【本編完結済み】二人は常に手を繋ぐ

もも野はち助

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【番外編:二人の過去とその後の話】

育つ前に摘み取る③

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 ロナリアが魔道具開発部に配属されてから半月が経った。
 だが何故か、職場は以前とは比べものにならない程、賑やかになっていた。

「ロナちゃん! これ食べる? 昨日、作り過ぎちゃって……」
「わぁ~! 美味しそう!! 頂きます!」
「ロナリア君! 見てくれ! これ、うちの子の姿絵なんだが……」
「まだちっちゃい! 男の子ですか? 可愛い~!」
「ロナちゃんや、この魔道具、若い子向けなんだが……どうかね?」
「いいですねー! でもこの辺りが少し寂しいかも……。もし予算に余裕があるのであれば、この辺りにお花をモチーフにした装飾をされてはどうですか?」
「ロナリアさーん! これ、今日完成した魔道具なんだけれど、魔力注入をお願い出来る?」
「はい! 任せてください!」

 現状、この魔道具開発部にロナリアが配属されてから、まだ二週間ちょっとしか経っていないのだが……。恐ろしい事にロナリアは、僅か三日で部内の8割の人間と一瞬で打ち解けてしまった。

 特に初日からグイグイとロナリアに絡んでいた三児の母アンナ、最近子供が生まれたレイス、古株のローグ、そしてサブチーフこと副部長のサラは、かなりロナリアを気に入っている様子だ。
 他の研究員達からもロナリアは、よく話しかけられている。

 そもそもこの魔道具開発部は、魔法研究所内では『変わり者の巣窟』と称される程、癖の強い人間が多い……。
 何故なら、殆どの研究員は学園在学中に飛び級をしており、在学中に画期的な魔道具を世に送り出した経験を持つ。

 しかし、何かに没頭すると周りが見えなくなる程熱中してしまう人間も多く、自己管理が出来なかったり、コミュニケーション能力に難があるタイプも多く、ロナリアが配属される前は、室内に10人以上いても一日中誰もしゃべらず、皆黙々と魔道具開発に没頭し過ぎてしまう異様な雰囲気になっている日も多々あったのだ。
 例えるなら、一つの事に特化しすぎている天才の集団……というのが、この『魔道具開発部』の研究員達である。

 その中でもルースは、まだ凡人近い感性を持ち合わせているようで、たまにこのぶっ飛んだ思考を持つ集団の行動に戸惑う事が日々あった……。
 だが、不思議な事にルース以上に凡人要素しかないロナリアは、何故かこのぶっ飛び思考の天才集団とすっかり打ち解けてしまっているのだ……。

 それは恐らく、彼女が本来生まれ持ったおおらか過ぎる性格が、そうさせているのだろう。
 常にほんわかした雰囲気をまといながらも、何事にも一生懸命取り組む姿勢、話しかければ誰にでもニコニコと笑顔を向け、雑談が始まれば、さり気なく全員が話題に入れるような雰囲気作りを無意識で行ってしまう……。
 本人は全く自覚がないようだが、ロナリアのコミュニケーション能力は、かなり高く、それを無自覚に発揮しているという感じなのだ。

 もちろん、彼女の小柄で愛らしい容姿も周囲から好感を持たれやすいのだが、それとは別に不思議と人を惹きつける何かをロナリアは持っている。
 それはもう天性としか言いようが無い程の人たらしスキルである。

 だからと言って、部内でのロナリアの可愛がられ方は、チヤホヤされているという可愛がられ方ではない。例えるなら……一生懸命何かに取り組んでいる幼子を温かい目で見守っている保護者的な目線で、可愛がられているという状況なのだ。

 恐らくこの魔道具開発部の人間の殆どが、子育て経験のある既婚者が多いという環境も関係しているが……。それだけでは説明がつかない程、ロナリアは一瞬で、この魔道具開発部の癒し系マスコット的な地位を無意識で確立させてしまったのだ。それもたった半月の期間で……。
 無表情な事が多く、人との交流があまり得意ではないルースからすると、ロナリアの能力は天から与えられた特別な物としか思えなかった。

