フロイント

ねこうさぎしゃ

文字の大きさ
34 / 114
四つめの願い

しおりを挟む
 それから次の満月の晩を迎えるまで、フロイントは甘い夢にまどろむような日々を過ごした。アデライデはいつも隣に寄り添うように立っていて、ふとしたときにやわらかな手で腕や背中にそっと触れた。そのたびに、フロイントは自分の魔物の体がアデライデに宿る光によって清められていくように感じた。夜は毎晩踊った。夜ごとダンスを繰り返したおかげで、最初はアデライデに預けていたリードを取れるようにもなった。
 フロイントはやさしくあたたかなアデライデの手や瞳の中に、言葉以上の何かを受け取るようになっていた。それが日ごとにフロイントの胸に切ない期待の種を植えつけていく。「友」という名を与えられはしたが、今となっては友として以上の意義をもってアデライデの心に存在しているのではないだろうかという考えが、フロイントに生きる勇気と自信を与えた。
 しかし一方で、そう思うのは愚かしいうぬぼれや、とんでもない思い違いであるかもしれないという不安も拭いきれなかった。フロイントは常に期待と不安の間を行ったり来たりして、ともすればアデライデに直接自分をどう思っているのかを尋ねてみたい衝動に駆られた。たが、もしそうすることで今の甘美な切なさに満ちた愉しい日々が崩れ去ってしまうなら、何も聞かずにいる方がよいという思いが、いつもフロイントを引き留めるのだった。
 昼となく夜となくフロイントのそばにいることで、アデライデは人生のきらめきや華やぎを感じていた。フロイントの赤い目には、それまであった思いやりややさしさに加え、落ち着きや自信といったものも見え隠れするようになっていた。しかしアデライデはそんなフロイントの瞳に見つめられると、奇妙な胸のざわめきを感じるようにもなっていた。それはときにかすかな痛みを伴うもので、アデライデは戸惑わずにはいられなかった。
 ラングリンドにいた頃、アデライデは他の人たちほど踊ることが好きという訳ではなかった。町の人たちの輪に混じって軽快な音楽に合わせて足を動かしていると、背中に羽が生えてどこまでも高く飛んでいけそうな気になることは楽しかったが、同じ年頃の娘たちが貪欲に結婚の相手をさがす様子を見たり、或いはまたあからさまな男性からのアプローチを受けたりすると、途端にそれまでの楽しく愉快な気分は消失してしまうのだった。祝祭の期間中あちこちに設けられた会場でダンスに興じる人々の笑い声が明るい空に響くのを、アデライデ自身は心から楽しんで聞いていたわけではなかった。
 それが今はフロイントと踊る夜の時間が来るのをそわそわしながら待っている。荒野の灰色の雲の向こうで薄く照っている太陽が沈み、館の壁に揺れる蝋燭の炎の影がだんだん長く伸びてくるのを見ると、アデライデの鼓動はときめきのために速まった。それなのに、いざフロイントと踊り始めると、アデライデはただ無邪気な喜びだけに浸っていられなくなるのだ。フロイントの目が自分の髪や手や足先に向けられるたびに、喜びであふれていた心にはかすかな不安が忍び寄る。以前は真摯な赤い目でじっと覗き込むように見つめられると、不思議と心が落ち着くのを感じたが、今はまったく正反対の気持ちに揺さぶられるようになっていた。
 アデライデはこれまで他人の容姿というものに特別の注意を向けたことがなかった。人の見た目というものは変わるものだ。アデライデはそういう不確かなものに価値を見出だす娘ではなかった。それは自分自身についても同様だった。アデライデは町の娘たちのように、自分の容色を過剰に気にしたり、思い悩んだりするという経験をしたことがなかった。だが今は、フロイントの目に自分がどう映っているのかがひどく気になるのだった。ともすればアデライデは朝の身支度の最中や、夜ベッドに入る前などに、鏡に映る自分をしげしげと眺めてはため息を吐くようになった。
 フロイントが自分の見た目を愛でているということはわかっていた。だがもしフロイントが自分の価値をそこだけに見出しているのなら、いずれフロイントの関心を失うかもしれない。そんな考えがふっと浮かぶと、アデライデは冷たい水の中に沈んでいくような気持ちになった。そもそも、フロイントが自分をこの館に連れ去ったのは、ただ自分の外見がフロイントの好みにかなったためだけだったのではという疑問がふつふつと湧き、そういう疑問が無意識のうちに芽生えたことにもショックを受けた。
 ──いいえ、フロイントはそんな方じゃないわ……と首を振ってすぐに打ち消そうとするが、一度浮かんだ考えはアデライデの頭のどこかにこびりつき、そう簡単には消えなかった。アデライデの中でフロイントの存在がかけがえのないものになっていけばいくほど、純粋だった自分の心が消えていくような気がした。それでもアデライデはフロイントと過ごす今と言う時間を大切に思い、繊細な気遣いを浮かべて自分を見つめる赤い目をただひたすら見つめ返すのだった。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

