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18話
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王都の空気は、もはや濁りを知らない清浄さに満ちていた。フィーアの浄化の力は、王宮内に留まらず、王都全体に清らかな風を運び込んでいた。しかし、その平和の裏側で、ガゼル王の警戒心は最高潮に達していた。
リシアンの邪悪な意図が獣人国に届くのは、そう遅くはなかった。
人間国からの使節団が帰国してわずか数日後、国境警備隊から緊急の報が届いた。人間国の辺境貴族の使者と名乗る者が、「女王への献上品」として一つの美しい木箱を携え、国境を通過しようとしているという。
ガゼル王は、フィーアから受けた警告をすぐに思い出した。
玉座の間で、フィーゼル王はフィーアを傍らに座らせ、謁見の準備を整えていた。彼の黄金の瞳は鋭く光り、部屋の隅に控える側近クロウもまた、翼をぴんと張り詰めていた。
「王よ。その献上品は、おそらくリシアンが送らせたもの。強い呪いの魔力が込められています」
フィーアは囁いた。彼女の心の耳には、使者の心の声――「この箱一つで、獣人国の聖女が倒れる。私は大金持ちだ」という、卑しい期待が響いていた。
ガゼル王はフィーアの言葉を疑わなかった。彼は深く頷き、クロウに命じた。
「クロウ。使者を入れろ。ただし、献上品には絶対に手を触れるな。その箱を、私と女王から十メートル以上離れた場所に置かせろ」
指示通りに玉座の間に入ってきた使者は、一見するとただの小心な人間の商人だったが、その手にある螺鈿細工の箱は、不自然なほどに豪華で美しかった。
「が、ガゼル王様。こちらは、我が国の辺境貴族より、フィーア女王様への友好の証として贈られた、貴重な宝石箱でございます」
使者は緊張で声を震わせながら言った。
ガゼル王は、感情の読めない冷たい視線を箱に向けたまま、静かに命じた。
「開けてみよ」
使者は言われるままに箱の蓋を開けた。中には宝石の類は一切なく、ただ黒曜石のような、濁った光を放つ大きな石が一つ入っているだけだった。
その瞬間、部屋の空気が鉛のように重くなった。
ガゼル王はすぐさま、フィーアをその強靭な腕で抱き寄せ、自らの身体で完全に覆い隠した。
「クロウ!浄化の準備を!」
クロウは素早く動き、王宮の専門の魔術師を呼び寄せた。その間に、箱から立ち上る濁った瘴気が、玉座の間の清浄な空気を侵し始めた。その瘴気は、フィーアがこれまで浄化してきた、単なる魔力汚染とは異質の、悪意に満ちた呪詛の力だった。
「やはり、呪いか」
ガゼル王は低い唸り声を上げた。
フィーアは、ガゼル王の腕の中で、箱から放たれるリシアンの激しい嫉妬と憎悪の残滓を感じ取っていた。
「リシアン…あなたはこの期に及んで、まだ私を排除しようと…」
魔術師が浄化の儀式を始めるが、呪詛の品は強力だった。石の周りに展開された浄化魔法は、瞬時に黒い靄によって侵食されていく。
ガゼル王は、フィーアを離し、鋭い爪を剥き出したまま、その呪詛の石に近づいた。
「王よ、危険です!」フィーアが叫んだ。
「大丈夫だ。この程度、私の魔力で抑えられる」
ガゼル王は、呪詛の石に向かって威圧的な獣人の魔力を叩きつけた。ライオンの王としての絶対的な力が呪詛を圧倒し、黒い靄は徐々に収束していった。しかし、呪いの力は強大であり、王の顔にもわずかな疲労の色が浮かんだ。
最終的に、フィーアが遠距離から「浄化の泉」の力を集中させ、呪詛の石そのものを内部から浄化することで、その邪悪な企みは完全に打ち砕かれた。
使者は即刻捕らえられ、ガゼル王は激怒したまま、人類国に対する冷徹な最終通告の準備に取り掛かった。
「フィーア。君を狙う者には、二度と立ち上がれない報いを与える。リシアン。貴様は、私の妻を狙った代償を、国全体で支払うことになるだろう」
