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【番外編:二人の親世代の話】
神風の女神
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――――――【★前書き★】――――――
リュカスの両親の学生時代のお話です。
今回、若干ざまぁ展開?(※全1話)
―――――――――――――――――――
「――――っ!!」
バシャリという音と共にマーガレットは全身に冷たさを感じる。
その数秒後、泥臭さが彼女の鼻孔を刺激した。
「まぁ! マーガレット様! 大変! 何て事なの!? お召し物が泥だらけではございませんか!」
一人の令嬢がわざとらしいくらいの大袈裟な反応をしながら、マーガレットに近付いてくる。その後ろには、彼女と常に行動を共にしている数人の令嬢達の姿も目に入って来た。
「一体、誰がこんな酷い事を!!」
いかにも演技がかった口調で、そう叫ぶその令嬢にマーガレットは一瞬だけ、僅かに目を細めた。
白々しい……。自分が誰かにやらせたくせに……。
心の中でそんな悪態をついたマーガレットだが、すぐにふわりと笑みを浮かべる。
「お気遣い頂き、ありがとうございます。ですが、近寄られてはキャスリーン様にまで泥水が跳ねてしまいますわ……。わたくしの事はお気になさらず、どうぞそのままで」
そう告げたマーガレットもわざとらしく空を仰いだ。
「それにしても……何故、周りに建物がないこの広場で、上空から泥水が降ってきたのかしら……。まるで故意に魔法で起こした現象としか思えませんわね……。このような不可解な事が起こるようであれば、安全面も心配ですわ。当家からの寄付金も全く役立っていないようなので、お父様に相談し、寄付金の援助を控えるようにお伝えした方がいいかしら……」
その言葉を聞いたキャスリーンが、一瞬だけビクリと肩を震わせた。彼女の父親は、この魔法学園の役員の一人でもある。
「た、確かにこのような事が起こってしまうと、安全面に不安を抱かずにはいられませんわね……。ですが、それならばもっと保護者の方々に寄付金の援助をして頂き、更に学園の安全面を向上させる方が……」
「それでもわたくしの家からの援助は控えさせて頂くと思います」
「な、何故です!?」
「わたくし、今年に入ってから上空から泥水が降り注ぐという状態が、本日で3回目ですの。実は内密に犯人捜しを学園側に依頼しておりまして、もし犯人が見つからなければ、この学園を自主退学しようかと思っております……。そうなれば、もう通う必要のない学園に寄付金を払う必要などございませんから」
慈愛に満ちたような笑みを浮かべながら、マーガレットが放った言葉にキャスリーンの顔色が一気に青ざめる。
先程のマーガレットの言い分では『泥水を降らせた犯人が見つからなければ、学園への寄付金は打ち切る』と言うものだ。マーガレットの家は伯爵家ではあるが、寄付金額は上位に入る。それが打ち切られてしまえば、当然役員の一人でもあるキャスリーンの父は慌てるだろう。
だからと言って犯人が判明すれば、それもキャスリーンの父は窮地に追い込まれる。寄付金額が上位に入る伯爵家の令嬢に自分の娘が嫌がらせをしていた事が、明るみになるからだ……。
「あ、あの……マーガレット様。よ、よろしければわたくし、学園寮内の専用サロンを使っておりますので、そちらでお着替えを……」
「お気遣い頂き、ありがとうございます。ですが、このような身なりでキャスリーン様の素敵なサロンを汚してしまうのは、大変心苦しいので、ご辞退させていただきます」
にっこりと微笑みながら、マーガレットは辺りを見回した。
すると一人の男子生徒の姿が目に入る。
「ハインツ!」
マーガレットの呼び声でその男子生徒が気付き、ゆっくりと振り返る。
だが次の瞬間、ギョッとした表情を浮かべた。
「マーガレット先輩!? その恰好……どうされたんですか!?」
「ちょっと不思議な現象が起きてしまったの。それよりあなた、確か水属性魔法が得意だったわよね? 申し訳ないのだけれど、わたくしに思いっきり放って下さらない?」
そのマーガレットの頼みにハインツが、あからさまに嫌そうな表情を浮かべた。
そんなハインツにマーガレットが美しい笑みを威圧的に向ける。
「ハ・イ・ン・ツ。お願い」
「分かりました……。ですが、後でカルロス先輩に事情をしっかり説明後、僕の事を弁護してくださいね?」
「ええ、もちろん」
ふわりと微笑むマーガレットとは対照的にハインツの方は、何やらブツブツと愚痴の様な事を呟きながら、魔法発動の準備態勢に入る。
「あーあ……。こんな所、カルロス先輩に見られたら俺、絶対後で吊し上げられるじゃないか……」
「ハインツ、集中して?」
「分かってますよぉー!!」
マーガレットに急かされたハインツが自棄を起こすように投げやりな返答をする。そして両手をサッとマーガレットに向けてかざした。
するとハインツの両手の前に大きな水球が生成される。
