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第2部
第12話:運命崩しの研究者②
しおりを挟む森に捨てられていた新聞には面白いニュースが掲載されていた。
とある富豪の愛娘が誘拐され、橋から落ちて転落死したという記事が一面まるまる使って記されている。犯人の指名手配書付きだ。どうしても俺を見つけたいのだろう。
だが甘いな。こうなる事は想定済みなので、少女との密会は変身魔法で姿を偽ってる。こんなのもでは俺を追い詰めることは出来まい。
それ以外に気になる記事もなく新聞をポイと投げ捨てる。
「はぁ…しかし暇だ」
あの一件から数日が経ったが、新しい遊び相手である人間は見つかっていない。
正確には人間なんて腐るほどいる。だが誰でも良いというわけにもいかない。
人間側も大昔より他者に対する警戒心が強くなっている。俺の正体が悪魔であるとバレるバレないに関係なく、簡単に口車に乗ってこない。あの少女みたいな馬鹿は本当に珍しいのだ。
町には警備の者が巡回し、一般家庭にも魔除けの魔法具があるなんてザラだ。俺は悪魔の中でもかなり高位の存在だ。多少の魔除けの道具や結界なんてある程度無視できる。だが、多少は行動が制限されるので厄介なのには変わりない。
特にこの『フォレストレイク』という町は駄目だな。
どうも悪魔討伐のスペシャリストが集まるエクソシストの本部があるようだ。迂闊に近づくことも出来ない。町の人間たちにも教育が行き届いており、小さい餓鬼でも油断ならない。
『フォレストレイク』はその名の通り広大な木々と美しい湖が名所の大きな町だ。森に囲まれているため外交の頻度は多くないが、町も大きい上に自給率も高く、人間にとっては豊かな町だ。適当な下調べの後にここに来たが、ハズレにも程がある。
閉鎖的な町の方が動きやすいと判断して来たが、この町は今まで来た場所の中では危険だと肌で感じる。来てそう長い時間は経っていないが離れるとしよう。今日も収穫なしかと大きなため息を吐いた。
―――――――――
近郊の森の中を歩いていると、ふと人の気配を感じた。強い封魔の力を一瞬感じた気がした。
エクソシストか?
今の俺は悪魔だとバレないように魔力を制限しているのでそう簡単に気付かれるとは思いたくないが…。集中して気配を辿ると、崖下にある岩が気になり近づいた。
直径2mほどの丸い岩だ。耳を澄ますと微かに空気が通り抜ける音が聞こえる。間違いなくこの先は空洞だろう。普通の岩に見えるが、側面から見ると岩は薄く、まるで扉のようだと感じた。それでも人間の筋力では動かすのは難しい。おそらく岩の裏側に魔法具があり、魔力に反応して開け閉めが出来る構造になっている。
「へえ、こんな場所に隠れ家を作って出入りしている人間か…」
非常に興味深い。胸が興奮で高鳴るのを感じる。
先程感じた人間の気配は、1人だけだった。むしろ大人数だともっと早く気付く。
人間がたった1人でこんな隠れ家に居る。こんなところに隠れているくらいなのだから、表では堂々と出来ないような事をやっている可能性は大きい。先程までこの町に来た事を後悔していたが、そんな気分は吹き飛んだ。
俺は好奇心を抑えられずにいた。
扉を開け閉めさせる魔法具は、基本的に他人の魔力では開けることは出来ない。なので俺の魔力では当然この魔法具は反応しないが、この岩を壊すなど侵入する方法ならいくらでもある。だがそんな侵入方法など雑魚の所業だ。
深呼吸をして己の魔力を身体中に纏わせる。少しだけ自分の身体が透明になった。その状態で扉の岩に手を伸ばすと、スッと手は岩の中に入っていった。
身体を透過させる魔法だ。
魔法の結界は無理だが、岩で出来た城壁に囲まれた町なら侵入することが出来る。
そのまま前進すると、岩の向こう側には長い洞窟があった。内側には魔力で点灯するランプが取り付けられている。型は古く、それなりに長い期間ここを出入りしている事がうかがえる。点灯させれば気付かれるかもしれないのでそのままにしておこう。
洞窟はさほど長くないようで、曲がり角の奥に光が見える。
足音を立てないように慎重に進み、ゆっくり曲がり角の奥を覗いた。
奥は書斎になっていた。四方を背の低い手作りの本棚で囲う6畳くらいの部屋のようだった。部屋の中央にはテーブルと一脚の椅子が置いてあり、人間がこちらに背を向けるように何か作業をしている。
