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第三章
秋の日
しおりを挟む辺境伯領にも秋が訪れていた。屋敷の木々は夏の太陽で日焼けしたかのように、褐色へと移り変わっている。その葉も秋の深まりに連れて地上へと落下していった。
木々の色づきに合わせるかのように、屋敷のメイドたちもすでに夏服から冬服へと変わっている。スカートの丈は長くなり、足首を隠すようになった。それに胸元もぴっちりと閉じているので、冷たい風が入り込む心配もない。
そんな冬服に身を包んだ少女が、木々の間で熊手を使って落ち葉を集めていた。
「ふんふんふーん」
少女は陽気に鼻歌を歌っている。清らかな水のように青い髪は肩にすら届かず、少女の頭を丸く彩っている。頬が形作る輪郭も丸く、目もつぶらだった。冬服に包まれた体は、まだ女らしい曲線を描いてはいない。
胸の膨らみも大きいとは言えなかった。
その体はまだ男の性欲を駆り立てるようなものではなかったが、その体はすでに男を知っている。幼さの残る小さな唇は、男の硬い欲望に吸い付いたこともあるし、その口の奥にある舌は男の体を舐め回し、欲望の白い雫を味わったこともある。
しかし、その少女の愛らしい外見は、まるで男に触れたこともないかのように清浄だった。
「あー、いい天気。ふふふーん」
熊手で地面をひっかくようにして落ち葉を集める。頑張って集めたところで落ち葉は無くなりはしなかった。次から次へと落ちてくるのだ。
しかし、すべての落ち葉を集めろとは言われていないのでこれ以上頑張る必要もない。適当に集めておけばそれで十分だった。
少女の名前はマリナという。
マリナは陽気に鼻歌を歌いながら体を揺らした。こんな姿を誰かに見られたら恥ずかしいが、今は周りに誰もいない。屋敷は当然ながら塀で囲まれているが、その面積は林がいくつも入るほどに広い。
中には馬を走らせるための馬場まである。マリナは馬場に用がなかったので、実際にそちらを訪れたことはなかった。
屋敷で働く人間でさえ、この屋敷のすべての場所を訪れたわけではないのだ。
「いーいてーんき~~」
節を付けて歌っていると段々気分も乗ってきた。もしかしたら自分には歌の才能があるのかもしれない。そう思うほどだ。
いつか一緒に働く仲間に聞かせてみようかと思ったが、まだ恥ずかしい。もし本当に上手いのだったら、いつかこの屋敷の主人であるシャルルのために歌うのもいいかもしれない。
シャルルが喜んでくれるなら、細い喉をいっぱいに震わせて歌うのに。
気分がよくなってきて、マリナは持っていた熊手を振り回した。
「てやっ!」
空を切ると思われた熊手だったが、ガンッと鈍い音がして背後で止まった。木にでもぶつかっただろうかと思ったが、背後に木は無かったはずだ。
何かと思って振り向くと、そこにシャルルが立っていた。
「ひょえっ?!」
シャルルは片手に持った長い棒で熊手の一撃を防いだようだ。急に振り回されたものをあっさり受け止めるのは凄いことだと思ったが、そんなことで感心している場合ではない。
当然ながら、シャルルはこの屋敷の主人である。それだけでなく、辺境伯というとっても偉い貴族なのだ。広い領地を治めていて、何度も戦争で勝ったことのある英雄でもあった。
そんなシャルルに攻撃をしてしまった。
「あわわわわわ、も、もうしわけありません!」
「気にするな。何も言わずに近づいた俺も悪かった」
「ふえっ?! い、いえ、そんな! 本当にもうしわけありませんでした!」
深々と頭を下げる。ところが、急に頭を下げたものだからつんのめってしまった。その勢いのままシャルルのほうへと体が倒れ込む。
このままではシャルルに頭突きを食らわせるか、もしくはそのまま地面に倒れ込むかという状況だった。もちろん後者のほうが良いのだが、想像とは違う事態になったようだ。
シャルルがすっと手を伸ばし、こちらの体を支えたのだ。
「大丈夫か?」
「えええっ?! は、はい! 全然大丈夫です!」
なんだかわからないままシャルルに支えられ、体を起こされてしまった。こうなるともう一度頭を下げるとなんだかシャルルの意向を無視してしまうのではないかと思ってしまう。
よく見るとシャルルの上半身は薄いシャツ一枚だった。そんな格好で寒くないのかと思ったが、よく見るとシャルルは汗をかいていた。シャルルの美しい金髪は汗に濡れたのか、しっとりと重力に引かれている。
どうやらシャルルは手に持った棒を振り回すか何かをしていたらしい。
棒というよりは、槍を模したもののようだった。
シャルルの顔をちらっと伺う。その美しい顔に怒りの色は見えない。まるで爽やかな秋風のようだ。
「あ、あの、本当にもうしわけありませんでした」
「気にするな。だが、急に何かを振り回すのはやめておいたほうがいい。誰かに怪我を負わせる可能性がある」
