透明から、恋をする

すもも

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01.

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※この作品はR15作品です

「君、幾つになったの?」

昼間の明るい太陽の差し込むオフィスで、無造作に印刷した原稿が投げられ、デスクの上にばらけた。ただの紙切れのような扱いに眉を寄せる。

「私の年齢と、今、なんの関係があるんですか?」

編集長の方は見ずに原稿用紙だけをただ見つめる。感情をうまく抑えられなくて思ったよりも棘が混じった。

「はぁ、あるある、大あり。確かに君は女子高生小説家として名を上げた、だけどどうだ?ん?それから何年経ったと思っている。透明感のある作品と言われているが、今でも君は透明すぎる。透明で綺麗だった、で?なに?心にも何も残らないスケスケのスケルトン状態!…だからさー、いい加減「色」を乗せて欲しいんだよ」

私が賞を取った時には透明感が素晴らしいと手放しに褒めていたのに、今ではこれか。とはいえ、実際当時は凄かった。とんとん拍子にドラマ化、映画化、本も飛ぶように売れたし、ファンレターも数多く貰った。でも今では、ファンレターは毎回くれる人がひとりいるだけ。自分でも底辺へと落ちた感覚はある…けれど、私は私の作品を書きたい。

「編集さんの言う「色」って何ですか?艶っぽい話が読みたいなら官能小説の編集でもすればいいじゃないですか」
「それとこれとは違う。キスくらいしたことあるでしょ?もっと書けるでしょ」
「セクハラで訴えますよ」

関係のないプライベートのことまで口に出されて、心が急速に冷える。

「できんの?君に?そうすれば小説家生命はお終いだよ?」

今度は脅迫。けどこの言葉に唇を噛む、前は他社でも声がかかった。けれど今はここの一社しか私を拾ってくれない。

「もっと実体験で経験して感じたものもあるでしょう?君の、なんかペラペラしてるんだよ」
「すべての答えは書物に書かれてます、実体験が必要だとは思いません」

きっぱりと告げると編集長の眉が顰められ、訝し気に私を見上げた。

「えぇ…?君、もしかしてまだ処、」
「編集長、話がずれています」

ここで漸く今まで隣で黙ってやり取りを聞いていた私の担当が、低く声を出した。編集長は自身でも気づいたのか、はぁとひとつため息を吐てオフィスチェアの背もたれに凭れた。

「はあ、ともかくそういう事だから。君もくれぐれも、この”子”の面倒を頼むよ」

「子」の部分にを強調されて、何か言いたくなったが唇を嚙みしめて視線を逸らす。

「一度持ち帰らせます。行くぞ」

もう一度深いため息を吐いて目元をマッサージする彼を思い切り睨めつけていると、担当から、もう一度行くぞと少し強めに言われて、渋々とその後ろ姿を追った。


担当と共に廊下に出て 無言で歩いて行く、エレベータの前に来ると担当がボタンを押して、ゆっくりと数字が上がってくる。黙ったままそれの光を凝視して、ぽんと音と共にエレベーターが開いて2人して乗り込むと、私は叩きつける様に一階ボタンを押した。

「そう言う態度ばかりとっているから子供だと言われるんだ」

2人きりのエレベーターで担当が呆れた様に腕を組んで、壁にもたれた。

「何が悪いのか全然分からないです!登場人物の心理描写でおかしなところは何もなかったのに!」

特に今回は主人公の心の揺れを強く描いていた、自信作だったのに。

「ああ、上手く書けていた」
「ですよね!」

賛同の声に嬉しくなる。厳しいことも言うけれど、この担当さんは長年私に付いてくれているだけあってよくわかってくれている。

「…だけど、男心がまるで書けていない」
「…は?」

途端に梯子を外された気持ちになり、エレベーターが開いたのに私の足は固まった。次に乗り込む人の邪魔にならない様に、担当は私の腕を引いてエレベーターから下ろさせた。

「今回の主人公は珍しく男性だ、彼の揺れ動く感情は上手くかけていた、が。あの感情は女性的。それが彼の性格だと言えばそれまでだが、もっと男らしい感情を入れてもいい、編集長も言っていたが、君の作品には色気がない」

今まで透明感があって綺麗だと言われてきた私の作品、今更色を入れろとか。

「私の作品を潰したいんですか?」
「君ならではの色があるはずだ」

言われて言葉に詰まる。目的がはっきりとした言い分は理解できるけれど、こうも指摘がふんわりしていると途方に暮れてしまう。私はぎりっと奥歯を噛み締める。

「……えっちな描写を入れろって事ですか?」

言っていて恥ずかしくなる、私の小説には圧倒的に性的な接触が少ない。色気がないと言われて仕舞えばそれだろう。

「そういう事じゃない、現実味のある人間を描いて欲しいんだ」

ゆったりとした口調で言われて、さらに混乱する。だって色々な小説や漫画を読んで、人の恋愛に対する機微は学んできた。私はちゃんと人を書いている、サイボーグなどは私の作品からは遠い存在だ。

「実際の人間を観る、と言う事だ」
「担当さんまでキスして来い、とでも言うつもりですか?」

嫌悪感が湧いて、担当さんから一歩引いた。

「そうじゃない…、が、経験は大事だ。擬似でも良い、実際のデートを経験すれば学ぶことも多いだろう」

言われてぐっと言葉に詰まる、高校の時にヒット作を生み出してしまった私はそのまま小説家となり、元々の気質もありほぼ引きこもりの生活を送っている。恋人はおろか、友人もいない。「体験」に付き合ってくれる人もいない。

「……本に全部書いてあります。経験と似た様なものです」

視線を逸らしつつ、頬を膨らませると頭上から小さくため息が聞こえた。

「今までならそれで良かった。…だが、今回は事情が違う。次の本、売れなければ公募からやり直してもらうと編集長が言っていた」
「えっ、…はっ!!?」

信じられない言葉に担当へと視線を向ける。

「書くことしか知らないんだろう?だったら、しがみつけよ」

呆然とする私を他所に、担当は右腕を持ち上げて高そうな腕時計を見る。

「次の作家のところへ行く、深月先生は次の作品のために出来ることをよくよく考えてください」

そう言うと、私に視線もよこさずに黒いコートを翻して出口へと向かう。

「まっ、待って!!」

社員証を機械に翳す担当の後ろ姿に大きな声をかけた。出版社のエントランスホールは広く、やけに反響し何人かの視線がこちらに向いた。けれど私は構わずに続けた。

「だったら、担当さんがデートして下さいよ!」

頼める人なんていない、あてもない。

「悪い、仕事の延長とはいえ既婚者だから無理だ」
「そっ、」

一度振り返ったけれども、担当は左手を上げると薬指の指輪を光らせて行ってしまった。

「………、もしかして、詰み、では?」
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