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第2部
第11話:千年世界の引き籠り魔女④
しおりを挟む【side:アカツキ】
―――――――――
ディアが作ってくれた門の魔法の扉を開けると、『グランコクマ帝国』近郊の森に帰ってきた。
遠くで鴉が鳴く声が聞こえた。外はもう日が暮れそうで、木々の間から見える空は綺麗なオレンジから紺色に変わりつつある。
「やあ、待ちわびていたよ」
そこに正直今1番会いたくない天使…ハルさんがにこやかな笑顔で手を振った。
僕は顔が引きつるのを感じていた。
何でここに出てくると分かったのだろう。いや、深くは考えまい。
「あー、うん。とりあえずほら、約束のものを持ってきたよ」
僕はリュックから作ったばかりの瓶入りの『マナの秘薬』を取り出した。
薬を瓶ごと投げ渡すと、ハルさんは慌てる様子もなく右手でキャッチし、中身を確認するかのように瓶を軽く振った。
僕たちが頑張って作ったマナの秘薬がカラカラと小さな音を立てる。
「ああ、本当に有難う! どうしてもこれが欲しかったんだ」
満面の笑みで、受け取ったマナの秘薬を見つめる。
ハルさんはいつも笑みを浮かべているが、今回は今まで見たことのないような…本当に心から喜んでいるような顔をした。
ハルさんは瓶のふたを開け、錠剤を1つ取り出した。カランと音を立てて手のひらに乗った錠剤をしげしげと眺め、ゆっくり匂いを嗅いだあと自分の口に入れた。絶対苦いと思うのに味わうようにしばらくモゴモゴと口を動かし、ごくんと飲み込んだ。
いや、それハルさんが食べるのか…
「有難う。おかげで成分を完璧に把握出来た。これで創造が出来る」
ハルさんが突然そう言うと、空いている左手を前に掲げた。
そこに小さな光が集まり、その光はだんだん円柱の塊になる。その塊の光が消えたときには、先ほど僕たちが渡した瓶入りのマナの秘薬が左手にも握られていた。
移動させた? と思ったが右手にも相変わらず瓶を握ったままだ。
「瓶が2つになった? どういうこと?」
驚いていると、ハルさんは『ああ、これか』と言って説明を始めた。
「私の能力だよ。私はこの世界のあらゆる物質を創造することが出来る。その物質を構成する成分や遺伝子構造を把握する必要があるけどね。私は魔界の植物の創造には深く携わっていなかった。マナリーフの存在は知っていたが、成分を知らず作る事が出来なかったんだ。これで私は、マナの秘薬を好きなだけ作り出すことが出来る」
「なにそれチートじゃん…」
「これでも神に最も近かった天使だったのでね」
僕たちが一生懸命作った薬の半分を持っていったイブリースさんが『1錠あれば良い』と言っていたのはこういうことだったのか。
ハルさんは手のひらサイズの門の魔法を使い、その門の向こうへ先ほどの2つの瓶をそっとしまった。その横顔はどこか楽しみを待ちきれない子供のようで、誰を想像しているのか分かりやすかった。
「それルキさん用ですよね?」
「そうだよ。彼は今までの生活で無理がたたって通常の悪魔よりかなり寿命が短くてね。なんとかしたいと思っていたんだ」
「神様に近いすごい天使さんでも寿命を変えるのは無理なんですね」
「残念ながら魂に関することは無理だね。魂だけは神のみが作れる被造物だ。神が定めた魂の性質はそうそう変えられない。マナの秘薬も服用しすぎれば精神障害を引き起こす。無理に変えようと思えば、彼は彼でなくなってしまう可能性が高い。それはとても悲しい事だろう? どれだけもどかしくても彼が彼らしく生きるために、私が必要以上に能力を駆使するべきではないんだ」
「ベタ惚れじゃん…」
「ふふっ、ぞっこんだよ」
ハルさんは照れる様子もなく、当然のように笑いながら肯定した。
「しかしルキさんって結構好意にニブいんですね…」
そうぼやくと、ハルさんは首をやんわりと横に振った。
「ルキ君は私の気持ちに本当はとっくに気付いているよ。ただそれを認める事が出来ないだけ」
「んー、それってハルさんはもどかしくないの?」
「好意を素直に受け入れられないのは彼の自己防衛本能だ。もどかしくても恨めないよ」
そう言うハルさんは、どこか遠くを見つめて何かを考えているようだった。その顔は少し寂しそうであったが、全てを受け入れているような優しさも帯びていた。
その様子に何か思うことがあったのか、ずっと黙っていたディアがハルさんに向けて口を開いた。
「ルシファー、ずっと前から疑問だったのだが、何故お前ほどの天使があの脆弱な悪魔にそこまで肩入れする?」
「それ、人間を主人にしている不老不死の悪魔の言う台詞かな?」
「…ただの興味本位だ。あの悪魔は主…アカツキの友人でもあるので、他言はしないと約束しよう。ただの憐みで居るわけではないのだろう?」
触れるべきではないかもしれないと思っていたけど、正直それは僕も気になっていた。だってディアより長生きしているなら、それはもういろんな人間や悪魔、天使だっていたはずだ。ハルさんは少し目を伏せて思案していたが、考えがまとまったようだ。
「そうだね。君たちみたいに誰かに話してみるのも悪くない」
ハルさんはゆっくり語り始めた。
