透明から、恋をする

すもも

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03.

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小さな鏡の前で、私は自身の体に服を当てて唸っていた。デートとは言っても擬似、仕事の延長。わざわざこの為に新調する気にもなれずに、こうして持っている服で服を選んでいるわけだけれど、ひとつ服をつまんで…大きくため息をつく。普段家にいる時は中学校時代のジャージ上下、出版社に呼ばれたとしてもトレーナーにゆるパンツ姿で出ていくくらい無頓着なので、服がない。

「ま、まぁ…いいか」

そのなかでもよれ具合がマシなものを引っ張って袖を通した。よくわからない大柄のピンクのロゴが書かれた白いトレーナー、履きやすいゆるっとしたベージュのパンツ。小さな鏡を持ち上げて上から下まで限りある視界で見てみるが、変ではない。

「まぁ…いいか」

手近にあるメイク道具を引き寄せて、メイクをする。外出の時はさすがにしているけれども、自身でもすっぴんとの違いはよく分からない。まあ無いよりはましだろう。メイク時間3分で終えて読みかけの小説を読んでいると、インターフォンの音が聞こえる、時計を見るとそろそろ約束の時間に差し掛かっていた。マカロンクッションから立ち上がって、返事をしながら玄関のドアを開く。

「宅配でーす」

明るい声に、目をぱちくりする。そういえば、ネット注文していたんだった。入れ違いにならなくてよかった。

「あれ?深月先生、お出かけです?」

ネームプレートに林と付けている宅配の青年は、この近辺の担当なのかよく配達してくれる。いつもジャーズ姿で居ることをよく知っている彼は、私の服装の違いにすぐ気づいてくれた。

「そう、デートなの」
「え、デート…ですか?」
「うん」

頷きながら受け取ろうと手を伸ばしたけれど、林君は首を横に振るった。

「いいっすよ、重いので玄関置きます」

彼は玄関に入ると、上り框にダンボールを置いた。

「ありがとう、毎回重いでしょう?」
「鍛えてるんで丁度いいくらいっすよ」

林君は白い歯を見せて笑いながら、筋肉があることを証明するかのように腕を折り曲げて見せた。

「あ、深月先生の本読み終わりましたよ。「月影の約束」」
「月影の約束」は1番新しく刊行された作品で、発行部数は過去最悪の数字2000部、売上販売も少ないもので本屋さんにもあまり置いてくれないという代物。

「嬉しい!ありがとう!」
「お礼なんていいですよ!俺、深月先生の世界好きなんす」
「何回聞いても嬉しすぎる…、林君サイン書くよ」
「あははは。一回もらったので十分す」

林君が私のファンだと知ったのは、初めて宅配してくれてすぐの事。俺の好きな作家先生の名前と同じでびっくりした、と言う彼に思わず自分だと暴露してしまった。いつもくれるファンレターは名無しの一通。それと林君と合わせて、私にはふたりのファンが確実にいる。

「じゃあ、次の配達があるんで失礼します」

林君は朗らかに帽子をあげて戻っていく、その入れ違いに担当の比嘉さんがやって来た、いつものスーツ姿ではなく見慣れない私服姿に少したじろぐ。

「宅配か?」

その言葉に私は頷く。

「うん。でも帰ってから開けるから大丈夫です。待ってて下さい、すぐにカバン持って来ます」


履きなれたスニーカーを履いて外に出れば、柔らかい日差しに冬特有の色彩の薄い空が広がっていた。上着を着て来たものの、ダウンジャケットでも良かったかもしれない。

「何処へ行きます?お昼も近いですし、ファミレスでも行きますか?」

背の高い比嘉さんの隣に並んで見上げると、小さくいや、と首を横に振るった。

「…取り敢えず、服をなんとかしようか」
「…え」

困ったように微笑まれて、体が固まった。…自分の姿を見下ろして、次に比嘉さんを見る。お父さんと、娘のような服装の違いに頬が熱くなる。仕方がないじゃんか、これしか無かったのだもの。

「擬似なのだから、そんなに本気で取り込まなくてもいいんじゃないですか」

対比を直視できなくて視線を逸らす。

「擬似だからだよ。勉強にならなければ意味がない。俺を好きでデートしているとまでは思い込まなくていい、だが、そういうものと体験しておけ」

言われて確かにと唸る。このままファミレスに行って、今後の作品の方向性を語り合っては擬似デートでなくただの小説家と担当編集者になってしまう。

「そ、そっか…、担当さんと呼ぶのも変かな…」
「好きなように」

そう言われても、担当さんをダーリンと呼ぶ気概はない。

「じゃあ、比嘉さんで」
「いいよ、行こうか月子」
「つっ、」

急に名前を呼ばれて顔に熱が集中する、比嘉さんはいつも私が年下であっても「深月先生」と呼ぶ。だから苗字で呼ばれるものかと思っていたのに。顔を真っ赤にして立ち止まってしまった私を、数歩先を進んだ比嘉さんが立ち止まって振り向くと、小さくくつくつ笑った。

「嫌か?」
「ちっ、ちがう、嫌とかじゃなくて、びっくりしただけです」

動揺を悟られるのが嫌で、視線を逸らして思わず口の中でもごもごと喋ってしまう。

「そう?嫌じゃないなら良かった」

そうやって笑う比嘉さんに余裕があって、ちょっと悔しかった。


みんなが背筋を伸ばして歩いていく街中で、どうにも自分が不釣り合いな気がして、小さくなりながら歩く。比嘉さんがいない時には気にしたことのない場所なのに、なんだか空気が違うように感じてしまう。慣れた足取りで比嘉さんはひとつのお店に入ろうとしていて、私は慌てて服の裾を引っ張った。

