【本編完結済み】二人は常に手を繋ぐ

もも野はち助

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【本編】

12.二人は再び窮地に陥る

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「――様っ!!」 

「――リアお姉様っ!!」

「ロナリアお姉様ぁーっ!!」

 薄っすらとした意識の中で何度も必死に呼び掛けてくる声が聞こえてくる。
 その声をぼんやり聞いていたロナリアだが、つい先程までの状況が頭の中に蘇ってきた瞬間、勢いよく体を起こした。

「いっ―――っ!!」

 同時に全身に痛みが走る。特に右足首の激痛がロナリアの顔を歪ませた。

「お姉様!! どこか痛いの!?」

 すると、目の前で大きな瞳からボロボロと涙を零したアリシアが、不安で堪らないという表情を浮かべながら、ロナリアの顔を覗き込んで来た。その必死な様子のアリシアを少しでも安心させてあげようと、ロナリアが軽く微笑む。

「少し右足を捻ってしまったみたい……。でもそれ以外は大丈夫。それよりもアリシア嬢は? どこか痛いところとかない?」
「私は平気……。ロナリアお姉様が庇ってくれたから……」

 グスグス言いながらも懸命に自分が無事な事を告げてきたアリシアをロナリアが、自分の方へと引き寄せる。

「一人で怖かったよね……。気を失ってしまって、ごめんね?」

 すると、アリシアが大きく頭を左右に振る。

「大丈夫……。だってロナリアお姉様が一緒だったから。でも私の所為でお姉様まで落ちてしまって……。ごめんなさい! 私があの子をちゃんと避けられていたら……」
「アリシア嬢の所為じゃないよ? 私がすぐに気付いて避ける様に誘導してあげられなかったから……。私の方こそ、ごめんね?」

 そう告げると、アリシアがロナリアに抱き付いてきた。
 そんなアリシアの頭をロナリアが優しく撫でる。
 しかし……現状、かなり困った事態に陥ってしまっている。
 自分達が落ちた先は、恐らくまだ下級魔獣エリアではある。
 だが、確実に山道からは外れてしまっているので、どう戻ればいいのか分からない。おまけにロナリアの今の右足では、満足に歩けそうにもない……。

「うーん、困ったな……。とりあえず、こういう場合は、むやみに動かない方がいいから、ここでしばらく救助を待ってみましょうか?」
「助けにきてくれるかな……」
「大丈夫だよ! だって私達が落ちる姿は、クラスメイトが見ているから。きっとすぐに救助隊を組んで、助けに来てくれるはずだよ?」
「本当……?」
「うん。だから少しここで助けが来るまで待っていようね?」
「うん……」

 言い聞かせるようにアリシアの顔を覗き込むと、不安からなのか再び甘える様にロナリアに抱き付いてきた。そんなアリシアの背中をあやす様に優しく撫でる。
 だが、やはり不安なのか、撫でる背中から少しだけ震えている事が分かる。
 その様子に気付いたロナリアが、何か気が紛れる会話でも出来ないかと思い、先程の会話でふと気になった事をアリシアに聞いてみた。

「アリシア嬢、さっき私に魔法を使う事は好きかって聞いてきたよね? アリシア嬢は、魔法を使う事は好きなのかな?」

 すると、ロナリアを見上げてきたアリシアの瞳がユラユラと揺れる。

「私、魔法は上手じゃないの……。魔力は普通の子より少し高いのだけれど、コントロールが悪くて。いっつも変な方向に飛んで行っちゃうから、隣の席の男の子に笑われて……。だからお外での魔法の授業は好きじゃないの……」
「そっか……。コントロールかぁ。アリシア嬢は魔力が少し強すぎるから、制御が難しいのかもね。もしかしたら魔法を放つ前の溜めが長すぎるのかも」
「溜め?」

 不思議そうに首を傾げてくるアリシアの様子から、遭難してしまった不安が少しだけ軽減された事を確認する。そしてこのまま気が紛れればと思い、ロナリアは自分の右手を森の奥の方へとかざした。
 すると、かざした手の先に氷の塊が少しずつ形を成す。

「こうやって魔法を発動する前に魔力の塊を溜めるでしょ? 私は魔力の出口が小さいから長く溜めないといけないけれど……。アリシア嬢の場合、魔力の出口が皆より少し大きいと思うから、すぐに放てる準備が出来てしまうの。でもあまりにも溜め過ぎて、魔力の塊を大きくしてしまうとコントロールが難しくなると思う。だから、アリシア嬢はあまり魔力を溜めないで早めに魔法を放てば、コントロールがしやすくなるんじゃないかな?」

