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第2部
第13話:Dear①
しおりを挟む【side:ディア】
―――――――――
片手に『フォレストレイク』で買った新聞を見て空を見上げる。
昨日までずっと雨続きだったが、運が良いことに今日は雲ひとつない快晴だ。天気予報によるとしばらく天気が良く、今夜は星がよく見えるらしい。
以前エクソシストたちが『フォレストレイク』には悪魔では通過できない結界が張ってあると言っていたが、大昔の主の結界と同じで魔力を抑えた状態なら入れるようだ。
おかげで買い物をすることが出来た。
手提げ鞄に買った物と財布がしっかり入っている事を確認して、町の外の森に張ったテントへ向かう。主はテントの中でぐったりと横になっていた。
「ディア…大丈夫だった?」
「アカツキが貸してくれた身分証のおかげで無事に町に入れました。次からは写真付きを用意しろと注意されましたが。解熱剤とゼリーを買ってきました。起き上がるのも辛いでしょうが胃に何かを入れた方が良いです」
手提げ鞄から中身を取り出しながら言うと、主は安心したように息を吐いた。
「ありがとう。ごめんね…本当は人間である僕が『フォレストレイク』に入るべきなのに…」
「お気になさらず。到着が遅れた私の責任です」
ゆっくりと起き上がる主にカップに注いだ冷たい水を渡した。力なく水を飲む主の前髪を軽くかき分けると、青白い顔がよく見える。顔色は昨日より良くない。
主が買ってきたゼリーと薬を飲んでおられる間、テントの外にいる馬に餌を与えた。馬車はもう当分使わないので、解体業者に引き取ってもらった。こいつとの別れも近い。
再びテントに戻った私は、主の側に置かれた空になったカップとゼリーの容器を回収した。相当辛い状態だろうが、私の力や薬でなんとか出来る問題ではない。
「…では、行きましょう」
立ち上がることも難しい状態の主を背中におんぶし、私は外へ出た。
私の首元に弱々しくしがみつく手は、少しずつ冷え始めていた。
―――――――――
森の中はありがたいことに人の気配は一切ない。
主の指示を聞きながら崖の下に沿うように歩いていく。
「…ああ、ここだよ」
主は崖にもたれかかるように置かれた大岩を指差した。岩の側に近づき、主が岩に手を向けて魔力を送ると、岩はスライドするように横に動き出す。内側に魔法具が設置してあり、主の魔力に反応して作動したようだ。
その先は洞窟になっていた。
話に聞いていた主の隠れ家だ。最後にどうしてもここに来たかったらしい。今でもちゃんと残っていたようで安心した。
「お邪魔します」
「えへへ、いらっしゃい」
私は一声かけてから洞窟に入った。
洞窟の中は数メートル道が続き、曲がり角の先が行き止まりになっていてそこを部屋にしているらしい。
曲がり角を覗くと少し広い空間に、断熱材の上に木の板を打ちつけた手作りの部屋らしきものが見えた。
雨続きだったから湿度は高い。どういうわけか炭のような焦げた香りも僅かにした。
湿度の高い空間だが冊子類は木製の箱にまとめて入れられ、湿度管理用の魔法具が作動しているので無事だ。だがどういうわけか、一部焼け焦げている。
低燃費モードにされているが魔力の残量が無くなりかけているので、私の魔力を補充しておいた。
部屋の中央には机と椅子、引き出しを開くと羽ペンとインク入りの小瓶があった。
主のお気に入りらしい。
「…どう? 僕の自慢の隠れ家」
「良い場所を見つけましたね。家具も魔法具も一通り揃っている」
「でも長期放置していると部屋の空気が最悪だ…そこにある部屋の除湿用の魔法具は動くかな…?」
「なんとか。こちらも作動させますね」
主が指差した魔法具に魔力を注ぐと湿った空気を吸い始める。しばらくすれば少しはマシになるだろう。
私は主を中央の椅子に座らせた。
横になった方が良いと言ったが、ここが良いと言われ了承した。
机に突っ伏し、懐かしそうに机を撫でていた。主はずっとここで作業していたのだと語る。