「ちょっと待って下さい!」
「何かあったか」

静止した私は、少しだけお店から離れて立ち止まると、比嘉さんは後について来て同じように立ち止まった。

「あんっな!ハイブランドのお店!買える程手持ちないです!」
「ああ、そういうこと。気にしなくていい。ひとつ持っておくと今後も役立つだろ」

そう言うと、私の返事も待たずにお店へと入っていってしまい、私は慌てて追いかけた。店内へと足を踏み入れて怖気付く。私が知る洋品店は大量生産、みんな大好きプチプラ商品。買い物カートも置いてあって、洋服だけじゃなくキャラクターグッズも、寝具、クッション、なんならおもちゃだって売ってる。

でもこの店にカートはない、白く明るい店内に、いらっしゃいませと丁寧にお辞儀をするお洒落を詰め込んだモデルのような人。居心地が悪くて思わず比嘉さんの後ろに隠れる。

「本日はどのようなものをお探しですか?」

エレガントな声にひゅっと息を呑む。

「彼女にワンピースを、そのまま着ていくからコートも。派手でなくシンプルなもので頼む」
「分かりました、ではこちらなんて如何でしょう?派手さはありませんが、シンプルの中にも可愛らしいデザインが入っていて、お連れ様には大変お似合いだと思われます」
「そうだな、いいと思う」
「コートはこちらです、カシミヤを使用していますので肌触りも良く、とても暖かいです。これからさらに冷え込むと思いますので、普段のお出かけにも役に立ってくれると思いますよ」

ふたりの会話が右から左へと流れていき、着るのは私なのに勝手に進んでいく。

「試着室はこちらです」

言われてはっとして、頷く。試着室でさえ普段より広い。選んでもらったワンピースを見つめて、可愛いと思うのと同時に値段が見つからなくて戸惑う。どうしよう、ただでさえ最近の収入は少ない。処女作が売れた時のお金を少しずつ切り崩している状況のなか、この出費は痛い。

「着れましたか?」
「今着ます!」

私は急かされるようにワンピースに袖を通した。おっかなびっくり試着室から出てみれば、店員さんがまあと微笑んだ。

「よくお似合いです!お連れ様も満足いただけるのではないでしょうか」

話が振られた比嘉さんは小さくああ、と頷いた。

「よく似合っている。これを一式、あと靴も合うものを選んでくれ」
「勿論です」

店員さんは嬉しそうに微笑んで、私は洋服一式、靴まで揃えられてしまった。初めて履くヒールが少し怖い、ちなみに請求額も怖い。払えないことはないと思うけれど、生活費をさらに切り詰めることになる。転ばないように気を付けながら慣れない靴で会計レジへと向かうと、そこには比嘉さんが居た。

「お会計は、いかほどですか…」
「ふふ、お連れ様から頂いておりますよ」
「えっ、」

店員さんの言葉に比嘉さんを見上げる。

「気にしなくていいと言ったろ。見てくれてありがとうございます、気に入ったよ」

なんてことのないように、私と店員さんに言うと、店の外へと向かう。店員さんは店先まで一緒に来てくれて、ありがとうございました。と丁寧に頭を下げてお見送りまでしてくれた。それに対して思わず頭を下げてから比嘉さんの後ろ姿を追いかけた。

「比嘉さん!こんな高価なものいただけません。おいくらですか?後で払います」
「いいよ、前の服装は月子らしかったけど、俺が気になったんだよ。だから取っておけ」

比嘉さんの言葉にぐっと言葉が詰まる。あの格好をした私の隣で歩きたく無かったという言い分はまかり通ってしまう気もするが、だからと言ってそうですかと受け入れられるものでもない。

「……お昼、私が奢りますよ」

値段とは見合わないかもしれないが、それくらいはさせてほしい。なのに、比嘉さんはくつくつ笑ってる。

「いいよ、デートって言ったろ。まあ、どうしてもっていうなら次の時にでも奢ってよ」
「次って…打ち合わせじゃないですか、ほとんど私の家です。いいお茶請けを用意したとしても、返すの何年もかかるじゃないですか…」

そこまで言ってはっとした。担当さんが付き合ってくれる理由、私がまだ作家でいたいから、作家で居させるために投資をしてくれてるんだ。ひとつ息を吐いて頷く。

「これからも、ずっと作家でいて、借金返せるようにしますね!」
「そういう意味でも無いけどな」

意気込む私に比嘉さんは苦笑してから腕時計を見た。

「少し遅くなったが、昼食にするか。軽く済ませるか?普通に食べれるか?」
「普通に食べれます」

朝ごはんは抜いてしまったから、お腹は空いている。

「分かった」
「はい。近くのファミレスでもマックでもいいですよ」

手持ちを考えるとそれくらいがいい、隣に並んで歩くと比嘉さんとの足のリーチが違くて少し早足にる、それに気付いたのか比嘉さんは足の速度を緩めてくれた。

「それも手頃でいいが、今日はデートだろ。気にせず任せておけ」

………、ここで手持ちが…と言える勇気は無く、ふとショウウィンドウに視線を向けると、ガラス越しに見慣れない自分の姿が映っていて、少しだけ目を見張る。服を変えただけ、それだけなのに自分が少し変わったような不思議な気持ちになる。

「どうした?」
「あ、なんでもないです」

数歩先を行く比嘉さんを追いかけた。
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