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【本編】
11.二人は気持ちを整理する②
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一方、その頃――――。
魔法騎士科のリュカス達も『魔獣の樹海』に実技演習の為、訪れていた。
ただし、同じ樹海内でも中級魔獣エリアなので、ロナリア達よりも更に奥に進んだ場所だ。
本日は、この場所で数が増えて間引き対象となっている何種類かの魔獣の討伐が魔法騎士科の課題となっている。
リュカスも普段行動を共にしている第三王子エクトルと、例の伯爵令息のライアンと共にこの課題をこなしていたが、討伐数のノルマはすでに殆ど達成していたので、のんびりと時間を潰していた。
すると、ライアンが面白がるようにリュカスに話しかける。
「なぁ、リュカス。お前、ロナリア嬢と喧嘩でもしたのか?」
この元口が悪い伯爵令息のライアンだが……実はあのお茶会の後、本格的に伯爵令息としてのマナーの悪さを両親から問題視され、魔法学園の入学を中等部まで見送られてしまっていたそうだ。
その為、7年間は貴族令息としてのマナーや教養、領地経営の知識をみっちり叩きこまれ、中等部からやっと魔法学園に入学させて貰えたらしい……。
だが、みっちり叩き込まれたはずのマナーは、気心知れた人間の前だと、すぐに言葉遣いが雑になる。
「喧嘩はしていない。ただ……お互い少しだけ距離を置いているだけだ」
「あー……倦怠期ってやつだな」
「違う」
「何が違うんだよ? 大体、お前らガキの頃からイチャイチャイチャイチャし過ぎなんだよ!! だから早めの倦怠期がくるんだぞ!?」
「だから倦怠期じゃない!! それにイチャイチャもしてない!!」
「うわぁ……。無自覚かよ……」
珍しく揶揄いやすい状態になっているリュカスに対して、日頃の恨みを晴らすように嬉々としながらライアンが絡む。その光景を苦笑気味で見ていた第三王子が、会話に参加してきた。
「ライアン。リュカは今傷心なのだから、あまり苛めちゃダメだよ?」
「殿下……。フォローする体で僕を揶揄うのは、やめて頂けませんか?」
「だって。君がこういう立ち回りを失敗しているのが、あまりにも珍しいから面白くて、つい……」
「どうして僕には、ロナみたいに親身になってくれる友人ではなく、こんな腹黒いタイプと単細胞な奴が友人なんだ……」
「リュカ、それ、王族に対しての不敬になるよ?」
「誰が単細胞だ!! お前、俺の扱い雑すぎだろ!?」
「ライアン、今ので君、自分が単細胞だって認めてしまっているからね」
エクトルのツッコミに一瞬詰まるも、元凶であるリュカスにギャンギャンと文句を言うライアン。それをリュカスが、ふいっと目を逸らし無視する。すると更にライアンが不満を募らせ、怒りをまき散らす。
そんないつもと変わらない光景をしばらく傍観していたエクトルだが、この一カ月間のリュカスの元気のない様子は、気になっていたらしい。
ちょうど良い機会だと言わんばかりにその真相を探って来た。
「リュカ。ティアから聞いたのだけれど、君達はもう一カ月近く手を繋いでいないそうだね。何故だい?」
「それは……お互いの時間も大切だからとロナから提案があって……」
「へぇー。ロナリア嬢からの提案だったんだ。でも君達って、手を繋いでいる間もお互いの時間を尊重し合っていたよね? どうして今更?」
ティアというのは、エクトルの婚約者であるティアディーゼの事だ。
恐らくロナリアの様子がおかしいと感じたティアディーゼが、エクトルにそれとなくリュカスに探りを入れるように打診したのだろう。その所為か今回、やけに掘り下げてくるエクトルにリュカスが、怪訝な表情を浮かべた。
対してライアンの方は、いつもの腹の探り合いを始めた二人の会話に呆れ気味な表情を向けながら、聞き耳を立てている。
「お互いに他の友人との交流も大切にした方がいいとロナに言われて……」
「はぁ!? ロナリア嬢はともかく、お前の友人って俺とエクトル殿下くらいしかいないじゃないか。今更、交流深めるとか気持ち悪いんだが」
「安心していいよ。君は僕の友人という感じじゃないから。しいて言えば……ペットか玩具?」
「どういう扱いだ!! お前、本当俺の事、舐めてるだろっ!?」
「まさか! 僕は君の事は尊敬しているよ? だって君程、弄り甲斐のある人間には遭遇した事がないからね」
「お前……。ロナリア嬢以外に対しては、本当に性格悪いよな……」
「殿下には負けるけどね」
「リュカ。それ、僕に対して不敬だから」
何とか話を変えられて内心ホッとしていたリュカスだったが、エクトルはそんなに甘くはなかった。再度、先程の話を蒸し返す。
「で? 本当は何が原因でロナリア嬢と距離を置く事にしたの?」