基本的に水属性魔法は防御魔法や補助魔法として使われる事が多いのだが、攻撃魔法として放つ事も出来る。先程マーガレットがハインツに頼んだ内容は、水属性の攻撃魔法の水圧で、泥水の汚れを洗い流して欲しいというものだった。
しかし、相手を傷付けずに魔法を調整する事は非常に難しい。
特に水属性魔法は、その加減が最も至難の業だと言われている。
その状況でハインツは何の迷いもなく、マーガレットに水属性の攻撃魔法を放つ。そもそもハインツは魔力の高さとセンスの良さを評価され、平民でありながらも実験的に特例でこの学園へ入学を許可された生徒の一人だ。
この5年後に魔力の高い平民も入学可能な体制が作られるのだが……。
この時の魔法学園では、平民は数名しか受け入ない非常に狭き門だった。
それだけハインツの魔法の才能は高く、先輩でもあるマーガレットはその能力を買っていた。
ハインツの方も身分で肩身の狭い思いをしている立場の自分を何だかんだと言っては、気にかけてくれるマーガレットに気を許していた。
だがその二人の関係は、学園内では飼い主と忠犬という認識だった。
そんな才能あふれる忠犬のような後輩の放った水属性魔法が、大量にマーガレットの全身に浴びせられる。その水圧でマーガレットは一瞬よろけるが、ハインツが浄化効果のある水魔法を放ってくれた様で、激しい水圧でも痛みは感じなかった。
「先輩……。大丈夫っすか?」
「ええ。ハインツ、ありがとう」
「本当、勘弁してくださいよ……。俺、後で絶対カルロス先輩にシメられる」
「そうならないように配慮すると言ったはずよ?」
「その言葉、気休め程度に受け止めておきます……」
ハインツと会話をしながら、全身からポタポタと水滴を滴らせたマーガレットが、ゆっくりと顔を上げる。そして髪をハーフアップにしていたレースのリボンをグイっと引っ張りながら解き、片側に髪をまとめてギュッと絞った。
濡れた事でマーガレットの美しいハニーブロンドの髪がキラキラと輝きを放ち、清楚さと妖艶さという真逆の印象を同時に与える。
その姿は、さながら水浴びを終えた女神が泉から上って来たという情景だ。
男子生徒の殆どは、そのマーガレットの美しくも艶めかしい姿に釘付けになっている。だがただ一人、ハインツだけはガックリと肩を落していた。
「全く……あなたはカルロス様を怖がり過ぎよ?」
「マーガレット先輩は、もう少しカルロス先輩の愛が重すぎる事を自覚するべきだと思います」
呆れ顔のハインツの様子にマーガレットが盛大なため息をつく。
それと同時にパチンと指を鳴らした。
するとマーガレットの足元から、ブワリと心地良い風が舞い上がり、彼女の衣類や髪にまとわりついていた水滴を一瞬で吹き飛ばしてしまった。
すると先程まで顔にまとわりつくように鬱陶しかったハニーブロンドの髪が、まるで金糸のようにサラリと風に揺らめく。
その光景を見たハインツがピューっと口笛を吹く。
「流石、神風の女神……」
マーガレットは中等部から高等部二年の現在まで、この学年の首席の座に君臨しているのだが、学力の面だけでなく実力面でも教師達から一目置かれていた。
その一番の決め手は、使い手が少ない風属性の魔力の高さと実力だ。
故に学園内では『神風の女神』と、いつの間にか呼ばれるようになっていた。
その得意の風魔法で乾かした髪にマ―ガレットが軽く手櫛を入れる。
だがその右手は、途中で何者かにガッシリと掴まれる。
その事に驚きながらゆっくりと振り返ると、サラリとした黒髪に淡い紫の瞳を持つ麗しい顔立ちの男性に手を取られていた。しかし折角の端整な顔立ちを台無しにする程、その男性は鉄面皮並に表情筋が死滅しており、まるで冷気をまとっているかのような冷たい印象だ。
だがマーガレットと目が合った瞬間、その氷のような冷たい印象の瞳は、まるで雪解けを思わせるような柔らかい光を宿し始める。
その真逆な印象への豹変ぶりにマーガレットは呆れ気味に苦笑する。
「カルロス様? 本日高等部三学年は魔獣の森にて実技演習だったはずでは?」
「君とのランチの時間が惜しい為、皆より一足先に学園に戻って来た」
「一足先って……。まさか! また転移魔法を私用目的で使われたのですか!? 転移魔法は精神的負担が大き過ぎる為、学園内では使用禁止となっているでありませんか!」
「私はそのような軟弱な精神の持ち主ではない。故に問題はない」
「そういう事を言っているのではございません! 学園の規律を破る様な真似をしてまで、わたくしとのランチタイムを確保なさらないでください!」
「私の転移魔法使用よりも嫌がらせの為に泥水を上空から注ぎ落す輩の方が、余程規律と秩序を乱していると思うのだが?」
マーガレットから目線を外すと同時にカルロスと呼ばれた青年の表情は、再び凍てつく様な鋭い表情に戻った。その先には、先程マーガレットに駆け寄ろうとしたキャスリーン達に注がれる。
自身の婚約者が放つ殺気にマーガレットが更に呆れ出す。
同時に先程マーガレットに頼まれ、大量の水属性魔法を放ったハインツは、そそくさと撤退を始めていた。
