【本編完結済み】二人は常に手を繋ぐ

もも野はち助

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【番外編:二人の過去とその後の話】

銀髪の令嬢(後半)

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 リュカスに手を叩き落とされたレックスは一瞬だけ目を丸くしたが、すぐにブハっと吹き出した。

「リュ、リュカ! お前……。マルクス兄とエクトル殿下から話は聞いてはいたが、大分初恋を拗らせたな!」
「レックス兄様にだけは言われたくないのですが?」
「いいや、俺でもここまでは拗らせていないから、言う権利はあるぞ?」
「中等部在学中の三年間、負けっぱなしなのが悔しくて、卒業後に家族に黙って家を飛び出し、勝手にリングブルト騎士団に入団してまで、相手を追いかけて行った人が、何を言っているのですか?」
「その時の俺は、まだそれが初恋だと自覚していなかったのだから、お前とは違う!」
「どうだか……」

 そんな二人の会話を黙って聞いていた銀髪の令嬢が苦笑する。
 すると、何故かレックスがその銀髪の令嬢の隣に並び、そのまま彼女の腰に手を回した。その状況を目にしたロナリアがポカンとした表情を浮かべながら、驚きの声をこぼす。

「えっ……?」

 そのロナリアの反応から、銀髪の令嬢が大体の状況を察したようで、自身の腰に回されていたレックスの腕からゆっくりと逃れるように一歩前に踏み出し、見事過ぎるカーテシーを披露しながら自己紹介を始めた。

「お初にお目にかかります、ロナリア嬢。わたくし、リングブルト辺境伯家の長女リリーシャ・リングブルトと申します。こちらのエルトメニア兄弟の母君であるマーガレット叔母様は、わたくしの母の妹……。つまり、わたくしは、この二人とは従兄妹関係となります」

 その銀髪令嬢ことリリーシャの自己紹介を聞いたロナリアは一瞬、息をのむように吸い込み、その後それを吐き出すように叫ぶ。

「ええぇぇぇぇぇぇぇ~!! い、従兄妹ぉぉぉ~!?」
「はい!」
「ついでに俺の婚約者な」
「なっ……!」

 盛大に驚きの声をあげたロナリアの反応にリュカスが怪訝そうな表情を向ける。
 対してリリーシャの方は、先程までロナリアが涙していた理由を察している様で、何故か微笑ましそうな笑みをニコニコと向けてくる。
 その状況に先程までポロポロと涙を零していたロナリアが、今度は顔から火が出ているのではないかというくらい顔を真っ赤にした。

「ロ、ロナ!? 泣きやんでくれたのは助かるけれど……今度は何故顔を真っ赤にしているの!?」
「な、何でもない!!」
「いや、何でもない訳ないだろう!? そもそも何故ロナは、この夜会に参加したの!?」
「そ、それは……」
「ふふっ! どうやらロナリア様は、どこからかわたくしとリュカが一週間程前に参加した夜会で、親しげにダンスをしていたというような情報を耳にされ、心配になって今回様子を見に来られたのではありませんか?」

 リリーシャの完璧すぎる推察にロナリアがボンっと音がでるくらいの勢いで、更に顔を真っ赤にさせた。その反応を目にしたリュカスが「あっ……」と小さな声をあげる

 どうやらリュカスも何故ロナリアが無茶をしながらこの夜会に参加したのか、その理由に気が付いたようだ。その証拠に自分の腕の中のロナリアを覗き込みながら、大変満足そうな笑顔を向けてくる。

「そっかぁー。ロナは僕が見知らぬ令嬢と親しげに踊っていたという情報を耳にしたから、心配になってそれを確認しようと、この夜会に乗り込んできてくれたんだー」
「ち、違うの! そ、そうじゃなくて……」
「えー? でもさっき泣き出しちゃったのは、僕とリリが親しげにしいるのを実際に目にして、不安になってしまったからでしょう?」
「うぅー……」
「ロナは本当に可愛いなぁー」
「やめてぇぇぇー!! 人前でそういう事、言わないでぇぇぇー!!」
「え~? 人前でなければ言ってもいいの~?」
「レックス様! リュカを何とかしてください!!」
「ロナちゃん、ごめんなー……。兄の俺でも弟のこの小憎たらしいほどの減らず口は、どうにも出来ん!」
「そ、そんなぁ……」

 再び顔を真っ赤にさせながら涙目になってしまったロナリアを不憫に思ったのか、リリーシャが助け舟を出す。

「ロナリア様……。全くの無自覚だったとは言え、不安にさせてしまう噂が広がるような行動を軽はずみにしてしまって、本当にごめんなさい……。でもね、一週間前のリュカとのダンスは、そんな甘い雰囲気で踊ったものではないの……」
「えっ?」
「むしろ、互いに相手をどう転ばせてやろうかと企みながら、無駄に僕らは大技を出しあって踊っていたからねー……」
「ええっ!? 何でそんな事に!?」
「だって……リリが僕の事をレックス兄様よりダンスが下手だろうから、婚約者のロナがかわいそうだとか、言いがかりをつけてきたから……」

