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第二部 第三章
その首筋に
しおりを挟む朝日が少しずつ輝度を増してゆく中、アデルは町への道をシシィと一緒に歩いた。別れの時間へと自ら歩み寄らなければならないのだから、足取りは自然と重くなってしまう。
何度も通った道が今はいつもより短く感じられてしまった。シシィとしばらく会えなくなるのを心が拒んでいるからだろう。
二人で歩いていると、もう町の入り口が見えるところまで来ていた。
さすがにいつまでもシシィと一緒にいるわけにはいかない。アデルは隣のシシィに話しかけた。
「名残惜しいが、この辺りでしばしの別れじゃな」
この言葉を受けて、シシィがさらにぎゅっと腕にしがみついてくる。こちらもシシィを離したくないと思ってしまうが、そういうわけにはいかないのだろう。
シシィにもそれはよくわかっているはずだ。
だから、この辺りでもうシシィを見送るべきなのだろう。
町の入り口が近づいてきたところで、アデルは足を止めた。
シシィもそれに合わせて立ち止まり、顔を伏せてしまう。アデルはそんなシシィの顎の下に手を差し込んだ。
手をシシィの頬に当てて、小さな顔を上向かせる。朝日の中に光る翡翠がまっすぐアデルを捉えていた。
金色の髪が風に撫でられてふわりと揺れる。
何かを言うのが嫌で、アデルはシシィの体を抱き締めた。シシィが服を着込んでいたから、暖かな綿を抱いているような気分になってしまう。
シシィがこちらの背中にそっと手を回してきた。シシィの持つ杖がアデルの太腿に軽く触れる。
シシィの小さな体を潰すかのように、アデルはぐっと力を込めた。耳元で、シシィの小さな呻きが聞こえた。
その声ですらも甘く感じられて、シシィの体がもっと小さくなるくらい抱き締めてやろうかと思った。
わずかな時間だった。それでもシシィの熱が伝わってきた。
力を少し緩めて、アデルはシシィの首元に自分の顔を寄せた。白い肌に唇を押し付ける。シシィの手がぴくりと震えて、アデルの服を掴んだ。
あの朝日が夕日に変わるまでこうしていたい。ただ、それは叶わないのだろう。
アデルはゆっくりと顔を離して、真正面からシシィの顔を覗き込んだ。シシィはやや恥ずかしそうに瞼を下げて、上目遣いにちらりとこちらを見てくる。
そんな表情をされると、こちらもたまらなくなってくる。
だが、ここは我慢だ。
「シシィ、寂しくはあるがしばしの別れじゃな。帰ってきたら、わしは我慢できずにシシィの体を潰してしまうかもしれん。厚着して暖かくしておくんじゃぞ」
こちらの言葉を聞き終えて、シシィが抱きついてきた。つま先立ちでこちらの首に手を回す。
その抱擁を受け止めるために、アデルはわずかに体を折った。
シシィのふわふわした髪が頬をくすぐってくる。それからシシィが顔をこちらの首元に寄せてきた。
その瞬間に、アデルは首元に暖かく湿ったものを感じた。
シシィは唇をアデルの首に強く口付けて、アデルの皮膚をじゅっと吸い上げていた。突然のことにアデルの指先が跳ねる。暖かな感触がぞくぞくと肌の上を這い回り、悶えてしまいそうになった。
さらに強く吸い上げられ、皮膚の弱い場所がちりちりと痛む。
甘美な痛みで、このままずっと体を委ねていたくなった。だが、いつまでもこうしているわけにはいかない。それでも、アデルの両手はシシィの体をぐっと強く引き寄せてしまう。
シシィの舌が首をれろりと舐めあげてきて、アデルの肌がぴりぴりと騒いだ。
この時間を終わらせたくない。そう思っていたところで、アデルは背中に衝撃を感じた。どすんと何か重たいものに突かれて、シシィごと半歩動いてしまう。
何かと思って後ろを振り向くと、そこでは二頭の馬が不満一杯といった様子で鼻息を荒くしていた。
馬はさらにその鼻先をアデルのほうへと振ってくるし、威嚇するように前肢の蹄で地面を掻いている。
「落ち着け、こら」
仕方がないのでシシィの体を離す。そうすると二頭の馬が自分とシシィの間に割り込んできた。どうやらこちらが仲良くしているのを見て、怒りに駆られたらしい。
シシィの体が離れたことで、再び体に寒気が訪れる。首元に残ったシシィの唾液も、空気の中で冷たくなってしまい、そこだけが妙に寒々しい。
シシィはどうして馬が割り込んできたのかよくわかっていないらしく、穏やかな声で馬を宥めている。
「ダメ、もう少し離れていて」
そうは言うものの、馬のほうは言うことを聞く気にはなれないようだった。それでもシシィは馬に向かって落ち着くように語り掛けている。
馬も根負けしたらしく、名残惜しそうに、そして恨めしそうにこちらを見ていた。
シシィは親切にも馬の気持ちを説明してくれた。
「エクゥとアトの気が逸っている。きっと、早く走りたいのだと思う」
「いや、それは違う気もするが……」
あの馬たちは自分のご主人さまが他の男と仲良くしているのが気に入らないのだ。
その気持ちはシシィには伝わっていないらしい。シシィは馬のことはもう終わったと思ったのか、こちらの顔を見て言った。
「少し屈んで」
「ん?」
いきなり話が変わって、アデルは戸惑った。シシィの言う通りにわずかに前かがみになると、シシィはさきほど唇を付けた首筋に目を向けた。
自分では見えない場所なので、どうなっているのかわからない。
「あなたの首に、わたしの跡が残っている」
「随分と強く吸われたからのう」
思わず手で首元を押さえたくなったが、シシィが覗き込んでいるのでやめた。シシィは自身が吸い上げた場所を見て満足したらしく、ほんの少しだけ唇の端を横に引いている。
その愛らしい表情を見ていると、こちらもたまらなくなってきた。
「では今度はわしのこの、押さえがたい気持ちを味わってもらうとするかのう」
「え?」
意味を掴めなかったシシィの肩を掴み、その細い首筋に唇を付けた。それだけでシシィの体がぴくりと震える。
音が鳴らないように、アデルはシシィの肌に強く唇を押し付け、呼吸筋を一気に収縮させてシシィの肌を吸った。シシィの体がぴくぴくと震え始める。
「あ、あ……、や」
シシィが身を捩ったことで、唇の押し付けが甘くなった。びゅっと濁った音が鳴ってしまう。アデルはさらにシシィの体を強く密着させ、シシィの白い肌をさらに強く吸い上げた。
かすかに震えながら、シシィが指先をアデルの服にかけてぎゅっと握りこむ。
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