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【番外編:二人の親世代の話】
吠える狼(前編)
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――――――【★前書き★】――――――
番外編『小鳥のさえずり』のその後のロナ父ローウィッシュ視点でのお話です。
エルトメニア家の執事兼教育係のハインツが結構出張ってます。(笑)
(※全3話)
―――――――――――――――――――
レムナリア王立魔法学園では、夏季休暇として学生達は10日程の休みが貰える。
その間、実家のアーバント子爵家に帰省していた当時のローウィッシュには、以前から話が出ていた縁談相手の令嬢との顔合わせの機会が両親によって設けられていた。
寡黙で生真面目過ぎる息子が、同じ年頃の令嬢達と交流が出来るはずもないと懸念していたアーバント子爵夫妻は、中等部三年にもなって全く浮いた話がない息子の状況に子爵家の存続の危機感を抱き始めていたからだ……。
そんな心配をされているローウィッシュは、幼少期の頃から口数が少なく表情の乏しい子供だった。だからと言って、感情が欠落している訳ではない。
幼い頃は、小さくてフワフワした毛並みの小動物や、ぬいぐるみが大好きで、それらを愛でている時は大変子供らしい微笑みを浮かべる愛らしい子供だった。
だが……その小さく愛らしい物を愛でる行為が許されたのは幼少期までだ。
12歳になっても寝台の周りにそれらのぬいぐるみが並べられている光景を目撃してしまった父であるアーバント子爵は、息子のその趣味に焦り出す。
その頃のローウィッシュは、ちょうど第二成長期に入り、しかも少年らしさをすっ飛ばして青年寄りに急成長し始めていた時期だった。
傍から見れば、武骨で堅物そうな青年になりかけている少年が、ニヤニヤしながら愛くるしいぬいぐるみを愛でているという光景……。
この状況にアーバント子爵夫妻は、先代の領主でもあるローウィッシュの祖父にその状況を相談し、いかつい青年に成長しかけている息子のあまりにもそぐわない趣向を何とか改善出来ないかと緊急家族会議が行った。
結果、息子ローウィッシュは小さくて可愛いらしい物……特に大好きなぬいぐるみを愛でる行為は涙を呑んで控えるようになる。
その反動なのか、ますます堅物化していく息子に今度は、嫁入りしてくる令嬢がいなくなるとアーバント夫妻は心配をし始める。
だが、ちょうどその頃、旧友でもあるエインフォート伯爵から次女の婚約相手を探し始めたと言う話を聞かされたローウィッシュの父は、自身の息子を売り出してみたのだ。
アーバント子爵家は貴族としての歴史は浅いが、火属性魔法に秀でた伸びしろのある家系として世間では見られていた為、縁を持つ事にメリットを感じたエインフォート伯爵は、この話をすぐに受け入れ、両家は二人の縁談の場を設ける事にした。
そして本日、ローウィッシュは初めて自身の婚約者となる令嬢と対面する。
両親の話ではレナリアと言うその令嬢は、まだ12歳の少女だという。
しかし切れ長で強面のローウィッシュは、よく幼子を怯えさせてしまう為、今回の顔合わせは失敗に終わるだろうと思いながら、もはや義務的な面会として顔合わせに臨んだ。
しかし――――。
目の前に現れたのは、まるで花の妖精のような小さく愛らしい令嬢だった。
淡い薄茶色のフワフワの髪に新緑の眩しさを彷彿させるペリドットのような明るい黄緑の大きな瞳をパチクリとさせ、ニコニコと笑みを浮かべている様子は、まさに純粋無垢な天使か妖精を彷彿させた。
そんなレナリアは、瞬時にローウィッシュの心を鷲掴みにした。
だが、同時にローウィッシュは焦り出す。
もしも自分の小さくて愛らしい見た目の存在をこよなく愛でる性癖をレナリアが知ってしまったら、気色の悪い人間だと思われてしまうと……。
そもそも15歳の自分が、まだあどけない12歳の少女の可憐で愛らしい姿に心奪われた等、口が裂けても言える訳もなく、その日のローウィッシュは普段以上に無表情に徹する事へ全力を注いだ。
しかし、関係醸成の為に週に一度のペースで来訪するレナリアは、毎回目の前で愛らしい表情や仕草をローウィッシュに披露する。レナリアは、あどけない笑みを浮かべながら、もてなし用に出されたケーキやクッキーを幸せそうに頬張り、その小さな口を一生懸命モクモクさせていた。
その様子は、ローウィッシュに愛らしい小リスの姿を彷彿させ、絶大な癒しを与えてくれる。
