婚約破棄された令嬢、商才と魅力で運命を変える

8話

　朝、薄曇りの光が書斎に差し込む中、エリスは昨日の取引帳簿を開き、数字と向き合っていた。

「利益……前回よりずっと良いわね。でも、ここで安心はできない」

　カイが静かに入室し、手に資料を持ってくる。

「エリス、先方から追加注文の返事が来た。しかも今まで関わったことのない有力商家だ」

　エリスは眉をひそめ、しばらく沈黙する。

「……これは挑戦になるわね。でも、準備は万全にしたい」

　午前中、二人は市場や倉庫を訪れ、材料の品質や在庫を確認する。

「ここまでの道のりも簡単じゃなかったわ。材料も手配し、人手も確保して……あとは、取引先が納得してくれるかどうか」

　カイが微笑み、エリスの肩に軽く触れる。

「大丈夫です。エリスの計算力と判断力があれば、成功しないわけがありません」

　取引先の倉庫に着くと、若い貴族風の男性が出迎える。身なりは洗練され、落ち着いた雰囲気を纏っている。

「君がエリスさんか。噂は聞いたよ。君の品物は町でも評判だ」

「ありがとうございます。品質は保証いたします。納期や数量、仕様も詳しく確認させてください」

　二人は契約書を前に、納期・数量・品質・人員配置などを一つ一つ確認していく。

　男性は感心したように頷く。

「君はただ商品を作るだけでなく、全体の計画まで見据えている。これは非常に珍しいことだ」

　エリスは静かに微笑む。

「それが私のやり方です。確実にお約束を守るためには、全てを見落とさないことが大切です」

　契約が成立し、倉庫を出ると、エリスの胸には小さな充実感が芽生える。

「成功は小さくても、この信頼が次に繋がる……」

　カイも隣で微笑む。

「さあ、次の準備です。まだやるべきことはたくさんあります」

　午後、エリスは市場で新たな材料の仕入れを行う。町の人々が声をかけてくる。

「エリス様、最近の品は本当に素晴らしいですね」

「皆さんに喜んでいただけるのが私の励みです」

　彼女は一つ一つの声に微笑み、町の人々との信頼も確かめていく。

　夕方、書斎でカイと今日の取引を整理する。

「今日の契約は、君にとって大きなステップになる。しかも、先方は君の努力と信頼を高く評価している」

「努力が認められるのは嬉しいけれど……この若い貴族、私の事業にどれだけ本気で興味を持っているのかしら」

　窓辺で街を見下ろしながら、エリスはふと心を静める。

「事業の成功だけじゃなく、人との信頼も築けた……そして、あの若き貴族との出会い……少しずつ世界が広がっていく」

　夜、ろうそくの灯りの下で帳簿を閉じ、静かに呟く。

「まだ私は何も失ってはいない……これから、自分の道を歩んでいく」

　その瞳には、努力が未来を切り拓くという確信と、小さな希望の光が揺れていた。