 だが最近、ルースはある事に気付き始める。
 どうも、周囲がロナリアに抱く感覚と自分がロナリアに抱いている感覚が、少し違うのではないかと……。

 現状、アンナの手作りお菓子を幸せそうに頬張っているロナリアの様子を周囲の研究員達は、見守るような温かい目を向け、その光景に癒されている。
 だがルースの場合、その光景を目にしても彼らと同じような気持にはなれない。
 眺めているだけでは、癒しはあまり得られないという事に最近気付いてしまったからだ……。

 ならば、どうすれば一番ロナリアから癒しを得られるのか……。
 最近、その方法を見出してしまったルースは、その事に何故か深い罪悪感を抱くようになっていた。そんなルースの心境など知らないロナリアは、今日も能天気にニコニコしながら、ルースに話し掛けてくる。

「ルースさん! これ、アンナさんの手作りカップケーキなんですが、とっても美味しいので、お一ついかがですか?」

 そう言って、幸福そうにカップケーキをルースに差し出して来たのだが……その口元には、先程彼女が食したカップケーキの物だと思われる食べカスがくっ付いていた。そのロナリアの状態を目にしたルースは、よく分からない脱力感と共に庇護欲を刺激される。

「ロナリア君……口元に食べカスが付いているよ?」
「ええ!? そ、それは失礼しました!」

 そう言って、ルースにカップケーキを手渡した後、ロナリアは自身の口元を親指で拭うが、全く見当違いな場所を拭っていた為、食べカスはくっ付いたままだった。

「そこじゃないよ……。ほら、ここ」

 この時、ルースはほぼ無意識だった。
 純粋にロナリアの口元の食べカスを取り払おうと、ただそれだけを目的で手を伸ばしただけだった。
 しかし、ロナリアの口元に触れた途端、よく分からない感情が指先からブワリと全身に広がり、ルースは全身を強張らせて固まってしまった。

「ルースさん? あの……食べカス、取れましたか?」

 恐る恐る視線を下ろせば、不思議そうに小首を傾げているロナリアが視界に入ってくる。その瞬間、何故か禁忌を犯したような罪悪感を抱いてしまったルースが、恐怖に近い様な感覚を抱きながら息を呑む。

「あの……」

 急に微動だにしなくなったルースをロナリアが心配そうに無意識で上目遣いをするような角度で顔を覗きこんできた。
 その目の前の光景にルースは、目が離せなくなる。
 だが、次の瞬間――――。

「はい! 確保ー!! ルース君! それは完全に確保される案件だよー!!」
「え……?」

 固まってしまったルースの呪いを解除するように先輩研究員でもあるレイスの声が、室内に響き渡る。

「ルース君、男性職員がむやみに女性職員の身体に触れてはなりませーん!」
「いや、でも口元に食べカスが……」

 言い訳するようにルースが呟くと、その様子を見ていたアンナとサラが「分かってないなー」と言いながら、残念な子でも見るような目を向けてきた。

「ルース君、そのロナちゃんの口元の食べカスは、敢えて皆が指摘しなかったんだよ?」
「え……?」
「ええっ!?」

 アンナ達の言い分にルースだけでなく、ロナリアも驚きの声を上げる。

「ア、アンアさん!? 何故、食べカスが付いている事を教えてくれなかったんですか!? ひ、酷いです!」
「え~? だって幸せそうにカップケーキを頬張って、食べカス付けているロナちゃん、凄く可愛かったんだもーん。ねー? サラさん」