更にローウィッシュの心をくすぐったのが、口数の少ない自分を気遣うように懸命に話題を振り、この気まずい空気を払拭しようと奮闘しているレナリアの健気な姿だった。しかし、その背伸びをするように大人ぶる愛らしいレナリアの様子を密かに堪能していたローウィッシュは、ますます口数が減ってしまっていた。
それだけローウィッシュは、レナリアの愛らしい仕草の観察に夢中になっていたのだ。
しかし三カ月もそのような態度を無意識で続けていたら、ついにレナリアから疑問の声が上がる。
「あの、ローウィッシュ様。ずっと気になっている事があるのですが……」
「何だろうか?」
「その、何故ローウィッシュ様は、わたくしがケーキや焼き菓子を食している際、ジッと見つめてくるのでしょうか……」
その質問で、やっと自分がレナリアの様子を不躾に凝視していた事に気が付いたローウィッシュは、思わず押し黙る。だが何とかして言い逃れようと、自身が密かに堪能していた口元に食べカスを付けているレナリアの愛らしい状態を口にしてしまった。
その言葉にレナリアが羞恥心から涙ぐんでしまう。
咄嗟の言い訳として自身が迂闊に口にしてしまった言葉で、先程まで幸せそうにケーキやタルトを担当していたレナリアの表情にジワリと影がさしてしまう状況を招いてしまったローウィッシュは、慌ててその弁明をした。
しかし、焦り過ぎていた所為か、レナリアの愛らしい行動を堪能する為にワザと口元が汚れやすい食べ物を茶菓子に出していた事をうっかり口走ってしまった……。
その事を知ったレナリアの怒りは深く、しばらくの間はローウィッシュをエインフォート家に通わせ、その際にひたすら口元が汚れやすい菓子類で、もてなされるという仕返し的な歓迎を受ける事になる。
しかし、その時の出来事で二人の距離は、一気に縮んだ。
少し前までローウィッシュに対して遠慮がちな部分があったレナリアだが、その出来事以降は、かなり気軽な様子でローウィッシュに接してくるようになり、二人はいつしかお互いを愛称で呼び合う仲となっていた。
そんな二人が正式に婚約してから一年が経った頃――――。
魔法学園の中等部に上がったばかりのレナリアは、ある素敵な先輩令嬢に出会ったと興奮しながらローウィッシュに熱く語っていた。
「この間、高等部の先輩方が中等部にいらして、それぞれがグループごとに分かれてご指導頂ける機会があったのですが、その際にわたくしは、とても素敵なご令嬢にご指導頂いたのです!」
「素敵な? それは良かったな」
「はい! ロッシュ様は、ディオニール伯爵家のローズマリア様をご存知ですか? わたくし達のグループの指導を担当してくださったのが、そのご令嬢なのです! 容姿が美しいだけでなく凛とした雰囲気も美しくて……。更にとても強力な魔力をお持ちで、人間性も大変素晴らしい女性だったのです!」
興奮気味なレナリアは、両拳を握りしめながらローウィッシュにその令嬢の素晴らしさを語り始める。その様子は、まさしく小さな子供が一生懸命大人に「聞いて! 聞いて!」と目をキラキラさせながら訴えているような状況だ。
そんなレナリアの愛らしい動きを堪能していたローウィッシュは、口元がにやけないようにさり気なく右手で隠した。そして気持ちを落ち着けようと小さく息を吐き出し、レナリアの頭を撫でまわしたい衝動を密かに鎮める。
「ローズマリア嬢なら、現在高等部に在籍している人間であれば、皆知っているな。彼女は私より二学年上だが『白薔薇の令嬢』と言われ、男子生徒はもちろん、女子生徒の間でも彼女を崇拝する倶楽部のようなグループが出来ている程、人気のご令嬢だ。私も学園内で見かけた事があるが、清楚で品位ある雰囲気をまといながらも凛とした心強さを感じさせる美しいご令嬢と記憶している」
ローズマリアという令嬢の良さを語り始めたレナリアの気を悪くさせないようにローウィッシュの方もその令嬢を称賛するように語ってみた。
しかし、その気遣いは裏目に出たようで……。目の前のレナリアは、何故か少し頬を膨らませ、拗ねるような表情を浮かべ出す。
「ロッシュ様もローズマリア様のようなご令嬢がお好みなのですか……?」
そのレナリアの反応にローウィッシュは思わず吹き出した。
つい先程まで称賛の嵐だった令嬢を急にレナリアが、嫉妬対象へと変化させたからだ。そのあまりにも愛らしい反応に思わず口元がにやける。
だが、ローウィッシュは軽く咳払いをして誤魔化した。
「好みと言うか、皆が評価しているままを口にしただけなので、私自身は彼女に特別な感情を抱いた事はないな。そもそも私が惹かれるのは、美しい存在よりも愛らしい存在だ。自身の好みかどうかと問われれば、恐らく彼女は私の好みの女性像には該当しないと思うが」
