「地味で無能」と捨てられた令嬢は、冷酷な【年上イケオジ公爵】に嫁ぎました〜今更私の価値に気づいた元王太子が後悔で顔面蒼白になっても今更遅い

腐ったバナナ

文字の大きさ
3 / 18

3話

しおりを挟む
 グレイヴナー公爵領の邸宅は、王都の華美な宮殿とは対照的に、実用性と堅牢さを追求した、まるで要塞のような石造りの建物だった。邸内は清潔だが装飾が少なく、静寂が支配していた。

 到着した夜、クラウディアは公爵の私室に呼ばれた。

 アレクシス公爵は、簡素な執務机に座り、クラウディアに一通の羊皮紙を提示した。

「これは、貴様と私との婚姻契約書だ」公爵は言った。

 クラウディアはその契約書に目を通した。内容は簡潔で冷酷だった。

 子を成すこと:跡継ぎを確保すること。

 領地業務への不干渉:公爵の許可なく政治・軍事に関わらないこと。

 王都との関係:いかなる裏切り行為も、即座に死をもって償うこと。

 愛情の放棄:互いに愛情を求めず、温もりを求めないこと。

 最後の項目を読み、クラウディアは静かに頷いた。

「理解した。わたくしは、公爵様のお荷物にはなりませんし、王都に心を残してもいません。この契約書は、わたくしの望む静寂を保障するものです」

 公爵は意外そうに眉を上げた。王都の令嬢なら、最後の条項に異を唱え、涙を流すだろうと思っていたのだろう。

「ほう。温もりは求めぬ、か」

「はい」クラウディアはきっぱりと答えた。「温もりに満ちた場所ほど、裏切りの毒が潜んでいることを、わたくしは王都で学びました。公爵様の冷徹な信頼の方が、わたくしにはよほど心地よい」

 公爵はその言葉を聞いて、張り詰めていた空気を少しだけ緩めたように見えた。彼はペンを取り、クラウディアの契約書にサインを促した。

「契約成立だ。クラウディア・ヴァレリア。今日から貴様は、グレイヴナー公爵夫人だ。貴様に与えるのは、広大な部屋と、最低限の義務。それだけだ」

 その日から、クラウディアの公爵夫人としての生活が始まった。

 公爵は本当に契約通り、クラウディアに最低限の義務と、広大な孤独を与えた。食事は別々。顔を合わせるのは、社交界へ向けた体裁を整える時だけ。公爵は朝から夜まで執務室に籠もり、クラウディアは広すぎる部屋で、ただ静かに過ごした。

 しかし、孤独は彼女にとって苦痛ではなかった。王都での社交界の虚飾や、妹との偽りの関係に比べれば、この静寂は甘露だった。

 クラウディアは、退屈しのぎに公爵邸の旧い経理資料を持ち出し、目を通す許可を得た。彼女の「絶対鑑定」スキルと「最適化」スキルは、地味な作業でこそ真価を発揮する。

(なるほど。この領地は魔物討伐のコストが高すぎる。そして、この鉱山の採掘方法も、非常に非効率的だわ。この資源を、もっと……)

 数時間、帳簿と睨めっこした後、クラウディアはふと視線を上げた。

 窓の外は、凍てつくような夜。

 彼女は立ち上がり、静かに廊下を歩いた。公爵の執務室の前を通り過ぎるとき、中から漏れるのは、微かな魔力の暴走のような呻き声だけだった。公爵は、過去の傷や、辺境を守る重圧に一人で耐えているのだろう。

 クラウディアは、自分の役割を思い出した。跡継ぎを産むこと。しかし、公爵は未だ、夜の営みについて何の指示も与えていない。

(愛は求めない。温もりも求めない)

 そう契約したはずなのに。

 公爵の冷たさとは裏腹に、なぜかクラウディアの心は、彼の傷ついた孤独を見過ごすことができなかった。

 クラウディアは、自身の部屋に戻ると、台所から持ってきた簡単な食材を取り出した。そして、夜食として公爵に献上するために、節約料理である温かいスープを用意した。

「温もりは、求めなくても、与えることはできるはず」

 彼女はそう呟き、氷の壁に、小さな温かい一撃を与えようと決意した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