長い金髪を後頭部にあるリボンで束ねている。小柄な身体は細く、ちらりと見える手首は他の人間より白い。顔がよく見えないので断言できないが女だろうか? 遊び道具としてしか人間に興味がないので、人間の性別の判断は苦手だ。
洞窟内部は冷えるようで、壁や床には岩肌を隠すように断熱材と釘で打ち付けられた木の板を敷き詰めていた。それでも寒いのだろう、魔力で熱を放つ魔法具を足元に置いている。
口角が自然と上がっていくのを感じた。
先日のあの少女と同じような感じだ、こいつは使える。
最近の人間は警戒心が強くて踏み込む事がなかなか出来なかったが、こう他の人間とはズレた孤立した人間は、上手くいけば良いおもちゃになる。うまく絆す事が出来れば、きっと最後には極上の絶望を俺に見せてくれる。そう感じた。
だが喜びのあまり気を抜いてしまったのだろう、人間が勢いよく振り返ってきた。
見開かれた真っ赤な瞳と視線が合ってしまう。
「どちらさま?」
「…あー、えっと…」
まだ話の準備が出来ていなかったので言いよどむ。
だがこんな逸材から逃げるのは勿体ない。なんとかしてうまいことコミュニケーションをとらなくては…
「『フォレストレイク』に向かっている途中、偶然貴方を見かけて気になってしまい…話だけでもと」
「悪魔が『フォレストレイク』へ? 随分と物好きだね」
悪魔が、という言葉に思わず目を見開く。
魔力の制限は解いていないはずだ。どうしてバレてしまったのだろう。思わず一歩後ろに下がるが、人間は俺が悪魔だと気付いているにも関わらずのほほんとしている。
「ああ、僕は悪さをしなければ悪魔のこと気にしないよ」
「悪魔である俺を気にしない…?」
「うん、むしろ好き。君たちの事をもっとよく知りたいくらいだ。お話しだけなら大歓迎だよ」
そう言って人間はにこりと笑った。
1000年以上人間と関わり、その感情を弄んできたからよく分かる。こいつは本当に悪魔に対して敵意がない。こんな馬鹿な人間が未だに存在しているなんて驚きだ。
それどころか悪魔が好きだと? 俺にとってこんなに都合の良い事はない。
正体がバレてしまったので面倒なことが起きる前に殺そうかと一瞬考えたが、踏みとどまって良かった。悪魔が好きなら、その悪魔に裏切られた時の顔はそれはそれは素晴らしいものになるだろう。この警戒心のない無垢な笑顔が絶望で歪む、その瞬間を見たくて見たくて仕方がない。
「驚いてしまってすまない。人間に正体を気付かれたとなったら、どうしても反射的に身がすくんでしまう」
「気にしないで、無理はないよ。殆どの人間にとって悪魔は敵であるという認識であるのは間違いない。でも僕は、人間に悪い者が居るように悪魔にだって良い者も居るって信じているから」
ああ、なんて愚かな人間だ。
悪魔にだって良い者が居る? そんな幻想を抱いているなんて面白すぎる。
今すぐその幻想を壊してやりたいくらいだが、まだ、まだ我慢だ。
「ところで僕の何が気になったの?」
「いや、こんなところで何をしているのかなと。他の人には絶対言わないから教えてもらえないかな? 勿論無理にとは言わないけれど」
「うーん、まあ悪魔の君になら言っても良いかな。ある悪魔のことを調べているんだ!」
確かに周りの本棚の背表紙を見るに、人間界の悪魔に関する資料をかき集めているようだ。人間は表紙に『悪魔ディアボロスの情報まとめ』と手書きで記された本を見せてきた。
「ディ…ディアボロス様だと!?」
知らぬわけがない。最近の若い悪魔にとってはともかく、俺が魔界で生活していた1000年前では最も有名な悪魔だ。
最悪最凶と謳われた不老不死の大悪魔、ディアボロス。
人間には勿論、弱い悪魔にも恐れられた冷酷かつ残酷な闇の王。
恐れの象徴として今でもなお新しく生まれる悪魔にその名をつけることは禁止にされている、俺が最も尊敬している悪魔でもある。だが1000年前のある日、突然姿を消された。
人間の歴史からは完全に消えたと思い込んでいたが、まさか存在を知っているどころか調べている人間がいるなんて驚きである。
「おお! 知っているんだね? やっぱり悪魔の君に聞いて正解だった」