真面目にそう答えると、何故か目の前にレナリアが、フルフルしながら赤くなっていく。その様子を不思議そうに眺めていたローウィッシュが、下からレナリアの顔を覗き込むように声を掛ける。
「レナ? どうした?」
「な、何でもございません! その……お気になさらず!」
「いや、そんな茹で上がったロブスターのような真っ赤な顔をされてしまうと、余計に気になってしまうのだが……」
「どうしてロッシュ様は、一言多いのですか!?」
真っ赤な顔をしたまま、レナリアが両手で握りこぶしを作り、テーブルを叩く。だが、その小さな手では大した衝撃も起こらないので、ますますローウィッシュの口元をニヤケさせるだけだった。
その締まりのない表情を誤魔化す為にローウィッシュは、そのままテーブルに突っ伏したレナリアの頭を優しく撫でる。
「ロッシュ様……。あまりわたくしを幼子のように扱わないでください……」
「そんなつもりはないのだが……」
「では何故、頭を撫でていらっしゃるのですか!?」
「仕方がないだろう。レナの動きが愛らし過ぎるのだから」
「もぉぉぉぉ~~~!! そういう所ですぅぅぅー!!」
頭を撫でているローウィッシュの手を必死で振り払いながら、レナリアが抗議の声上げる。その反応にローウィッシュが、思わず小さく笑みをこぼす。
しかしその事に気付かないレナリアは更に不貞腐れながら、また別の愚痴をこぼし始めた。
「うう……。ロッシュ様までもマーガレット先輩と同じ様な事をおっしゃるのですね……」
「マーガレット先輩? それは……シルフィード家のご令嬢の事か?」
「ロッシュ様はマーガレット先輩もご存知なのですか?」
「まぁ……。学年は彼女の方が一学年上だが、あの美貌と才女ぶりは高等部では有名だからな」
気まずそうに返答したローウィッシュの様子に何やらあらぬ誤解を抱いたレナリアが、再び不機嫌な表情を浮かべる。
「ロッシュ様は、マーガレット先輩のような女性がお好みなのですか?」
「先程からなんなのだ……。彼女はスレンダーな長身で、如何にも才女と言う感じの美女だろう。私の好みとは、むしろ対極の位置となる女性だ。そもそも何故、中等部のレナが高等部二学年のマーガレット嬢と接点があるのだ?」
「実は……先程お話したローズマリア様のお姿を一目見ようと、高等部に出向いた事があるのですが、その際に興奮気味で騒いでしまって……。その事に気付かれたマーガレット先輩より、ローズマリア様を称える愛好会に入らないかとお誘いを受けたのです。もちろん、わたくしは嬉々として、その素晴らしい愛好会へ入会希望を致しました! でも……」
そこまで語ったレナリアは、何故か急にしゅんと肩を落とした。
その反応から、もしやその愛好会の上級生よりレナリアが、嫌がらせを受けているのではと懸念したローウィッシュは、焦りから一瞬だけ腰を上げる。
だが、その後に続けられたレナリアの言葉は、全く予想外のものだった。
「ローズマリア様を愛でる愛好会のはずが、何故かわたくしを餌付けする会のようになってしまっているのです!」
その話を聞いたローウィッシュは、吹き出しそうになったのを必死で堪えた。
同時にマーガレットが、この状況を狙ってレナリアを愛好会に勧誘した事にも気付く。マーガレットは、自分の気に入った相手に面白がって過剰に絡む傾向があるからだ。
だが何故、その事をローウィッシュが知っていたのかというと……実際に自分の友人が似たような被害に遭っていたからだ。
「気に入られたな……」
その情景を容易に想像出来てしまったローウィッシュは、厄介な人間にレナリアが目を付けられてしまった状況に苦笑しながら呟く。
すると、ローウィッシュの言葉を聞いたレナリアが、コテンと首を傾げた。
「誰が誰を気に気に入られたのですか?」
「レナがマーガレット嬢に、だ」
「ええ!? わ、わたくし、マーガレット先輩に気に入られたと言うよりも揶揄われているという状況の方が、しっくりくるのですが……」
「いいや。確実に気に入られている。そもそもマーガレット嬢は、自身が気に入った相手へ過剰に絡む傾向があるからな」
そのローウィッシュの話を聞いたレナリアが、訝しげにスッと目を細めた。
「何故……ロッシュ様がその事をご存知なのですか?」
またしてもレナリアの機嫌を損ねるような事を口にしてしまったローウィッシュが、慌てて弁明を始める。
「その、実は私の友人がマーガレット嬢の忠犬の様になっているというか……。過剰に絡まれているから……」
