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3話
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グレイヴナー公爵領の邸宅は、王都の華美な宮殿とは対照的に、実用性と堅牢さを追求した、まるで要塞のような石造りの建物だった。邸内は清潔だが装飾が少なく、静寂が支配していた。
到着した夜、クラウディアは公爵の私室に呼ばれた。
アレクシス公爵は、簡素な執務机に座り、クラウディアに一通の羊皮紙を提示した。
「これは、貴様と私との婚姻契約書だ」公爵は言った。
クラウディアはその契約書に目を通した。内容は簡潔で冷酷だった。
子を成すこと:跡継ぎを確保すること。
領地業務への不干渉:公爵の許可なく政治・軍事に関わらないこと。
王都との関係:いかなる裏切り行為も、即座に死をもって償うこと。
愛情の放棄:互いに愛情を求めず、温もりを求めないこと。
最後の項目を読み、クラウディアは静かに頷いた。
「理解した。わたくしは、公爵様のお荷物にはなりませんし、王都に心を残してもいません。この契約書は、わたくしの望む静寂を保障するものです」
公爵は意外そうに眉を上げた。王都の令嬢なら、最後の条項に異を唱え、涙を流すだろうと思っていたのだろう。
「ほう。温もりは求めぬ、か」
「はい」クラウディアはきっぱりと答えた。「温もりに満ちた場所ほど、裏切りの毒が潜んでいることを、わたくしは王都で学びました。公爵様の冷徹な信頼の方が、わたくしにはよほど心地よい」
公爵はその言葉を聞いて、張り詰めていた空気を少しだけ緩めたように見えた。彼はペンを取り、クラウディアの契約書にサインを促した。
「契約成立だ。クラウディア・ヴァレリア。今日から貴様は、グレイヴナー公爵夫人だ。貴様に与えるのは、広大な部屋と、最低限の義務。それだけだ」
その日から、クラウディアの公爵夫人としての生活が始まった。
公爵は本当に契約通り、クラウディアに最低限の義務と、広大な孤独を与えた。食事は別々。顔を合わせるのは、社交界へ向けた体裁を整える時だけ。公爵は朝から夜まで執務室に籠もり、クラウディアは広すぎる部屋で、ただ静かに過ごした。
しかし、孤独は彼女にとって苦痛ではなかった。王都での社交界の虚飾や、妹との偽りの関係に比べれば、この静寂は甘露だった。
クラウディアは、退屈しのぎに公爵邸の旧い経理資料を持ち出し、目を通す許可を得た。彼女の「絶対鑑定」スキルと「最適化」スキルは、地味な作業でこそ真価を発揮する。
(なるほど。この領地は魔物討伐のコストが高すぎる。そして、この鉱山の採掘方法も、非常に非効率的だわ。この資源を、もっと……)
数時間、帳簿と睨めっこした後、クラウディアはふと視線を上げた。
窓の外は、凍てつくような夜。
彼女は立ち上がり、静かに廊下を歩いた。公爵の執務室の前を通り過ぎるとき、中から漏れるのは、微かな魔力の暴走のような呻き声だけだった。公爵は、過去の傷や、辺境を守る重圧に一人で耐えているのだろう。
クラウディアは、自分の役割を思い出した。跡継ぎを産むこと。しかし、公爵は未だ、夜の営みについて何の指示も与えていない。
(愛は求めない。温もりも求めない)
そう契約したはずなのに。
公爵の冷たさとは裏腹に、なぜかクラウディアの心は、彼の傷ついた孤独を見過ごすことができなかった。
クラウディアは、自身の部屋に戻ると、台所から持ってきた簡単な食材を取り出した。そして、夜食として公爵に献上するために、節約料理である温かいスープを用意した。
「温もりは、求めなくても、与えることはできるはず」
彼女はそう呟き、氷の壁に、小さな温かい一撃を与えようと決意した。
到着した夜、クラウディアは公爵の私室に呼ばれた。
アレクシス公爵は、簡素な執務机に座り、クラウディアに一通の羊皮紙を提示した。
「これは、貴様と私との婚姻契約書だ」公爵は言った。
クラウディアはその契約書に目を通した。内容は簡潔で冷酷だった。
子を成すこと:跡継ぎを確保すること。
領地業務への不干渉:公爵の許可なく政治・軍事に関わらないこと。
王都との関係:いかなる裏切り行為も、即座に死をもって償うこと。
愛情の放棄:互いに愛情を求めず、温もりを求めないこと。
最後の項目を読み、クラウディアは静かに頷いた。
「理解した。わたくしは、公爵様のお荷物にはなりませんし、王都に心を残してもいません。この契約書は、わたくしの望む静寂を保障するものです」
公爵は意外そうに眉を上げた。王都の令嬢なら、最後の条項に異を唱え、涙を流すだろうと思っていたのだろう。
「ほう。温もりは求めぬ、か」
「はい」クラウディアはきっぱりと答えた。「温もりに満ちた場所ほど、裏切りの毒が潜んでいることを、わたくしは王都で学びました。公爵様の冷徹な信頼の方が、わたくしにはよほど心地よい」
公爵はその言葉を聞いて、張り詰めていた空気を少しだけ緩めたように見えた。彼はペンを取り、クラウディアの契約書にサインを促した。
「契約成立だ。クラウディア・ヴァレリア。今日から貴様は、グレイヴナー公爵夫人だ。貴様に与えるのは、広大な部屋と、最低限の義務。それだけだ」
その日から、クラウディアの公爵夫人としての生活が始まった。
公爵は本当に契約通り、クラウディアに最低限の義務と、広大な孤独を与えた。食事は別々。顔を合わせるのは、社交界へ向けた体裁を整える時だけ。公爵は朝から夜まで執務室に籠もり、クラウディアは広すぎる部屋で、ただ静かに過ごした。
しかし、孤独は彼女にとって苦痛ではなかった。王都での社交界の虚飾や、妹との偽りの関係に比べれば、この静寂は甘露だった。
クラウディアは、退屈しのぎに公爵邸の旧い経理資料を持ち出し、目を通す許可を得た。彼女の「絶対鑑定」スキルと「最適化」スキルは、地味な作業でこそ真価を発揮する。
(なるほど。この領地は魔物討伐のコストが高すぎる。そして、この鉱山の採掘方法も、非常に非効率的だわ。この資源を、もっと……)
数時間、帳簿と睨めっこした後、クラウディアはふと視線を上げた。
窓の外は、凍てつくような夜。
彼女は立ち上がり、静かに廊下を歩いた。公爵の執務室の前を通り過ぎるとき、中から漏れるのは、微かな魔力の暴走のような呻き声だけだった。公爵は、過去の傷や、辺境を守る重圧に一人で耐えているのだろう。
クラウディアは、自分の役割を思い出した。跡継ぎを産むこと。しかし、公爵は未だ、夜の営みについて何の指示も与えていない。
(愛は求めない。温もりも求めない)
そう契約したはずなのに。
公爵の冷たさとは裏腹に、なぜかクラウディアの心は、彼の傷ついた孤独を見過ごすことができなかった。
クラウディアは、自身の部屋に戻ると、台所から持ってきた簡単な食材を取り出した。そして、夜食として公爵に献上するために、節約料理である温かいスープを用意した。
「温もりは、求めなくても、与えることはできるはず」
彼女はそう呟き、氷の壁に、小さな温かい一撃を与えようと決意した。
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