ニコニコしながら追及を再開してきたエクトルをリュカスが恨めしそうに睨みつける。この第三王子は、温厚そうな人間の皮を被った完全なる腹黒だ……。
中等部から女子生徒達にわざと囲まれては困り顔をし、それを必死で追い払いに来てくれる婚約者のティアディーゼの姿を愛でたいが為だけに少々押しに弱そうな王子を演じている。
学園内では、一応全生徒平等という事にはなってはいるが、それでも自分よりも身分が高い人間に対しては、最低限の配慮と敬意を払う事は暗黙の了解だ。
ましてや王族に対しては、流石のリュカスも強くは出られない為、渋々とエクトルの質問に答え出す。
「一年前からロナの僕に対する態度が少し変なんです。何と言うか……こう少し挙動不審になるというか……」
「ああ、なるほどね」
「二学年に上がってからは特にそれが目立って……」
渋々口にしたリュカスの言葉に何故かライアンが吹き出した。
その反応にリュカスが鋭い視線で睨みつける。
するとエクトルがニコニコしたまま、リュカスをぶった切るような返答をした。
「うん。それは全面的にリュカが悪いよね」
「はい?」
「そうだな。100%お前が悪い!」
「何でだよ!!」
二人から同時に悪者扱いされたリュカスが、不満そうに抗議の声を上げる。
すると、エクトルが人の悪そうな笑みをニヤリと浮かべた。
「リュカ。君、中等部に上ってから、自分のロナリア嬢に対してのスキンシップが、やたらと過剰になっていた事には気付いてはいた?」
「スキンシップ?」
「例えば……話す距離感が異様に近くなっていたり、手を繋ぐだけでなく、やたらと密着するような行為が増えたりしていたよね?」
「そんな事はないと思いますけど……。仮にそう見えたとしても僕とロナの場合、幼少期からそういう感じの付き合い方だったから、僕達の中では普通の接し方になるので……」
「お前……。ガキの頃からロナリア嬢に膝枕とかして貰っていたのか……?」
「僕だって何度かロナに膝枕をしてあげた事はあるよ!」
「お前ら、ガキの頃からどういう付き合い方してんだよ……」
「そもそも子供の頃は、男女同士でもふざけて抱き合ったり一緒に昼寝とかしたりするだろう!?」
「俺はした事ないわ! 何だよ! その羨ましい思い出話は!」
またしてもじゃれ合いを始めて話が逸れそうになったので、再度エクトルが軌道修正をする。
「まぁまぁ。ライアンもそんなに僻まず、とりあえず落ち着いて」
「ひがっ……!?」
「そんな事よりも今は、リュカがその事を自覚していない事が問題なのだから、早く教えてあげないと」
「自覚していない?」
エクトルのその言葉に再びリュカスが訝しげな表情をしながら眉間に皺を刻む。
その様子にまたしてもエクトルが、意地の悪そうな笑みを浮かべた。
「ねぇ、リュカ。君は中等部に上がってからは、故意にロナリア嬢へ過剰なスキンシップが出来るような行動をワザとしていたよね?」
すると、リュカスが大きく目を見開いた。
「その……殿下のおっしゃっている意味がよく分からないのですが……」
「あれ? 違うのかな。だって君は自分に好意を寄せている女子生徒達からの握手をワザと受け入れて、敢えて具合が悪くなっていたよね?」
「はぁ!?」
エクトルの指摘にリュカスがサッと目を逸らす。
その様子を見たライアンが素っ頓狂な声を上げた。
「え!? 何それ!? 殿下! どういう事ですか!?」
「どうもうこうもないよ。リュカは、具合が悪くなれば毎回ロナリア嬢が膝を提供してくれる事に味をしめて敢えて、あの握手攻撃に甘んじていたんだよ」
「はぁ!? リュカス! お前、それ紳士として最低だろ!?」
「最低じゃない!! た、確かに具合が悪くなるとロナに膝枕して貰えるという下心は、少しばかりあったけれど……」
「あったのかよっ!!」
「でも! あの場合、握手する事でしっかりと魔力が合わない事を相手に分からせてから拒絶した方が、諦めさせる為に一番効率が良かったんだ!」
「そんな訳ないだろう!! そもそも『自分には婚約者がいるから他の女とは握手しない!』って断る方が手っ取り早いじゃないか!!」
「はぁ……。これだから単細胞は……。そうなると彼女達は、自分達が受け入れて貰えないのはロナの所為だと思い込んで、今度はロナに嫌がらせを始めてしまうだろ!?」
「あっ……」
「それに……握手をしないと、いつまで経っても自分にもロナの代わりが出来るかもしれないという期待が消えない。だから僕はなるべく握手に応じて、彼女達を確実に諦めさせていたんだ!」
「な、なるほど……」
リュカスの言い分にまんまと言いくるめられたライアン……。だが頭の切れる腹黒第三王子のエクトルの方は、そう簡単にはいかない。ライアンを上手く言いくるめて油断しているリュカスに品定めするような意地の悪い笑みを浮かべて、更に追撃を再開する。
「確かにリュカのその対応は、一番ロナリア嬢に被害が行かない素晴らしい対策だと思うよ? でもね、僕が気になっているのは別の部分なんだ。リュカ、君は何で中等部後半辺りから、やたらとロナリア嬢との接する距離が近くなったの?」
「はい?」
「君達が幼少期から、とても仲が良い事は初等部から一緒の僕は、よく知っているよ。でもそれを差し引いても中等部からの君は、ロナリア嬢に対して過剰なスキンシップや近い距離感が増しているんだよね」
「確かに……長い間一緒にいたので慣れから、そうなってしまっていたかもしれませんが、故意でそうなっていた訳では……」
「いいや。『故意』だよね?」
そのエクトルの鋭い指摘にリュカスが、グッと喉を詰まらせるような反応をする。
その様子にライアンが、呆れるように口をポカンと開けた。
「お前……まさか……。ガキの頃からの癖を利用して、ロナリア嬢を触りたい放題な状態で堪能していたのか!? このムッツリめ!!」
「違う!! 人を変態みたいに言うな!!」
「確かにリュカは、そういういかがわしい下心でロナリア嬢に過剰なスキンシップを図っていた訳ではないよね。だけど、ロナリア嬢ともっと触れ合いたいという下心はあった」
「それは……」
「いや、殿下。触れ合いたいとか、普通にいかがわしい下心でしょ?」
「ライアンは、本当に本能で生きているよね……。僕が言っている『触れ合い』は、恋人同士が行う甘い触れ合いの方だよ。君が言っているのは、恐らく性的欲求を満たす方の触れ合いだろ?」
「え……? 触れ合いたいって普通そっちの方がメインじゃないんですか?」
「確かに僕らは女性と比べたら生物学上繁殖本能が強いから、情緒的な甘い触れ合いよりも本能に忠実な触れ合いを好む事は多いけれど……。愛する女性を得ると、ひたすら愛でたいという甘い触れ合いも魅力的に感じるんだよ。それが分からないのであれば君、早く婚約者を得た方がいいと思うよ?」
「うぐ……」
エクトルから憐憫の眼差しを向けられたライアンが、カエルが押し潰されたような声で呻きながら、悔しそうな反応をする。その様子に「ざまぁみろ!」と心の中で呟いたリュカスだが、その事に気付いたエクトルがニコリと笑みを向けながら、再びターゲットをリュカスに戻してきた。
「それでリュカは気付いていたの? 自分のその過剰な行動に」
「確かに……中等部に上がってからは、故意にロナと触れ合える機会が増えるような振る舞いを行っていた事は認めます……。ですが、ロナがあそこまで身構えてしまう程のスキンシップはしていなかったと……」
そう言いかかけたリュカスにエクトルとライアンが、同時にため息をつく。
「リュカ、それ本気で言っているの?」
「お前、無自覚だったのかよ……」
「はぁ?」
何の事を言われているのか全く心当たりがないリュカスが、訝しげな顔をする。すると、やや呆れ気味な様子でエクトルが小さく息を吐いた。
「なるほど。やっと君達がすれ違っている原因が分かったよ……。リュカ、恐らく君の中では中等部から故意に始めたスキンシップは、かなり抑えたものだという認識でいるみたいだね」
「認識も何も……実際に抑えていると思いますが……」
「残念だけど、高等部に上がってからは全く抑えられていないよ?」
そのエクトルの指摘にリュカスが、心底驚いたような表情を浮かべた。
その全く自覚のなかった様子にエクトルだけでなく、ライアンも盛大に呆れる。
「いや、でも……っ!」
「お前、本当に無自覚でああいう接し方してたんだな……。ハッキリ言って、ここ最近のお前のロナリア嬢に対する接し方は、完全に好きな女を落とす気満々な接し方だった!」
「はぁ!? 嘘だろ!?」
ライアンの追い打ちを掛けてくるような指摘にリュカスが素っ頓狂な声を上げる。だが二人はそんなリュカスに向かって、ゆっくりと首を左右に振った。
「リュカ、ここ最近の君はロナリア嬢と手を繋ぎながら歩いている際、必要以上に彼女の顔をかなり近い距離で覗き込んでいた事に自覚はあったかい?」
「えっ……?」
「最近は手を繋ぐ時、指を絡めるような繋ぎ方していたのは、絶対にお前が率先してやってただろ?」
「あっ……」
「夜会でエスコートする際も以前は腕を組む程度だったのに最近は、やたらと腰に手を回して彼女を自分の方に引き寄せていたよね?」
「…………」
「一番腹が立つのは、何で膝枕して貰う時にうつ伏せになるんだよ!! お前、絶対にロナリア嬢の匂いを満喫していただろう!?」
「ちょっと待て!! それだけは断固否定する!!」
「いいや! 絶対にそうだね!」
「違う!! 勝手に決めつけるな!!」
「じゃあ、ロナリア嬢、いい香りしなかったのかよ!?」
「た、確かに中等部くらいから、ロナは甘くていい匂いがしているけれど……。別にそれを目的として、うつ伏せになっていた訳じゃない!! 純粋にあの体勢が一番僕に魔力が流れ込みやすいからで――っ!!」
「やっぱ、堪能してんじゃねぇーかっ!!」
「偶然だ!! 故意じゃない!!」
