SE転職。~妹よ。兄さん、しばらく、出張先(異世界)から帰れそうにない~

しばたろう

文字の大きさ
32 / 61

第32章 春のキャンパス

しおりを挟む
春。
私は、無事、兄さんが入院しているこの病院の附属大学、
そして麻衣子さんが勤める医学部に合格することができた。

合格発表の日。
スマホの画面に自分の受験番号を見つけた瞬間、息が止まった。
「……あった。」
それだけしか言えなかった。

葵くんも同じ大学に合格していて、もう、うれしすぎて泣いてしまった。
二人で電話越しに「やったね!」って叫んで、
麻衣子さんに連絡したら、研究室のみんなまで拍手してくれた。

正直、学科試験のときは「もうダメかも」って思ってた。
英語の長文で時間が足りなくなって、物理も途中で焦って頭が真っ白になった。
でも、面接では、兄さんのことを話した。
ICUで眠り続ける兄のこと、そして、私が脳医学を学びたい理由。

自分でも驚くくらい、必死に語っていた。
「医療って、命を支えるだけじゃなくて、“つながり”を守るものだと思います」
そのとき、面接官の先生の目が少し柔らかくなったのを覚えている。
もしかしたら、その熱だけは、伝わったのかもしれない。

四月は、入学式や健康診断、学生証の発行に授業登録
……バタバタしているうちに過ぎてしまった。
気がつけば、もう五月。
まだ大学生活に慣れきれていないけど、
少しずつ、自分のペースが見えてきた。

五月のある日。
ようやく授業にも慣れてきたころ、
クラス分けの一覧表が掲示された。

医学部は、同じ学年でも百人を超える学生がいる。
そのため、一年生の最初にいくつかのクラスに分けられる。
クラスといっても、高校のように担任がいて席順があるわけじゃない。
講義の出席確認やグループワーク、基礎実習で一緒になる仲間たち――
いわば、六年間を共に過ごす「同期の核」みたいな存在だ。

私はCクラスだった。
葵くんも同じクラスで、心の底からほっとした。
初対面の人ばかりなのに、みんな妙に落ち着いていて、
少し緊張しているのが分かった。
でも、誰かが「六年間、一緒に頑張ろうね」と笑って言った瞬間、
空気がふっとやわらいだ。

そのとき気づいた。
――医学部って、きっと“孤独では進めない場所”なんだ。

講義の範囲は広く、覚えることも多い。
一人で抱え込んでいたら、あっという間に置いていかれる。
だからこそ、ノートを共有したり、試験の出題傾向を教え合ったり、
誰かが欠席したらプリントを回す。
そうやって支え合うのが、当たり前になっていく。
クラスのLINEグループが毎日鳴り続けるのも、なんだか温かい。

この「六年間一緒」という仕組みが、自然と連帯感を育てていくのだと思う。
誰かの頑張りが励みになって、誰かの悩みが自分のことのように感じられる。
少し重たいけれど、それがこの道を歩く“覚悟”でもあるのかもしれない。


昼休みの学食は、ざわざわとした声と、味噌汁の湯気で満たされていた。
トレイを持った学生たちが行き交い、
窓際の席では白衣姿の先輩たちが参考書を広げている。

私は、葵くん、
そして、同じクラスの悠生(ゆうき)くん、美琴(みこと)ちゃんの四人で、
カレーうどんの香りが漂うテーブルを囲んでいた。

「それで、お兄さんは、今も入院中なんだよね?」
美琴ちゃんが、少し遠慮がちに尋ねる。

「うん。でも、最近は少し反応がある気がする。
 手を握ると、指がわずかに動くの」

そう言いながら、私はスプーンを持つ手を少し止めた。

「医学的に説明できるかはわからないけど
 ……なんか、意識の奥の方で、生きようとしてる感じがするんだ。」

「……きっと、届いてるんだと思うよ。」

葵くんが静かに言った。

「前に話した“夢の中の内容を読み取る研究”って、
 あれも、意識の扉を少し開ける試みなんだよね。」

彼の言葉に、私と美琴ちゃんが顔を上げた。

「でも、実際のところ、まだ難しいんだ。」

葵くんは、カップを指でなぞりながら続けた。

「脳波やfMRIでの解析にも限界がある。
 『夢』の内容を正確に“翻訳”するには、
 膨大なデータとアルゴリズムが必要だし、
 人間の主観を完全に数値化することは、
 今の技術ではまだ遠い。」

そのとき、悠生くんが箸を置き、少し前のめりになった。
「でもさ、“今は難しい”って言葉、
 歴史の中で何度もひっくり返ってきたんだよ。」

「……出た、悠生の歴史講座。」
美琴ちゃんが笑う。
けれど悠生くんは、真面目な顔のまま静かに語り始めた。

「最初の転換点は“農業”。
 狩りと採集しか知らなかった人間が、
 種をまき、土地を管理するようになって、
 “自然の力”を自分のものにした。

 次が“産業革命”。
 “機械の力”を手に入れて、身体の限界を超えた。

 三つ目は“コンピュータ”。
 “情報の力”を使って、世界をデータで理解しはじめた。

 そして今、四つ目の転換点が来てる。――“AI”だ。」

「AIかぁ。」
葵くんがうなずく。

「人類はずっと、自分の外側にある力を取り込んで進化してきた。
 でもAIは違う。
 それは“知能”という、
 自分たちの内側にあったものを外に作り出した最初の存在なんだ。