「ハインツ」
「はいっ!!」
しかし、カルロスの低く圧のある声で名を呼ばれてしまい、ビタリと動きを止めた。そしてクルリと二人の方に向き直り、ピシリと姿勢を正す。
「これは一体どういう事だ? 何故マーゴの上にだけ泥水の雨が降り注ぐ?」
「そ、それは……」
ハインツがスッと目を逸らすが、カルロスは光の無い底冷えするような印象の淡い紫の瞳で、じっとハインツを見つめて返答を待つ。
そんな針の筵状態に追いやられたハインツは、今にも泣き出しそうな表情でマーガレットに助けを求めてきた。
その事にマーガレットが、軽く眉間を押さえる。
「カルロス様、ハインツは何もしておりませんわ」
「だが、このような大勢の前で、まるでダイヤをまとっているかのように水滴を滴らせる艶めかしい君の姿を晒した」
「それは……わたくしが泥水を洗い流したかった為にお願いしたのです」
「では元凶は、その泥水を君に浴びせた不届き者という事になるな」
クッと喉の奥で笑い声を殺しながら、皮肉めいた笑みを浮かべたカルロスは、再び視線をハインツからキャスリーンに戻す。
そのカルロスの視線にキャスリーン達の顔色が一気に真っ青になっていく。
「キャスリーン嬢、私の愛おしい婚約者の窮地に駆けつけようとして頂き、感謝する。だが、この様な事態が起こった事に私は腸が煮えくり返る思いだ。あなたのお父上は確か、この学園の役員の一人だったな。早急にマーゴに危害を加えた犯人達をあぶり出し、しかるべき処罰を与えるようお願い出来ないだろうか」
凍てつく様な視線をキャスリーン達に注ぎながら、淡々とした口調でカルロスが発した言葉にその場にいた全員が凍り付くように動きを止めた。
誰が見てもマーガレットに嫌がらせとして泥水を浴びせたのは、キャスリーンだと分かる状況だ。それを知った上で、カルロスがキャスリーンに放った言葉は「父親に自身の娘を罪人として突き出し、それ相応の罰を与えろ」という意味だ。
魔力が高い事で、その地位を確立させた由緒あるエルトメニア家の跡目でもあるカルロスの発言力は、この魔法学園内では大きい。毎年エルトメニア家では、自身の領地を守る為にこの魔法学園の卒業生達の多くを家臣に迎え入れてくれるからだ。
だが、今回の事をキャスリーンの父が娘可愛さに軽んじる対応をした場合、エルトメニア家は黙っている訳にはいかない。何故ならカルロスの婚約者でもあるマーガレットは、未来のエルトメニア伯爵夫人だからだ。
「キャスリーン嬢。どうかあなたのお父上には、よくお考えになられた上で今回の犯人探しに取り組んで頂きたいと伝えて欲しい」
とどめを刺すかようなカルロスの一言にキャスリーン達は小刻みに震え出す。
だが、カルロスは一切その制裁を緩める気はないらしい。
『犯人達』という言い方をしたカルロスは、今回マーガレットへの嫌がらせに関わった人間全てが、制裁されるべきだと訴えているのだ。
犯人である自身の娘を突き出すか……。
このまましらを切り通し、エルトメニア家の信用と援助を失うか……。
どちらか好きな方を選べと、キャスリーン達に選択を委ねているように見えるが、どちらを選んでも、彼女達の明るい未来は一瞬で閉ざされる。
そんな意地の悪い選択肢を与えた婚約者に対して、何故か今回の被害者でもあるマーガレットが、キャスリーン達に助け舟を出す。
「カルロス様、このような低俗な事の調査に貴重な時間をかける事はございません。そもそもわたくしの方は、一瞬で回避出来る術を持っているのですよ?」
そう言って自身の手の中に高速で回転する風の渦をマーガレットが生み出す。
だがカルロスの方は再び鉄面皮化を強め、眉間に皺まで作り出した。
「いくら君が優秀な風魔法の使い手であり、このような被害にあった際に早急に対応出来るとしても、犯行を行った人間にはしっかりと罰を与えるべきだと私は思うのだが?」
「彼女達は、カルロス様がこちらに駆け付けた時点で、かなり厳しい罰を受けているようにわたくしは感じております」
「君は相変わらず敵に対しても情け深いな……」
「情け深くなどございません。そもそもわたくしにとって、彼女達は敵どころか、どうでもよい存在の方々なのです。そんな方々の為に調査費用を使うのではなく、是非この学園の改善されなければならない部分に使って頂きたいです」
マーガレットのその言葉にフッと小さく笑みをこぼしたカルロスが、周囲には決して見せないような甘い表情を浮かべた。
そのカルロスの表情を見た野次馬と化した他生徒達が、驚きのあまり息をのむ。
その反応を楽しむようにカルロスは、グッとマーガレットの腰に手を伸ばし、自分の方へ抱き寄せた。
「まぁ、今回はマーゴに免じて深追いをする事はやめる。だが……」
そこで一度言葉を切ったカルロスは、再びキャスリーン達に鋭い視線を突き刺す。
「次はない」
低い声でキャスリーン達に警告すると、カルロスはマーガレットの腰に手を回し、促すように歩き始める。
「マーゴ、今日のランチはどうするのだ?」
