我が家に子犬がやって来た!

もも野はち助

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【我が家の子犬】

2.我が家の子犬は凄いらしい

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 子犬のアルスをすぐに受け入れたラテール一家は、娘のフィリアナの6歳の誕生祝いを兼ねた晩餐を再開する為、再び食堂へと移動した。

 そんな本日の主役であるフィリアナは、少し前までこの世の不満を一身に背負っているような表情だったが、今は居候として新たにラテール家の一員に加わった子犬のアルスのお陰で、キラキラするような笑顔になっている。

「フィーね、ずっとお父様が帰って来るまでお夕食食べないで待っていたの!」
「そうか……。遅くなってすまなかったね、フィー。それじゃ、今から父様と一緒に夕食を食べようか?」
「うん! アルスも一緒に食べようねー」

 そう言ってフィリアナが抱えているアルスをギュッと抱きしめ、再び頬ずりし始める。するとアルスが迷惑そうに顔を背けたが、そんな事にはお構いなしという感じのフィリアナは、更にアルスの背中辺りに顔を埋めた。

「アルス、とってもいい匂いがするねー」

 フィリアナがそう口にすると、隣でアルスを抱きたそうにしていた兄ロアルドが、同じようにアルスのモフモフな体に顔を突っ込む。

「本当だ! でも何で? いくら子犬でも多少は獣臭さがするはずなのに……」

 そう呟いたロアルドだが、改めてアルスの姿をじっと見てある事に気付く。

「父様……もしかしてアルスの飼い主って、物凄く身分が高い人? だってアルスが着けているこの耳飾りって、物凄く純度の高いルビーだよね?」

 観察眼が鋭い息子からの質問に父フィリックスが苦笑しながら言葉を濁す。

「ああ。誰とは口に出来ないが、とても……とても高貴なお方だ」

 その事を聞いた子供達の瞳が、更に輝きだす。

「アルス、凄い!」
「やっぱりアルスは、ただのワンコじゃなかった!」

 興奮気味の二人から、再び頬ずりと撫でまわし攻撃をされ始めたアルスが嫌そうに体をジタバタさせる。しかし、フィリアナにガッチリと抱きしめられている為、逃れる事が出来ない……。
 しかしそんなアルスに執事のオーランドから救いの声がかかった。

「フィリアナお嬢様、アルス様のお食事をお持ち致しました」

 すると、メイドの中で一番年若いフィリアナ付きのシシルが、子犬用にしては豪華過ぎる夕食をワゴンに乗せて運んできた。それを目にしたフィリアナは、アルスを兄ロアルドに託し、ワゴンに駆け寄る。

「わぁー! アルスのお夕食、豪華だねー!」
「料理長がアルス様用に特別な味付けをし、準備いたしました」
「あとでモリスにお礼を言わないと!」

 そう言ってフィリアナは嬉しそうにワゴンの上に乗っている料理皿を手に取り、それを先ほどまで自分が座っていた席の真後ろの床に置く。

「兄様! アルスをおろしてあげて。きっとアルスもお腹ペコペコだと思うから!」
「お腹がペコペコなのはフィーの方だろ? それよりもアルスを床に下ろしたら、また逃げちゃうんじゃないか?」
「大丈夫だよ! アルス、もう逃げないよね?」

 兄にしっかり抱きかかえられたアルスの顔を覗き込みながらフィリアナが問い掛けると、不思議な事にアルスがまるで返事でもするかのように「きゃん」と一声鳴いた。そのアルスの反応にロアルドが驚く。

「アルス……フィーの言葉が分かるの!? 父様! アルス、凄いよ! もしかしてアルスって、物凄く特別な子犬なんじゃない!?」

 更に興奮しながらアルスを床に下ろしたロアルドに父フィリックスが、苦笑のみを返す。
 一方、床にやっと下ろして貰えたアルスは、タシタシと音がしそうな歩みで、自分の為に用意された食事の前にちょこんとお座りポーズをする。しかし、何故か用意された食事を一瞥した後、ツーンとそっぽを向いてしまった。

「あれ? アルス、お夕食食べないの?」

 フィリアナが不思議そうに問い掛けるが、アルスは頑なに食事から視線を逸らし、何かを抗議するような態度を貫く。すると、その様子を見た父フィリックスが盛大なため息をついて、アルスに声を掛けた。

「アルス、今は我が儘を言える状況ではないだろう? 不満なのは分かるが……食事はちゃんと取りなさい」

 何故か仔犬のアルスに対して、子供に言い聞かせるような対応をした父親にロアルドが違和感を抱いた。

「父様……いくらアルスが賢くても子犬なんだから、そんな人間に対する言い方をしたって理解出来ないよ……。そもそも食事の前で座っているのだから、食べようとはしてくれているんじゃないかな?」
「じゃあ、何でアルスはツーンってしたまま、お夕食を食べてくれないの?」

 座り込んだフィリアナが、何かを訴えているようにそっぽを向いているアルスの背中を撫でながら、兄にその理由を問う。すると、口元に軽く手を当て、考える仕草をしたロアルドが、何かに気付いたように「あっ!」と声を上げた。
 そして食堂内に飾られている置物の前まで小走りし、執事のオーランドにある事を指示する。

