名も無き農民と幼女魔王

寺田諒

文字の大きさ
342 / 586
第二部 第三章

まだ夢中

しおりを挟む





 カールとソフィが去ってから、アデルはリディアとシシィに目を向けた。そこでアデルは困り顔のユーリを目にした。ユーリは笑みを浮かべてはいるが、困惑している様子だ。
 その原因がシシィにあるのを見て、アデルは頬を掻いた。


 シシィはいまだに小さな赤ちゃんに夢中のようで、普段からは想像もできないほど緩んだ顔で赤ん坊の頬をぷにぷにと指先でついている。

「アデルちゃん、かわいい……」

 もはや他のものなど何一つ目に入ってない様子だ。シシィがこれほど赤ん坊に夢中になるとは思わなかった。意外と可愛いものが好きなのだろうか。
 それはそれで微笑ましく素晴らしいことだが、中途半端な体勢のユーリはやや辛そうだった。赤ん坊を抱いているだけでも疲れるのに、シシィが見やすいような位置に持ってきているから尚更辛いだろう。

 アデルはシシィの隣に立ち、その肩を強めにぽんと叩いた。

「ほらシシィ、いつまでもハイジちゃんに構っていてはいかんぞ。ユーリさんと赤ちゃんをもう少し休ませてやらねば」
「あっ……」

 これでようやく我に帰ったのか、シシィは背筋を伸ばした。シシィが恥ずかしそうな表情でこちらを一度見てから、ユーリのほうへと視線を向けた。
 シシィが小さく頭を下げる。

「ごめんなさい、アデルちゃんが可愛くて、つい」
「いいんですよ、この子も可愛いお姉さんに好きになってもらえて嬉しいって言ってますから」

 ユーリは何一つ嫌な顔など見せず、赤ん坊をもう一度抱きなおした。その胸の中で、柔らかな命がきゃっきゃと声を上げながら手を振り回している。
 シシィはその姿を見てさらに心を奪われたようだった。それでもこれ以上迷惑をかけてはいけないと思っているらしく、手を伸ばすようなことはしない。


 大きな体がぬっとアデルの隣に現れた。ジルヴェスターは機嫌よさそうに頷いてから言った。

「よし、じゃあ俺は席を確保してくる。えーと、シシィさんとリディアさんも一緒にどうですか? ああ、アデルは帰っていいぞ」
「帰るか! とにかく、席を確保ってあれか、あの端っこのほうの」
「そうそう」

 舞台の前ではなく、ずっと後ろのほうにテーブルがいくつも並んでいた。あちこちからかき集めたものらしく、丸テーブルやら高さの低いテーブルやら色々と種類がある。
 どうやら今日はそこで飲み食いが出来るらしい。
 いつのまにか屋台らしきものがいくつか並んでいた。店を出している者に見知った顔もあった。



 ジルヴェスターの提案を受け入れ、アデルは適当なテーブルへと移動した。出来れば日陰になる場所がよい。
 人数が人数なので、一応屋台のほうに声をかけてからいくつか椅子を余分に持ってくる。ジルヴェスターは恭しい態度でユーリのために椅子を引いてやり、自分の奥さんをそこに座らせた。
 それから自分の肩に乗せていた息子を地面に降ろし、ユーリの左隣に座らせる。

 その態度を見てアデルは感心し、自分もシシィとリディアのために椅子を引いてやろうと思った。
 しかし、シシィはあっさりとユーリの右隣に座っているし、リディアも自分で椅子を引いて座っている。
 もしかすると、シシィには誰かに椅子を引いてもらうという発想自体が無いのかもしれない。ちょっとした失敗を犯した気分になって、アデルは耳の後ろ掻いた。



 シシィはユーリの右隣から、ユーリに対して何か話しかけていた。

「あなたにいくつか訊きたいことがある」

 真剣かつ真面目な口調だった。そのせいかユーリが身構えてしまっている。

「え、えっと? なんでしょう」
「その……、わたしもいずれ、子どもを産む日が来るから、赤ちゃんのこと、妊娠中のことなど、他にも色々と」
「あ、ああそういうことでしたら相談に乗ります。頼ってください。あれ、でもシシィさんどなたかと結婚を?」

 なんだか話がややこしくなりそうなので、アデルは場の空気を壊すかのように声を上げた。

「よし! わしがみんなの分の飲み物を買ってくる! ついでにちょいと挨拶せねばならん人もおるでな」
「あたしも手伝うわ」

 リディアはフードをさらに目深に被りなおしてそう言った。特に手伝いが必要だとも思えなかったが、アデルは快く頷いた。
 ジルヴェスターが陽気な声で言う。

「アデル、俺ビールな!」
「昼間から飲むつもりか、なんともいいご身分じゃのう」
「お前の分も奢ってやるよ」
「さすが親方、太っ腹!」

 ソフィからは人に勧められた時以外は酒を飲んではならないと言われている。昔、酔った挙句に色々とやらかしてしまったため、ソフィに迷惑をかけた。それ以来、飲むのを控えるようソフィに命じられている。
 おかげで酒を飲む量がぐっと減ってしまったのだ。

