまに僕に内緒で交流しています。別れもありますが、新しい出会いも良いものですよ」

「そうか、ディアボロスが……ふむ、考えておこうかの」

僕の気持ちがどれだけ通じたかは分からない。
でも、イブリースさんは感慨深そうに少しだけ笑った。

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