「はい?」
「その友人とは中等部の頃、魔法騎士科で一緒に学んだ仲なんだが……。彼は急遽高等部から魔導士科に転向する事になり、その際にマーガレット嬢とその婚約者殿にいたく気に入られてしまったそうだ……。たまに食堂で一緒になると、その二人にかなり目を掛けて貰っていると愚痴をこぼすので、何故か私も彼女の事に詳しくなってしまって……」
「魔法騎士科から魔道士科に転向!? そ、それは異例な事では!?」
「ああ。その友人は平民枠でこの魔法学園に入学したので、それ自体が異例なのだが……。そもそも本人は魔道士よりも魔法騎士を目指し、いつか騎士爵を得たいと言っていた。だが不幸な事に友人の得意な属性魔法が貴重な水属性だった為、学園側から魔道士科への転向を強く説得され、仕方なく魔法騎士の道を諦めた経緯を持つ」
「まぁ……。それは……お気の毒ですね……」
「だが、夢と引き換えに寮費と学費の完全な免除、そして卒業後は宮廷魔道士として新たに選抜される特殊魔獣討部隊へのメンバーの一人として選抜されたので、結果的には友人にとって良い話になったそうだが」
「ロッシュ様のご友人の方は、意外と現金な方なのですか?」
「平民なので、それなりに生活に苦労しているからな。友人は兄妹が多い為、すぐにでも稼ぎ手になりたいと、よく口にしていた」
「では、とてもしっかりなさった方なのですね!」
「いや……それはないな。今度、レナも会ってみるか?」
「ロッシュ様のご友人であれば、是非!」
だがこの後、二人を引き合わせた事をローウィッシュは盛大に後悔する。友人であるハインツはレナリアと顔を会わせるなり、あからさまに子供扱いをしてしまい、二人の出会いは喧嘩腰から始まってしまったからだ……。
ハインツが面白がって幼さが目立つレナリアを揶揄えば揶揄う程、レナリアは感情的になる。そして最終的には、口で勝てないレナリアが、ローウィッシュに泣きついてくるという展開の繰り返しとなるのだ。
その事でローウィッシュはハインツを咎めるも、泣きついてくるレナリアを堪能している事を見透かされてしまっている為、全く効果はない。
もうこの時点でハインツはレナリアだけでなく、ローウィッシュまでも揶揄う玩具対象として見なしていたのだろう。
そんな賑やかな学生時代を過ごしたローウィッシュだが……。
魔法学園を卒業後は、ハインツと共に特殊魔獣討伐部隊に抜擢されてしまう。
本来ならば自身の領地の魔獣鎮圧の為、この魔法学園での学びに励んでいたのだが、その部隊長がエルトメニア伯爵家の長男カルロスだったのだ。
エルトメニア家は魔獣の樹海に隣接した領地を治めており、魔獣討伐のエキスパートな伯爵家でもある。ローウィッシュのアーバント子爵家は、このエルトメニア家の傘下として入っており、大規模な魔獣討伐があった場合、このエルトメニア家の指示の下で動く。
そんな家同士のつながりがあった為、幼少期からカルロスと面識があったローウィッシュは、特化した火属性魔法の使い手として、在学中から早々にカルロスに目を付けられていたらしい。
何よりも新たに作られた特殊魔獣討伐部隊のメンバーには、カルロスの婚約者のマーガレットと、ローウィッシュの友人であるハインツがすで確定していた。その関係でマーガレットは、ハインツとレナリア両者からローウィッシュの情報を得ていたようで、尚更ローウィッシュの存在は婚約者のカルロスの耳に入りやすかったのだろう。
優秀な討伐メンバーを探していたカルロスは、攻撃特化型のメンバーを特に増やしたがっていた為、王家よりメンバーの選抜を任されていた当時魔法学園の教師グレイバムに候補者としてローウィッシュを打診したらしい。そんな経緯があり、ローウィッシュが高等部三年に上がった時には、すでに学園卒業後の進路が自身の意志とは関係なく決められてしまっていた。
だが、その事に対してローウィッシュは不満を感じる事はなかった。
特殊魔獣討伐部隊に与えられた待機所には、マーガレットがお気に入りのレナリアを招いて茶の時間を楽しむ為、ローウィッシュにとっては自身の婚約者と頻繁に過ごせる好条件な職場となっていたからだ。
そんなレナリアは魔法学園での授業後、頻繁にこの待機所に訪れては、マーガレットと楽しいお茶の時間を過ごしながら、差し入れ等も持ってきてくれた。そして帰りは必ずローウィッシュがレナリアをタウンハウスまで送るので、そのひと時はローウィッシュにとって癒しの時間にもなっていた。
しかし――――。
