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「深月 月子」(みずきつきこ)は、10年前に天才女子高生作家として有名となった作家。彼女の処女作「恋煩い」は「本を読まなくても作品名は知っている」と世間に言わせたほど認知度があったが、現在は低迷しており、近いうちに本が出なくなるのではという噂がある。
「あーーー!もう!誰よ!こんな予言じみたことをネット百科事典に書いた人!!」
私はPC画面の前で、スプリングの利いた背もたれに思い切り凭れて、空を仰ぎながら頭を掻きむしった。出版社に呼び出されてから早3日。ボツにされた原稿を書き直そうとしてみたけれども、どこが悪いのか自分ではさっぱり分からずに途方に暮れている。こうなったらば書物で勉強だと、少女漫画を読んだり、恋愛小説を読んだが「色」がなんなのかさっぱり分からない。
はあとひとつため息をついて、今日届いたばかりの段ボールに視線を向ける。見慣れたロゴが大きく書かれたそのダンボールの中身は、3日前に呼び出しをくらって帰宅した後すぐに購入したものだ。くるんと椅子を回して椅子から降りて、見慣れたダンボール前に座って唸る。あまりこういう知識を入れたくなくて、避けていたジャンル。
「うん。読んだら案外ありかもしれないし…勉強のためだ!ええい、ままよ!」
誰に聞かれるわけでもない独り言をぶつぶつと言いながら、しろくまのダンボールカッターで思い切ってダンボールを開けた。中には厳重に梱包された本が一冊。真っ黒な背表紙に真っ赤な文字で「肉欲の果てに」と書かれている。…初めて買った、官能小説。本自身に何かがついているわけでもあるまいに、私はおっかなびっくりしながら梱包を厳重に切って、床に座ったまま本を広げて一文を呼んだ。
「あれ?意外と普通…?」
文字も読みやすく、ひとり首を傾げてページをめくった。
高かった太陽の光の入り方が変わった頃、ページを進める手がぴたりと止まって、動悸が激しくなった。次のページを捲らずとも雰囲気でわかってしまう、次のシーンは心構えが必要だと。ふうとひとつ息を吐いて、ページをめくった。
身体が固まった、一文、一文を読む度にやかんが沸騰していくように、身体の熱が下から上に上がっていき、限界を感じて本を閉じた。違う、断じて違う!!私が描きたいのはこういうものじゃない、なに?編集も担当も何が言いたいの!!これは確かに「色」ではあるかれども、私の求めているものとは全然違う!!
「どうすればいいって言うの!」
叫びながら床に転がり、手から本が落ちる。
「随分と珍しいものを読んでるな」
上から声が降ってきて、私は悲鳴にならない声を上げて上半身を慌てて上げた。
「たたたたたっ、担当さん!!?いつからそこに!?」
自分が読んでいたものが恥ずかしくなり、慌てて本を段ボールの底に隠そうとしたのに、私の手から離れた本は呆気なく担当さんの手の中に行ってしまった。
「山路吉兆先生の作品か。深月先生には刺激が強くないか?」
言われて顔が爆発してしまいそうなくらい熱くなって、担当さんの手から本を奪い返す。
「好きで選んだんじゃありません!編集長も担当さんも!「色気がない」って言うから勉強しようと思ったんです!!」
タイトルを隠す様に自分の胸元へと引き寄せる。私の慌てようを他所に担当さんはなるほど。と静かに頷いた。
「何かヒントは得たか?」
落ち着いた言葉に首を振るうと、まあそうだろうな。と頷かれて、頬が熱くなる。
「どうせ私は子供っぽいですよ」
「そういうことじゃない」
不貞腐れると担当さんは首を横に振るった。
「じゃあ、どういうことですか!?あれから色々考えたけどよくわからなくて……っ、もう、こうなったら、デリバリー頼むしか……」
「おい馬鹿。暴走するな」
ふらりと立ち上がって、裏表紙にしたまま本をテーブルに置くとスマホを手に取る。
「だって、あても何も無いんです!だったらお金払うしか無いじゃ無いですか!!」
スマホを持つ手が震える、男の人をデリバリーしたことなんてない。何をするのかもよく分かってない、でも手段がない。泣きそうになる私の手に担当さんの手が重なってゆっくりとスマホを下ろさせた。
「わかった。俺が付き合うから、自分の身を粗末に扱おうとするな」
「………、既婚者だからデートは無理って、」
「いいよ。「疑似デート」だし、これも仕事だ」
まるで私とデートするのが嫌みたいな言い方に引っ掛かる。喜ばれるのも微妙だが、これはこれで釈然としない。ちらりと担当さんを見上げる。比嘉 建(ひが たける)さん編集者の中でも仕事のできる人間らしい。担当作家の好みも把握して、それ故に自分に気があるのではと思ってしまう女性作家もいると聞く、見目も整っているし、誘惑も多い人だと思う。そんな担当さんと擬似デート。
「刺されないか心配だな…」
つい頭で考えていることを口に出す。担当さんが固まって、ゆっくりと瞬きをした。
「スマホを手近に置いて、何か気に掛かったらすぐに警察に連絡しろ。間違ってもいい、身を守れ」