ガゼル王は、フィーアを抱き上げ、強く、熱く口づけを交わした。それは、「君は私のものだ」という、独占と愛に満ちた誓いだった。
「私の庇護が、君の全ての不安を消し去る。君は、私を信じ、私の愛に溺れていればいい」
リシアンの邪悪な意図が獣人国に届くのは、そう遅くはなかった。
人間国からの使節団が帰国してわずか数日後、国境警備隊から緊急の報が届いた。人間国の辺境貴族の使者と名乗る者が、「女王への献上品」として一つの美しい木箱を携え、国境を通過しようとしているという。
ガゼル王は、フィーアから受けた警告をすぐに思い出した。
玉座の間で、フィーゼル王はフィーアを傍らに座らせ、謁見の準備を整えていた。彼の黄金の瞳は鋭く光り、部屋の隅に控える側近クロウもまた、翼をぴんと張り詰めていた。
「王よ。その献上品は、おそらくリシアンが送らせたもの。強い呪いの魔力が込められています」
フィーアは囁いた。彼女の心の耳には、使者の心の声――「この箱一つで、獣人国の聖女が倒れる。私は大金持ちだ」という、卑しい期待が響いていた。
ガゼル王はフィーアの言葉を疑わなかった。彼は深く頷き、クロウに命じた。
「クロウ。使者を入れろ。ただし、献上品には絶対に手を触れるな。その箱を、私と女王から十メートル以上離れた場所に置かせろ」
指示通りに玉座の間に入ってきた使者は、一見するとただの小心な人間の商人だったが、その手にある螺鈿細工の箱は、不自然なほどに豪華で美しかった。
「が、ガゼル王様。こちらは、我が国の辺境貴族より、フィーア女王様への友好の証として贈られた、貴重な宝石箱でございます」
使者は緊張で声を震わせながら言った。
ガゼル王は、感情の読めない冷たい視線を箱に向けたまま、静かに命じた。
「開けてみよ」
使者は言われるままに箱の蓋を開けた。中には宝石の類は一切なく、ただ黒曜石のような、濁った光を放つ大きな石が一つ入っているだけだった。
その瞬間、部屋の空気が鉛のように重くなった。
ガゼル王はすぐさま、フィーアをその強靭な腕で抱き寄せ、自らの身体で完全に覆い隠した。
「クロウ!浄化の準備を!」
クロウは素早く動き、王宮の専門の魔術師を呼び寄せた。その間に、箱から立ち上る濁った瘴気が、玉座の間の清浄な空気を侵し始めた。その瘴気は、フィーアがこれまで浄化してきた、単なる魔力汚染とは異質の、悪意に満ちた呪詛の力だった。
「やはり、呪いか」
ガゼル王は低い唸り声を上げた。
フィーアは、ガゼル王の腕の中で、箱から放たれるリシアンの激しい嫉妬と憎悪の残滓を感じ取っていた。
「リシアン…あなたはこの期に及んで、まだ私を排除しようと…」
魔術師が浄化の儀式を始めるが、呪詛の品は強力だった。石の周りに展開された浄化魔法は、瞬時に黒い靄によって侵食されていく。
ガゼル王は、フィーアを離し、鋭い爪を剥き出したまま、その呪詛の石に近づいた。
「王よ、危険です!」フィーアが叫んだ。
「大丈夫だ。この程度、私の魔力で抑えられる」
ガゼル王は、呪詛の石に向かって威圧的な獣人の魔力を叩きつけた。ライオンの王としての絶対的な力が呪詛を圧倒し、黒い靄は徐々に収束していった。しかし、呪いの力は強大であり、王の顔にもわずかな疲労の色が浮かんだ。
最終的に、フィーアが遠距離から「浄化の泉」の力を集中させ、呪詛の石そのものを内部から浄化することで、その邪悪な企みは完全に打ち砕かれた。
使者は即刻捕らえられ、ガゼル王は激怒したまま、人類国に対する冷徹な最終通告の準備に取り掛かった。
「フィーア。君を狙う者には、二度と立ち上がれない報いを与える。リシアン。貴様は、私の妻を狙った代償を、国全体で支払うことになるだろう」
ガゼル王は、フィーアを抱き上げ、強く、熱く口づけを交わした。それは、「君は私のものだ」という、独占と愛に満ちた誓いだった。
「私の庇護が、君の全ての不安を消し去る。君は、私を信じ、私の愛に溺れていればいい」
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