 すると、アンナの隣に座っているサラが、何度も頷き激しく同意する。

「もう……もう、本当ぉぉぉーにカップケーキを食しているロナリアさん、可愛かったわぁ~! 私、すっごく癒されちゃった~!」

 両頬に手を添えて、うっとりしているサラの様子にロナリアが、やや涙目になる。

「そ、そんなぁー……。恥ずかしいので、そういう時は早く教えてくださいよぉー……」
「嫌よ。折角の癒しな光景なのに」
「はぁ~! これで午後からの仕事も私、頑張れそうだわ!」
「もうぉぉぉー! 二人共、変なところに癒しを求めないでください!!」

 そう言ってロナリアは抗議する為、アンナ達の方へと小走りしていく。
 その後ろ姿を呆然としながらルースが見つめていると、急に背後からポンと肩を叩かれた。

「レイスさん……」

 茫然としたまま振り返ると、何故か勝ち誇ったような笑みを浮かべているレイスと目が合う。

「お礼は?」
「……っ。ありがとう……ございました。非常に助かりました……」

 レイスからの謎のお礼催促にルースは、素直に感謝の言葉を返す。
 すると、レイスが小さく息を吐いた後、苦笑した。

「ロナリア君のあの無意識で繰り出される純粋無垢な空気をまとえる天賦の才は、殆どの人間にとっては心地良い癒しと感じられるものだ。しかし……相手によっては、まるで魔性の魅了魔法にも匹敵する効果を与えてしまう事がある……。特に異性で年齢も近い君には……ね?」

 レイスのその言葉を聞いたルースは、何故か居たたまれない気持ちになり、そっと視線を床に落とした。

「油断してはダメだよ? 彼女はれっきとした『成人女性』だ。僕らからすると、年齢差があるから彼女は、娘や妹のようなそんな存在にしか見えないけれど……。君は違うだろう? その事を忘れないように、ね?」

 そう言ってレイスは念を押すように二度ほどルースの肩を軽くポンポンと叩き、自身の席へと戻っていった。
 その言葉を噛みしめながら、ルースは緊張を解くように細く長い息を吐く。

 正直なところ、あの時レイスが茶化す様に声を掛けてくれた事には、感謝の気持ちしかない……。
 同時に何故、自分だけがロナリアに対して癒しと感じられる部分が違うのだろうかという原因もこの一瞬で判明した。

 眺めているだけでは物足りない。
 実際に触れて、その癒しを堪能したい。

 恐らくルースがロナリアから得たい癒しというのは、そういう形の物だ。
 それはレイス達のような見守りながら得る癒しではない。
 自身の欲を満たす事に特化した行為で得られる癒しを求めているからだ……。

 相手は子爵家の一人娘で、しかも二年後にはここを去ってしまう。
 そんな相手に自分は、何と不毛な感情を抱いてしまったのだろうか……。
 たった半月で、ロナリアにある感情を抱いてしまった自分の単純さを自覚してしまったルースは、思わずその場に座り込んでしまった。

 今までの人生、あまりにも他人に興味を抱かずに生きてきたせいか、誰かを好きになるという感覚がルースの中では欠落していた。
 それが、よりによってこういう状況で自覚をする羽目になるとは、全く予想出来なかったのだ。
 なまじ何でも一人で、そつなくこなせてしまうルースだからこそ、他人に依存や執着するという感覚が薄かった事も原因なのだろう。

 これから二年間、このようなモヤモヤした感情をロナリアに抱きながら、同じ職場で過ごす事など、果たして自分に出来るのだろうか……。

 そんな絶望的な考えしか浮かばなくなってしまったルースだったが……。
 この三日後、その不安は跡形もなく粉々に打ち壊される事になる。

 その日、和気藹々としながら、ほのぼのした空気感を漂わせていた魔道具開発部にかなり興奮気味のアンナが、勢いよく駆け込んできたのだ。

「ロナちゃん、大変よ!! なんか……なんか黒髪の物凄ぉぉぉーい美青年が、ロナちゃん指名で一階の受付に来てるのだけれど!!」

 アンナが叫んだその内容は、その時在席していた魔道具開発部の面々に、よく分からない緊張感を波紋のように伝染させていった。
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