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第二部 第一章 名も無き農民と紅の勇者
隕石を知る名も無き農民
しおりを挟むシシィはさらに尋ねる。
「魔物は、何を要求したのか。詳しく教えて欲しい」
「それは……、食料が主なものでした」
「食料?」
魔物は食事をしない。何故食料が必要なのか、理解できない。
「その魔物が食べるもの?」
「いえ、それはわかりません……。その魔物が何かを食べているところは、見たことがないので」
「飲料は? 話し合いの時に、何か飲み物を出したはず」
「どうしてそれを……、はい、魔族であれば飲み物を飲むだろうと思って、確かにお茶を出しました。しかし、結局手をつけませんでした」
「そう、それで食料以外に何を要求されたのか聞きたい」
「それが……、それは時々によって変わりましたが、櫛や鏡、布の類やシーツ、毛布など、時にはノコギリやノミのような大工道具まで」
「……本当に?」
「誓って本当です」
その魔物は、食料の他に日用雑貨の類を要求していたのだという。そんなものが魔物に必要だとは到底思えない。
もしこの話が正しいのだとすれば、その魔物は他の誰かに掠奪品を渡していたのだろう。一体どのような人物に渡したのか、想像もつかない。
鏡や櫛ということは、女性なのだろうか。シシィは疑問に思って尋ねてみた。
「その、要求された品々は、女性が必要とするものが多かった?」
「……はい、個人的には、そう思います。小柄な女性用のための下着を要求されたこともありました」
「何故そんなことが……」
「それは、わかりません」
助祭が首を振った。シシィは顎に手を当てて、少しの間考えた。喋る魔物というものがいることにも驚いたが、それが何かを要求してきたというのにも驚いた。そしてその内容は、女性が必要とするような物が含まれているという。
何が起こっているのか、理解が出来ない。
そもそも、魔物を操ることが出来るのは魔王だけと言われている。それが間違っていたというのだろうか。
元帥によって他の指揮官に指揮権が与えられるように、魔王によってその喋る緑色の魔物は、他の魔物の指揮権を与えられていたのだろうか。
しかし、その魔物を用いて人間を攻めるのではなく、村を襲って食料など日用品を奪っていくというのはあまりにも程度が低すぎる。魔物の多くを操ることが出来るのであれば、アルゲンブルクのような大都市でさえ陥落させることだって容易いはず。
その魔物の目的は、掠奪品をある女性に与えることにあったと見るしかない。ではその女性は何者だというのか。
シシィはもうひとつ尋ねることにした。
「魔物から、何を受け取ったのか聞きたい」
「そ、それは……」
魔物から一方的に掠奪を受け続けたとは思えなかった。日用品、食料を奪いに来る魔物にとって、村人が逃げ出してしまうというのは避けたいはずだ。もし村人が逃げてしまえば、また別の村を襲って同じことを繰り返さなければいけない。それが続けば、ただ食料を得るためだけに相当な遠出を強いられることになる。
ならば、それを防ぐためにその喋る魔物は対価を用意したのではないかと思えた。
助祭がゆっくりと口を開く。
「あの魔物は、代金として金貨や宝石を……」
「それは、奪っていくものと釣り合わないのでは」
魔物がどれだけ持っていったのかは知らないが、話を聞いている限りでは金貨一枚あればお釣りが出るはずだ。
「ええ、確かに、そう思います。魔物が金貨や宝石の価値を知っていたのかどうかはわかりません、しかし、食料などの対価として置いていくのです」
「……そう、それらが手に入るなら、魔物に襲われても十分な利益になる。いや、襲われているわけではないから、むしろ」
「いえそんな! わたしたちは、そういうつもりではありません。それに、この村には孤児院があり、先立つものが無ければやっていけず……」
助祭が両手で顔を覆う。
