4 / 18
4話
しおりを挟む
クラウディアが作った温かい節約スープは、簡素ながらも栄養豊富で、冷え切った体をじんわりと温めるものだった。彼女はそれをトレイに乗せ、公爵の執務室の前に立った。
扉をノックすると、中から低い、警戒に満ちた声が響いた。
「入れ」
クラウディアが部屋に入ると、アレクシス公爵は疲弊した様子で書類に目を通していた。机の隅には、冷めたままの手つかずの軽食が置かれている。彼は軍服の上着を脱いでいたが、鍛え抜かれた体には、やはり深い戦闘の傷跡がいくつか見て取れた。
「公爵様。夜分に失礼いたします」
クラウディアはトレイを机の隅に置いた。
「お体をお労りください。温かいスープでございます」
公爵は、スープを一瞥し、冷ややかに言った。
「貴様が私を毒殺するとは思わぬが、毒味役はいる。不要だ」
「毒味は不要でございます」
クラウディアは静かに答えた。
「これは、わたくしの節約料理です。王都の派手さはありませんが、胃に優しく、疲労回復に最適です。冷める前に召し上がってください」
クラウディアはそれだけ言うと、すぐに公爵の執務机の横、領地の古い収支帳に目を向けた。
「それよりも公爵様。この鉱山の採掘方法ですが、領内にある『イソルの薬草』を燃やして処理することで、作業効率を15%上げることができます。イソルの薬草は、王都ではただの雑草ですが、魔力反応が非常に安定しています」
公爵はスープへの無関心を一瞬忘れ、驚きで目を見開いた。
「...何だと?イソルの薬草だと?あれは家畜ですら食わぬ。貴様、なぜそれを知っている」
「わたくしの目には、全ての素材の潜在的な価値が見えます」
クラウディアは、それが「絶対鑑定」の力であることを隠し、あくまで地味な知識として答えた。
「そして、その価値を最大限に引き出す最適解が分かります。これは、王都では『地味な知識』として誰も見向きもしませんでした」
公爵は、初めてクラウディアの瞳を正面から見つめた。その奥にある底知れない知識と、確信に、彼は戦慄した。この娘は、本当に「地味で無能」な令嬢なのか?
彼は無言で、スープを一口飲んだ。
濃すぎず、薄すぎない、体に染みわたる温かい味。公爵は、長年感じたことのない安心感という温もりに包まれた。
その夜、クラウディアが自室に戻った後も、公爵はスープを飲み干し、クラウディアの言葉を反芻していた。
翌日。公爵は早速、クラウディアが提案した通りにイソルの薬草を使った採掘方法を試させた。結果は、クラウディアの言った通り、採掘効率が劇的に改善した。
公爵は、直ちにクラウディアを執務室に呼び出した。
「ヴァレリア。貴様の力は、何だ?」
公爵は、もはや彼女を単なる「厄介払い」としては見ていなかった。
クラウディアは観念したように、自分の力を説明した。
「わたくしの力は、物資、人材、魔力、全てを詳細に分析し、最も合理的な運用方法を導き出すことです。王都では、この力が**『華やかさがない』と蔑まれました。ですが、この辺境では、『効率』こそが命綱でしょう」
公爵は、その「地味で無能」と蔑まれた力が、自分の凍り付いた領地と、自分自身にとって、どれほど渇望していたものかを理解した。
「クラウディア。貴様との契約を、改める」
公爵は立ち上がり、冷徹な仮面を外し、一人の男としてクラウディアを見つめた。
「貴様は今日から、単なるお飾りではない。このグレイヴナー領の真の賢妃だ。貴様の才能は、私が誰よりも守る。その代わり…」
公爵は、一歩クラウディアに近づいた。その冷たい手が、クラウディアの頬に触れる。
「貴様の『温もり』と『才能』の全てを、私に捧げろ。私は君を、この王都の闇から永遠に庇護しよう」
クラウディアは、彼の瞳の奥に、孤独な王の強い決意と、深い傷を見た。彼女は、王都の偽りの愛よりも、この冷たい男の真摯な独占欲にこそ、真実の温もりを感じた。
「承知いたしました、公爵様。わたくしの全ては、この辺境のために。そして、あなた様のためにございます」
その夜、公爵は初めてクラウディアの部屋を訪れた。彼は、軍服と手袋を脱ぎ捨て、傷跡だらけの体を彼女に預けた。
「温もりをくれ、クラウディア。君の温もりでしか、俺の傷は癒やされない」
クラウディアは、その深く重い孤独を、惜しみない温もりで受け止めた。
扉をノックすると、中から低い、警戒に満ちた声が響いた。
「入れ」
クラウディアが部屋に入ると、アレクシス公爵は疲弊した様子で書類に目を通していた。机の隅には、冷めたままの手つかずの軽食が置かれている。彼は軍服の上着を脱いでいたが、鍛え抜かれた体には、やはり深い戦闘の傷跡がいくつか見て取れた。
「公爵様。夜分に失礼いたします」
クラウディアはトレイを机の隅に置いた。
「お体をお労りください。温かいスープでございます」
公爵は、スープを一瞥し、冷ややかに言った。
「貴様が私を毒殺するとは思わぬが、毒味役はいる。不要だ」
「毒味は不要でございます」
クラウディアは静かに答えた。