段々と思春期男子特有の下世話な会話展開になってきた事に気品あふれる王族のエクトルが、二人に白い目を向け始める。そんな事には気付かない二人は、更に言い合いを白熱させていった。
半ば呆れ気味な表情でその光景を眺めていたエクトルだが、更に下世話な内容になってきた二人の白熱振りに、わざと大きく咳払いをする。
すると二人は、ピタリと言い争いをやめた。
「何にしても、ロナリア嬢が君に対して挙動不審になってしまった経緯は……リュカ、君の無意識による過剰アプローチが原因だ」
「うっ……」
「まさか無自覚だったとは……流石の俺もドン引くわ……」
「違うよ、ライアン。リュカは自分では控えめにやっていたつもりで、故意にそういうアプローチをしていたのだから、自覚しての行動だよ?」
「いや、控え目だと思い込んでいる辺りが、無自覚ですよね?」
「本当にね。第三者からだと、過剰アプローチしているようにしか見えなかったからね」
「…………」
エクトルだけでなく、ライアンにすらそのような行動に見えてしまう事を控え目なつもりで行っていた自分の無自覚さにリュカスが項垂れる。
「僕がガツガツ行ったから……ロナは怖くなってしまったのかな……」
「いや、違うだろ。傍から見たら確かにお前はガツガツ行っていたが、ロナリア嬢にとっては、涼しげな顔でお前がそういう接し方をしていたから、変に勘違いしてしまう自分が嫌だったんじゃないか?」
「変に勘違い?」
「要するに……ロナリア嬢は、雰囲気は友人に対する様子なのに行動が甘すぎる君に恋心を抱いてしまい、その事で君との友情に支障が出る事を懸念したのではないかな?」
「何でそんな事を……。素直に恋愛感情を抱いてくれればいいのに……」
「お前がそれを言うか? だったら何でお前は、故意にロナリア嬢に過剰なスキンシップする際、涼しげな顔をしてやってたんだよ?」
「それは……いきなりそういう接し方をしたら、ロナに警戒されて避けられると思っ……あっ!」
「ほれ見ろ! 自分だって守勢に立ってんじゃねぇーか!」
「ロナリア嬢も同じ気持ちだったんだよ。自分がリュカに恋愛感情を抱く事で、君との友情が壊れてしまうかもしれないって」
エクトルのその考察を聞いた瞬間、リュカスが大きく目を見開く。
「うわぁぁぁぁぁぁぁー!!!!」
そして急に叫びながら真っ赤な顔で、その場に蹲ってしまった。
「僕は……一体、何をやっていたんだ……」
「本当にね」
「ただのヘタレだろ?」
「ライアン、うるさい……」
そのまま動かなくなったリュカスに呆れながら、エクトルが更に助言をする。
「まぁ、それに気付けたのなら、早々にロナリア嬢に君の気持ちを伝えた方がいいと思うよ? そうすればまた今まで通り手を繋げるようになるし」
「そうですよね……」
「そして結婚するまで、それ以上の事が出来ない事に大いに苦しむがいい!」
「ライアン、黙れ!!」
そんなリュカスの悩み相談で時間を潰していた三人の元に別の班の生徒が、慌てた様子で駆け寄って来た。
「エクトル殿下! それにライアンとリュカスも……」
その男子生徒の慌てた様子にエクトルが、何かを警戒する様な表情を向ける。
「何かあったのかい?」
「実は……今、魔道士科から要請がありまして。本日魔道士科が行っている探索体験学習中に下級魔獣エリアで初等部と高等部の生徒二名が行方不明になったそうで……。うちの方でも捜索を手伝って欲しいという声がかかったのですが……ご存知でしたか?」
「いや、今初めて聞いた。行方不明になった生徒の名前は?」
「初等部のアリシア・エモンド嬢と高等部のロナリア・アーバント嬢です」
その瞬間、三人が息を呑む様に固まった。
だが、リュカスはすぐに我に返り、そのまま下級魔獣エリアの方へ向かおうとする。それをエクトルが、慌てて腕を掴んで阻止した。
「リュカ! むやみに探し廻っても見つからないよ!? 少し落ち着くんだ!」
「落ち着けません!! だってロナは初級魔法しか使えないんですよ!? もし魔獣に襲われでもしたら――っ!!」
「ロナリア嬢は魔力が微弱な分、魔獣の生体と危険性については、しっかり知識として頭に入っているからある程度、自身で対策は出来るはずだ! だから少し落ち着いて! しっかり状況を把握してから救助に……」
そう言いかけたエクトルだが、ふとリュカスの隣のライアンの様子がおかしい事に気付く。そのライアンは、空を見上げたまま、ポカンと口を開けていた。
「ライアン……?」
「殿下……あれ、かなりマズくないですか……?」
「「「えっ?」」」
エクトルとリュカス、それに報告にきた男子生徒が一斉にライアンが指差す上空に目を向ける。すると、そこには――――。
「「「カオスドラゴンっ!?」」」
上級魔獣クラスの中でも討伐難易度が高いカオスドラゴンが、何故か下級魔獣エリアに張ってある魔獣除けの結界を無理矢理こじ開けながら、中に侵入しようとしていたのだ。