「カルロス様……先程とお顔の表情が別人過ぎるのですが?」
「君に対しては、いつもと変わらない表情を浮かべているつもりだ」
更に自分の方へと抱き寄せ、その額に軽く口付けを落してきた麗しい婚約者の対応にマーガレットは、盛大に息を吐く。
そもそもマーガレットが他令嬢達から嫌がらせを受ける一番の原因は、この婚約者であるカルロスの露骨で過剰過ぎる愛情表現が引き金でもある。
だがその嫌がらせもマーガレットが13歳の頃に婚約が決まってから今現在までずっと続いている為、もはや対応に慣れてしまった……。
そもそも淑女教育をしっかりと受けている貴族令嬢が思い付く嫌がらせ等、可愛いものである。先程のように衣類を汚されたり、私物に何かをされたり、微笑みながら嫌味が含む会話をされたりと、それなりに対処が可能なのだ。
それよりも厄介な嫌がらせをしてくるのが商家の娘達だ……。
彼女達の場合、金に物を言わせて人を雇い、かなり悪質な危害を加えようとしてくる。現にマーガレットは何度か柄の悪い輩に襲われ掛け、貞操の危機を懸念しなければならない状況になった事がある。
しかしマーガレットは、その窮地を風魔法であっさりと撃退し、回避していた。
その辺りが貴族令嬢達と比べると悪質な嫌がらせではあるが、計画的な部分がかなり杜撰なのである意味対処がしやすい。
何よりも人を雇う事で証拠が残る為、伯爵令嬢でもあるマーガレットに危害を加えようと企てた罪人として、カルロスが容赦なく制裁を下す。
マーガレットにしてみれば、容易く撃退出来るお粗末な荒くれ者を嗾けられただけなので、そこまで大事にされたくないというのが本音なのだが……。
カルロスは婚約者として初めて顔合わせをした時から、マーガレットを溺愛している為、最愛の婚約者に危害を加える人間に対しては容赦がない。
だが、そこまでカルロスが、あからさまに制裁を加えている事が有名でも、マーガレットに嫌がらせをする令嬢は後を絶たなかった……。
それだけ『氷の貴公子』というふざけた二つ名を勝手に付けられた婚約者カルロスは、令嬢達からの人気が高い。その滅多に微笑まない人形のように整った顔立ちの美青年が破顔する程、微笑みかけるのがマーガレットなのだ。
ただでさえ婚約者という事で令嬢達の嫉妬心を駆り立ててしまっているのにこのカルロスのマーガレットに対する溺愛行動が、更に彼女達の嫉妬心を煽る……。
「カルロス様……学園内では、スキンシップを控えて欲しいのですが……」
「学園外ならばいいのか?」
「そういう問題ではないのですが……」
呆れ顔を浮かべたマーガレットとは対照的にカルロスの方は、氷の貴公子の二つ名をどこかに捨て去ったかのように甘い微笑みをマーガレットに向ける。
これがどれ程、周りの女性達の嫉妬心をマーガレットにかき集めているか等、一切気付かずに……。
そんな婚約者からの溺愛に今日もマーガレットは、大きなため息をつく。
「わたくし、早くこの学園を卒業したいです……」
「ああ、私も同感だ。一日でも早く君を妻に迎え入れ、一日中君に愛を囁ける夢のような日々を手に入れたい」
「カルロス様は愛が重すぎます……」
再びマーガレットが盛大なため息をつくが、そんな事にはお構いなしにカルロスは、更にマーガレットを自分の方へ引き寄せ、ぴったりとくっ付くように歩き出す。
そんな溺愛の嵐を婚約者から受け続ける学園生活を送っていたマーガレットだが、それは翌年のカルロス卒業と同時にピタリとおさまったかのように見えた。
だが、卒業後のカルロスは得意の転移魔法を多用し、毎日のようにマーガレットの下校時刻に迎えにやってくる。
その後、卒業と同時に宮廷魔道士の試験に合格したマーガレットは、夫となったカルロスが所属するエリートの集団でもある魔獣討伐の精鋭部隊で一年程、攻撃の要として活躍するのだが……。
その一年後に後輩でもあるハインツが着任してから、僅か三カ月で第一子を身籠ってしまった為、早々に精鋭部隊から脱退する事になる。
更に産後で復帰を果たすも、すぐに第二子を身籠る事態になったマーガレット。
この事で、想定外の戦力ダウンを強いられてしまった精鋭部隊は、後に優秀な後輩として入隊してきたロナリアの両親でもあるアーバント子爵夫妻の婚期をかなり遅らせる事態を招く。
その事で後のアーバント子爵でもあるローウィッシュは、先輩でもあり後の上司ともなるカルロスに自身の婚約者との婚姻を妨げられたと、かなり不満をぶつけていた。
しかしその結果、マーガレットの三男でもある優秀なリュカスがロナリアと同年に誕生するので、ロナリアの父でもあるローウィッシュはカルロスに対して、その事で文句をいう事が出来なくなってしまう……。
結果的には上司のカルロスの愛妻に対する過剰な溺愛行動が、彼らに優秀な婿養子を与える事に繋がったからだ。
そんな迷惑極まりない溺愛癖が強い夫にマーガレットは、生涯愛情を注ぎ続けられたそうな。
――――――【★ご案内★】――――――
次話はロナリアの両親の出会いのお話になります。
引き続き『二人は常に手を繋ぐ』の番外編をお楽しみください。