9日間

柏木みのり
児童書・童話
 サマーキャンプから友達の健太と一緒に隣の世界に迷い込んだ竜(リョウ)は文武両道の11歳。魔法との出会い。人々との出会い。初めて経験する様々な気持ち。そして究極の選択——夢か友情か。   (also @ なろう)

独占欲強めの最強な不良さん、溺愛は盲目なほど。

猫菜こん
児童書・童話
 小さな頃から、巻き込まれで絡まれ体質の私。  中学生になって、もう巻き込まれないようにひっそり暮らそう!  そう意気込んでいたのに……。 「可愛すぎる。もっと抱きしめさせてくれ。」  私、最強の不良さんに見初められちゃったみたいです。  巻き込まれ体質の不憫な中学生  ふわふわしているけど、しっかりした芯の持ち主  咲城和凜(さきしろかりん)  ×  圧倒的な力とセンスを持つ、負け知らずの最強不良  和凜以外に容赦がない  天狼絆那(てんろうきずな)  些細な事だったのに、どうしてか私にくっつくイケメンさん。  彼曰く、私に一目惚れしたらしく……? 「おい、俺の和凜に何しやがる。」 「お前が無事なら、もうそれでいい……っ。」 「この世に存在している言葉だけじゃ表せないくらい、愛している。」  王道で溺愛、甘すぎる恋物語。  最強不良さんの溺愛は、独占的で盲目的。

未来スコープ  ―キスした相手がわからないって、どういうこと!?―

米田悠由
児童書・童話
「あのね、すごいもの見つけちゃったの!」 平凡な女子高生・月島彩奈が偶然手にした謎の道具「未来スコープ」。 それは、未来を“見る”だけでなく、“課題を通して導く”装置だった。 恋の予感、見知らぬ男子とのキス、そして次々に提示される不可解な課題── 彩奈は、未来スコープを通して、自分の運命に深く関わる人物と出会っていく。 未来スコープが映し出すのは、甘いだけではない未来。 誰かを想う気持ち、誰かに選ばれない痛み、そしてそれでも誰かを支えたいという願い。 夢と現実が交錯する中で、彩奈は「自分の気持ちを信じること」の意味を知っていく。 この物語は、恋と選択、そしてすれ違う想いの中で、自分の軸を見つけていく少女たちの記録です。 感情の揺らぎと、未来への確信が交錯するSFラブストーリー、シリーズ第2作。 読後、きっと「誰かを想うとはどういうことか」を考えたくなる一冊です。