その光景を目にした瞬間、リュカスが真っ青な顔で、そのカオスドラゴンが降り立とうとしている場所に向かって、勢いよく駆け出した。
魔法騎士科のリュカス達も『魔獣の樹海』に実技演習の為、訪れていた。
ただし、同じ樹海内でも中級魔獣エリアなので、ロナリア達よりも更に奥に進んだ場所だ。
本日は、この場所で数が増えて間引き対象となっている何種類かの魔獣の討伐が魔法騎士科の課題となっている。
リュカスも普段行動を共にしている第三王子エクトルと、例の伯爵令息のライアンと共にこの課題をこなしていたが、討伐数のノルマはすでに殆ど達成していたので、のんびりと時間を潰していた。
すると、ライアンが面白がるようにリュカスに話しかける。
「なぁ、リュカス。お前、ロナリア嬢と喧嘩でもしたのか?」
この元口が悪い伯爵令息のライアンだが……実はあのお茶会の後、本格的に伯爵令息としてのマナーの悪さを両親から問題視され、魔法学園の入学を中等部まで見送られてしまっていたそうだ。
その為、7年間は貴族令息としてのマナーや教養、領地経営の知識をみっちり叩きこまれ、中等部からやっと魔法学園に入学させて貰えたらしい……。
だが、みっちり叩き込まれたはずのマナーは、気心知れた人間の前だと、すぐに言葉遣いが雑になる。
「喧嘩はしていない。ただ……お互い少しだけ距離を置いているだけだ」
「あー……倦怠期ってやつだな」
「違う」
「何が違うんだよ? 大体、お前らガキの頃からイチャイチャイチャイチャし過ぎなんだよ!! だから早めの倦怠期がくるんだぞ!?」
「だから倦怠期じゃない!! それにイチャイチャもしてない!!」
「うわぁ……。無自覚かよ……」
珍しく揶揄いやすい状態になっているリュカスに対して、日頃の恨みを晴らすように嬉々としながらライアンが絡む。その光景を苦笑気味で見ていた第三王子が、会話に参加してきた。
「ライアン。リュカは今傷心なのだから、あまり苛めちゃダメだよ?」
「殿下……。フォローする体で僕を揶揄うのは、やめて頂けませんか?」
「だって。君がこういう立ち回りを失敗しているのが、あまりにも珍しいから面白くて、つい……」
「どうして僕には、ロナみたいに親身になってくれる友人ではなく、こんな腹黒いタイプと単細胞な奴が友人なんだ……」
「リュカ、それ、王族に対しての不敬になるよ?」
「誰が単細胞だ!! お前、俺の扱い雑すぎだろ!?」
「ライアン、今ので君、自分が単細胞だって認めてしまっているからね」
エクトルのツッコミに一瞬詰まるも、元凶であるリュカスにギャンギャンと文句を言うライアン。それをリュカスが、ふいっと目を逸らし無視する。すると更にライアンが不満を募らせ、怒りをまき散らす。
そんないつもと変わらない光景をしばらく傍観していたエクトルだが、この一カ月間のリュカスの元気のない様子は、気になっていたらしい。
ちょうど良い機会だと言わんばかりにその真相を探って来た。
「リュカ。ティアから聞いたのだけれど、君達はもう一カ月近く手を繋いでいないそうだね。何故だい?」
「それは……お互いの時間も大切だからとロナから提案があって……」
「へぇー。ロナリア嬢からの提案だったんだ。でも君達って、手を繋いでいる間もお互いの時間を尊重し合っていたよね? どうして今更?」
ティアというのは、エクトルの婚約者であるティアディーゼの事だ。
恐らくロナリアの様子がおかしいと感じたティアディーゼが、エクトルにそれとなくリュカスに探りを入れるように打診したのだろう。その所為か今回、やけに掘り下げてくるエクトルにリュカスが、怪訝な表情を浮かべた。
対してライアンの方は、いつもの腹の探り合いを始めた二人の会話に呆れ気味な表情を向けながら、聞き耳を立てている。
「お互いに他の友人との交流も大切にした方がいいとロナに言われて……」
「はぁ!? ロナリア嬢はともかく、お前の友人って俺とエクトル殿下くらいしかいないじゃないか。今更、交流深めるとか気持ち悪いんだが」
「安心していいよ。君は僕の友人という感じじゃないから。しいて言えば……ペットか玩具?」
「どういう扱いだ!! お前、本当俺の事、舐めてるだろっ!?」
「まさか! 僕は君の事は尊敬しているよ? だって君程、弄り甲斐のある人間には遭遇した事がないからね」
「お前……。ロナリア嬢以外に対しては、本当に性格悪いよな……」
「殿下には負けるけどね」
「リュカ。それ、僕に対して不敬だから」
何とか話を変えられて内心ホッとしていたリュカスだったが、エクトルはそんなに甘くはなかった。再度、先程の話を蒸し返す。
「で? 本当は何が原因でロナリア嬢と距離を置く事にしたの?」
ニコニコしながら追及を再開してきたエクトルをリュカスが恨めしそうに睨みつける。この第三王子は、温厚そうな人間の皮を被った完全なる腹黒だ……。
中等部から女子生徒達にわざと囲まれては困り顔をし、それを必死で追い払いに来てくれる婚約者のティアディーゼの姿を愛でたいが為だけに少々押しに弱そうな王子を演じている。
