婚約破棄された令嬢、商才と魅力で運命を変える

9話

　朝の光が柔らかく書斎を照らす。帳簿と地図が広げられ、ペンの先で細かい数字を確認するエリスの姿。

「今回の注文……これまでで最大規模よ……」

　カイがそっと資料を持ち、彼女の隣に座る。

「エリス様、量も納期もかなり厳しいですね。準備は本当に大丈夫ですか？」

「大丈夫。計算は済んでいる。材料、人数、輸送ルート、すべて確認済み。問題は、相手が私を信頼してくれるかどうかだけ」

　カイは資料を見ながら小さく笑った。

「自信がありますね。でも、その自信、必ず相手にも伝わるはずです」

　エリスは微かに笑うが、瞳は真剣そのものだった。

「そう願いたいわ……でも、失敗は許されない」

　午前中、エリスは市場や倉庫を巡り、必要な材料の最終確認を行う。

「この品質で納期までに揃えられるか……」

　交渉する商人たちに向かい、彼女は柔らかいが確実な口調で言う。

「この品質でお願いします。納期は必ず守りますから」
　交渉は何度も調整が必要だったが、エリスは焦らず計算を繰り返す。

「搬送ルートも確認済み、人手も足りる……あとはチームの動き次第」

　昼になり、エリスは昼食をほとんど取らず、次の戦略を練る。

「今回の注文は単なる取引じゃない。私の能力と計画性を示す試金石になる」

　カイが資料を指差して助言する。

「エリス様、もしこの契約が成功すれば、評判は一気に広まります」

「ええ……でも、油断は禁物」

　午後、取引先の大きな商館に到着する。重厚な扉が開かれ、迎えたのは年配の実業家と取り巻きたち。

「エリス様、町の評判は耳にしました。君の実力、確かめさせてもらおう」

「ありがとうございます。品質と納期、共に保証いたします」

　帳簿を広げ、双方は数量、納期、品質の細部まで確認。緊張感が漂う。
　カイが小声で囁く。

「エリス様、ここからが本番です」

　エリスは頷き、冷静に説明を続ける。

「今回の注文は大規模ですが、私たちのチームであれば必ず納品可能です。問題が起きた場合は即座に対応策を講じます」

　実業家は眉を上げ、興味深そうに頷いた。

「なるほど……君はただの商人ではなく、計画性と実行力を兼ね備えている。素晴らしい」

　交渉は数時間にわたり慎重に進められる。契約書に双方が署名を交わした瞬間、カイが小さく息をつく。

「やりましたね、エリス様」

　エリスはほんの少し肩の力を抜き、静かに微笑む。

「ええ……これが、次への一歩」

　帰り道、書斎へ戻る馬車の中でエリスは静かに考える。

「今までの努力が形になった……でも、ここで止まるわけにはいかない」

　夜、書斎に戻ったエリスは帳簿を閉じ、窓辺に立つ。月明かりに照らされる街を見下ろしながら、心の中で呟く。

「私の道は、私の力で切り開く……誰にも左右されずに」

　その瞳には、誇りと決意の光が揺らめいていた。