 そう説明したロナリアは、発動した氷魔法を森に向かって放った。そのロナリアの説明を聞いたアリシアの瞳が輝き出す。

「わ、私も! 今の通りにやってみていいかな!?」
「うん。やってごらん。放つタイミングは私が教えてあげるから」
「うん!」

 そう言ってアリシアが、両手を森の奥の方へとかざす。
 すると、一瞬でその手の中に気流が渦巻いた。
 どうやらアリシアは風属性の魔法が得意な様だ。

「はい! 今!」

 ロナリアがアリシアの背中を軽くポンと叩いて合図を出す。
 それと同時にアリシアが風魔法を森の奥へと放った。
 すると、狙っていたらしい一本の木の枝を見事に切り落とす。

「やったぁー!! ちゃんと狙った所に打てたぁー!!」
「良かったねー! これでもう笑われたりしないよ?」
「うん! ロナリアお姉様、ありがとう!」

 そういってはしゃいでいるアリシアを見ながら、ロナリアは少し複雑な気分を抱く。何故ならアリシアが放った風魔法の方が、ロナリアが扱う風魔法よりも遥かに強力だったからだ。

 7歳児に負けた……。

 大喜びしているアリシアを前にロナリアは、少しだけ傷ついた……。
 だが、自分の魔力の弱さに関しては、もう諦めはついている。
 それよりもこの湯水のように沸き上がる魔力体質を生かせる方法を模索した方が、誰かの役に立てそうだと、この魔法学園に入学した頃から常に感じていたロナリア。そしてその一番の活用法が、リュカスへの魔力譲渡だった。

 しかし、もう一カ月以上もリュカスに魔力を供給していない……。
 本人は問題ないとは言っていたが、やはりある程度の支障は出てしまってはいると思われる。
 だが、たとえ魔法が使えなくても剣術にも優れているリュカスなら、護衛騎士としてでも十分にエクトルの側近は務まるはずだ。
 ならば、無理に魔法を使う事に拘る必要はない。
 そんな事を考えていたら、アリシアに制服でもある魔道士用のローブの袖を軽く引っ張られる。

「アリシア嬢? どうしたの?」
「あのね、お姉様。さっきから、お空がピカピカしている気がするの……」
「空が?」

 そう呟きながら、ロナリアが空を見上げると、確かに一瞬だけ光っているように見えた。だが正確には、何かの衝撃で透明な壁のようなものが、一瞬だけ姿を現しては消えるような現象を繰り返している。

「お天気もいいから雷じゃないよね?」
「そうね……。何かしら?」

 そんな会話をしながら二人で上空に視線を向けていると、その謎の現象が急にピタリとやんだ。だが同時に二人の元に物凄い風が吹き荒れる。
 その風圧から庇うようにロナリアは、すぐにアリシアを抱きしめた。
 アリシアもロナリアの腕の中で、ギュッと瞳を閉じる。
 すると、すぐに風がやみ、二人はゆっくりと瞳を開いた。
 だが――その目の前には信じられない光景が飛び込んで来くる。

「ヒィッ!!」

 その光景を見たアリシアが、思わず叫びそうになったので、ロナリアが慌ててその口を塞いだ。同時に物凄い勢いで、ブワリと冷や汗が出てくる。
 息を殺すように身を縮こませた二人の目の前に現れたのは、真っ黒で禍々しい姿をしたドラゴンだったのだ……。

「カ、カオスドラゴン……? 何でこんなところに……」

 そのロナリアの小さな呟きを聞いたアリシアの顔色が、真っ青になる。
 そもそもカオスドラゴンが現れるのは、上級魔獣エリアだ。
 だが現在ロナリア達がいる場所は、明らかに下級魔獣エリアである。ここにいるはずのない魔獣との遭遇に二人は、パニックに陥る。

「お、お姉様……」
「大丈夫。ジッとしていれば、気付かれないから!」

 そうは言いつつも、実際は気付かれるのも時間の問題だ……。
 カオスドラゴンは、昔ロナリアが遭遇したフェイクドラゴンと違い、れっきとしたドラゴンに属する。その為、五感はかなり優れているはずだ。
 しかし、古龍ではないので、一般的な上級魔獣と同じ感覚で討伐される魔獣ではあるのだが……その際、必ず討伐部隊が組まれるレベルなのだ。
 その場合、ベテランのドラゴンハンターなら最低でも4人。
 宮廷魔道士の場合だと、6人以上で討伐する事が多い。

 しかし、いくら気付かれていないとはいえ、二人はすでにカオスドラゴンの間合いに入ってしまっている状態だ。今からでは逃げる事は難しい。
 しかも今のロナリアの足の状態では、走る事は絶対に無理だ……。