学園内では、一応全生徒平等という事にはなってはいるが、それでも自分よりも身分が高い人間に対しては、最低限の配慮と敬意を払う事は暗黙の了解だ。
ましてや王族に対しては、流石のリュカスも強くは出られない為、渋々とエクトルの質問に答え出す。
「一年前からロナの僕に対する態度が少し変なんです。何と言うか……こう少し挙動不審になるというか……」
「ああ、なるほどね」
「二学年に上がってからは特にそれが目立って……」
渋々口にしたリュカスの言葉に何故かライアンが吹き出した。
その反応にリュカスが鋭い視線で睨みつける。
するとエクトルがニコニコしたまま、リュカスをぶった切るような返答をした。
「うん。それは全面的にリュカが悪いよね」
「はい?」
「そうだな。100%お前が悪い!」
「何でだよ!!」
二人から同時に悪者扱いされたリュカスが、不満そうに抗議の声を上げる。
すると、エクトルが人の悪そうな笑みをニヤリと浮かべた。
「リュカ。君、中等部に上ってから、自分のロナリア嬢に対してのスキンシップが、やたらと過剰になっていた事には気付いてはいた?」
「スキンシップ?」
「例えば……話す距離感が異様に近くなっていたり、手を繋ぐだけでなく、やたらと密着するような行為が増えたりしていたよね?」
「そんな事はないと思いますけど……。仮にそう見えたとしても僕とロナの場合、幼少期からそういう感じの付き合い方だったから、僕達の中では普通の接し方になるので……」
「お前……。ガキの頃からロナリア嬢に膝枕とかして貰っていたのか……?」
「僕だって何度かロナに膝枕をしてあげた事はあるよ!」
「お前ら、ガキの頃からどういう付き合い方してんだよ……」
「そもそも子供の頃は、男女同士でもふざけて抱き合ったり一緒に昼寝とかしたりするだろう!?」
「俺はした事ないわ! 何だよ! その羨ましい思い出話は!」
またしてもじゃれ合いを始めて話が逸れそうになったので、再度エクトルが軌道修正をする。
「まぁまぁ。ライアンもそんなに僻まず、とりあえず落ち着いて」
「ひがっ……!?」
「そんな事よりも今は、リュカがその事を自覚していない事が問題なのだから、早く教えてあげないと」
「自覚していない?」
エクトルのその言葉に再びリュカスが訝しげな表情をしながら眉間に皺を刻む。
その様子にまたしてもエクトルが、意地の悪そうな笑みを浮かべた。
「ねぇ、リュカ。君は中等部に上がってからは、故意にロナリア嬢へ過剰なスキンシップが出来るような行動をワザとしていたよね?」
すると、リュカスが大きく目を見開いた。
「その……殿下のおっしゃっている意味がよく分からないのですが……」
「あれ? 違うのかな。だって君は自分に好意を寄せている女子生徒達からの握手をワザと受け入れて、敢えて具合が悪くなっていたよね?」
「はぁ!?」
エクトルの指摘にリュカスがサッと目を逸らす。
その様子を見たライアンが素っ頓狂な声を上げた。
「え!? 何それ!? 殿下! どういう事ですか!?」
「どうもうこうもないよ。リュカは、具合が悪くなれば毎回ロナリア嬢が膝を提供してくれる事に味をしめて敢えて、あの握手攻撃に甘んじていたんだよ」
「はぁ!? リュカス! お前、それ紳士として最低だろ!?」
「最低じゃない!! た、確かに具合が悪くなるとロナに膝枕して貰えるという下心は、少しばかりあったけれど……」
「あったのかよっ!!」
「でも! あの場合、握手する事でしっかりと魔力が合わない事を相手に分からせてから拒絶した方が、諦めさせる為に一番効率が良かったんだ!」
「そんな訳ないだろう!! そもそも『自分には婚約者がいるから他の女とは握手しない!』って断る方が手っ取り早いじゃないか!!」
「はぁ……。これだから単細胞は……。そうなると彼女達は、自分達が受け入れて貰えないのはロナの所為だと思い込んで、今度はロナに嫌がらせを始めてしまうだろ!?」
「あっ……」
「それに……握手をしないと、いつまで経っても自分にもロナの代わりが出来るかもしれないという期待が消えない。だから僕はなるべく握手に応じて、彼女達を確実に諦めさせていたんだ!」
「な、なるほど……」
リュカスの言い分にまんまと言いくるめられたライアン……。だが頭の切れる腹黒第三王子のエクトルの方は、そう簡単にはいかない。ライアンを上手く言いくるめて油断しているリュカスに品定めするような意地の悪い笑みを浮かべて、更に追撃を再開する。
「確かにリュカのその対応は、一番ロナリア嬢に被害が行かない素晴らしい対策だと思うよ? でもね、僕が気になっているのは別の部分なんだ。リュカ、君は何で中等部後半辺りから、やたらとロナリア嬢との接する距離が近くなったの?」
「はい?」
