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「あれから何か掴めたか?」
進捗状況を見にやって来た比嘉さんを前に、体が縮む。全く進んでいない白紙のPC画面にはただカーソルが点滅しているだけ。
「……なにも分からなかったです、」
「そうか」
比嘉さんは言葉少なく答えて、私は視線を下げた。
「……そのまま書くのか?」
「そんなことしません!」
顔を上げて思わず強い口調で返した、でも、自身ではどうすることも出来ずに悔しくて唇を噛む。
「分かった。…支度しろ、少しは時間が取れる」
驚いて比嘉さんに視線を向ける。
「行かないのか?」
「いっ、行きます!すぐ行きます!」
椅子から慌てて立ち上がって、本棚にかけたままになっていたワンピースを手に取って着替えるために別室へと駆け込んだ。
朝の澄んだ空気を吸い込んで白い息を吐く、冬の空気は嫌いじゃないけれど、家との寒暖差も大きくてすごく寒く感じられた。両手をこすり合わせて息を吹きかける。
「比嘉さん寒く無いですか?」
寒空の下で震えひとつない比嘉さんを見上げる。
「ああ、至る所にホッカイロを仕込んでいるからな」
「ふふっ、逆に暑くなりそうですねそれ」
意外な言葉に思わず笑うと、少し目元が柔らかくなったように感じた。
「そうでもないさ。行こうか」
「はい」
比嘉さんの言葉の頷いて、風が吹く渡り廊下を歩き出した。
それほど距離の離れていない、落ち着いた喫茶店に入ると室内の温かさにほっと息を吐いた。コーヒーの良い香りが漂っていて、暖色の灯りが温かく見える。平日の朝の時間は人が少ない。ひとりでノートパソコンを前にしてゆったりとコーヒーを飲んでいる人の姿が見えるくらい。…スーツ姿でもないし、同業者かもしれないけれど、店員さんのお好きな席にどうぞの声でそれ以上考えるのを止めた。
「何頼む?」
「そう、ですね…」
椅子に座ると比嘉さんがメニュー表をこちらに向けてくれた。けれど、コーヒーを普段飲まない私には何がなんだか分からない。もういっそりんごジュースにしてみようかとも思うけれど、身体を冷やしたくはない。
「じゃあこれで、」
左上にあった無難そうなブレンドコーヒーにする、比嘉さんはそうかと頷いて店員さんを呼ぶと、ブレンドコーヒーふたつ注文した。比嘉さんに視線を向ける。いつもの「仕事」の格好をしている、その見慣れた姿に少しだけ落ち着いた気持ちになった。少し待っていると、お待たせしましたと店員がふたつのコーヒーを持って来てくれ、ごゆっくりどうぞと去っていく。比嘉さんは慣れた手つきでそのままコーヒーを口へと運んだ。真似をして少しふうと息を吹きかけてから一口。
「……、苦い」
思わず口を離して呟くと、比嘉さんが小さく笑った。
「無理して合わせなくて良い、ミルクと砂糖、入れておけ」
「うん、」
頷いてミルクと砂糖を入れてスプーンでかき混ぜた。黒い液体がマイルドな色になって渦を巻く。一口飲めば、飲みやすくほっと息を吐く。
「うん。落ち着く味になりました」
「…無理して気負うこともない、月子は等身大でそのままいれば良い」
言われて頬が熱くなるのを感じた、この間の失敗を引きずっていると思われたかもしれない。
「…比嘉さんは、お仕事の時よりも静かですね」
コーヒーに視線を落としてコップのふちを撫でる。
「そうか?……そうかもな」
「そうですよ」
私はひとつ頷いて、コーヒーへと視線を向けて意味もなくカップを回した。けれど、以前よりも何故か気持ちは軽かった。慣れたのか、この静かに時間が流れる空気が心地よいのか、私には分からなかった。
喫茶店を出ると、ふたりして街の喧騒から離れた街路樹を並んで歩く。冬の日差しは薄く、雪はまだ降っていないが少し肌寒い。はあとひとつ息を吐いて白く溶けていく、人はまばらだが犬と散歩をしている人がちらほら居る。…この間よりは心が穏やかだ、けれどそれだけ、ここから何かを得られている気がしない。立ち止まると、私が立ち止まったことに気がついた比嘉さんが、数歩先へと進めていた足を止めて振り返る。
「比嘉さん……、わたし、やっぱり分からないです。こうして付き合ってもらっても「色」がなんだか分からない。…こうしてみても、物語と現実があまりにも違い過ぎます。物語だったら何かが起こりそうな場所でも、何も起きない時間が過ぎていく。…わたし、なにもわからないよ」
悔しくて唇を噛んで下を向く。比嘉さんとのデートは物語の中と全然違う、それは分かった。でもこんなの、物語に落とし込めない。だって何も起こってない。
「そうか、……、だったらそのままの感情を受け取れ。ただ見れば良い」
比嘉さんの言葉に顔を上げ、瞳が揺れる。なにひとつ答えをくれない。なにを見るのかも分からない。数歩の距離を空けたまま視線を逸らす。
「…今日はここまでにしよう」
「……はい」
比嘉さんのことばに私は力なく頷いた。
「途中まで送る」
「………」