 だが今こそ飲む時。

 ジルヴェスターから金を受け取り、アデルはリディアを伴って屋台のほうへと向かった。



 屋台といっても、テーブルをロの字になるよう配置しているだけだ。そこに、町で飲食業を営むいくつかの店から人がやってきている。それほど大きな祭りでもないし、儲けなど見込めないような気もするが、そこらへんは義理人情的なもので出店しているのかもしれない。
 ロの字型に並んだテーブルの中には、ビールの樽やらリンゴジュースを作るための小型圧搾機などが置いてある。食べ物も扱っているようで、ソーセージがぶら下がっているのも見えた。

 リディアと一緒にそこへ向かって歩く。リディアは自分の顔を隠すため、フードを随分と目深に被っている。それではほとんど前が見えないだろう。
 確かに、リディアのような美人が人が集まる場所で顔を晒すというのは避けたほうがいいかもしれない。リディアに対して興味を持つ者が出てきてもおかしくはないだろう。
 普段であればリディアに声をかけようとは思わないかもしれないが、祭りの中では普段やらないことをやるものもいる。

「美人というのも大変じゃのう」

 そう呟くと、隣のリディアがふっと笑みを漏らした。

「なに、あたしのこと?」
「他に誰がおるんじゃ。まぁ目立たぬようにしておくのも大事じゃな、特に祭りのような日は」
「そうね、変に注目を集めると面倒だもの」
「賢い選択じゃな」

 自らの美しさを誇ろうとは思っていないらしい。もったいないような気もするが、これがリディアの選択なら尊重すべきなのだろう。
 これほどの美人なら安っぽいローブなどではなく、高価なドレスや宝石に身を包んでいてもおかしくないはずだ。残念ながら自分ではそんな生活を与えてはやれない。

 屋台に向かって歩いていると、左前方から誰かが勢いよく走ってくるのが見えた。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

まずはお嫁さんからお願いします。

桜庭かなめ
恋愛
 高校3年生の長瀬和真のクラスには、有栖川優奈という女子生徒がいる。優奈は成績優秀で容姿端麗、温厚な性格と誰にでも敬語で話すことから、学年や性別を問わず人気を集めている。和真は優奈とはこの2年間で挨拶や、バイト先のドーナッツ屋で接客する程度の関わりだった。  4月の終わり頃。バイト中に店舗の入口前の掃除をしているとき、和真は老齢の男性のスマホを見つける。その男性は優奈の祖父であり、日本有数の企業グループである有栖川グループの会長・有栖川総一郎だった。  総一郎は自分のスマホを見つけてくれた和真をとても気に入り、孫娘の優奈とクラスメイトであること、優奈も和真も18歳であることから優奈との結婚を申し出る。  いきなりの結婚打診に和真は困惑する。ただ、有栖川家の説得や、優奈が和真の印象が良く「結婚していい」「いつかは両親や祖父母のような好き合える夫婦になりたい」と思っていることを知り、和真は結婚を受け入れる。  デート、学校生活、新居での2人での新婚生活などを経て、和真と優奈の距離が近づいていく。交際なしで結婚した高校生の男女が、好き合える夫婦になるまでの温かくて甘いラブコメディ!  ※特別編6が完結しました!(2025.11.25)  ※小説家になろうとカクヨムでも公開しています。  ※お気に入り登録、感想をお待ちしております。

嵌められたオッサン冒険者、Sランクモンスター(幼体)に懐かれたので、その力で復讐しようと思います

ゆさま
ファンタジー
ベテランオッサン冒険者が、美少女パーティーにオヤジ狩りの標的にされてしまった。生死の境をさまよっていたら、Sランクモンスターに懐かれて……。 懐いたモンスターが成長し、美女に擬態できるようになって迫ってきます。どうするオッサン!?

田舎おじさんのダンジョン民宿へようこそ!〜元社畜の俺は、民宿と配信で全国初のダンジョン観光地化を目指します!〜

咲月ねむと
ファンタジー
東京での社畜生活に心身ともに疲れ果てた主人公・田中雄介(38歳)が、故郷の北海道、留咲萌町に帰郷。両親が遺したダンジョン付きの古民家を改装し、「ダンジョン民宿」として開業。偶然訪れた人気配信者との出会いをきっかけに、最初の客を迎え、民宿経営の第一歩を踏み出す。 笑えて、心温かくなるダンジョン物語。 ※この小説はフィクションです。 実在の人物、団体などとは関係ありません。 日本を舞台に繰り広げますが、架空の地名、建造物が物語には登場します。

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

扱いの悪い勇者パーティを啖呵切って離脱した俺、辺境で美女たちと国を作ったらいつの間にか国もハーレムも大陸最強になっていた。

みにぶた🐽
ファンタジー
いいねありがとうございます!反応あるも励みになります。 勇者パーティから“手柄横取り”でパーティ離脱した俺に残ったのは、地球の本を召喚し、読み終えた物語を魔法として再現できるチートスキル《幻想書庫》だけ。  辺境の獣人少女を助けた俺は、物語魔法で水を引き、結界を張り、知恵と技術で開拓村を発展させていく。やがてエルフや元貴族も加わり、村は多種族共和国へ――そして、旧王国と勇者が再び迫る。  だが俺には『三国志』も『孫子』も『トロイの木馬』もある。折伏し、仲間に変える――物語で世界をひっくり返す成り上がり建国譚、開幕!

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...