我が家に子犬がやって来た!

もも野はち助

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【我が家の子犬】

3.我が家の子犬は狙われている

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「父様。アルスの飼い主って……父様が護衛している第二王子のアルフレイス殿下だよね?」

 息子からのその問いに押し黙ってしまった父フィリックスだが、それとは対照的に娘のフィリアナは、瞳を輝かせながら歓喜の声をあげる。

「兄様! アルス、王子様に飼われていたの!?」
「多分。聖魔獣って発見されると、まず王族と相性がいいか顔合わせされるらしいから。その時、アルスは第二王子殿と相性が良くて気に入ったんじゃないかな。聖魔獣って成獣になると魔法も使えるようになるから、王族や侯爵位以上の貴族の護衛魔獣になる事が多いんだよね」
「アルス、凄い! 王子様に飼われているだけじゃなくて、大人になったら魔法も使えるの!?」

 アルスが予想外に凄い存在だった事に興奮したフィリアナが、再び兄からアルスを奪って過剰に頬ずりをする。すると、ついにアルスが音を上げたのか、両目を瞑りながら「クーン、クーン」と切ない声をあげ出した。
 だが、父と真剣な内容で話をしているロアルドは、そんなアルスの訴えをさらりと流す。

 聖魔獣の大元である聖獣は、ここ500年程はその存在を確認されていない為、最近では架空の存在ではという説がある。それと同じく、精霊という存在も学会では同じような扱いをされている。

 だが、どちらもその子孫ではないかと言われている存在が、今でも脈々とその血を繋いでいた。それがこの国の王侯貴族達と『魔獣』という存在である。

 遥か昔、この大陸では常識では考えられない程の高い魔力と寿命を持った人間と動物が、稀に生まれる事があった。そんな特別な生を持つ存在を人々は、その土地の守り神として祭り上げ、称えたそうだ。その存在は肉体の寿命が尽きると、魂だけが抜け出てこの世に留り、大地に恵みを与え、人々にも加護や恩恵を与える存在だったという。
 その際、元人間だった者は『精霊』と呼ばれ、動物だった方は『聖獣』と呼ばれるようになった。

 現状、この国の王侯貴族達が魔法を扱えるのは、遥か昔に存在した元人間である『精霊』の子孫だと言われている。対して『聖獣』の子孫と言われているのが、この世界に存在している魔獣達だ。

 魔獣は、知能は動物並だが、聖獣のように魔力を宿した存在である。だが多くの魔獣は野生の動物達と同じように本能のままに生きている為、狂暴な存在も多い……。人間に対しても警戒心が強く、攻撃的な事が多いので、魔獣は害獣扱いになる事が多く、この国でも魔法騎士団や討伐部隊が組まれ、国民達がその被害に遭わないように全力で対処している状態だ。

 そんな中で濃厚に聖獣の血が出る魔獣が、稀に生まれる事がある。
 人語を話すまでの知能はないが、人の言葉をある程度理解し、人と寄り添って生きる事が出来る高い魔力を持つ魔獣……それが『聖魔獣』である。

 聖魔獣は聖獣の特徴が濃く受け継がれている為、ただの魔獣と比べると理知的で暴走しない限り凶暴性はない。だが、その反面、高い魔力を持っている事で密猟者達に乱獲されやすいのだ……。その為、聖魔獣は発見され次第、リートフラム王家によって手厚く保護される。
 同時にその高い魔力を所持している彼らが暴走する事がないように管理も兼ねて、聖魔獣と相性が良い高魔力保持者の王族や貴族達とマッチングさせるのだ。

 特に王族や国内の重鎮貴族達とは、優先的に顔合わせをさせられる。
 聖魔獣は動物的な本能からか自身より強い存在に惹かれる為、犬などのように人間との主従関係を強く求める傾向が強い。そこで自分の魔力と相性の良い人間と出会いがあれば、その聖魔獣はまるで忠誠を誓うように仕える主を自ら選ぶのだ。