後にこの状況がレナリアとの挙式日を大幅に遅らせる事態を招くとは、この時のローウィッシュは夢にも思っていなかった……。
番外編『小鳥のさえずり』のその後のロナ父ローウィッシュ視点でのお話です。
エルトメニア家の執事兼教育係のハインツが結構出張ってます。(笑)
(※全3話)
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レムナリア王立魔法学園では、夏季休暇として学生達は10日程の休みが貰える。
その間、実家のアーバント子爵家に帰省していた当時のローウィッシュには、以前から話が出ていた縁談相手の令嬢との顔合わせの機会が両親によって設けられていた。
寡黙で生真面目過ぎる息子が、同じ年頃の令嬢達と交流が出来るはずもないと懸念していたアーバント子爵夫妻は、中等部三年にもなって全く浮いた話がない息子の状況に子爵家の存続の危機感を抱き始めていたからだ……。
そんな心配をされているローウィッシュは、幼少期の頃から口数が少なく表情の乏しい子供だった。だからと言って、感情が欠落している訳ではない。
幼い頃は、小さくてフワフワした毛並みの小動物や、ぬいぐるみが大好きで、それらを愛でている時は大変子供らしい微笑みを浮かべる愛らしい子供だった。
だが……その小さく愛らしい物を愛でる行為が許されたのは幼少期までだ。
12歳になっても寝台の周りにそれらのぬいぐるみが並べられている光景を目撃してしまった父であるアーバント子爵は、息子のその趣味に焦り出す。
その頃のローウィッシュは、ちょうど第二成長期に入り、しかも少年らしさをすっ飛ばして青年寄りに急成長し始めていた時期だった。
傍から見れば、武骨で堅物そうな青年になりかけている少年が、ニヤニヤしながら愛くるしいぬいぐるみを愛でているという光景……。
この状況にアーバント子爵夫妻は、先代の領主でもあるローウィッシュの祖父にその状況を相談し、いかつい青年に成長しかけている息子のあまりにもそぐわない趣向を何とか改善出来ないかと緊急家族会議が行った。
結果、息子ローウィッシュは小さくて可愛いらしい物……特に大好きなぬいぐるみを愛でる行為は涙を呑んで控えるようになる。
その反動なのか、ますます堅物化していく息子に今度は、嫁入りしてくる令嬢がいなくなるとアーバント夫妻は心配をし始める。
だが、ちょうどその頃、旧友でもあるエインフォート伯爵から次女の婚約相手を探し始めたと言う話を聞かされたローウィッシュの父は、自身の息子を売り出してみたのだ。
アーバント子爵家は貴族としての歴史は浅いが、火属性魔法に秀でた伸びしろのある家系として世間では見られていた為、縁を持つ事にメリットを感じたエインフォート伯爵は、この話をすぐに受け入れ、両家は二人の縁談の場を設ける事にした。
そして本日、ローウィッシュは初めて自身の婚約者となる令嬢と対面する。
両親の話ではレナリアと言うその令嬢は、まだ12歳の少女だという。
しかし切れ長で強面のローウィッシュは、よく幼子を怯えさせてしまう為、今回の顔合わせは失敗に終わるだろうと思いながら、もはや義務的な面会として顔合わせに臨んだ。
しかし――――。
目の前に現れたのは、まるで花の妖精のような小さく愛らしい令嬢だった。
淡い薄茶色のフワフワの髪に新緑の眩しさを彷彿させるペリドットのような明るい黄緑の大きな瞳をパチクリとさせ、ニコニコと笑みを浮かべている様子は、まさに純粋無垢な天使か妖精を彷彿させた。
そんなレナリアは、瞬時にローウィッシュの心を鷲掴みにした。
だが、同時にローウィッシュは焦り出す。
もしも自分の小さくて愛らしい見た目の存在をこよなく愛でる性癖をレナリアが知ってしまったら、気色の悪い人間だと思われてしまうと……。
そもそも15歳の自分が、まだあどけない12歳の少女の可憐で愛らしい姿に心奪われた等、口が裂けても言える訳もなく、その日のローウィッシュは普段以上に無表情に徹する事へ全力を注いだ。
しかし、関係醸成の為に週に一度のペースで来訪するレナリアは、毎回目の前で愛らしい表情や仕草をローウィッシュに披露する。レナリアは、あどけない笑みを浮かべながら、もてなし用に出されたケーキやクッキーを幸せそうに頬張り、その小さな口を一生懸命モクモクさせていた。
その様子は、ローウィッシュに愛らしい小リスの姿を彷彿させ、絶大な癒しを与えてくれる。
更にローウィッシュの心をくすぐったのが、口数の少ない自分を気遣うように懸命に話題を振り、この気まずい空気を払拭しようと奮闘しているレナリアの健気な姿だった。しかし、その背伸びをするように大人ぶる愛らしいレナリアの様子を密かに堪能していたローウィッシュは、ますます口数が減ってしまっていた。