 何故かやや不貞腐れ気味に呟かれたリュカスの言葉に思わずロナリアが、リリーシャに目を向ける。
 すると、リリーシャは勝ち誇るような笑みを浮かべながら、嬉々とした様子でリュカスをこき下ろし始めた。

「あら! だってあなた、リングブルト領に来てからエクトル殿下と参加している夜会で、一度もご令嬢方とダンスをしなかったじゃない! あれは紳士として、かなりよろしくない態度だと思うわ!」
「君は僕が不用意に人に触られると、勝手に魔力を吸収してしまって気分が悪くなる体質だって知っているだろう!? それなのにそういう事を言うのか!!」
「情けない……。いくら体調不良になりやすい体質とは言え、ニ人くらいは社交辞令としてダンスの対応を出来るようにその無駄に発動してしまう魔力譲渡体質を抑え込むくらいの根性をみせなさい!」
「いつもはロナの魔力で満たされているから、それくらい対応出来る!! でも今回はロナと長く離れすぎて僕の中の魔力が空っぽ状態だったから、守勢に立っただけだ!!」

 そう言い訳をしながら、リュカスがこの一週間中に失った魔力を補おうとするようにロナリアをギュウギュウと抱きしめ始める。
 対してロナリアは、ガラス細工のような繊細な美しさを放つ儚い妖精のようなリリーシャから、リュカスに対して、かなり辛辣な言葉が飛び出して来た事にしばらく唖然としていた。

 そんな驚きから固まり、無抵抗になっているロナリアをリュカスはここぞとばかりにギュッと抱きしめ、堪能する。だが、しばらくして驚きから我に返ったロナリアが、そのリュカスの行動に気付き、慌てて男女間での適切な距離を取ろうと抗い始める。

「リュ、リュカ……。ひ、人前ではこういう事をするのは、ちょっと……」
「なら、今から裏で一気に魔力が回復出来る方法をさせてくれる?」
「ど、どうしてそうなるの!? 今回は視察に来ているだけだし、魔力は必要ないでしょ!?」
「でもほら、急にエクトル殿下が襲われるかもしれないし。折角ロナも来てくれたのだから、いざという時の為に魔力は回復しておいた方がいいと思うんだよね?」
「俺とリリがいるんだから、殿下の護衛にお前の魔力なんか必要ないぞ?」
「脳筋の兄上は口を挟まないでください」
「何だとぉ~!?」

 そんな兄弟の会話を聞いていたロナリアが、ふとリリーシャの方へと視線を向けた。するとリリーシャが口元に綺麗な弧を描きながら、にっこりと微笑む。

「わたくし、一応辺境伯家の一人娘なので、剣術は物心がついた頃から、父よりみっちりと叩き込まれておりますの」

 そのリリーシャの言葉から、先程リュカスがレックスも初恋を拗らせていると口にしていた事をロナリアが思い出す。
 するとリュカスが苦笑しながら、もう一言補足をする。

「剣術に関しては、リリは僕よりもずっと強いよ?」
「ええっ!? こんな華奢で小柄なご令嬢なのに!?」
「うふふ! よくそのように周囲から言われますが、これでも5年前までは在学中に毎日のように決闘を申し込んでこられるレックス様を全て負かし続けておりましたのよ?」
「さ、流石、国内最強騎士団を持つ辺境伯家のご令嬢……」

 そんな自慢気に自身の実力を語るリリーシャの様子に隣に佇むレックスが、何とも言えない微妙な表情を浮かべる。
 どうやらレックスが中等部卒業後、暴走するかのようにリングブルト領まで追いかけた相手というのは、リリーシャの事のようだ……。

 そしてリュカスが、異性でもあるリリーシャに全く警戒心も抱かずに気さくに接する事が出来ているのも、従兄妹という関係であるだけでなく、彼女が将来自分の義姉になる存在だからだろう。

 そもそも従兄妹同士であれば一応血縁関係でもあるので、リュカスがリリーシャに触れられても魔力譲渡時に発生してしまう体調不良も起こりにくい。そんな経緯があるので、リュカスはリリーシャに触れられる事に無頓着でいられるのであろう。

 だが、ロナリアはまだ引っかかってしまっている事があった。
 それは一週間前にソフィーが二人を見かけた時の状況だ。

 確かその夜会にはエクトルの姿はなく、リュカスが一人で参加していたと聞いていた。エクトルの補佐だけでなく、護衛も兼ねているリュカスが何故かこの夜会では単独行動をしていたようなのだ。
 その事がやけに引っ掛かってしまったロナリアは、思い切ってリュカスに聞いてみる事にした。

「あ、あのね、リュカ。一つ聞きたい事があるのだけれど……」
「うん? 何?」
「一週間前にリリーシャ様とダンスをされた夜会があったでしょう? その時、リュカが一人で夜会に参加していたって、ソフィー様が言っていたのだけれど……」
「なるほど。今回の僕とリリの変な噂の情報源は、ソフィー嬢だったのか。そう言えば彼女、仲睦まじそうに旦那様と一緒にあの夜会に参加されていたね」
「ソ、ソフィー様は、意地悪で私にそういう情報を流したんじゃないからね! 私達の仲を本気で心配してくれての情報提供だったんだから!」
「分かっているよ。ロナのご友人令嬢方は、ティアディーゼ様を筆頭に凄くロナの事を大切にしてくれているからね」
「そ、そこまではないとは思うけれど……」