「これは、わたくしの節約料理です。王都の派手さはありませんが、胃に優しく、疲労回復に最適です。冷める前に召し上がってください」
クラウディアはそれだけ言うと、すぐに公爵の執務机の横、領地の古い収支帳に目を向けた。
「それよりも公爵様。この鉱山の採掘方法ですが、領内にある『イソルの薬草』を燃やして処理することで、作業効率を15%上げることができます。イソルの薬草は、王都ではただの雑草ですが、魔力反応が非常に安定しています」
公爵はスープへの無関心を一瞬忘れ、驚きで目を見開いた。
「...何だと?イソルの薬草だと?あれは家畜ですら食わぬ。貴様、なぜそれを知っている」
「わたくしの目には、全ての素材の潜在的な価値が見えます」
クラウディアは、それが「絶対鑑定」の力であることを隠し、あくまで地味な知識として答えた。
「そして、その価値を最大限に引き出す最適解が分かります。これは、王都では『地味な知識』として誰も見向きもしませんでした」
公爵は、初めてクラウディアの瞳を正面から見つめた。その奥にある底知れない知識と、確信に、彼は戦慄した。この娘は、本当に「地味で無能」な令嬢なのか?
彼は無言で、スープを一口飲んだ。
濃すぎず、薄すぎない、体に染みわたる温かい味。公爵は、長年感じたことのない安心感という温もりに包まれた。
その夜、クラウディアが自室に戻った後も、公爵はスープを飲み干し、クラウディアの言葉を反芻していた。
翌日。公爵は早速、クラウディアが提案した通りにイソルの薬草を使った採掘方法を試させた。結果は、クラウディアの言った通り、採掘効率が劇的に改善した。
公爵は、直ちにクラウディアを執務室に呼び出した。
「ヴァレリア。貴様の力は、何だ?」
公爵は、もはや彼女を単なる「厄介払い」としては見ていなかった。
クラウディアは観念したように、自分の力を説明した。
「わたくしの力は、物資、人材、魔力、全てを詳細に分析し、最も合理的な運用方法を導き出すことです。王都では、この力が**『華やかさがない』と蔑まれました。ですが、この辺境では、『効率』こそが命綱でしょう」
公爵は、その「地味で無能」と蔑まれた力が、自分の凍り付いた領地と、自分自身にとって、どれほど渇望していたものかを理解した。
「クラウディア。貴様との契約を、改める」
公爵は立ち上がり、冷徹な仮面を外し、一人の男としてクラウディアを見つめた。
「貴様は今日から、単なるお飾りではない。このグレイヴナー領の真の賢妃だ。貴様の才能は、私が誰よりも守る。その代わり…」
公爵は、一歩クラウディアに近づいた。その冷たい手が、クラウディアの頬に触れる。
「貴様の『温もり』と『才能』の全てを、私に捧げろ。私は君を、この王都の闇から永遠に庇護しよう」
クラウディアは、彼の瞳の奥に、孤独な王の強い決意と、深い傷を見た。彼女は、王都の偽りの愛よりも、この冷たい男の真摯な独占欲にこそ、真実の温もりを感じた。
「承知いたしました、公爵様。わたくしの全ては、この辺境のために。そして、あなた様のためにございます」
その夜、公爵は初めてクラウディアの部屋を訪れた。彼は、軍服と手袋を脱ぎ捨て、傷跡だらけの体を彼女に預けた。
「温もりをくれ、クラウディア。君の温もりでしか、俺の傷は癒やされない」
クラウディアは、その深く重い孤独を、惜しみない温もりで受け止めた。
550
あなたにおすすめの小説
追放された養女令嬢は、聖騎士団長の腕の中で真実の愛を知る。~元婚約者が自滅する横で、私は最高に幸せになります~
有賀冬馬
恋愛
「お前のような無能な女、私の格が下がるのだよ」
最愛の婚約者だったはずの王子に罵られ、雨の夜に放り出されたエルナ。
すべてを失った彼女が救われたのは、国の英雄である聖騎士団長・レオナードの手によってだった。
虚飾の社交界では見えなかった、本当の価値。
泥にまみれて子供たちを笑顔にするエルナの姿に、レオナードは心を奪われていく。
「君の隣に、私以外の居場所は作らせない」
そんな二人の裏側で、エルナを捨てた王子は破滅へのカウントダウンを始めていた。
地味な私では退屈だったのでしょう? 最強聖騎士団長の溺愛妃になったので、元婚約者はどうぞお好きに
有賀冬馬
恋愛
「君と一緒にいると退屈だ」――そう言って、婚約者の伯爵令息カイル様は、私を捨てた。
選んだのは、華やかで社交的な公爵令嬢。
地味で無口な私には、誰も見向きもしない……そう思っていたのに。
失意のまま辺境へ向かった私が出会ったのは、偶然にも国中の騎士の頂点に立つ、最強の聖騎士団長でした。
「君は、僕にとってかけがえのない存在だ」
彼の優しさに触れ、私の世界は色づき始める。
そして、私は彼の正妃として王都へ……
地味で役に立たないと言われて捨てられましたが、王弟殿下のお相手としては最適だったようです
有賀冬馬
恋愛
「君は地味で、将来の役に立たない」
そう言われ、幼なじみの婚約者にあっさり捨てられた侯爵令嬢の私。
社交界でも忘れ去られ、同情だけを向けられる日々の中、私は王宮の文官補佐として働き始める。