 どうしよう……。このままじゃ、二人共助からない……。

 内心、これがロナリアの本音だった。
 しかし、ただでさえ恐怖で怯えているアリシアの前で年上の自分が動揺している姿を見せてしまえば、ますます不安にさせてしまう。
 その為、ロナリアは出来るだけ平然とした態度を貫き通した。
 すると目の前のカオスドラゴンが、ノシノシと二人の近辺を徘徊し出す。

「お、お姉様……っ!!」
「大丈夫。静かにしていれば大丈夫だから」

 まるで自分にも言い聞かせるようにロナリアが、小声でゆっくりと囁く。
 だが、内心では今にも泣き出したい程、ロナリアも怖い……。
 しかしここで年上の自分が泣き言をいう訳にはいかない。

 何とかして逃げ切る方法はないか……。
 必死で頭をフル回転させて打開策を考えていたその時、急にロナリアは後ろから大きな手で口を塞がれた。

「――――っ!?」

 よく見ると、自分の腕の中のアリシアも同じようにその大きな手に口を塞がれている。その状況にパニックを起こしながらも後ろの人物が誰なのか、確認しようと振り返ろうとした。すると、その人物が小声でロナリアの耳元に囁く。

「ロナ。いきなり、ごめん……。手を離すけど、大声は出さないでくれる?」

 その瞬間、ロナリアの中に一気に安堵感が広がる。
 ゆっくりと後ろを振り返ると、そこには一カ月ぶりに会う婚約者がいた。
 その瞬間、ロナリアの瞳にブワリと涙が溜まり出す。
 だが、それをロナリアはグッと堪えた。
 今は泣いている場合ではない。
 目の前にいる幼いアリシアの前で泣いてしまえば、ますます彼女を不安にさせてしまう……。

 そう思って、グッと唇に力を込めると、その様子に気付いたリュカスが、柔らかい笑みを浮かべながら、先程口を塞いでいた手でロナリアの頭をポンポンと安心させるように軽く叩く。その光景をロナリアの腕の中からアリシアが、キョトンとした様子で眺めていた。

「リュカ。どうしてここに?」
「魔法騎士科も丁度ここで実習だったんだ。そうしたらロナ達が行方不明になったって聞いて……。だけど何故、カオスドラゴンがこんなところに……」
「私にも分からないの。急に上空から降りて来て……」
「ロナ。もしかして、今日、魔獣の樹海で魔法を使わなかった?」
「う、うん。二回使ったけれど……。でもどうして?」
「やっぱり……」

 ロナリアの返答を聞いたリュカスが、何故か盛大に肩を落とす。
 その反応の意味が、さっぱり分からないロナリアは首を傾げる。

「詳しい話は後でするけれど、今はこの場を早く離れた方がいい。ロナと……アリシア嬢だっけ? あそこのエクトル殿下がいる場所まで走れる?」
「で、殿下まで助けにきてくださったの!?」
「うん。僕と一緒に来てくれた。あと今ライアンが救助隊を呼びに行ってくれている。そもそも火属性特化型の殿下の上級魔法なら、あのカオスドラゴンは一撃で仕留められると思うけれど……」
「ダメだよ……。魔獣の樹海は単独での上級火属性魔法は使用禁止だよ? もし使う場合は、水か氷の上級魔法が使える人が必ず側にいないと……」
「そうなんだよね……。そうなると、やっぱり逃げるしかないか。ロナ達、あそこまで走れる?」

 そのリュカスの質問に一瞬、ロナリアが押し黙る。
 すると、先程からずっと黙っていたアリシアが口を挟んで来た。

「ロナリアお姉様、右足を怪我しているから走れないの……」

 そのアリシアの言葉にリュカスが大きく目を見開く。

「そうか……。だとすると、やっぱりあいつを何とかしないとダメか……」
「何とかって……無理だよ! カオスドラゴンだよ? 今からリュカに魔力の譲渡を始めても一カ月も空っぽ状態だったんだから、あんな上級クラスの魔獣を一撃で仕留められる魔力を送るには、30分くらい掛かるよ?」
「そうだよね……」

 ロナリアの意見に同意しつつも、何故かリュカスは俯き気味で顎に手を当てながら考え込んでしまった。その様子に何かいい方法でもあるのだろうかと、ロナリアが少し期待する。すると、リュカスがスっと顔を上げた。
 そしてそのまま真っ直ぐな視線をロナリアに向け、ジッと見つめてくる。

「リュカ?」
「ロナ、ごめんね……。でも緊急事態だから、許して……?」
「えっ……?」

 リュカスの呟きの意味が分からず、ロナリアがキョトンとする。
 そのロナリアの顎をリュカスがクイっと持ち上げ、自分の方へと向けた。
 次の瞬間―――。
 ロナリアはリュカスの唇で思いっきり口を塞がれた。
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