「は、はい……」
どうやら本当に怒っていないようだ。シャルルに対して攻撃を加えたとなれば、下手をすれば死刑になってもおかしくはない。しかも相当残酷な方法での処刑だ。それでなくても、屋敷の主人に対してのこんな行為は、鞭打たれても仕方がない。クビで済むなら幸運中の幸運だろう。
しかし、シャルルはクビどころかお仕置きもするつもりも無いようだ。
なんて寛大な心の持ち主なのだろうと感心してしまう。
「ところでご主人さまはどうしてここに?」
今にして思えば、シャルルが背後にいた理由がわからない。こんな場所に何か用があったのだろうか。
シャルルは神妙に頷くと、右手をこちらへと伸ばしてきた。その指先がマリナの慎ましい大きさの胸に触れる。
「乗馬と槍の訓練を終えて屋敷に戻ろうとしたら、マリナの姿が目に入ってな。後ろからこっそり近づいて尻を揉もうと思ったら、いきなり熊手を振り回されて驚いた」
「こ、こっそりって。別にわたしは、ご主人さまがお望みならいつでもお尻を揉まれても」
「こっそり近づいて揉むほうが面白いだろう」
「そういうものですか……」
シャルルの指先がマリナの乳房の先をくりくりと刺激する。指先が突起を弾いた。
「ひゃうっ!」
急な刺激に声が漏れてしまう。腰が引けそうになった。
シャルルはその反応を見て満足したように指を離した。それから持っていた棒を、落ち葉の山へ向かって倒した。その棒はどうやら随分と重たい木材でできているらしく、落ち葉の山を両断するように崩してしまった。
「ご主人さま、よくそんな重たいものを振り回せますね」
「できるだけ腕が鈍らないように鍛錬しているからな」
「はぇー……、すごいです。ご主人さまは頭も良くて偉いだけじゃなくて、かっこよくて力も強くてすごいです!」
「はっはっは、そんなの褒めても何も出ないぞ」
「いえそんな。本当にすごいと思います! 家柄もよくて、立派な貴族で、しかも顔もかっこいいですし、体つきもとっても逞しいですし」
「ははは、褒めすぎだ」
「それに戦争もとっても強くて、襲ってくる異民族をやっつけたり」
そこまで言った瞬間、シャルルの両肩を掴まれた。あんまりにも褒めすぎてわざとらしいと思われたのだろうか。そう思ってシャルルの顔を見た時、マリナの体は凍りついた。
シャルルの顔には激しい憤怒が宿っていた。烈火のような怒り。熊手で攻撃されても怒りもしなかった男が、今、激しい怒りに燃えている。
「やっつけたんじゃない、殺したんだ。俺が、この手で……、殺した」
「ひっ」
理知的な青い瞳には燃える怒りが宿り、眉根には深い皺が寄る。シャルルの表情はまるで火に炙られているかのように苦痛に満ちていた。
わからない。理由はわからない。ただ、シャルルの機嫌を損ねてしまったことは確かだった。
きっと触れてはならないところに触れてしまったのだ。
「も、もうしわけありません!」
自分にできることと言えば、謝罪をすることだけだった。
「もうしわけありませんでした!
何度も何度も謝罪の言葉を繰り返し、頭を下げる。それでシャルルははっとしたようだった。
「あ、いや、怯えさせるつもりはなかった。気を悪くするな」
「本当にすみませんでした」
「いい、それ以上言うな」
「ひゃっ!」
いきなり尻をむにっと揉まれた。シャルルはこちらの手に握られていた熊手を奪い取って、それを落ち葉の山に向かって倒した。
「まぁ戦はそんなにいいものではない。少なくとも、俺はそう思う」
「ご主人さま……」
シャルルは落ち葉の山に視線を落としたまま息を吐いた。その整った横顔を見ていると、下腹部がきゅんと締まるような思いがした。
きっと、あの怒りの表情は誰かに見せるものではなかったに違いない。あの燃え盛る炎に触れたせいか、体が熱くなる。誰も知らないシャルルの表情を知ってしまった。感情を知ってしまった。
戦はシャルルにとっては良くない体験だったのだろう。それを小娘に触れられて激昂した。
本当だったら、自分は反省しなければいけないのに、シャルルのあの怒りの表情を見てから、股の間がうずうずと騒ぎ出すのを感じた。
シャルルの慰めになりたいと思った。他のメイドたちと比べれば、自分の体はまだ未発達だということはよくわかっている。アンジェなどはすらっとした体に豊かな胸もあって、本当に美しいと思えた。
それに比べれば自分はお腹も少し出ているし、胸も小さいし、お尻も大きくはない。目の肥えたシャルルにとっては、カボチャやニンジンのようなものに過ぎないだろう。それでも、自分の体にはちゃんとシャルルを喜ばせるための器官がある。
その狭く小さな穴は今、シャルルを喜ばせるために潤々と蜜を分泌していた。
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