そこで出会ったのは、権力争いを嫌う変わり者の王弟殿下。
過去も噂も問わず、ただ仕事だけを見て評価してくれる彼の隣で、私は静かに居場所を見つけていく。
そして暴かれる不正。転落していく元婚約者。
「君が隣にいない宮廷は退屈だ」
これは、選ばれなかった私が、必要とされる私になる物語。
さようなら、私を「枯れた花」と呼んだ貴方。~辺境で英雄を救って聖女と呼ばれたので、没落した元婚約者の謝罪は受け付けません~
有賀冬馬
恋愛
「お前のような見栄えの悪い女は、俺の隣にふさわしくない」
婚約者アレクに捨てられ、辺境へ追いやられたセレナ。
けれど、彼女が森で拾ったのは、アレクなど足元にも及ばないほど強くて優しい、呪われた英雄ライアンだった。
セレナの薬草が奇跡を起こし、王都を救う特効薬となったとき、かつて自分を捨てた男との再会が訪れる。
「やり直そう」と縋り付くアレクに、セレナは最愛の人と寄り添いながら静かに微笑む。
――あなたが捨てたのは、ただの影ではなく、あなたの未来そのものだったのですよ。
婚約破棄された夜、最強魔導師に「番」だと告げられました
有賀冬馬
恋愛
学院の祝宴で告げられた、無慈悲な婚約破棄。
魔力が弱い私には、価値がないという現実。
泣きながら逃げた先で、私は古代の遺跡に迷い込む。
そこで目覚めた彼は、私を見て言った。
「やっと見つけた。私の番よ」
彼の前でだけ、私の魔力は輝く。
奪われた尊厳、歪められた運命。
すべてを取り戻した先にあるのは……
側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、孤独な陛下を癒したら、執着されて離してくれません!
花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」
婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。
追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。
しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。
夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。
けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。
「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」
フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。
しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!?
「離縁する気か? 許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」
凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。
孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス!
※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。
【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】
悪役令嬢は調理場に左遷されましたが、激ウマご飯で氷の魔公爵様を餌付けしてしまったようです~「もう離さない」って、胃袋の話ですか?~
咲月ねむと
恋愛
「君のような地味な女は、王太子妃にふさわしくない。辺境の『魔公爵』のもとへ嫁げ!」
卒業パーティーで婚約破棄を突きつけられた悪役令嬢レティシア。
しかし、前世で日本人調理師だった彼女にとって、堅苦しい王妃教育から解放されることはご褒美でしかなかった。
「これで好きな料理が作れる!」
ウキウキで辺境へ向かった彼女を待っていたのは、荒れ果てた別邸と「氷の魔公爵」と恐れられるジルベール公爵。
冷酷無慈悲と噂される彼だったが――その正体は、ただの「極度の偏食家で、常に空腹で不機嫌なだけ」だった!?
レティシアが作る『肉汁溢れるハンバーグ』『とろとろオムライス』『伝説のプリン』に公爵の胃袋は即陥落。
「君の料理なしでは生きられない」
「一生そばにいてくれ」
と求愛されるが、色気より食い気のレティシアは「最高の就職先ゲット!」と勘違いして……?
一方、レティシアを追放した王太子たちは、王宮の食事が不味くなりすぎて絶望の淵に。今さら「戻ってきてくれ」と言われても、もう遅いです!
美味しいご飯で幸せを掴む、空腹厳禁の異世界クッキング・ファンタジー!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる