影武者の天下盗り

井上シオ

文字の大きさ
44 / 99
第7章:天下の仮面

第44話:信長中毒

しおりを挟む
「信長様ぁああああ!」

 民衆の歓声が揺れる。戦勝の報せが届いた朝、安土城の門前は祝祭の熱気に包まれていた。
 十兵衛――影武者である彼の名は、いまや“信長”として国中を駆けていた。

 「殿、今日もまた三度目の勝鯉(しょうり)の舞でございます。民が、殿を“神”のごとく……」

 蘭丸の言葉に、十兵衛は笑って応える。

 「……神だと? ならば俺は“神”になろう。“信長”を超えた信長に」

 鏡に映る自分を見つめる。
 その眼差しには、もはや“十兵衛”の色はない。

 衣の裾を払う仕草、馬上の背筋、家臣たちへの目配せ。
 全てが“信長”であり、だが本物ではない。
 いや、**本物よりも“本物らしい”**と、誰もが信じ始めていた。

 ――“演じているうちに、それが自分になる”。
 芝居人がよく陥る、境界の溶解。

 夜、濃姫が寝所に現れる。

 「また夢を見ていたのね。“お前は誰だ”と問われる夢を」

 十兵衛は頷いた。

 「最近は……“十兵衛”としての記憶が薄れていく。昔、鍬を持っていたはずの手に、刃の感触しか残らん」

 「怖い?」

 「……怖くない。むしろ心地良い。誰よりも信長を演じてきた俺が、“信長”になるのは当然だ」

 濃姫はそっと手を握る。

 「ならば私は、あなたの“唯一の証人”でいる。あなたが“信長だった”と語れる者として」

 その夜、十兵衛は初めて「俺は信長だ」と寝言で呟いた。

 ──

 一方、羽柴秀吉は、異様な違和感を覚えていた。

 「……殿が、殿ではない。だが、誰よりも“殿らしい”のは確かだ」

 近江の軍司・黒田官兵衛が静かに囁く。

 「それが“影の麻薬”です。“偽物”のくせに、“本物”以上の快楽がある。
 本物には戻れない。……あの男はもう、“信長中毒”なのですよ」

 影が光になった時、それはもはや誰にも止められぬものとなる。

 “信長の形をした、別の怪物”が、生まれようとしていた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

不屈の葵

ヌマサン
歴史・時代
戦国乱世、不屈の魂が未来を掴む! これは三河の弱小国主から天下人へ、不屈の精神で戦国を駆け抜けた男の壮大な物語。 幾多の戦乱を生き抜き、不屈の精神で三河の弱小国衆から天下統一を成し遂げた男、徳川家康。 本作は家康の幼少期から晩年までを壮大なスケールで描き、戦国時代の激動と一人の男の成長物語を鮮やかに描く。 家康の苦悩、決断、そして成功と失敗。様々な人間ドラマを通して、人生とは何かを問いかける。 今川義元、織田信長、羽柴秀吉、武田信玄――家康の波乱万丈な人生を彩る個性豊かな名将たちも続々と登場。 家康との関わりを通して、彼らの生き様も鮮やかに描かれる。 笑いあり、涙ありの壮大なスケールで描く、単なる英雄譚ではなく、一人の人間として苦悩し、成長していく家康の姿を描いた壮大な歴史小説。 戦国時代の風雲児たちの活躍、人間ドラマ、そして家康の不屈の精神が、読者を戦国時代に誘う。 愛、友情、そして裏切り…戦国時代に渦巻く人間ドラマにも要注目! 歴史ファン必読の感動と興奮が止まらない歴史小説『不屈の葵』 ぜひ、手に取って、戦国時代の熱き息吹を感じてください!

もし石田三成が島津義弘の意見に耳を傾けていたら

俣彦
歴史・時代
慶長5年9月14日。 赤坂に到着した徳川家康を狙うべく夜襲を提案する宇喜多秀家と島津義弘。 史実では、これを退けた石田三成でありましたが……。 もしここで彼らの意見に耳を傾けていたら……。

対米戦、準備せよ!

湖灯
歴史・時代
大本営から特命を受けてサイパン島に視察に訪れた柏原総一郎大尉は、絶体絶命の危機に過去に移動する。 そして21世紀からタイムリーㇷ゚して過去の世界にやって来た、柳生義正と結城薫出会う。 3人は協力して悲惨な負け方をした太平洋戦争に勝つために様々な施策を試みる。 小説家になろうで、先行配信中!

対ソ戦、準備せよ!

湖灯
歴史・時代
1940年、遂に欧州で第二次世界大戦がはじまります。 前作『対米戦、準備せよ!』で、中国での戦いを避けることができ、米国とも良好な経済関係を築くことに成功した日本にもやがて暗い影が押し寄せてきます。 未来の日本から来たという柳生、結城の2人によって1944年のサイパン戦後から1934年の日本に戻った大本営の特例を受けた柏原少佐は再びこの日本の危機を回避させることができるのでしょうか!? 小説家になろうでは、前作『対米戦、準備せよ!』のタイトルのまま先行配信中です!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ビキニに恋した男

廣瀬純七
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

処理中です...