影武者の天下盗り

井上シオ

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第10章:虚構の終焉

第75話:遺言の重さ

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 老いた家臣・柴田勝家が、病に伏していた。

 「殿……いや、十兵衛どの。そろそろ“あのこと”を話しておかねばなるまい」


 病床に呼ばれた十兵衛は、勝家の顔を見て静かに頷く。
 幾度となく生死を共にした男の目に、もはや迷いはなかった。
 

 「本能寺の前夜――信長様は、ある文をわしに託した。
 『もしものとき、我が“影”が生き残っていたら――これを渡せ』と」
 

 勝家は、枕元の小箱を指差した。
 中には、密封された古びた巻物があった。
 

 「封を切るがよい。そなたこそが、それを読む資格を得た男じゃ」
 

 十兵衛は、震える手で巻物を開いた。

 そこには、信長の筆致でこう書かれていた。
 

 余が死した後、影が余となるならば、それもまた道。
 余の覇道を継ぐ者が血か心かは、天に決めさせよう。
 ただし――影が己を偽り、真を欺くならば、その時は我が影を滅せよ。
 余が真に望むのは、信じた者に託された未来なり。
 

 ――十兵衛は、目を閉じた。

 それは、「お前が俺になってもよい」という許しであり、
 「それでも偽るな」という刃でもあった。
 

 「……なぜ、今まで黙っていた?」
 

 「おぬしが“信長”になる覚悟を持つまで……待っていた。
 そして今、わしは確かに見たのじゃ。――信長様より、信長らしい“おぬし”をな」

 
 勝家の手が、十兵衛の手を握る。

 「そろそろ、我らは消えねばならぬ。おぬしの新しい天下に、老いぼれの居場所はない」
 

 「勝家殿……」
 

 「ゆけ。信じられた未来のために、信じた名を貫け」
 

 その夜、勝家は静かに息を引き取った。
 

 十兵衛は、巻物を燃やした。

 偽物として始まった己の人生が、誰かの“信じた真実”になった今――
 もはや、真贋に意味はない。
 

 “信じられたものこそが歴史となる”。

 その遺言が、影武者の心に、確かな火を灯した。
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