それだけローウィッシュは、レナリアの愛らしい仕草の観察に夢中になっていたのだ。
しかし三カ月もそのような態度を無意識で続けていたら、ついにレナリアから疑問の声が上がる。
「あの、ローウィッシュ様。ずっと気になっている事があるのですが……」
「何だろうか?」
「その、何故ローウィッシュ様は、わたくしがケーキや焼き菓子を食している際、ジッと見つめてくるのでしょうか……」
その質問で、やっと自分がレナリアの様子を不躾に凝視していた事に気が付いたローウィッシュは、思わず押し黙る。だが何とかして言い逃れようと、自身が密かに堪能していた口元に食べカスを付けているレナリアの愛らしい状態を口にしてしまった。
その言葉にレナリアが羞恥心から涙ぐんでしまう。
咄嗟の言い訳として自身が迂闊に口にしてしまった言葉で、先程まで幸せそうにケーキやタルトを担当していたレナリアの表情にジワリと影がさしてしまう状況を招いてしまったローウィッシュは、慌ててその弁明をした。
しかし、焦り過ぎていた所為か、レナリアの愛らしい行動を堪能する為にワザと口元が汚れやすい食べ物を茶菓子に出していた事をうっかり口走ってしまった……。
その事を知ったレナリアの怒りは深く、しばらくの間はローウィッシュをエインフォート家に通わせ、その際にひたすら口元が汚れやすい菓子類で、もてなされるという仕返し的な歓迎を受ける事になる。
しかし、その時の出来事で二人の距離は、一気に縮んだ。
少し前までローウィッシュに対して遠慮がちな部分があったレナリアだが、その出来事以降は、かなり気軽な様子でローウィッシュに接してくるようになり、二人はいつしかお互いを愛称で呼び合う仲となっていた。
そんな二人が正式に婚約してから一年が経った頃――――。
魔法学園の中等部に上がったばかりのレナリアは、ある素敵な先輩令嬢に出会ったと興奮しながらローウィッシュに熱く語っていた。
「この間、高等部の先輩方が中等部にいらして、それぞれがグループごとに分かれてご指導頂ける機会があったのですが、その際にわたくしは、とても素敵なご令嬢にご指導頂いたのです!」
「素敵な? それは良かったな」
「はい! ロッシュ様は、ディオニール伯爵家のローズマリア様をご存知ですか? わたくし達のグループの指導を担当してくださったのが、そのご令嬢なのです! 容姿が美しいだけでなく凛とした雰囲気も美しくて……。更にとても強力な魔力をお持ちで、人間性も大変素晴らしい女性だったのです!」
興奮気味なレナリアは、両拳を握りしめながらローウィッシュにその令嬢の素晴らしさを語り始める。その様子は、まさしく小さな子供が一生懸命大人に「聞いて! 聞いて!」と目をキラキラさせながら訴えているような状況だ。
そんなレナリアの愛らしい動きを堪能していたローウィッシュは、口元がにやけないようにさり気なく右手で隠した。そして気持ちを落ち着けようと小さく息を吐き出し、レナリアの頭を撫でまわしたい衝動を密かに鎮める。
「ローズマリア嬢なら、現在高等部に在籍している人間であれば、皆知っているな。彼女は私より二学年上だが『白薔薇の令嬢』と言われ、男子生徒はもちろん、女子生徒の間でも彼女を崇拝する倶楽部のようなグループが出来ている程、人気のご令嬢だ。私も学園内で見かけた事があるが、清楚で品位ある雰囲気をまといながらも凛とした心強さを感じさせる美しいご令嬢と記憶している」
ローズマリアという令嬢の良さを語り始めたレナリアの気を悪くさせないようにローウィッシュの方もその令嬢を称賛するように語ってみた。
しかし、その気遣いは裏目に出たようで……。目の前のレナリアは、何故か少し頬を膨らませ、拗ねるような表情を浮かべ出す。
「ロッシュ様もローズマリア様のようなご令嬢がお好みなのですか……?」
そのレナリアの反応にローウィッシュは思わず吹き出した。
つい先程まで称賛の嵐だった令嬢を急にレナリアが、嫉妬対象へと変化させたからだ。そのあまりにも愛らしい反応に思わず口元がにやける。
だが、ローウィッシュは軽く咳払いをして誤魔化した。
「好みと言うか、皆が評価しているままを口にしただけなので、私自身は彼女に特別な感情を抱いた事はないな。そもそも私が惹かれるのは、美しい存在よりも愛らしい存在だ。自身の好みかどうかと問われれば、恐らく彼女は私の好みの女性像には該当しないと思うが」
真面目にそう答えると、何故か目の前にレナリアが、フルフルしながら赤くなっていく。その様子を不思議そうに眺めていたローウィッシュが、下からレナリアの顔を覗き込むように声を掛ける。
「レナ? どうした?」
「な、何でもございません! その……お気になさらず!」
「いや、そんな茹で上がったロブスターのような真っ赤な顔をされてしまうと、余計に気になってしまうのだが……」
「どうしてロッシュ様は、一言多いのですか!?」
真っ赤な顔をしたまま、レナリアが両手で握りこぶしを作り、テーブルを叩く。だが、その小さな手では大した衝撃も起こらないので、ますますローウィッシュの口元をニヤケさせるだけだった。
その締まりのない表情を誤魔化す為にローウィッシュは、そのままテーブルに突っ伏したレナリアの頭を優しく撫でる。
「ロッシュ様……。あまりわたくしを幼子のように扱わないでください……」
「そんなつもりはないのだが……」
「では何故、頭を撫でていらっしゃるのですか!?」
「仕方がないだろう。レナの動きが愛らし過ぎるのだから」
「もぉぉぉぉ~~~!! そういう所ですぅぅぅー!!」
頭を撫でているローウィッシュの手を必死で振り払いながら、レナリアが抗議の声上げる。その反応にローウィッシュが、思わず小さく笑みをこぼす。
しかしその事に気付かないレナリアは更に不貞腐れながら、また別の愚痴をこぼし始めた。
「うう……。ロッシュ様までもマーガレット先輩と同じ様な事をおっしゃるのですね……」
「マーガレット先輩? それは……シルフィード家のご令嬢の事か?」
「ロッシュ様はマーガレット先輩もご存知なのですか?」
「まぁ……。学年は彼女の方が一学年上だが、あの美貌と才女ぶりは高等部では有名だからな」
気まずそうに返答したローウィッシュの様子に何やらあらぬ誤解を抱いたレナリアが、再び不機嫌な表情を浮かべる。
「ロッシュ様は、マーガレット先輩のような女性がお好みなのですか?」
「先程からなんなのだ……。彼女はスレンダーな長身で、如何にも才女と言う感じの美女だろう。私の好みとは、むしろ対極の位置となる女性だ。そもそも何故、中等部のレナが高等部二学年のマーガレット嬢と接点があるのだ?」
「実は……先程お話したローズマリア様のお姿を一目見ようと、高等部に出向いた事があるのですが、その際に興奮気味で騒いでしまって……。その事に気付かれたマーガレット先輩より、ローズマリア様を称える愛好会に入らないかとお誘いを受けたのです。もちろん、わたくしは嬉々として、その素晴らしい愛好会へ入会希望を致しました! でも……」
そこまで語ったレナリアは、何故か急にしゅんと肩を落とした。
その反応から、もしやその愛好会の上級生よりレナリアが、嫌がらせを受けているのではと懸念したローウィッシュは、焦りから一瞬だけ腰を上げる。
だが、その後に続けられたレナリアの言葉は、全く予想外のものだった。
「ローズマリア様を愛でる愛好会のはずが、何故かわたくしを餌付けする会のようになってしまっているのです!」
その話を聞いたローウィッシュは、吹き出しそうになったのを必死で堪えた。
同時にマーガレットが、この状況を狙ってレナリアを愛好会に勧誘した事にも気付く。マーガレットは、自分の気に入った相手に面白がって過剰に絡む傾向があるからだ。
だが何故、その事をローウィッシュが知っていたのかというと……実際に自分の友人が似たような被害に遭っていたからだ。
「気に入られたな……」
その情景を容易に想像出来てしまったローウィッシュは、厄介な人間にレナリアが目を付けられてしまった状況に苦笑しながら呟く。
すると、ローウィッシュの言葉を聞いたレナリアが、コテンと首を傾げた。
「誰が誰を気に気に入られたのですか?」
「レナがマーガレット嬢に、だ」
「ええ!? わ、わたくし、マーガレット先輩に気に入られたと言うよりも揶揄われているという状況の方が、しっくりくるのですが……」
「いいや。確実に気に入られている。そもそもマーガレット嬢は、自身が気に入った相手へ過剰に絡む傾向があるからな」
そのローウィッシュの話を聞いたレナリアが、訝しげにスッと目を細めた。
「何故……ロッシュ様がその事をご存知なのですか?」
またしてもレナリアの機嫌を損ねるような事を口にしてしまったローウィッシュが、慌てて弁明を始める。
「その、実は私の友人がマーガレット嬢の忠犬の様になっているというか……。過剰に絡まれているから……」
「はい?」
