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第二部 第三章
まだ夢中
しおりを挟むカールとソフィが去ってから、アデルはリディアとシシィに目を向けた。そこでアデルは困り顔のユーリを目にした。ユーリは笑みを浮かべてはいるが、困惑している様子だ。
その原因がシシィにあるのを見て、アデルは頬を掻いた。
シシィはいまだに小さな赤ちゃんに夢中のようで、普段からは想像もできないほど緩んだ顔で赤ん坊の頬をぷにぷにと指先でついている。
「アデルちゃん、かわいい……」
もはや他のものなど何一つ目に入ってない様子だ。シシィがこれほど赤ん坊に夢中になるとは思わなかった。意外と可愛いものが好きなのだろうか。
それはそれで微笑ましく素晴らしいことだが、中途半端な体勢のユーリはやや辛そうだった。赤ん坊を抱いているだけでも疲れるのに、シシィが見やすいような位置に持ってきているから尚更辛いだろう。
アデルはシシィの隣に立ち、その肩を強めにぽんと叩いた。
「ほらシシィ、いつまでもハイジちゃんに構っていてはいかんぞ。ユーリさんと赤ちゃんをもう少し休ませてやらねば」
「あっ……」
これでようやく我に帰ったのか、シシィは背筋を伸ばした。シシィが恥ずかしそうな表情でこちらを一度見てから、ユーリのほうへと視線を向けた。
シシィが小さく頭を下げる。
「ごめんなさい、アデルちゃんが可愛くて、つい」
「いいんですよ、この子も可愛いお姉さんに好きになってもらえて嬉しいって言ってますから」
ユーリは何一つ嫌な顔など見せず、赤ん坊をもう一度抱きなおした。その胸の中で、柔らかな命がきゃっきゃと声を上げながら手を振り回している。
シシィはその姿を見てさらに心を奪われたようだった。それでもこれ以上迷惑をかけてはいけないと思っているらしく、手を伸ばすようなことはしない。
大きな体がぬっとアデルの隣に現れた。ジルヴェスターは機嫌よさそうに頷いてから言った。
「よし、じゃあ俺は席を確保してくる。えーと、シシィさんとリディアさんも一緒にどうですか? ああ、アデルは帰っていいぞ」
「帰るか! とにかく、席を確保ってあれか、あの端っこのほうの」
「そうそう」
舞台の前ではなく、ずっと後ろのほうにテーブルがいくつも並んでいた。あちこちからかき集めたものらしく、丸テーブルやら高さの低いテーブルやら色々と種類がある。
どうやら今日はそこで飲み食いが出来るらしい。
いつのまにか屋台らしきものがいくつか並んでいた。店を出している者に見知った顔もあった。
ジルヴェスターの提案を受け入れ、アデルは適当なテーブルへと移動した。出来れば日陰になる場所がよい。
人数が人数なので、一応屋台のほうに声をかけてからいくつか椅子を余分に持ってくる。ジルヴェスターは恭しい態度でユーリのために椅子を引いてやり、自分の奥さんをそこに座らせた。
それから自分の肩に乗せていた息子を地面に降ろし、ユーリの左隣に座らせる。
その態度を見てアデルは感心し、自分もシシィとリディアのために椅子を引いてやろうと思った。
しかし、シシィはあっさりとユーリの右隣に座っているし、リディアも自分で椅子を引いて座っている。
もしかすると、シシィには誰かに椅子を引いてもらうという発想自体が無いのかもしれない。ちょっとした失敗を犯した気分になって、アデルは耳の後ろ掻いた。
シシィはユーリの右隣から、ユーリに対して何か話しかけていた。
「あなたにいくつか訊きたいことがある」
真剣かつ真面目な口調だった。そのせいかユーリが身構えてしまっている。
「え、えっと? なんでしょう」
「その……、わたしもいずれ、子どもを産む日が来るから、赤ちゃんのこと、妊娠中のことなど、他にも色々と」
「あ、ああそういうことでしたら相談に乗ります。頼ってください。あれ、でもシシィさんどなたかと結婚を?」
なんだか話がややこしくなりそうなので、アデルは場の空気を壊すかのように声を上げた。
「よし! わしがみんなの分の飲み物を買ってくる! ついでにちょいと挨拶せねばならん人もおるでな」
「あたしも手伝うわ」
リディアはフードをさらに目深に被りなおしてそう言った。特に手伝いが必要だとも思えなかったが、アデルは快く頷いた。
ジルヴェスターが陽気な声で言う。
「アデル、俺ビールな!」
「昼間から飲むつもりか、なんともいいご身分じゃのう」
「お前の分も奢ってやるよ」
「さすが親方、太っ腹!」
ソフィからは人に勧められた時以外は酒を飲んではならないと言われている。昔、酔った挙句に色々とやらかしてしまったため、ソフィに迷惑をかけた。それ以来、飲むのを控えるようソフィに命じられている。
おかげで酒を飲む量がぐっと減ってしまったのだ。
だが今こそ飲む時。
ジルヴェスターから金を受け取り、アデルはリディアを伴って屋台のほうへと向かった。
屋台といっても、テーブルをロの字になるよう配置しているだけだ。そこに、町で飲食業を営むいくつかの店から人がやってきている。それほど大きな祭りでもないし、儲けなど見込めないような気もするが、そこらへんは義理人情的なもので出店しているのかもしれない。
ロの字型に並んだテーブルの中には、ビールの樽やらリンゴジュースを作るための小型圧搾機などが置いてある。食べ物も扱っているようで、ソーセージがぶら下がっているのも見えた。
リディアと一緒にそこへ向かって歩く。リディアは自分の顔を隠すため、フードを随分と目深に被っている。それではほとんど前が見えないだろう。
確かに、リディアのような美人が人が集まる場所で顔を晒すというのは避けたほうがいいかもしれない。リディアに対して興味を持つ者が出てきてもおかしくはないだろう。
普段であればリディアに声をかけようとは思わないかもしれないが、祭りの中では普段やらないことをやるものもいる。
「美人というのも大変じゃのう」
そう呟くと、隣のリディアがふっと笑みを漏らした。
「なに、あたしのこと?」
「他に誰がおるんじゃ。まぁ目立たぬようにしておくのも大事じゃな、特に祭りのような日は」
「そうね、変に注目を集めると面倒だもの」
「賢い選択じゃな」
自らの美しさを誇ろうとは思っていないらしい。もったいないような気もするが、これがリディアの選択なら尊重すべきなのだろう。
これほどの美人なら安っぽいローブなどではなく、高価なドレスや宝石に身を包んでいてもおかしくないはずだ。残念ながら自分ではそんな生活を与えてはやれない。
屋台に向かって歩いていると、左前方から誰かが勢いよく走ってくるのが見えた。
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