少し言葉を間違えてしまった。シシィは唇を一度開き、それから少し考えなおして言った。
「それは悪いことではない。責められるようなことでもない。むしろ、それをしたことによって、他の村に被害が出なかったという点で正しい。もしあなたが魔物の申し出を拒否していれば、この村の住人は殺され、その魔物は他の村に向かっていたかもしれない。その魔物との取引が、多くの人の命を救ったと思う」
「おお、そのような言葉をいただけるとは」
助祭が感激したように震えていた。
シシィにとっては助祭がどう思うと、何をしようと知ったことではない。問題なのは、有用な情報を隠されてしまうことだった。
それが避けられるのであれば、他はどうだっていい。シシィは親指の爪を唇に当てて、さらに考える。
金貨や宝石の類を魔物がどうやって手に入れたのかは知らない。その喋る魔物が、実際に魔物の軍団を引き連れることが出来るのならば、そんなものはいくらでも手に入るだろう。
それらの価値を知っていたのだろうか? 食料や日用品と金貨では釣り合わない。その魔物は、高価な品々をエサにして、この村との繋がりを保とうとしたのだろうか。
そこまでしてこの村を利用したい動機はひとつしかない。ここから、その魔物が拠点としていた場所が近いということだ。
「魔物とは何度取引を?」
「……わかりませんが、二十回以上は」
「その喋る緑色の魔物は、いつも大勢の魔物を引き連れてきた?」
「いいえ、魔物を連れ立ってきたのは最初だけで、あとは角の生えた馬に乗って……」
「城壁が破れた箇所の近くに、小さな小屋があった。あそこで、物品の受け渡しをしていた」
「ど、どうしてそんなことまで解かるのですか? あなたは、一体……」
「その魔物は森から現れたはず。あなたか、それか他の誰かがそれを確かめようと城壁に立って見張ったことは?」
「あります……、何故、そんなことが、まるで見てきたかのように」
「それはどうでもいい、とにかく、魔物は森から現れたということで間違いがない?」
「はい……、その通りです」
「何度それを確認したか教えてほしい」
「それは、たった二回ですが」
「そう……。わかった」
その喋る魔物は森の中に拠点を持っていて、そこに食料を運んでいたのはほぼ間違いないと思えた。その相手が何者なのかまではわからない。
女性なのだろうか。喋る魔物といい、その存在といい、わからないことは多い。しかし、ようやく何かの尻尾に触れたような気がした。
シシィはついで尋ねる。
「隕石の落下以来、その魔物は現れてはいない?」
「な、何故あの爆発が隕石によるものだとご存知なのですか? それは秘されているはず」
「……秘されている? どうして秘密にされているのかわからない。ああいった現象は隕石以外に考えられない。誰でもわかるはず」
「それは……、あなたが博識だからそう思うだけです。普通の人は隕石というものの存在すら知りません」
「……そう」
それは考えたことが無かった。自分が当たり前のように知っているからといって、誰もが知るわけではない。そんな単純なことに気づかなかった。
しかし、流星ならともかく、地表近くで爆発するような隕石は確かに普通の人が知るはずもない。自分だって書物の中で読んだから知っているだけであって、実際に目にしたわけではない。
何かを思い出したのか助祭がハッと目を見開く。
「そういえば……、一人だけ、隕石だと看破した人がいました」
「そういう人もいるかもしれない。けれど、それは今はどうでもいい」
「待ってください、その人は、隕石が爆発して数日後にやってきたのです。本人は農民だと言っていましたが、何故農民のような者が隕石を知っているのかと驚いた覚えがあります」
助祭が視線を机の上に落とす。そういったことを農民が知っていても不思議は無いと思うが、シシィには判断がつかなかった。
それはそんなにおかしいことなのだろうか。普通の人々の知識がどの程度なのかなど、気にしたことがない。