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リュカスの両親の学生時代のお話です。
今回、若干ざまぁ展開?(※全1話)
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「――――っ!!」
バシャリという音と共にマーガレットは全身に冷たさを感じる。
その数秒後、泥臭さが彼女の鼻孔を刺激した。
「まぁ! マーガレット様! 大変! 何て事なの!? お召し物が泥だらけではございませんか!」
一人の令嬢がわざとらしいくらいの大袈裟な反応をしながら、マーガレットに近付いてくる。その後ろには、彼女と常に行動を共にしている数人の令嬢達の姿も目に入って来た。
「一体、誰がこんな酷い事を!!」
いかにも演技がかった口調で、そう叫ぶその令嬢にマーガレットは一瞬だけ、僅かに目を細めた。
白々しい……。自分が誰かにやらせたくせに……。
心の中でそんな悪態をついたマーガレットだが、すぐにふわりと笑みを浮かべる。
「お気遣い頂き、ありがとうございます。ですが、近寄られてはキャスリーン様にまで泥水が跳ねてしまいますわ……。わたくしの事はお気になさらず、どうぞそのままで」
そう告げたマーガレットもわざとらしく空を仰いだ。
「それにしても……何故、周りに建物がないこの広場で、上空から泥水が降ってきたのかしら……。まるで故意に魔法で起こした現象としか思えませんわね……。このような不可解な事が起こるようであれば、安全面も心配ですわ。当家からの寄付金も全く役立っていないようなので、お父様に相談し、寄付金の援助を控えるようにお伝えした方がいいかしら……」
その言葉を聞いたキャスリーンが、一瞬だけビクリと肩を震わせた。彼女の父親は、この魔法学園の役員の一人でもある。
「た、確かにこのような事が起こってしまうと、安全面に不安を抱かずにはいられませんわね……。ですが、それならばもっと保護者の方々に寄付金の援助をして頂き、更に学園の安全面を向上させる方が……」
「それでもわたくしの家からの援助は控えさせて頂くと思います」
「な、何故です!?」
「わたくし、今年に入ってから上空から泥水が降り注ぐという状態が、本日で3回目ですの。実は内密に犯人捜しを学園側に依頼しておりまして、もし犯人が見つからなければ、この学園を自主退学しようかと思っております……。そうなれば、もう通う必要のない学園に寄付金を払う必要などございませんから」
慈愛に満ちたような笑みを浮かべながら、マーガレットが放った言葉にキャスリーンの顔色が一気に青ざめる。
先程のマーガレットの言い分では『泥水を降らせた犯人が見つからなければ、学園への寄付金は打ち切る』と言うものだ。マーガレットの家は伯爵家ではあるが、寄付金額は上位に入る。それが打ち切られてしまえば、当然役員の一人でもあるキャスリーンの父は慌てるだろう。
だからと言って犯人が判明すれば、それもキャスリーンの父は窮地に追い込まれる。寄付金額が上位に入る伯爵家の令嬢に自分の娘が嫌がらせをしていた事が、明るみになるからだ……。
「あ、あの……マーガレット様。よ、よろしければわたくし、学園寮内の専用サロンを使っておりますので、そちらでお着替えを……」
「お気遣い頂き、ありがとうございます。ですが、このような身なりでキャスリーン様の素敵なサロンを汚してしまうのは、大変心苦しいので、ご辞退させていただきます」
にっこりと微笑みながら、マーガレットは辺りを見回した。
すると一人の男子生徒の姿が目に入る。
「ハインツ!」
マーガレットの呼び声でその男子生徒が気付き、ゆっくりと振り返る。
だが次の瞬間、ギョッとした表情を浮かべた。
「マーガレット先輩!? その恰好……どうされたんですか!?」
「ちょっと不思議な現象が起きてしまったの。それよりあなた、確か水属性魔法が得意だったわよね? 申し訳ないのだけれど、わたくしに思いっきり放って下さらない?」
そのマーガレットの頼みにハインツが、あからさまに嫌そうな表情を浮かべた。
そんなハインツにマーガレットが美しい笑みを威圧的に向ける。
「ハ・イ・ン・ツ。お願い」
「分かりました……。ですが、後でカルロス先輩に事情をしっかり説明後、僕の事を弁護してくださいね?」
「ええ、もちろん」
ふわりと微笑むマーガレットとは対照的にハインツの方は、何やらブツブツと愚痴の様な事を呟きながら、魔法発動の準備態勢に入る。
「あーあ……。こんな所、カルロス先輩に見られたら俺、絶対後で吊し上げられるじゃないか……」
「ハインツ、集中して?」
「分かってますよぉー!!」
マーガレットに急かされたハインツが自棄を起こすように投げやりな返答をする。そして両手をサッとマーガレットに向けてかざした。
するとハインツの両手の前に大きな水球が生成される。
基本的に水属性魔法は防御魔法や補助魔法として使われる事が多いのだが、攻撃魔法として放つ事も出来る。先程マーガレットがハインツに頼んだ内容は、水属性の攻撃魔法の水圧で、泥水の汚れを洗い流して欲しいというものだった。
しかし、相手を傷付けずに魔法を調整する事は非常に難しい。
特に水属性魔法は、その加減が最も至難の業だと言われている。
その状況でハインツは何の迷いもなく、マーガレットに水属性の攻撃魔法を放つ。そもそもハインツは魔力の高さとセンスの良さを評価され、平民でありながらも実験的に特例でこの学園へ入学を許可された生徒の一人だ。
この5年後に魔力の高い平民も入学可能な体制が作られるのだが……。
この時の魔法学園では、平民は数名しか受け入ない非常に狭き門だった。
それだけハインツの魔法の才能は高く、先輩でもあるマーガレットはその能力を買っていた。
ハインツの方も身分で肩身の狭い思いをしている立場の自分を何だかんだと言っては、気にかけてくれるマーガレットに気を許していた。
だがその二人の関係は、学園内では飼い主と忠犬という認識だった。
そんな才能あふれる忠犬のような後輩の放った水属性魔法が、大量にマーガレットの全身に浴びせられる。その水圧でマーガレットは一瞬よろけるが、ハインツが浄化効果のある水魔法を放ってくれた様で、激しい水圧でも痛みは感じなかった。
「先輩……。大丈夫っすか?」
「ええ。ハインツ、ありがとう」
「本当、勘弁してくださいよ……。俺、後で絶対カルロス先輩にシメられる」
「そうならないように配慮すると言ったはずよ?」
「その言葉、気休め程度に受け止めておきます……」
ハインツと会話をしながら、全身からポタポタと水滴を滴らせたマーガレットが、ゆっくりと顔を上げる。そして髪をハーフアップにしていたレースのリボンをグイっと引っ張りながら解き、片側に髪をまとめてギュッと絞った。
濡れた事でマーガレットの美しいハニーブロンドの髪がキラキラと輝きを放ち、清楚さと妖艶さという真逆の印象を同時に与える。
その姿は、さながら水浴びを終えた女神が泉から上って来たという情景だ。
男子生徒の殆どは、そのマーガレットの美しくも艶めかしい姿に釘付けになっている。だがただ一人、ハインツだけはガックリと肩を落していた。
「全く……あなたはカルロス様を怖がり過ぎよ?」
「マーガレット先輩は、もう少しカルロス先輩の愛が重すぎる事を自覚するべきだと思います」
呆れ顔のハインツの様子にマーガレットが盛大なため息をつく。
それと同時にパチンと指を鳴らした。
するとマーガレットの足元から、ブワリと心地良い風が舞い上がり、彼女の衣類や髪にまとわりついていた水滴を一瞬で吹き飛ばしてしまった。
すると先程まで顔にまとわりつくように鬱陶しかったハニーブロンドの髪が、まるで金糸のようにサラリと風に揺らめく。
その光景を見たハインツがピューっと口笛を吹く。
「流石、神風の女神……」
マーガレットは中等部から高等部二年の現在まで、この学年の首席の座に君臨しているのだが、学力の面だけでなく実力面でも教師達から一目置かれていた。
その一番の決め手は、使い手が少ない風属性の魔力の高さと実力だ。
故に学園内では『神風の女神』と、いつの間にか呼ばれるようになっていた。
その得意の風魔法で乾かした髪にマ―ガレットが軽く手櫛を入れる。
だがその右手は、途中で何者かにガッシリと掴まれる。
その事に驚きながらゆっくりと振り返ると、サラリとした黒髪に淡い紫の瞳を持つ麗しい顔立ちの男性に手を取られていた。しかし折角の端整な顔立ちを台無しにする程、その男性は鉄面皮並に表情筋が死滅しており、まるで冷気をまとっているかのような冷たい印象だ。
だがマーガレットと目が合った瞬間、その氷のような冷たい印象の瞳は、まるで雪解けを思わせるような柔らかい光を宿し始める。
その真逆な印象への豹変ぶりにマーガレットは呆れ気味に苦笑する。
「カルロス様? 本日高等部三学年は魔獣の森にて実技演習だったはずでは?」
「君とのランチの時間が惜しい為、皆より一足先に学園に戻って来た」
「一足先って……。まさか! また転移魔法を私用目的で使われたのですか!? 転移魔法は精神的負担が大き過ぎる為、学園内では使用禁止となっているでありませんか!」
「私はそのような軟弱な精神の持ち主ではない。故に問題はない」
「そういう事を言っているのではございません! 学園の規律を破る様な真似をしてまで、わたくしとのランチタイムを確保なさらないでください!」
「私の転移魔法使用よりも嫌がらせの為に泥水を上空から注ぎ落す輩の方が、余程規律と秩序を乱していると思うのだが?」
マーガレットから目線を外すと同時にカルロスと呼ばれた青年の表情は、再び凍てつく様な鋭い表情に戻った。その先には、先程マーガレットに駆け寄ろうとしたキャスリーン達に注がれる。
自身の婚約者が放つ殺気にマーガレットが更に呆れ出す。
同時に先程マーガレットに頼まれ、大量の水属性魔法を放ったハインツは、そそくさと撤退を始めていた。
「ハインツ」
「はいっ!!」