はるのものがたり

柏木みのり
児童書・童話
春樹(はるき)が突然逝ってしまって一ヶ月。いつも自分を守ってくれていた最愛の兄を亡くした中学二年生の春花(はるか)と親友を亡くした中学三年生の俊(しゅん)は、隣の世界から春樹に来た招待状を受け取る。頼り切っていた兄がいなくなり少しずつ変わっていく春花とそれを見守る俊。学校の日常と『お隣』での様々な出来事の中、二人は気持ちを寄せ合い、春樹を失った悲しみを乗り越えようとする。 「9日間」「春の音が聴こえる」「魔法使いたちへ」と関連してくる物語。 (also @ なろう)

クールな幼なじみの許嫁になったら、甘い溺愛がはじまりました

藤永ゆいか
児童書・童話
中学2年生になったある日、澄野星奈に許嫁がいることが判明する。 相手は、頭が良くて運動神経抜群のイケメン御曹司で、訳あって現在絶交中の幼なじみ・一之瀬陽向。 さらに、週末限定で星奈は陽向とふたり暮らしをすることになって!? 「俺と許嫁だってこと、絶対誰にも言うなよ」 星奈には、いつも冷たくてそっけない陽向だったが……。 「星奈ちゃんって、ほんと可愛いよね」 「僕、せーちゃんの彼氏に立候補しても良い?」 ある時から星奈は、バスケ部エースの水上虹輝や 帰国子女の秋川想良に甘く迫られるようになり、徐々に陽向にも変化が……? 「星奈は可愛いんだから、もっと自覚しろよ」 「お前のこと、誰にも渡したくない」 クールな幼なじみとの、逆ハーラブストーリー。

【完結】夫に穢された純愛が兄に止めを刺されるまで

猫都299
児童書・童話
タイムリープしたかもしれない。中学生に戻っている? 夫に愛されなかった惨めな人生をやり直せそうだ。彼を振り向かせたい。しかしタイムリープ前の夫には多くの愛人がいた。純愛信者で奥手で恋愛経験もほぼない喪女にはハードルが高過ぎる。まずは同じ土俵で向き合えるように修行しよう。この際、己の理想もかなぐり捨てる。逆ハーレムを作ってメンバーが集まったら告白する! 兄(血は繋がっていない)にも色々教えてもらおう。…………メンバーが夫しか集まらなかった。 ※小説家になろう、カクヨム、アルファポリス、Nolaノベル、Tales、ツギクルの6サイトに投稿しています。 ※ノベルアップ+にて不定期に進捗状況を報告しています。 ※文字数を調整した【応募版】は2026年1月3日より、Nolaノベル、ツギクル、ベリーズカフェ、野いちごに投稿中です。 ※2026.1.5に完結しました! 修正中です。

トウシューズにはキャラメルひとつぶ

白妙スイ@1/9新刊発売
児童書・童話
白鳥 莉瀬(しらとり りぜ)はバレエが大好きな中学一年生。 小学四年生からバレエを習いはじめたのでほかの子よりずいぶん遅いスタートであったが、持ち前の前向きさと努力で同い年の子たちより下のクラスであるものの、着実に実力をつけていっている。 あるとき、ひょんなことからバレエ教室の先生である、乙津(おつ)先生の息子で中学二年生の乙津 隼斗(おつ はやと)と知り合いになる。 隼斗は陸上部に所属しており、一位を取ることより自分の実力を磨くことのほうが好きな性格。 莉瀬は自分と似ている部分を見いだして、隼斗と仲良くなると共に、だんだん惹かれていく。 バレエと陸上、打ちこむことは違っても、頑張る姿が好きだから。

極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。

猫菜こん
児童書・童話
 私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。  だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。 「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」  優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。  ……これは一体どういう状況なんですか!?  静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん  できるだけ目立たないように過ごしたい  湖宮結衣(こみやゆい)  ×  文武両道な学園の王子様  実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?  氷堂秦斗(ひょうどうかなと)  最初は【仮】のはずだった。 「結衣さん……って呼んでもいい?  だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」 「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」 「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、  今もどうしようもないくらい好きなんだ。」  ……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。

処理中です...