 AIの登場で、
 これまで考えられなかった領域に人間が踏み込もうとしている。
 もしかしたら、脳科学だってその波に飲み込まれるかもしれない。
 夢や記憶、意識の構造……。
 今は想像すらできないほどの速度で、解明されていく可能性がある。」

私は、息をのんだ。
彼の言葉が、静かに心の中に響いていく。

「……もしかしたら、兄さんの“意識”も、
 いつか解析できるようになるのかな。」
 つい、そんなことを口にしてしまった。

悠生くんは、少し微笑んで言った。
「うん。
 人類が“夢を読む”日が来たら、
 きっとそれは、君みたいな人の願いから始まるんだと思う。」

美琴ちゃんが「ちょっと、いいこと言うじゃん」と笑って、
空気がまた柔らかくなる。

学食のざわめきの中で、私たちはトレイを片づけながら、
それぞれの胸の奥に、小さな“希望の火”みたいなものを感じていた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない

しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。

神様の忘れ物

mizuno sei
ファンタジー
 仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。  わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。

【改訂版アップ】10日間の異世界旅行~帰れなくなった二人の異世界冒険譚~

ばいむ
ファンタジー
10日間の異世界旅行~帰れなくなった二人の異世界冒険譚~ 大筋は変わっていませんが、内容を見直したバージョンを追加でアップしています。単なる自己満足の書き直しですのでオリジナルを読んでいる人は見直さなくてもよいかと思います。主な変更点は以下の通りです。 話数を半分以下に統合。このため1話辺りの文字数が倍増しています。 説明口調から対話形式を増加。 伏線を考えていたが使用しなかった内容について削除。(龍、人種など) 別視点内容の追加。 剣と魔法の世界であるライハンドリア・・・。魔獣と言われるモンスターがおり、剣と魔法でそれを倒す冒険者と言われる人達がいる世界。 高校の休み時間に突然その世界に行くことになってしまった。この世界での生活は10日間と言われ、混乱しながらも楽しむことにしたが、なぜか戻ることができなかった。 特殊な能力を授かるわけでもなく、生きるための力をつけるには自ら鍛錬しなければならなかった。魔獣を狩り、いろいろな遺跡を訪ね、いろいろな人と出会った。何度か死にそうになったこともあったが、多くの人に助けられながらも少しずつ成長し、なんとか生き抜いた。 冒険をともにするのは同じく異世界に転移してきた女性・ジェニファー。彼女と出会い、ともに生き抜き、そして別れることとなった。 2021/06/27 無事に完結しました。 2021/09/10 後日談の追加を開始 2022/02/18 後日談完結しました。 2025/03/23 自己満足の改訂版をアップしました。

オバちゃんだからこそ ~45歳の異世界珍道中~

鉄 主水
ファンタジー
子育ても一段落した40過ぎの訳あり主婦、里子。 そんなオバちゃん主人公が、突然……異世界へ――。 そこで里子を待ち構えていたのは……今まで見たことのない奇抜な珍獣であった。  「何がどうして、なぜこうなった! でも……せっかくの異世界だ! 思いっ切り楽しんじゃうぞ!」 オバちゃんパワーとオタクパワーを武器に、オバちゃんは我が道を行く! ラブはないけど……笑いあり、涙ありの異世界ドタバタ珍道中。 いざ……はじまり、はじまり……。 ※この作品は、エブリスタ様、小説家になろう様でも投稿しています。

『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?

釈 余白(しやく)
ファンタジー
 毒親の父が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い、残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。  その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。  最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。 連載時、HOT 1位ありがとうございました! その他、多数投稿しています。 こちらもよろしくお願いします! https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394

スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

異世界召喚された俺の料理が美味すぎて魔王軍が侵略やめた件

さかーん
ファンタジー
魔王様、世界征服より晩ご飯ですよ! 食品メーカー勤務の平凡な社会人・橘陽人(たちばな はると)は、ある日突然異世界に召喚されてしまった。剣も魔法もない陽人が頼れるのは唯一の特技――料理の腕だけ。 侵略の真っ最中だった魔王ゼファーとその部下たちに、試しに料理を振る舞ったところ、まさかの大絶賛。 「なにこれ美味い!」「もう戦争どころじゃない!」 気づけば魔王軍は侵略作戦を完全放棄。陽人の料理に夢中になり、次々と餌付けされてしまった。 いつの間にか『魔王専属料理人』として雇われてしまった陽人は、料理の腕一本で人間世界と魔族の架け橋となってしまう――。 料理と異世界が織りなす、ほのぼのグルメ・ファンタジー開幕!

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

処理中です...