「君達が幼少期から、とても仲が良い事は初等部から一緒の僕は、よく知っているよ。でもそれを差し引いても中等部からの君は、ロナリア嬢に対して過剰なスキンシップや近い距離感が増しているんだよね」
「確かに……長い間一緒にいたので慣れから、そうなってしまっていたかもしれませんが、故意でそうなっていた訳では……」
「いいや。『故意』だよね?」
そのエクトルの鋭い指摘にリュカスが、グッと喉を詰まらせるような反応をする。
その様子にライアンが、呆れるように口をポカンと開けた。
「お前……まさか……。ガキの頃からの癖を利用して、ロナリア嬢を触りたい放題な状態で堪能していたのか!? このムッツリめ!!」
「違う!! 人を変態みたいに言うな!!」
「確かにリュカは、そういういかがわしい下心でロナリア嬢に過剰なスキンシップを図っていた訳ではないよね。だけど、ロナリア嬢ともっと触れ合いたいという下心はあった」
「それは……」
「いや、殿下。触れ合いたいとか、普通にいかがわしい下心でしょ?」
「ライアンは、本当に本能で生きているよね……。僕が言っている『触れ合い』は、恋人同士が行う甘い触れ合いの方だよ。君が言っているのは、恐らく性的欲求を満たす方の触れ合いだろ?」
「え……? 触れ合いたいって普通そっちの方がメインじゃないんですか?」
「確かに僕らは女性と比べたら生物学上繁殖本能が強いから、情緒的な甘い触れ合いよりも本能に忠実な触れ合いを好む事は多いけれど……。愛する女性を得ると、ひたすら愛でたいという甘い触れ合いも魅力的に感じるんだよ。それが分からないのであれば君、早く婚約者を得た方がいいと思うよ?」
「うぐ……」
エクトルから憐憫の眼差しを向けられたライアンが、カエルが押し潰されたような声で呻きながら、悔しそうな反応をする。その様子に「ざまぁみろ!」と心の中で呟いたリュカスだが、その事に気付いたエクトルがニコリと笑みを向けながら、再びターゲットをリュカスに戻してきた。
「それでリュカは気付いていたの? 自分のその過剰な行動に」
「確かに……中等部に上がってからは、故意にロナと触れ合える機会が増えるような振る舞いを行っていた事は認めます……。ですが、ロナがあそこまで身構えてしまう程のスキンシップはしていなかったと……」
そう言いかかけたリュカスにエクトルとライアンが、同時にため息をつく。
「リュカ、それ本気で言っているの?」
「お前、無自覚だったのかよ……」
「はぁ?」
何の事を言われているのか全く心当たりがないリュカスが、訝しげな顔をする。すると、やや呆れ気味な様子でエクトルが小さく息を吐いた。
「なるほど。やっと君達がすれ違っている原因が分かったよ……。リュカ、恐らく君の中では中等部から故意に始めたスキンシップは、かなり抑えたものだという認識でいるみたいだね」
「認識も何も……実際に抑えていると思いますが……」
「残念だけど、高等部に上がってからは全く抑えられていないよ?」
そのエクトルの指摘にリュカスが、心底驚いたような表情を浮かべた。
その全く自覚のなかった様子にエクトルだけでなく、ライアンも盛大に呆れる。
「いや、でも……っ!」
「お前、本当に無自覚でああいう接し方してたんだな……。ハッキリ言って、ここ最近のお前のロナリア嬢に対する接し方は、完全に好きな女を落とす気満々な接し方だった!」
「はぁ!? 嘘だろ!?」
ライアンの追い打ちを掛けてくるような指摘にリュカスが素っ頓狂な声を上げる。だが二人はそんなリュカスに向かって、ゆっくりと首を左右に振った。
「リュカ、ここ最近の君はロナリア嬢と手を繋ぎながら歩いている際、必要以上に彼女の顔をかなり近い距離で覗き込んでいた事に自覚はあったかい?」
「えっ……?」
「最近は手を繋ぐ時、指を絡めるような繋ぎ方していたのは、絶対にお前が率先してやってただろ?」
「あっ……」
「夜会でエスコートする際も以前は腕を組む程度だったのに最近は、やたらと腰に手を回して彼女を自分の方に引き寄せていたよね?」
「…………」
「一番腹が立つのは、何で膝枕して貰う時にうつ伏せになるんだよ!! お前、絶対にロナリア嬢の匂いを満喫していただろう!?」
「ちょっと待て!! それだけは断固否定する!!」
「いいや! 絶対にそうだね!」
「違う!! 勝手に決めつけるな!!」
「じゃあ、ロナリア嬢、いい香りしなかったのかよ!?」
「た、確かに中等部くらいから、ロナは甘くていい匂いがしているけれど……。別にそれを目的として、うつ伏せになっていた訳じゃない!! 純粋にあの体勢が一番僕に魔力が流れ込みやすいからで――っ!!」
「やっぱ、堪能してんじゃねぇーかっ!!」
「偶然だ!! 故意じゃない!!」
段々と思春期男子特有の下世話な会話展開になってきた事に気品あふれる王族のエクトルが、二人に白い目を向け始める。そんな事には気付かない二人は、更に言い合いを白熱させていった。