下賜されまして ~戦場の餓鬼と呼ばれた軍人との甘い日々~

イシュタル
恋愛
王宮から突然嫁がされた18歳の少女・ソフィアは、冷たい風の吹く屋敷へと降り立つ。迎えたのは、無愛想で人嫌いな騎士爵グラッド・エルグレイム。金貨の袋を渡され「好きにしろ」と言われた彼女は、侍女も使用人もいない屋敷で孤独な生活を始める。 王宮での優雅な日々とは一転、自分の髪を切り、服を整え、料理を学びながら、ソフィアは少しずつ「夫人」としての自立を模索していく。だが、辻馬車での盗難事件や料理の失敗、そして過労による倒れ込みなど、試練は次々と彼女を襲う。 そんな中、無口なグラッドの態度にも少しずつ変化が現れ始める。謝罪とも言えない金貨の袋、静かな気遣い、そして彼女の倒れた姿に見せた焦り。距離のあった二人の間に、わずかな波紋が広がっていく。 これは、王宮の寵姫から孤独な夫人へと変わる少女が、自らの手で居場所を築いていく物語。冷たい屋敷に灯る、静かな希望の光。 ⚠️本作はAIとの共同製作です。

【完】嫁き遅れの伯爵令嬢は逃げられ公爵に熱愛される

えとう蜜夏
恋愛
 リリエラは母を亡くし弟の養育や領地の執務の手伝いをしていて貴族令嬢としての適齢期をやや逃してしまっていた。ところが弟の成人と婚約を機に家を追い出されることになり、住み込みの働き口を探していたところ教会のシスターから公爵との契約婚を勧められた。  お相手は公爵家当主となったばかりで、さらに彼は婚約者に立て続けに逃げられるといういわくつきの物件だったのだ。  少し辛辣なところがあるもののお人好しでお節介なリリエラに公爵も心惹かれていて……。  22.4.7女性向けホットランキングに入っておりました。ありがとうございます 22.4.9.9位,4.10.5位,4.11.3位,4.12.2位  Unauthorized duplication is a violation of applicable laws.  ⓒえとう蜜夏(無断転載等はご遠慮ください)

傷物令嬢シャルロットは辺境伯様の人質となってスローライフ

悠木真帆
恋愛
侯爵令嬢シャルロット・ラドフォルンは幼いとき王子を庇って右上半身に大やけどを負う。 残ったやけどの痕はシャルロットに暗い影を落とす。 そんなシャルロットにも他国の貴族との婚約が決まり幸せとなるはずだった。 だがーー 月あかりに照らされた婚約者との初めての夜。 やけどの痕を目にした婚約者は顔色を変えて、そのままベッドの上でシャルロットに婚約破棄を申し渡した。 それ以来、屋敷に閉じこもる生活を送っていたシャルロットに父から敵国の人質となることを命じられる。

料理スキルしか取り柄がない令嬢ですが、冷徹騎士団長の胃袋を掴んだら国一番の寵姫になってしまいました

さくら
恋愛
婚約破棄された伯爵令嬢クラリッサ。 裁縫も舞踏も楽器も壊滅的、唯一の取り柄は――料理だけ。 「貴族の娘が台所仕事など恥だ」と笑われ、家からも見放され、辺境の冷徹騎士団長のもとへ“料理番”として嫁入りすることに。 恐れられる団長レオンハルトは無表情で冷徹。けれど、彼の皿はいつも空っぽで……? 温かいシチューで兵の心を癒し、香草の香りで団長の孤独を溶かす。気づけば彼の灰色の瞳は、わたしだけを見つめていた。 ――料理しかできないはずの私が、いつの間にか「国一番の寵姫」と呼ばれている!? 胃袋から始まるシンデレラストーリー、ここに開幕!