なにを言い出すかと思えば真剣な表情で冗談みたいなことを言われた。私の口角はひくり上がって、止めた方が賢明かもしれないと一瞬思ったが、他に方法を知らない私は素直に頷いた。
「あーーー!もう!誰よ!こんな予言じみたことをネット百科事典に書いた人!!」
私はPC画面の前で、スプリングの利いた背もたれに思い切り凭れて、空を仰ぎながら頭を掻きむしった。出版社に呼び出されてから早3日。ボツにされた原稿を書き直そうとしてみたけれども、どこが悪いのか自分ではさっぱり分からずに途方に暮れている。こうなったらば書物で勉強だと、少女漫画を読んだり、恋愛小説を読んだが「色」がなんなのかさっぱり分からない。
はあとひとつため息をついて、今日届いたばかりの段ボールに視線を向ける。見慣れたロゴが大きく書かれたそのダンボールの中身は、3日前に呼び出しをくらって帰宅した後すぐに購入したものだ。くるんと椅子を回して椅子から降りて、見慣れたダンボール前に座って唸る。あまりこういう知識を入れたくなくて、避けていたジャンル。
「うん。読んだら案外ありかもしれないし…勉強のためだ!ええい、ままよ!」
誰に聞かれるわけでもない独り言をぶつぶつと言いながら、しろくまのダンボールカッターで思い切ってダンボールを開けた。中には厳重に梱包された本が一冊。真っ黒な背表紙に真っ赤な文字で「肉欲の果てに」と書かれている。…初めて買った、官能小説。本自身に何かがついているわけでもあるまいに、私はおっかなびっくりしながら梱包を厳重に切って、床に座ったまま本を広げて一文を呼んだ。
「あれ?意外と普通…?」
文字も読みやすく、ひとり首を傾げてページをめくった。
高かった太陽の光の入り方が変わった頃、ページを進める手がぴたりと止まって、動悸が激しくなった。次のページを捲らずとも雰囲気でわかってしまう、次のシーンは心構えが必要だと。ふうとひとつ息を吐いて、ページをめくった。
身体が固まった、一文、一文を読む度にやかんが沸騰していくように、身体の熱が下から上に上がっていき、限界を感じて本を閉じた。違う、断じて違う!!私が描きたいのはこういうものじゃない、なに?編集も担当も何が言いたいの!!これは確かに「色」ではあるかれども、私の求めているものとは全然違う!!
「どうすればいいって言うの!」
叫びながら床に転がり、手から本が落ちる。
「随分と珍しいものを読んでるな」
上から声が降ってきて、私は悲鳴にならない声を上げて上半身を慌てて上げた。
「たたたたたっ、担当さん!!?いつからそこに!?」
自分が読んでいたものが恥ずかしくなり、慌てて本を段ボールの底に隠そうとしたのに、私の手から離れた本は呆気なく担当さんの手の中に行ってしまった。
「山路吉兆先生の作品か。深月先生には刺激が強くないか?」
言われて顔が爆発してしまいそうなくらい熱くなって、担当さんの手から本を奪い返す。
「好きで選んだんじゃありません!編集長も担当さんも!「色気がない」って言うから勉強しようと思ったんです!!」
タイトルを隠す様に自分の胸元へと引き寄せる。私の慌てようを他所に担当さんはなるほど。と静かに頷いた。
「何かヒントは得たか?」
落ち着いた言葉に首を振るうと、まあそうだろうな。と頷かれて、頬が熱くなる。
「どうせ私は子供っぽいですよ」
「そういうことじゃない」
不貞腐れると担当さんは首を横に振るった。
「じゃあ、どういうことですか!?あれから色々考えたけどよくわからなくて……っ、もう、こうなったら、デリバリー頼むしか……」
「おい馬鹿。暴走するな」
ふらりと立ち上がって、裏表紙にしたまま本をテーブルに置くとスマホを手に取る。
「だって、あても何も無いんです!だったらお金払うしか無いじゃ無いですか!!」
スマホを持つ手が震える、男の人をデリバリーしたことなんてない。何をするのかもよく分かってない、でも手段がない。泣きそうになる私の手に担当さんの手が重なってゆっくりとスマホを下ろさせた。
「わかった。俺が付き合うから、自分の身を粗末に扱おうとするな」
「………、既婚者だからデートは無理って、」
「いいよ。「疑似デート」だし、これも仕事だ」
まるで私とデートするのが嫌みたいな言い方に引っ掛かる。喜ばれるのも微妙だが、これはこれで釈然としない。ちらりと担当さんを見上げる。比嘉 建(ひが たける)さん編集者の中でも仕事のできる人間らしい。担当作家の好みも把握して、それ故に自分に気があるのではと思ってしまう女性作家もいると聞く、見目も整っているし、誘惑も多い人だと思う。そんな担当さんと擬似デート。
「刺されないか心配だな…」
つい頭で考えていることを口に出す。担当さんが固まって、ゆっくりと瞬きをした。
「スマホを手近に置いて、何か気に掛かったらすぐに警察に連絡しろ。間違ってもいい、身を守れ」
なにを言い出すかと思えば真剣な表情で冗談みたいなことを言われた。私の口角はひくり上がって、止めた方が賢明かもしれないと一瞬思ったが、他に方法を知らない私は素直に頷いた。
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