 恐らくアルスは保護された後の顔合わせで、第二王子アルフレイスを自身の主として選んだのだろう。リートフラム王家の直系の王族は貴重な二属性魔法持ちであるので、王侯貴族の中でも魔力の高さは比べ物にならないほど高い。すなわち魔力の高い人間を好む聖魔獣にとって、リートフラム王家の人間は大変魅力的な存在なのだ。
 しかしアルスが主として選んだ第二王子は病弱なだけでなく、ここ最近は何者かに命を狙われているらしい。

 今回アルスがラテール家に連れて来られた経緯は、幼すぎるアルスではまだ第二王子の護衛魔獣は務まらないと判断されたからだろう。かと言って、そのまま第二王子の側に置いてしまうと、アルスは本能的に第二王子が危険に晒された際、自らを犠牲にしてまで第二王子を守ろうとしてしまう……。

 折角、得た貴重な第二王子付きの聖魔獣を失う訳にはいかない王家は、アルスが護衛魔獣として成長するまでは、安全な場所で大切に育て上げるという決断に至ったようだ。そしてその預け先として選ばれたのが、第二王子付きの護衛魔導士でもある父フィリックスだったのだ。

 父との会話で何となくアルスを取り巻く状況を察してしまったロアルドは、アルスを守る為にはある程度の状況把握が必要だと思い、今後の事も考えて父フィリックスに敢えて探りを入れてみたのだ。
 結果、ロアルドは父フィリックスの反応から、自分の持論がほぼ合っていた事を確信する。

「ごめん。『守秘義務』で父様が詳しい事を話せない事は、よく分かっているんだ……。でも、そういう情報をちゃんと共有して貰えないと、僕もフィーもアルスの事を普通の子犬として接してしまうから、いざという時にアルスを守れないよ……」

 やや父親を責めるようにロアルドが訴えると、何故かフィリアナの腕の中からアルスが、ジッとロアルドを見上げた。対して父フィリックスは大きく息を吐く。

「ロアルド、お前達がアルスを守る必要はないんだよ? むしろ、そんな危ない事はしないでくれ……。アルスはお前達の護衛であるウォレスとカイルがしっかりと守る」
「だけど僕だって、アルスを守る事が出来るんだよ? いざという時はある程度、対処出来るようにアルスを取り巻く状況を把握しときたいよ!」
「フィーも! フィーもお水の結界魔法で悪い人を遠くに飛ばせるよ! フィーもアルス守れるもん!」

 アルスが狙われている事を知ってしまった二人が、自分達も守れると主張し始めてしまった為、フィリックスが困惑し出す。

「ロア、フィー。お前達は本当に物理的な部分でアルスを守る行動はしなくていい。これは父様からのお願いだ。それよりも……お前達には、もっと別の部分でアルスを助けて欲しいんだ」
「「別の部分?」」

 先程までアルスを守りたいと意気込んでいた二人だが、フィリックスから別の事を任されるようで、揃ってキョトンとした表情を浮かべる。

「実は急にアルスを我が家で預かる事になったのは、今までずっとアルスの世話係をしていた人間が、いきなりアルスを傷付けようとしたからなんだ……。それまでアルスは、その世話係に凄く懐いていた。だけど、今回の事でアルスはショックを受けたようで……酷く人を警戒するようになってしまったんだ」

 その話を聞いた二人は、フィリアナの腕の中のアルスに視線を向けた後、今にも泣き出しそうな顔になって父へと視線を戻す。

「アルスは……その世話係に殺されかけたの……?」

 悲痛な表情を浮かべながらロアルドが呟くと、フィリアナは腕の中のアルスをギュッと抱きかかえ、労うように頬を寄せた。すると今度はアルスが、ジッとフィリアナを見上げる。
 それと同時にフィリアナがポロポロと涙をこぼし始めた。

「アルス、かわいそぉ……」

 そして何度も何度もアルスの頭を撫で始める。
 そんな妹の様子を見たロアルドが、今日一番の深刻な表情を浮かべた。

「父様……その世話係は何でアルスの命を狙ったの?」
「分からない……。その者は、取り押さえられたと同時に自ら舌を噛み切って自害してしまったんだ……」
「そこまでして口を割らないなんて……。その刺客、暗殺に関しては相当の手練れだったって事だよね? それじゃ依頼した首謀者は、かなり大物って事じゃないか……」