 自身が天然人たらしである事を全く自覚していないロナリアの反応にリュカスが、苦笑する。そのロナリアの天賦の才で学生時代のリュカスは、何度ヤキモキする状況を強いられたか分からない。

 せめて、同性にのみにその効力が発動すればいいと思ってはいるが、現状またしても目の前でロナリアの人たらし能力の餌食にあっている従兄妹の様子を見ると、同性でも発動して欲しくないとリュカスは思ってしまう。

「ロナはリリも引っかけちゃったんだね……」
「え? 私、そんな事はしていないよ?」
「うーん。無自覚って怖いね……」
「それよりも、何で一週間前の夜会にエクトル殿下はご参加されていなかったの!?」
「そんなにその事が気になる?」
「うっ……。き、気になる……」
「単純な理由だよ。あの日、エクトル殿下には隣接している伯爵家と子爵家、両方から夜会の誘いがきてしまったんだ……。でもどちらも不正調査対象の家で、各領主と接触を図りたかったから、伯爵家の方はエクトル殿下が兄様を護衛に伴って参加して、子爵家の方は代理で僕が、リリの案内を受けながら参加したんだ。まぁ、子爵家の方は不正の痕跡はなかったのだけれども」
  
 そこでリュカスが話を切ったという事は、エクトルが夜会に参加した伯爵家の方では、何かひっかかる事があったのだろう。
 ロナリアがそんな事を考えていたら、更にリュカスが補足をしてきた。

「本来なら東側全体を管理しているリングブルト辺境伯家の一人娘であるリリが、エクトル殿下を案内すべきなのだろうけれど……。リリは僕らと同年齢な上にまだレックス兄様との婚約は、正式に発表されていないから、変な噂が立ってはまずいと判断してのこの組み合わせになったんだ。僕の場合だと、リリとは従兄妹関係な上に近々、義理の姉弟になるから、左程変な噂は立たないと思ったのだけれど……」
「リュカがロナちゃんを溺愛し過ぎている事が有名すぎたのと、リリが西側の貴族達にリングブルト辺境伯家の令嬢として、あまり認知されてなかった事で、二人のダンスを目撃した人間達の間で変な方向に噂が一人歩きしていったのだろうな……」

 やや遠い目をしながら語る次兄をリュカスが、不満そうな表情をしながら睨みつける。

「リリが西側であまり認知されていなかった事が原因一つだった事は分かるのだけれど……。僕がロナを溺愛し過ぎている事も原因の一つとされている事には納得が出来ない!」
「リュカ、知っているか? 何事もが一番いいんだぞ? が!」
「僕のロナの愛で方は、一般的には程程の部類に入るレベルだと思う」
「どこがだ!! お前の場合、過剰溺愛行為って言うんだよ!!」
「兄様、ライアンと同じ様な事を言わないでください」
「誰だよ? ライアンって……」
「エクトル殿下の便利な側近の一人です」
「あー……。この一週間で、よく話に出てきていたお前の同僚の憐れな青年な……」
「ライアンは憐れなんかじゃありません。不憫なだけです」
「それ、どう違うんだ……?」

 そんな会話をしていると、やっと夜会参加者に囲まれ身動きが取れなくなっていたエクトルが、4人のもとへやって来る。

「ロナリア嬢、久しぶりだね! リュカとの痴話喧嘩は、もう終わってしまったのかな?」
「で、殿下……。痴話喧嘩って……」
「僕達は痴話喧嘩などしておりません。ただロナが勘違いで、可愛い嫉妬をちょっとだけリリにしてしまっただけです」
「リュ、リュカ!!」

 しれっとした顔で第三王子に惚気る弟にレックスとリリーシャが、白い目を向ける。同時に弟から、かなり執着気味な愛情を注がれている未来の義妹に二人は同情の念を抱いた。

 こうして『リュカス浮気疑惑』の真相が明らかとなり、再びロナリアに平穏な日々が戻って来たのだが……。
 この事が切っ掛けで、リリーシャが未来の義妹であるロナリアを大層気に入ってしまい、領地経営の報告で登城する際は、必ずと言っていい程、アーバント子爵家に訪れてはロナリアを独占するようになってしまう。

 その際、毎回リュカスとロナリアの取り合いになってしまうのだが……。
 ロナリア本人は、自身のこの人たらしスキルの威力を全く自覚していない為、その後もリュカスは多々悩まされる事になる。




――――――【★お礼と次回のご案内★】――――――
以上で番外編『銀髪の令嬢』は終了になります。
次話は挙式二ヶ月前の二人の話になります。(全二話)
引き続き、『二人は常に手を繋ぐ』をお楽しみください。
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