私はしばらく部屋の中を物色していた。
この部屋で必要なものがあれば全て私に譲ってくださるそうだ。家具、魔法具、様々な道具を見て、今後しばらく一人暮らしする上で必要そうな物に目星をつける。
家具はほぼ木で作られた手作りで、よく見れば一部焦げていた。炭のような匂いの発生源はこれのようだ。魔法具は旧式で、殆ど買い替えた方が良い。比較的新しい魔法具と記念に手作りの備品をいくつか頂くくらいになりそうだ。
「ところでさっきから気になっていたのですが、あれは何ですか?」
私は壁に向かって指を差す。
その壁には赤い光を放つ結晶のようなナイフが刺さっている。強い封魔の力を感じるので間違いなく主の魔法だろう。何かが封印されている事だけは分かる。
「あー…アビスさんって悪魔が居たんだけど、ちょっとトラブルがあってね。封印してしまったんだ」
「トラブルですか…部屋や物の一部が焼け焦げてるのもその影響で?」
「うん…1000年以上生きているらしいよ。大切な本や部屋を燃やされて許せなかったし、和解も無理そうだった。でも協力してくれたしディアに会いたがっていたから封印したんだ。明日になれば要石が割れるようにしておくから会ってあげてよ」
そう言うと主は魔法陣に魔力を送った。
正直1000年前に会っていた悪魔のことはイブリースくらいしか覚えていない。『会ってあげて』と言われても主に危害を加えた悪魔とまともな会話したくないが…一旦了承しておいた。
箱に入っていたノートも見させてもらった。大切な思い出だからこれだけはどうしても回収したかったらしい。
中には各地、各書物でかき集めた私に関する情報がびっしり書かれていた。その殆どが事実無根ではあるが、主はそれが分かった上で全部まとめていたらしい。
それ含めて思い出なのだと笑いながら仰った。
大切に保管すると約束して、私は門の魔法で異空間にしまった。
次目覚めた時に返すと約束して。
そうこうしているうちに、日は暮れていった。
夕食は主の体調が良くないので豪華なものは用意できず、少量の消化に良さそうなものを用意した。食べるのも声を出すのも辛いだろうに、私が退屈しないようにずっと会話してくださった。
この部屋の思い出を、部屋の至る所を指を差しながら説明する主の顔はどこか吹っ切れた顔をしていた。少しでも休んでもらいたくて、こちらが長話を始めたら、静かに全て聞いてくださった。
…時計の針は刻々と進んでいった。
―――――――――
外は予報通り綺麗な星空が見えていた。隠れ家から出て、木が比較的少ない空がよく見える位置に移動する。主の脇の下と膝裏に手を入れ、俗に言うお姫様抱っこで持ち上げていた。
「綺麗だねぇ…」
空を見上げていた主は私の顔に目を向けて言った。
「…どういたしまして」
「ふ…あははっ」
いつもより小さな声だが笑う顔に、少し寂しさを覚えた。
日にちが変わる10分前には、主は浅い呼吸を繰り返し、顔は生気が失いかけていた。言葉もか細くなり、顔を近づけて耳を澄まさないとよく聞こえない。
じっとしているのも落ち着かないが、どうにもならないのは分かっている。
少しでも安心して眠れるように祈るしかない。
「…心配しないで…今更…忘れない。何度も経験してるから」
「…いえ、信じていますので」
「はは…そっか。嬉しい…なぁ…」
主の魔力は魂に全て吸収され、今まさに身体から抜け出し空に飛び立とうとしていた。私は自分の顔を主の耳元に近づけ、ある言葉を囁いた。
その瞬間、驚いたように僅かに主の瞳が揺れ動く。
「…っ、ディア、僕も君をあい…」
私の頬に触れようと伸びた手が触れる前に止まり、そのまま力なく倒れる。
目を半分閉じた主の身体は、もうピクリとも動かなくなった。
「返事は再会した時に教えてくださいね。それまで悶々としていてください」
まだ温かい主の頬に唇をつけた。
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