窓から差し込む光はやがて真横になろうとしていた。部屋はすっぽりと影の中に包まれて薄暗い。
ちょうどその時、部屋の扉が三度叩かれた。
助祭が立ち上がる。扉の前に行き、声をかけた。
「誰でしょうか?」
「わしだ」
「村長? どうしたのでしょう、今は少し取り込んでおりまして」
「二人の女が来ているのだろう? わしにも話を聞かせてくれんか」
「いえ、しかし。そういうわけにはいきません」
「話したのだろう、この村のことを」
「それは……」
助祭が口を噤む。その様子を見て、シシィは助祭に言う。
「別に構わない」
「そうですか、では……」
白く長い髭をさすりながら、村長が部屋に入った。どういう話をしていたのか、どこまで話したのかを助祭に尋ねている。
助祭からある程度のことを聞き終えて、そして赤い髪の女が紅の勇者だと知って村長は驚いたようだった。
「ほうっ、なかなか強そうな者だと思ったが、まさかあの紅の勇者様だったとは」
村長から視線を向けられて、リディアがしばらくぶりに口を開いた。
「お爺さんこそ、あたしの姿を見ただけで強そうだと気づくなんてなかなかじゃない。お爺さんは軍人だったの?」
「……傭兵戦争で少しな。いや、それはどうでもいい。大体の話はドートロシュ助祭から聞いたようだな」
「まぁ話をしてたのはあたしじゃなくて、こっちの子だけど……。あたしには難しいことはよくわかんないし」
「ふむ、そうか……。ならばわしが来る必要はなかったのか」
村長はそれだけ言って、背もたれに深く背を預けた。もう後は勝手にやってくれという態度だった。
それでも一応は話を最後まで聞こうとしているのか、部屋から出て行く気配はない。
助祭が一度咳払いをして、目頭を揉む。
「どこまで話していたか、ええと、確か隕石のことを知る農民の話でしたっけ」
シシィもわずかな疲れを感じて、口を隠しながら小さく欠伸をした。
「その農民のことはどうでもいい。わたしが知りたいのは、隕石の後に魔物が現れなくなったというのが正しいのかどうか」
隣で話を聞いていた村長が、身を乗り出す。
「ドートロシュ、その農民というのはあの黒髪が綺麗な子を連れた大荷物の若い男のことか?」
「え、ええ。そうですが」
突然話を遮られて、シシィが不満気に眉を寄せる。帽子のつばのせいで、誰も気づかなかった。
「あの若い男、魔物討伐軍にいたと言っていたな。大した働きなどしていないと言っていたが、あれは相当強いと見えた」
リディアが口を開く。
「魔物討伐軍? なんか聞いたことがあるわね、ルゥが言ってたのかしら」
目線を天井に向けたリディアに、村長が言う。
「魔物討伐軍というのは、ちょっと前に編成された軍でな、魔物の討伐を目的にあちこち巡っておったよ」
「へぇ、なかなかやるわね。シシィ、あんたは知ってた?」
「知っていた。魔物討伐軍の名を借りた、正規軍育成のための軍隊。魔物を討伐するという名目で教会からも資金を集め、その金で正規軍に昇格される予定の軍隊の教練を行っていたという」
シシィの言葉を聞いて、ドートロシュ助祭が驚嘆の声を出す。
「そんな! あれは魔物によって被害を受ける民を救うために組織されたはずでは!」
「なら最初にここへ来るはず。魔物を倒して回っていたのは事実ではある、しかし、実際には正規軍を育成するための演習が一番の目的だった」
「なんと……」
その程度のこと、教会だって知っているはずだ。資金を援助する見返りに、正規軍からの庇護、新規開拓地の権利に関するなんらかの約定は結ばれていたと見て間違いないだろう。
話が逸れていくのを感じて、シシィは話を戻そうと試みる。
「それで、隕石の後に魔物は現れなくなった?」
「え、はい。そうです、あの後ぱったりと現れなくなりました」
「そう……」
これだけのことを聞き出すのに、随分と時間がかかってしまった。
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