しかし、カルロスの低く圧のある声で名を呼ばれてしまい、ビタリと動きを止めた。そしてクルリと二人の方に向き直り、ピシリと姿勢を正す。
「これは一体どういう事だ? 何故マーゴの上にだけ泥水の雨が降り注ぐ?」
「そ、それは……」
ハインツがスッと目を逸らすが、カルロスは光の無い底冷えするような印象の淡い紫の瞳で、じっとハインツを見つめて返答を待つ。
そんな針の筵状態に追いやられたハインツは、今にも泣き出しそうな表情でマーガレットに助けを求めてきた。
その事にマーガレットが、軽く眉間を押さえる。
「カルロス様、ハインツは何もしておりませんわ」
「だが、このような大勢の前で、まるでダイヤをまとっているかのように水滴を滴らせる艶めかしい君の姿を晒した」
「それは……わたくしが泥水を洗い流したかった為にお願いしたのです」
「では元凶は、その泥水を君に浴びせた不届き者という事になるな」
クッと喉の奥で笑い声を殺しながら、皮肉めいた笑みを浮かべたカルロスは、再び視線をハインツからキャスリーンに戻す。
そのカルロスの視線にキャスリーン達の顔色が一気に真っ青になっていく。
「キャスリーン嬢、私の愛おしい婚約者の窮地に駆けつけようとして頂き、感謝する。だが、この様な事態が起こった事に私は腸が煮えくり返る思いだ。あなたのお父上は確か、この学園の役員の一人だったな。早急にマーゴに危害を加えた犯人達をあぶり出し、しかるべき処罰を与えるようお願い出来ないだろうか」
凍てつく様な視線をキャスリーン達に注ぎながら、淡々とした口調でカルロスが発した言葉にその場にいた全員が凍り付くように動きを止めた。
誰が見てもマーガレットに嫌がらせとして泥水を浴びせたのは、キャスリーンだと分かる状況だ。それを知った上で、カルロスがキャスリーンに放った言葉は「父親に自身の娘を罪人として突き出し、それ相応の罰を与えろ」という意味だ。
魔力が高い事で、その地位を確立させた由緒あるエルトメニア家の跡目でもあるカルロスの発言力は、この魔法学園内では大きい。毎年エルトメニア家では、自身の領地を守る為にこの魔法学園の卒業生達の多くを家臣に迎え入れてくれるからだ。
だが、今回の事をキャスリーンの父が娘可愛さに軽んじる対応をした場合、エルトメニア家は黙っている訳にはいかない。何故ならカルロスの婚約者でもあるマーガレットは、未来のエルトメニア伯爵夫人だからだ。
「キャスリーン嬢。どうかあなたのお父上には、よくお考えになられた上で今回の犯人探しに取り組んで頂きたいと伝えて欲しい」
とどめを刺すかようなカルロスの一言にキャスリーン達は小刻みに震え出す。
だが、カルロスは一切その制裁を緩める気はないらしい。
『犯人達』という言い方をしたカルロスは、今回マーガレットへの嫌がらせに関わった人間全てが、制裁されるべきだと訴えているのだ。
犯人である自身の娘を突き出すか……。
このまましらを切り通し、エルトメニア家の信用と援助を失うか……。
どちらか好きな方を選べと、キャスリーン達に選択を委ねているように見えるが、どちらを選んでも、彼女達の明るい未来は一瞬で閉ざされる。
そんな意地の悪い選択肢を与えた婚約者に対して、何故か今回の被害者でもあるマーガレットが、キャスリーン達に助け舟を出す。
「カルロス様、このような低俗な事の調査に貴重な時間をかける事はございません。そもそもわたくしの方は、一瞬で回避出来る術を持っているのですよ?」
そう言って自身の手の中に高速で回転する風の渦をマーガレットが生み出す。
だがカルロスの方は再び鉄面皮化を強め、眉間に皺まで作り出した。
「いくら君が優秀な風魔法の使い手であり、このような被害にあった際に早急に対応出来るとしても、犯行を行った人間にはしっかりと罰を与えるべきだと私は思うのだが?」
「彼女達は、カルロス様がこちらに駆け付けた時点で、かなり厳しい罰を受けているようにわたくしは感じております」
「君は相変わらず敵に対しても情け深いな……」
「情け深くなどございません。そもそもわたくしにとって、彼女達は敵どころか、どうでもよい存在の方々なのです。そんな方々の為に調査費用を使うのではなく、是非この学園の改善されなければならない部分に使って頂きたいです」
マーガレットのその言葉にフッと小さく笑みをこぼしたカルロスが、周囲には決して見せないような甘い表情を浮かべた。
そのカルロスの表情を見た野次馬と化した他生徒達が、驚きのあまり息をのむ。
その反応を楽しむようにカルロスは、グッとマーガレットの腰に手を伸ばし、自分の方へ抱き寄せた。
「まぁ、今回はマーゴに免じて深追いをする事はやめる。だが……」
そこで一度言葉を切ったカルロスは、再びキャスリーン達に鋭い視線を突き刺す。
「次はない」
低い声でキャスリーン達に警告すると、カルロスはマーガレットの腰に手を回し、促すように歩き始める。
「マーゴ、今日のランチはどうするのだ?」
「カルロス様……先程とお顔の表情が別人過ぎるのですが?」
「君に対しては、いつもと変わらない表情を浮かべているつもりだ」