 敢えてロアルドにしか理解出来ない難しい言葉を使い、妹のフィリアナに配慮したフィリックスだったが……。二人が醸し出す深刻そうな雰囲気から、アルスがとても危うい状況である事を何となくフィリアナが感じ取ってしまう。

「何でその人は……アルスに酷い事をしようとしたの? アルス、こんなに可愛くていい子なのに……」

 ボロボロと涙をこぼしながら訴えてくる娘にフィリックスは、どう慰めればよいか分からず黙り込む。すると、察しの良いロアルドがある事に気づいてしまう。

「もしかして……本当に命を狙われていたのは第二王子殿下の方……?」
「………………」
「いくら子犬とは言え、聖魔獣であるアルスならそれなりに護衛にはなるよね? だからまず邪魔なアルスを排除する為にその世話係に扮した刺客が送り込まれたって事なんじゃ――――」
「ロアルド」

 恐らくロアルドの推察が当たっていたのだろう。
 フィリックスが途中でその考察を遮るように圧のある声で息子の名を口にする。そんな父親の反応にロアルドが、現在アルスが置かれている状況を大分察してしまう。

「なんにせよ、現在のアルスは誰に対しても警戒心を剥き出しにしてしまう状況なんだ……。だからお前達には、少しでもアルスが人を信じられるようにたくさん愛情を注いで接して欲しい。この子は、まだお前達と同じ子供なんだ……。本来なら色々な物を見聞きし、楽しい事もたくさん経験出来るはずなのだから……。その点、お前達は遊びを閃く天才だろう? だから、またアルスが人を好きになれるようにお前達には、アルスとたくさん遊んで、楽しい事が世の中に存在している事を教えてやって欲しい……」
「父様……」

 何故かアルスに深い憐憫の眼差しを向けている父親の様子にロアルドも同じような表情を浮かべてしまう。
 そんな二人が醸し出す暗い雰囲気を払拭するように声を上げたのは、今この場で一番幼いフィリアナだった。

「大丈夫だよ! フィー、いっぱい……いっぱいアルスの事、可愛がるから! そうしたらアルスもすぐにフィーや兄様の事、好きになってくれるもん! だからお父様……そんなに悲しそうなお顔をしないで?」

 先程までアルスの事でポロポロと涙していたフィリアナだが、いつの間にか一番力強い光を瞳に宿し、まるで守るようにアルスを抱きしめていた。そのあまりにもコロコロと変わる妹の様子が面白すぎた為、ロアルドが勢いよく吹き出す。

「あー! 兄様、何で笑うの!?」
「だ、だって……フィー、さっきまでボロボロ泣いていた癖に……。急に父様の事を慰め出すから……」
「フィー、泣いてないもん!」
「さっきまで『アルス、かわいそう』って泣いていたじゃないか……」
「泣いてないもん!!」

 急にじゃれ合い出した兄妹の様子に先程まで暗い表情を浮かべていたフィリックスが、口元を微かに綻ばせる。すると、三人のやり取りを静かに見守っていた妻ロザリーが、そっと腕を絡めてきた。

「うちの娘は凄いわね……。一瞬で暗い雰囲気を明るくしてしまうんだから」
「そうだな。恐らくフィーは君の血を濃く受け継いだんだろう」

 夫から柔らかい笑みを向けられたロザリーが、一瞬だけ目を見張った。
 だが、すぐに悪戯めいた笑みに変わる。

「でもマナー教育の方は、もう少し頑張らせないとダメみたいね……。ほら! 二人共! いい加減に夕食を食べちゃいなさい! アルスも食事を邪魔されて怒っているわよ?」
「アルス、怒ってないもん!!」
「はいはい、分かったから。それよりも早く食事を済ませて、疲れているアルスを休ませてあげないと! 今日、アルスは誰と一緒に寝るのかなー?」
「アルス、フィーと一緒に寝たいって!」
「ダメだ! お前は寝相が悪いから、アルスが潰されちゃうよ!!」
「フィー、寝相悪くないもん!!」

 母親に促されて騒ぎながら席に着く子供達を見つめていたフィリックスは、戸惑いながらも食事を再開し始めた子犬のアルスの様子を確認し、安堵するように笑みを浮かべていた。
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