十年間虐げられたお針子令嬢、冷徹侯爵に狂おしいほど愛される。

er
恋愛
十年前に両親を亡くしたセレスティーナは、後見人の叔父に財産を奪われ、物置部屋で使用人同然の扱いを受けていた。義妹ミレイユのために毎日ドレスを縫わされる日々——でも彼女には『星霜の記憶』という、物の過去と未来を視る特別な力があった。隠されていた舞踏会の招待状を見つけて決死の潜入を果たすと、冷徹で美しいヴィルフォール侯爵と運命の再会! 義妹のドレスが破れて大恥、叔父も悪事を暴かれて追放されるはめに。失われた伝説の刺繍技術を復活させたセレスティーナは宮廷筆頭職人に抜擢され、「ずっと君を探していた」と侯爵に溺愛される——

悪役令嬢、記憶をなくして辺境でカフェを開きます〜お忍びで通ってくる元婚約者の王子様、私はあなたのことなど知りません〜

咲月ねむと
恋愛
王子の婚約者だった公爵令嬢セレスティーナは、断罪イベントの最中、興奮のあまり階段から転げ落ち、頭を打ってしまう。目覚めた彼女は、なんと「悪役令嬢として生きてきた数年間」の記憶をすっぽりと失い、動物を愛する心優しくおっとりした本来の性格に戻っていた。 もはや王宮に居場所はないと、自ら婚約破棄を申し出て辺境の領地へ。そこで動物たちに異常に好かれる体質を活かし、もふもふの聖獣たちが集まるカフェを開店し、穏やかな日々を送り始める。 一方、セレスティーナの豹変ぶりが気になって仕方ない元婚約者の王子・アルフレッドは、身分を隠してお忍びでカフェを訪れる。別人になったかのような彼女に戸惑いながらも、次第に本当の彼女に惹かれていくが、セレスティーナは彼のことを全く覚えておらず…? ※これはかなり人を選ぶ作品です。 感想欄にもある通り、私自身も再度読み返してみて、皆様のおっしゃる通りもう少しプロットをしっかりしてればと。 それでも大丈夫って方は、ぜひ。

「誰もお前なんか愛さない」と笑われたけど、隣国の王が即プロポーズしてきました

ゆっこ
恋愛
「アンナ・リヴィエール、貴様との婚約は、今日をもって破棄する!」  王城の大広間に響いた声を、私は冷静に見つめていた。  誰よりも愛していた婚約者、レオンハルト王太子が、冷たい笑みを浮かべて私を断罪する。 「お前は地味で、つまらなくて、礼儀ばかりの女だ。華もない。……誰もお前なんか愛さないさ」  笑い声が響く。  取り巻きの令嬢たちが、まるで待っていたかのように口元を隠して嘲笑した。  胸が痛んだ。  けれど涙は出なかった。もう、心が乾いていたからだ。

婚約破棄された伯爵令嬢ですが、辺境で有能すぎて若き領主に求婚されました

おりあ
恋愛
 アーデルベルト伯爵家の令嬢セリナは、王太子レオニスの婚約者として静かに、慎ましく、その務めを果たそうとしていた。 だが、感情を上手に伝えられない性格は誤解を生み、社交界で人気の令嬢リーナに心を奪われた王太子は、ある日一方的に婚約を破棄する。  失意のなかでも感情をあらわにすることなく、セリナは婚約を受け入れ、王都を離れ故郷へ戻る。そこで彼女は、自身の分析力や実務能力を買われ、辺境の行政視察に加わる機会を得る。  赴任先の北方の地で、若き領主アレイスターと出会ったセリナ。言葉で丁寧に思いを伝え、誠実に接する彼に少しずつ心を開いていく。 そして静かに、しかし確かに才能を発揮するセリナの姿は、やがて辺境を支える柱となっていく。  一方、王太子レオニスとリーナの婚約生活には次第に綻びが生じ、セリナの名は再び王都でも囁かれるようになる。  静かで無表情だと思われた令嬢は、実は誰よりも他者に寄り添う力を持っていた。 これは、「声なき優しさ」が、真に理解され、尊ばれていく物語。

処理中です...