前世で孵した竜の卵~幼竜が竜王になって迎えに来ました~

高遠すばる

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クリスの決意2

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 そこに、一部とはいえ「クリスがエリナに恐れられたくない」という理由があるなら、これはクリスの身勝手な庇護欲でしかない。

 だが、もうそれしかない。すべてが丸く収まる方法を考えるには、時間が圧倒的にたりない。
 エリナが彼女自身を、彼女のやり方で守ろうとするなら、クリスはクリスの譲れないもののために、クリスのやり方でエリナを守る。

 ――だって、もうあなたを喪えないから。

 翌日、クリスはエリナを迎えに行った。
 仰々しい馬車で、エリナこそが竜王の番であると民草に知らしめた。
 それがある程度の抑止力になると思ったからだ。

 これで、エリナの顔は城下町に知れ渡った。
 雑念が入ると魔法の質は落ちる。だから、エリナを狙うものが少しでも動きにくくなればいい。

 クリスは、そう思って目を伏せた。

 ――やめてよ、クー……。あなた、竜王、じゃ、ないんでしょ……。そんなこと言わないでよ……。

 エリナはおびえていた。竜王という、トラウマを、古い傷をえぐるような存在に、体を震わせて、目に涙を浮かべて。
 エリナ自身を傷付ける刃のような言葉を封じたくて口づけた、唇の感触を思い出すように唇をなぞる。

 エリナの唇は、柔らかくて甘く、こんな時でなければずっと触れていたいほどに愛しくて。
 不謹慎だ、と自分をせせら笑って、クリスはエリスティナの涙を思い出した。

 泣かせたくなかった。あのちいさなアパートで、幸せそうに微笑むエリナを傷付けたくなかった。
 けれど、そうしたままでいるには、クリスの心は弱すぎた。
 この手から零れ落ちた、愛しいだけの存在。エリスティナを失ったあの日の傷はまだ癒えていない。
 ――否、一生、癒えることはないのだろう。傷を抱えて、最期の瞬間まで生きていくのだ。

「ごめん、ごめん、エリー」

 クリスは、エリスティナの部屋の、分厚いドアに背を預け、ずるずるとへたり込んだ。
 あなたを傷付けた。あなたを怖がらせた、あなたを泣かせて、けれど、それでも安堵している。
これでエリナを守れると、ほっと息をしている。

「怖がらせて、ごめんなさい……」

 だから、絶対に守り抜く。
 あなたから笑顔を奪ったのだから、もう二度と、誰かの悪意によってあなたを損なわせたりしない。

 ――そうしたら。
 そうしたら、たった一度、一瞬でいいから、ねえ、エリー。
 もう一度、笑ってくれますか。

 そんなことを思って、クリスは回廊の窓から見える空を見た。
 エリナの瞳に似ている空は、広く、冴えるように鮮やかな色をしている。
 それが、今のクリスには、ただ、ただ、まぶしかった。


 ■■■

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