「その友人とは中等部の頃、魔法騎士科で一緒に学んだ仲なんだが……。彼は急遽高等部から魔導士科に転向する事になり、その際にマーガレット嬢とその婚約者殿にいたく気に入られてしまったそうだ……。たまに食堂で一緒になると、その二人にかなり目を掛けて貰っていると愚痴をこぼすので、何故か私も彼女の事に詳しくなってしまって……」
「魔法騎士科から魔道士科に転向!? そ、それは異例な事では!?」
「ああ。その友人は平民枠でこの魔法学園に入学したので、それ自体が異例なのだが……。そもそも本人は魔道士よりも魔法騎士を目指し、いつか騎士爵を得たいと言っていた。だが不幸な事に友人の得意な属性魔法が貴重な水属性だった為、学園側から魔道士科への転向を強く説得され、仕方なく魔法騎士の道を諦めた経緯を持つ」
「まぁ……。それは……お気の毒ですね……」
「だが、夢と引き換えに寮費と学費の完全な免除、そして卒業後は宮廷魔道士として新たに選抜される特殊魔獣討部隊へのメンバーの一人として選抜されたので、結果的には友人にとって良い話になったそうだが」
「ロッシュ様のご友人の方は、意外と現金な方なのですか?」
「平民なので、それなりに生活に苦労しているからな。友人は兄妹が多い為、すぐにでも稼ぎ手になりたいと、よく口にしていた」
「では、とてもしっかりなさった方なのですね!」
「いや……それはないな。今度、レナも会ってみるか?」
「ロッシュ様のご友人であれば、是非!」
だがこの後、二人を引き合わせた事をローウィッシュは盛大に後悔する。友人であるハインツはレナリアと顔を会わせるなり、あからさまに子供扱いをしてしまい、二人の出会いは喧嘩腰から始まってしまったからだ……。
ハインツが面白がって幼さが目立つレナリアを揶揄えば揶揄う程、レナリアは感情的になる。そして最終的には、口で勝てないレナリアが、ローウィッシュに泣きついてくるという展開の繰り返しとなるのだ。
その事でローウィッシュはハインツを咎めるも、泣きついてくるレナリアを堪能している事を見透かされてしまっている為、全く効果はない。
もうこの時点でハインツはレナリアだけでなく、ローウィッシュまでも揶揄う玩具対象として見なしていたのだろう。
そんな賑やかな学生時代を過ごしたローウィッシュだが……。
魔法学園を卒業後は、ハインツと共に特殊魔獣討伐部隊に抜擢されてしまう。
本来ならば自身の領地の魔獣鎮圧の為、この魔法学園での学びに励んでいたのだが、その部隊長がエルトメニア伯爵家の長男カルロスだったのだ。
エルトメニア家は魔獣の樹海に隣接した領地を治めており、魔獣討伐のエキスパートな伯爵家でもある。ローウィッシュのアーバント子爵家は、このエルトメニア家の傘下として入っており、大規模な魔獣討伐があった場合、このエルトメニア家の指示の下で動く。
そんな家同士のつながりがあった為、幼少期からカルロスと面識があったローウィッシュは、特化した火属性魔法の使い手として、在学中から早々にカルロスに目を付けられていたらしい。
何よりも新たに作られた特殊魔獣討伐部隊のメンバーには、カルロスの婚約者のマーガレットと、ローウィッシュの友人であるハインツがすで確定していた。その関係でマーガレットは、ハインツとレナリア両者からローウィッシュの情報を得ていたようで、尚更ローウィッシュの存在は婚約者のカルロスの耳に入りやすかったのだろう。
優秀な討伐メンバーを探していたカルロスは、攻撃特化型のメンバーを特に増やしたがっていた為、王家よりメンバーの選抜を任されていた当時魔法学園の教師グレイバムに候補者としてローウィッシュを打診したらしい。そんな経緯があり、ローウィッシュが高等部三年に上がった時には、すでに学園卒業後の進路が自身の意志とは関係なく決められてしまっていた。
だが、その事に対してローウィッシュは不満を感じる事はなかった。
特殊魔獣討伐部隊に与えられた待機所には、マーガレットがお気に入りのレナリアを招いて茶の時間を楽しむ為、ローウィッシュにとっては自身の婚約者と頻繁に過ごせる好条件な職場となっていたからだ。
そんなレナリアは魔法学園での授業後、頻繁にこの待機所に訪れては、マーガレットと楽しいお茶の時間を過ごしながら、差し入れ等も持ってきてくれた。そして帰りは必ずローウィッシュがレナリアをタウンハウスまで送るので、そのひと時はローウィッシュにとって癒しの時間にもなっていた。
しかし――――。
後にこの状況がレナリアとの挙式日を大幅に遅らせる事態を招くとは、この時のローウィッシュは夢にも思っていなかった……。
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