「まあ…魔界の歴史に詳しい悪魔には有名な方ですので…。何故よりにもよってディアボロス様を調べようと?」
「会いたいから」
思わずポカンと口を開けた。
…この人間、想像を絶するほど馬鹿らしい。呆れすぎて笑いも出ない。
この人間がディアボロス様についてどれほどの情報を持っているかは分からないが、人間があのお方と対面したら命はない。人間はおろか、1000年以上生きている俺ですら届かぬほど遥か遠くの上位存在だ。
届くのはイブリース様のような不老不死の悪魔か、神に最も近い天使であるルシファーくらいだろう。人間が『会いたいから』というくだらない理由で会えるような悪魔ではない。
「1000年前に姿を消したって知れ渡っているけど、死んだとは思えないんだ。絶対どこかで生きているはず。どこに居るかという場所の名前は見当がついているけど、肝心の場所が分からない」
「それは本当ですか?」
ディアボロス様が姿を消されたのは本当に突然だった。
人間に会いに行っていたとか、人間に殺されたなど、様々な噂が飛び交っていたが、信憑性は乏しい。あの冷酷非情な方が人間に会いに行っていたなどとは到底思えないし、殺されるなんてもっとあり得ない。
俺も、今もどこかで生きておられると信じている。
きっとイブリース様みたいにどこかの世界で生活でもしておられるのだろうと思っていた。その場所が分かれば、俺だって会いに行きたい。
表情を絶望に染めて必死に逃げ回る人間と、そんな人間を粛々と殺していくディアボロス様…昔見たその光景は、ずっと見ていたいほど美しい。
「話はだいたい把握しました。ディアボロス様捜索のため少しでも情報が欲しいのですよね? 分かりました、貴方にご協力します」
「本当に!?」
「ええ、俺もディアボロス様に会ってみたい。それに…」
俺は人間に近づきそっと手を伸ばす。
目を見開く人間の頬にそっと触れ、親指の腹でその唇をそっとなぞる。
人間は少し動揺しているようだが、頬は赤く染まり始める。
「貴方に、一目惚れしました。貴方の力になりたい」
「え…ええ!?」
人間はバッと顔を上げ、俺の手から顔を離した。
顔は耳まで赤く染まっており、落ち着きなく何か呟いているが嫌悪感はなさそうだ。こんな初心な反応を見せるなんで尚更面白い。先日の少女も流石にここまでちょろくは無かったというのに、本当に良い暇つぶしを見つけた。
「ええっと…ごめんね。その気持ちには応えられないかな…」
「いえ、俺が勝手に惚れてしまっただけなので。でも、貴方の力にはならせてもらえませんか? 気持ちに応えてもらえなくても良い。貴方の喜ぶ顔が見たいのです」
「そ、そっか。まあ君もディア…ボロスに会いたいんだよね? じゃあ利害の一致という事でご協力お願いします」
人間は立ち上がってぺこりと頭を下げた。俺も笑顔で頭を下げた。誠意が伝わるように、抑えられない程にやけた口元を見られないように深々と。
「僕の名前はエリック。よろしく」
「エリック、素敵な名前ですね。俺はアビスと申します。よろしくお願いします」
ああ、今後のこの人間が楽しみで仕方がない。
◆―――――――――◆
「いやぁ、参ったなぁ…」
自己紹介の後さらに話し合い、アビスは魔界でディアボロスについて調べると言って洞窟を離れた。いつもの通りポツンと1人だけの洞窟で、アビスが去っていった方を見ながらエリックは頭をかいた。
「僕、男なんだけど言わない方が良いかなぁ…僕は気にしないけど…」
今の自分の身体を改めてまじまじと見る。
自分はもう成人前の男性のはずなのだが、そうとは思えない程小柄で華奢だとは自覚していた。切るのが面倒で髪も長い。体質なのか肌も白い。女性だと勘違いされたことは今回が初めてではないが、名前は男寄りだと思っていた。
そこらへんは人間と悪魔の感性が違うのか、あるいは人間の男女の差にあまり興味がないのか。
「まあいいや。君の目的は分からないけど僕を利用しようとするならば、僕もそうさせてもらうよ」
再びテーブルに向き直り、羽ペンを手に取る。自分はあまり身体が丈夫ではない。あまり外に出歩くことは出来ないが、やれることはある。地図を開き、いくつかの箇所に印をつけた。
エリックもまた、この状況を心から楽しんでいた。
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