「オーランド! この置物、ちょっとどかして!」

 ロアルドの指示内容に一瞬だけ、執事のオーランドが驚く表情を浮かべるが、すぐに指示通り置物をどかした。

「ロアルド坊ちゃま、こちらでよろしいですか?」
「うん! それでその置物が乗っていた飾り用の台を僕に貸して!」

 オーランドが不思議そうに5センチ程の脚が付いている飾り台をロアルドに手渡すと、ロアルドはその台をアルスの食事のすぐ横に置いた。そしてその上に床に直に置かれていたアルスの食事を乗せ、まるでミニテーブルのようにセッティングする。
 すると、アルスがその台の前まで移動し、用意された食事の匂いを確認した後、パクパクと食べ始めたのだ。

「やっぱり!」
「兄様、凄い! どうしてこうするとアルスが食べてくれるって分かったの!?」
「だってアルスの飼い主様って凄く高貴な方なんだろう? だからアルスもお行儀よく育てられたと思って。そんなアルスが床に直接置かれたお皿から食事をするのは、嫌なんじゃないかなって思ったんだ」

 得意げにそう語るロアルドの考えに妹のフィリアナは、嬉しそうに手を叩いて喜ぶ。対して父フィリックスは、顎に手を添えながら「なるほど……」と何故か深く納得するような様子を見せた。

 その父親の反応にロアルドが、怪訝そうな表情を向ける。
 いくら飼い主が身分の高い人間だからと言ってもアルスのこの行動は、子犬としては人間臭過ぎるのだ……。その事に気付いてしまったロアルドは、先程からアルスに対して抱いていた違和感を父親にぶつけてみた。

「父様……アルスって、本当に普通の子犬なの?」

 勘が鋭い息子からのその質問にフィリックスの表情が、一瞬だけ驚きを見せる。だが、すぐに苦笑を浮かべ直し、息子の目線に合わせるように腰をかがめた。

「ロアルド、何故そう思ったんだい?」
「だって、さっきからアルスは僕達の言葉を理解しているような反応を見せているよね? 今だってテーブルに食事を置かないと食べなかったし……。もしかしたらアルスは、昔存在していた人語を話す聖獣の血を濃く引いている『聖魔獣』なんじゃないかなって思ったんだ」

 利発すぎる息子のその推察を聞いたフィリクスが、気まずそうな笑みを返す。

「すまない……。仮に今の内容が正しかったとしても父様は立場上、それを肯定する事は出来ないんだ……」
「それってお仕事上の『守秘義務』ってやつ?」
「ああ、そうだ。だが、確かにアルスはお前が言う通り、普通の子犬じゃない。アルスはこの国にとって、とても……とても大切な存在で、父様はその高貴なお方から、アルス自身が自分で身を守れるようになるまで大切に育て、守って欲しいと託されたんだ……」

 父親のその話を聞いたロアルドが一瞬だけ息をのむ。

「もしかしてアルスは……誰かに命を狙われているの?」

 兄の口から零されたその言葉に今度は食事中のアルスをニコニコしながら眺めていた妹のフィリアナが、怯えるようにビクリと肩を震わせた。

「ア、アルス、誰かに痛い事されちゃいそうなの!?」

 そう言って、食べる事に夢中になっているアルスをいきなり抱きかかえる。すると、食事を邪魔されたアルスが不満を訴えるようにジタバタと暴れ出す。
 しかし、そんな抵抗もお構いなしにフィリアナは涙目になりながら、アルスを更にギュッと抱きしめた。

「やだぁー……。アルスが痛い目に遭うの、フィー、やだぁー……。アルスは絶対にフィーが守るもん! アルスは……ずっとフィーと一緒だもん!!」

 フィリアナが力任せにギュウギュウと抱きめるとアルスが遂に「きゃん! きゃん!」と抗議の声を上げ出す。その状況に慌てたロアルドが、フィリアナからアルスを取り上げた。

「こら! フィー! そんなに強く抱きしめたら、アルスが苦しがるだろう!?」
「だって! だって……アルスが悪い人達に狙われてるって兄様が言うから!!」
「だからアルスは、うちに来たんだよ……。父様、もしこのままアルスがお城で暮らしていたら、命が危なかったんだよね? だからアルスを守る為にうちに連れ帰って来たんでしょ?」

 息子のその問いにフィリックスが、盛大にため息をついた。

「ロアルド、父様は一言もアルスがお城で暮らしていたとは言っていないぞ?」
「もうアルスがリートフラム王家と関係があるって、バレバレだよ? だってこの国の王族は、魔力が物凄く高いから聖魔獣に好かれやすいって、この間の座学の時に僕、習ったもん。大体『アルス』って名前が付けられている時点で、飼い主が誰か丸わかりじゃないか……」

 勘が良すぎる息子から持論を展開されて、フィリックスが押し黙る。
 するとロアルドが、明らかに確信した様子である事を敢えて父親に確認する。

「父様。アルスの飼い主って……父様が護衛している第二王子のアルフレイス殿下だよね?」

 あまりにも堂々と仕事上の守秘義務に関わる内容を口にしてきた息子の問いに父フィリックスは、返答する事が出来なかった。
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