半ば呆れ気味な表情でその光景を眺めていたエクトルだが、更に下世話な内容になってきた二人の白熱振りに、わざと大きく咳払いをする。
すると二人は、ピタリと言い争いをやめた。
「何にしても、ロナリア嬢が君に対して挙動不審になってしまった経緯は……リュカ、君の無意識による過剰アプローチが原因だ」
「うっ……」
「まさか無自覚だったとは……流石の俺もドン引くわ……」
「違うよ、ライアン。リュカは自分では控えめにやっていたつもりで、故意にそういうアプローチをしていたのだから、自覚しての行動だよ?」
「いや、控え目だと思い込んでいる辺りが、無自覚ですよね?」
「本当にね。第三者からだと、過剰アプローチしているようにしか見えなかったからね」
「…………」
エクトルだけでなく、ライアンにすらそのような行動に見えてしまう事を控え目なつもりで行っていた自分の無自覚さにリュカスが項垂れる。
「僕がガツガツ行ったから……ロナは怖くなってしまったのかな……」
「いや、違うだろ。傍から見たら確かにお前はガツガツ行っていたが、ロナリア嬢にとっては、涼しげな顔でお前がそういう接し方をしていたから、変に勘違いしてしまう自分が嫌だったんじゃないか?」
「変に勘違い?」
「要するに……ロナリア嬢は、雰囲気は友人に対する様子なのに行動が甘すぎる君に恋心を抱いてしまい、その事で君との友情に支障が出る事を懸念したのではないかな?」
「何でそんな事を……。素直に恋愛感情を抱いてくれればいいのに……」
「お前がそれを言うか? だったら何でお前は、故意にロナリア嬢に過剰なスキンシップする際、涼しげな顔をしてやってたんだよ?」
「それは……いきなりそういう接し方をしたら、ロナに警戒されて避けられると思っ……あっ!」
「ほれ見ろ! 自分だって守勢に立ってんじゃねぇーか!」
「ロナリア嬢も同じ気持ちだったんだよ。自分がリュカに恋愛感情を抱く事で、君との友情が壊れてしまうかもしれないって」
エクトルのその考察を聞いた瞬間、リュカスが大きく目を見開く。
「うわぁぁぁぁぁぁぁー!!!!」
そして急に叫びながら真っ赤な顔で、その場に蹲ってしまった。
「僕は……一体、何をやっていたんだ……」
「本当にね」
「ただのヘタレだろ?」
「ライアン、うるさい……」
そのまま動かなくなったリュカスに呆れながら、エクトルが更に助言をする。
「まぁ、それに気付けたのなら、早々にロナリア嬢に君の気持ちを伝えた方がいいと思うよ? そうすればまた今まで通り手を繋げるようになるし」
「そうですよね……」
「そして結婚するまで、それ以上の事が出来ない事に大いに苦しむがいい!」
「ライアン、黙れ!!」
そんなリュカスの悩み相談で時間を潰していた三人の元に別の班の生徒が、慌てた様子で駆け寄って来た。
「エクトル殿下! それにライアンとリュカスも……」
その男子生徒の慌てた様子にエクトルが、何かを警戒する様な表情を向ける。
「何かあったのかい?」
「実は……今、魔道士科から要請がありまして。本日魔道士科が行っている探索体験学習中に下級魔獣エリアで初等部と高等部の生徒二名が行方不明になったそうで……。うちの方でも捜索を手伝って欲しいという声がかかったのですが……ご存知でしたか?」
「いや、今初めて聞いた。行方不明になった生徒の名前は?」
「初等部のアリシア・エモンド嬢と高等部のロナリア・アーバント嬢です」
その瞬間、三人が息を呑む様に固まった。
だが、リュカスはすぐに我に返り、そのまま下級魔獣エリアの方へ向かおうとする。それをエクトルが、慌てて腕を掴んで阻止した。
「リュカ! むやみに探し廻っても見つからないよ!? 少し落ち着くんだ!」
「落ち着けません!! だってロナは初級魔法しか使えないんですよ!? もし魔獣に襲われでもしたら――っ!!」
「ロナリア嬢は魔力が微弱な分、魔獣の生体と危険性については、しっかり知識として頭に入っているからある程度、自身で対策は出来るはずだ! だから少し落ち着いて! しっかり状況を把握してから救助に……」
そう言いかけたエクトルだが、ふとリュカスの隣のライアンの様子がおかしい事に気付く。そのライアンは、空を見上げたまま、ポカンと口を開けていた。
「ライアン……?」
「殿下……あれ、かなりマズくないですか……?」
「「「えっ?」」」
エクトルとリュカス、それに報告にきた男子生徒が一斉にライアンが指差す上空に目を向ける。すると、そこには――――。
「「「カオスドラゴンっ!?」」」
上級魔獣クラスの中でも討伐難易度が高いカオスドラゴンが、何故か下級魔獣エリアに張ってある魔獣除けの結界を無理矢理こじ開けながら、中に侵入しようとしていたのだ。
その光景を目にした瞬間、リュカスが真っ青な顔で、そのカオスドラゴンが降り立とうとしている場所に向かって、勢いよく駆け出した。
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