更に自分の方へと抱き寄せ、その額に軽く口付けを落してきた麗しい婚約者の対応にマーガレットは、盛大に息を吐く。
そもそもマーガレットが他令嬢達から嫌がらせを受ける一番の原因は、この婚約者であるカルロスの露骨で過剰過ぎる愛情表現が引き金でもある。
だがその嫌がらせもマーガレットが13歳の頃に婚約が決まってから今現在までずっと続いている為、もはや対応に慣れてしまった……。
そもそも淑女教育をしっかりと受けている貴族令嬢が思い付く嫌がらせ等、可愛いものである。先程のように衣類を汚されたり、私物に何かをされたり、微笑みながら嫌味が含む会話をされたりと、それなりに対処が可能なのだ。
それよりも厄介な嫌がらせをしてくるのが商家の娘達だ……。
彼女達の場合、金に物を言わせて人を雇い、かなり悪質な危害を加えようとしてくる。現にマーガレットは何度か柄の悪い輩に襲われ掛け、貞操の危機を懸念しなければならない状況になった事がある。
しかしマーガレットは、その窮地を風魔法であっさりと撃退し、回避していた。
その辺りが貴族令嬢達と比べると悪質な嫌がらせではあるが、計画的な部分がかなり杜撰なのである意味対処がしやすい。
何よりも人を雇う事で証拠が残る為、伯爵令嬢でもあるマーガレットに危害を加えようと企てた罪人として、カルロスが容赦なく制裁を下す。
マーガレットにしてみれば、容易く撃退出来るお粗末な荒くれ者を嗾けられただけなので、そこまで大事にされたくないというのが本音なのだが……。
カルロスは婚約者として初めて顔合わせをした時から、マーガレットを溺愛している為、最愛の婚約者に危害を加える人間に対しては容赦がない。
だが、そこまでカルロスが、あからさまに制裁を加えている事が有名でも、マーガレットに嫌がらせをする令嬢は後を絶たなかった……。
それだけ『氷の貴公子』というふざけた二つ名を勝手に付けられた婚約者カルロスは、令嬢達からの人気が高い。その滅多に微笑まない人形のように整った顔立ちの美青年が破顔する程、微笑みかけるのがマーガレットなのだ。
ただでさえ婚約者という事で令嬢達の嫉妬心を駆り立ててしまっているのにこのカルロスのマーガレットに対する溺愛行動が、更に彼女達の嫉妬心を煽る……。
「カルロス様……学園内では、スキンシップを控えて欲しいのですが……」
「学園外ならばいいのか?」
「そういう問題ではないのですが……」
呆れ顔を浮かべたマーガレットとは対照的にカルロスの方は、氷の貴公子の二つ名をどこかに捨て去ったかのように甘い微笑みをマーガレットに向ける。
これがどれ程、周りの女性達の嫉妬心をマーガレットにかき集めているか等、一切気付かずに……。
そんな婚約者からの溺愛に今日もマーガレットは、大きなため息をつく。
「わたくし、早くこの学園を卒業したいです……」
「ああ、私も同感だ。一日でも早く君を妻に迎え入れ、一日中君に愛を囁ける夢のような日々を手に入れたい」
「カルロス様は愛が重すぎます……」
再びマーガレットが盛大なため息をつくが、そんな事にはお構いなしにカルロスは、更にマーガレットを自分の方へ引き寄せ、ぴったりとくっ付くように歩き出す。
そんな溺愛の嵐を婚約者から受け続ける学園生活を送っていたマーガレットだが、それは翌年のカルロス卒業と同時にピタリとおさまったかのように見えた。
だが、卒業後のカルロスは得意の転移魔法を多用し、毎日のようにマーガレットの下校時刻に迎えにやってくる。
その後、卒業と同時に宮廷魔道士の試験に合格したマーガレットは、夫となったカルロスが所属するエリートの集団でもある魔獣討伐の精鋭部隊で一年程、攻撃の要として活躍するのだが……。
その一年後に後輩でもあるハインツが着任してから、僅か三カ月で第一子を身籠ってしまった為、早々に精鋭部隊から脱退する事になる。
更に産後で復帰を果たすも、すぐに第二子を身籠る事態になったマーガレット。
この事で、想定外の戦力ダウンを強いられてしまった精鋭部隊は、後に優秀な後輩として入隊してきたロナリアの両親でもあるアーバント子爵夫妻の婚期をかなり遅らせる事態を招く。
その事で後のアーバント子爵でもあるローウィッシュは、先輩でもあり後の上司ともなるカルロスに自身の婚約者との婚姻を妨げられたと、かなり不満をぶつけていた。
しかしその結果、マーガレットの三男でもある優秀なリュカスがロナリアと同年に誕生するので、ロナリアの父でもあるローウィッシュはカルロスに対して、その事で文句をいう事が出来なくなってしまう……。
結果的には上司のカルロスの愛妻に対する過剰な溺愛行動が、彼らに優秀な婿養子を与える事に繋がったからだ。
そんな迷惑極まりない溺愛癖が強い夫にマーガレットは、生涯愛情を注ぎ続けられたそうな。
――――――【★ご案内★】――――――
次話はロナリアの両親の出会いのお話になります。
引き続き『二人は常に手を繋ぐ』の番外編をお楽しみください。
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