「ルキ君は…かなり辛い過去の持ち主なんだ。人間不信どころか、全ての幸せに生きる者を恨んでもおかしくないくらいにね。彼と初めて会った時、彼はいつ死んでもおかしくない程の重傷を負っていた。それなのに雪山で眠っている私を遭難者だと思って命がけで助けてくれたんだ。生き残ったのは私を助ける為だったのかもしれないと…頼ってほしい、任せてくれと言っていた。
私は、本当は彼よりとても強い存在だというのに…不思議なほど心強いと感じてしまったんだ」
「……」
「私は天界では重要な役割を担っていて、毎日膨大な量の仕事をこなしていた。神に次ぐ力を持つ私は、出来ないことなど殆ど存在しなかった。天使の誰もが私を尊敬し、誰もが私に助けを求め、そして誰もが…助けてくれなかった。頼ってくれと言ってくれる存在などいなかった」
「…なるほど」
「確かに彼は、私からすれば何もできない不器用で脆弱な存在ではあった。そして彼も、おそらくそれに気付いている。でも彼は、最初に決めた役割分担を今でも守り続けている。今でも任せてくれと言い、率先して仕事をこなしてくれる。頼る私の手を引いてくれる。これほど崇高で美しい存在を、私は他に知らない。旅を続けていくうちに、本気で少しでも長く彼の幸せを願うようになっていった。…それだけだよ」
思い出を語るハルさんは、一つ一つの出来事を思い出したのか、とても穏やかで、嬉しそうに言葉を紡いだ。ハルさんはいつも笑っている。だがその笑みが本心とは思えず、いつも感情が籠っていなさそうだと思っていたが、ルキさんの話をするときだけは本当に愛おしそうに笑うのだ。
詳細をかなり端折った説明だったのに、彼にとって大切な、宝物のような思い出であることは強く伝わってきた。ハルさんは最後に『それだけ』と言っていたがその言葉にはとても強い気持ちが籠っているだろう。
僕もディアも『そうか』と言うことしか出来なかった。
正直、利用されて秘薬作りさせられていたときは腹が立っていたが、彼の思い出話を聞いていたら『まあいいか』と思えてきた。
ルキさんは僕にとっても大切な友人だ。ハルさんの事は分からない事だらけで不審に思っていた時期もあったけど、彼らならきっと大丈夫だろう。きっと最後の時まで幸せに過ごす事が出来るだろう。
根拠はないけど、何故かそう強く確信した。
「ああ、そうだ。君たちには本当に感謝しているから、特別な魔法を施してあげようと思うのだけど、どうだろう?」
「特別な魔法って?」
「アカツキ君の魂の魔法を解除してあげよう、もうすぐ20歳だろう?」
その言葉に僕もディアもビクリと肩を震わせた。
確かに魂の魔法のことは、初めて会った時に話していたと思う。だがその魔法の詳細はとうに失われていることは、『ミスカルタウン』で確認済みだ。そしてその魔法が、今でも継続している事は話していなかったのに…。
「…魂はなんとか出来ないんじゃないんですか?」
「魂そのものはね。でも君のそれは、大昔の人間に20年経てば自動的に生きるために必要な魔力含め、全ての魔力を封じ込める魔法を魂にかけているだけ。失われた術式であろうと、外付けされた魔法なら私は切り離すことが出来る。どうします? その呪いのような魔法を解けば、君は他の人間と同じくらい生き、歪な輪廻から抜け出すことが出来る」
「……」
僕はディアの方をチラリと見ると、俯かれた顔はよく見えなかったが言葉が出そうになるのを押し殺すように歯を食いしばっていた。
僕はそんな彼の手をそっと握る。何かを言いたげな顔をしているディアにニコッと笑ったあと、ハルさんの顔を見つめる。
僕の答えはとうに決まっている。
「このままで良いです。この魔法が呪いだというなら、僕はこのままこの呪いと共に生きます」
驚いたのか握っている手が一瞬大きく震えたのを感じて、僕は強く、しっかり握り返した。
「…おそらく私は君たちともう会いません。他に対処できる者も、おそらく現れないでしょう。最初で最後のチャンスですよ」
「そうかもしれません。でも僕はこの魔法のこと、結構気に入っているので!」
とびっきりの笑顔で堂々と言ってやった。
ハルさんは僕の答えに驚きもせず、静かに『分かりました』と言った。
「せめてものお礼に、君の魂を運びましょう。そうですね、『ウィルズヴィル』なんてどうでしょう? 気候も穏やかで人々や町に活気があり生活もしやすい、君たちも立ち寄ったことのある町です。君の死後、半年以内に裕福な家庭に次の君が目覚めるよう工面します」
「いや何でそんな事出来るの…」
「その次は関わらないのでご容赦を」
そう言うとハルさんの背中から大きな4枚の羽が現れる。
羽がハルさんの身体を包むように折れ曲がると、強い光を放った。
眩しすぎて一瞬目をつむり、その間に彼は姿を消した。ハルさんが立っていた場所の草が少し揺れただけで、彼が居た場所には何も残っていなかった。
「…よろしかったのですか?」
ディアが言いづらにそう聞いてきた。
僕は握っていたディアの手を放してブンブンと振った。
「僕しつこいからね、超が付くほどに。永遠に眠るときは一緒だからよろしく!」
そう言うとディアは安心したように笑みを浮かべた。
長く生きて分かったことがある。1人で永遠に生きるのは確かに寂しい。
でも、君が一緒なら僕は…この呪いを抱えて生まれて良かったと思えるんだ。
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