比嘉さんの言葉に私は力なく頷いた。ひとつ冷たい風が吹いて心まで入ってくるような気持ちがした。
進捗状況を見にやって来た比嘉さんを前に、体が縮む。全く進んでいない白紙のPC画面にはただカーソルが点滅しているだけ。
「……なにも分からなかったです、」
「そうか」
比嘉さんは言葉少なく答えて、私は視線を下げた。
「……そのまま書くのか?」
「そんなことしません!」
顔を上げて思わず強い口調で返した、でも、自身ではどうすることも出来ずに悔しくて唇を噛む。
「分かった。…支度しろ、少しは時間が取れる」
驚いて比嘉さんに視線を向ける。
「行かないのか?」
「いっ、行きます!すぐ行きます!」
椅子から慌てて立ち上がって、本棚にかけたままになっていたワンピースを手に取って着替えるために別室へと駆け込んだ。
朝の澄んだ空気を吸い込んで白い息を吐く、冬の空気は嫌いじゃないけれど、家との寒暖差も大きくてすごく寒く感じられた。両手をこすり合わせて息を吹きかける。
「比嘉さん寒く無いですか?」
寒空の下で震えひとつない比嘉さんを見上げる。
「ああ、至る所にホッカイロを仕込んでいるからな」
「ふふっ、逆に暑くなりそうですねそれ」
意外な言葉に思わず笑うと、少し目元が柔らかくなったように感じた。
「そうでもないさ。行こうか」
「はい」
比嘉さんの言葉の頷いて、風が吹く渡り廊下を歩き出した。
それほど距離の離れていない、落ち着いた喫茶店に入ると室内の温かさにほっと息を吐いた。コーヒーの良い香りが漂っていて、暖色の灯りが温かく見える。平日の朝の時間は人が少ない。ひとりでノートパソコンを前にしてゆったりとコーヒーを飲んでいる人の姿が見えるくらい。…スーツ姿でもないし、同業者かもしれないけれど、店員さんのお好きな席にどうぞの声でそれ以上考えるのを止めた。
「何頼む?」
「そう、ですね…」
椅子に座ると比嘉さんがメニュー表をこちらに向けてくれた。けれど、コーヒーを普段飲まない私には何がなんだか分からない。もういっそりんごジュースにしてみようかとも思うけれど、身体を冷やしたくはない。
「じゃあこれで、」
左上にあった無難そうなブレンドコーヒーにする、比嘉さんはそうかと頷いて店員さんを呼ぶと、ブレンドコーヒーふたつ注文した。比嘉さんに視線を向ける。いつもの「仕事」の格好をしている、その見慣れた姿に少しだけ落ち着いた気持ちになった。少し待っていると、お待たせしましたと店員がふたつのコーヒーを持って来てくれ、ごゆっくりどうぞと去っていく。比嘉さんは慣れた手つきでそのままコーヒーを口へと運んだ。真似をして少しふうと息を吹きかけてから一口。
「……、苦い」
思わず口を離して呟くと、比嘉さんが小さく笑った。
「無理して合わせなくて良い、ミルクと砂糖、入れておけ」
「うん、」
頷いてミルクと砂糖を入れてスプーンでかき混ぜた。黒い液体がマイルドな色になって渦を巻く。一口飲めば、飲みやすくほっと息を吐く。
「うん。落ち着く味になりました」
「…無理して気負うこともない、月子は等身大でそのままいれば良い」
言われて頬が熱くなるのを感じた、この間の失敗を引きずっていると思われたかもしれない。
「…比嘉さんは、お仕事の時よりも静かですね」
コーヒーに視線を落としてコップのふちを撫でる。
「そうか?……そうかもな」
「そうですよ」
私はひとつ頷いて、コーヒーへと視線を向けて意味もなくカップを回した。けれど、以前よりも何故か気持ちは軽かった。慣れたのか、この静かに時間が流れる空気が心地よいのか、私には分からなかった。
喫茶店を出ると、ふたりして街の喧騒から離れた街路樹を並んで歩く。冬の日差しは薄く、雪はまだ降っていないが少し肌寒い。はあとひとつ息を吐いて白く溶けていく、人はまばらだが犬と散歩をしている人がちらほら居る。…この間よりは心が穏やかだ、けれどそれだけ、ここから何かを得られている気がしない。立ち止まると、私が立ち止まったことに気がついた比嘉さんが、数歩先へと進めていた足を止めて振り返る。
「比嘉さん……、わたし、やっぱり分からないです。こうして付き合ってもらっても「色」がなんだか分からない。…こうしてみても、物語と現実があまりにも違い過ぎます。物語だったら何かが起こりそうな場所でも、何も起きない時間が過ぎていく。…わたし、なにもわからないよ」
悔しくて唇を噛んで下を向く。比嘉さんとのデートは物語の中と全然違う、それは分かった。でもこんなの、物語に落とし込めない。だって何も起こってない。
「そうか、……、だったらそのままの感情を受け取れ。ただ見れば良い」
比嘉さんの言葉に顔を上げ、瞳が揺れる。なにひとつ答えをくれない。なにを見るのかも分からない。数歩の距離を空けたまま視線を逸らす。
「…今日はここまでにしよう」
「……はい」
比嘉さんのことばに私は力なく頷いた。
「途中まで送る」
「………」
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