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離婚すべきか、せざるべきか
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「庭に孔雀がいるのをみるとリオの領地にきたなとしみじみする」
アーロンが窓際で外の景色をたのしんでいた。
叔父のダニエルが子供の頃に、暑い国からきた商人に土産として孔雀を贈られた。生息地と気候がちがうので繁殖するのか心配されたが、無事に生き延び庭園のいたるところに出没している。
孔雀は羽を広げていなくても大きな鳥なので目につきやすい。領地の庭園のはずれにある旧本邸の小さな芝生部分を好みよく出没する。そのおかげで屋敷から孔雀を目にすることは多かった。
週末、王都から領地の庭園にある旧本邸へやってきた。旧本邸はリオがうまれる前におこった戦争時に軍に接収され軍施設にされた。そのため本邸は現在叔父のダニエルが住む場所にうつされた。
戦後、軍から返還されたが、庭も含めて荒れた状態で、戦後しばらくは人も物資も足りないことから最低限の管理だけをし放置されていた。
それを十二年前、ダニエルが庭園へとつくりかえることにし復活させた。そして旧本邸の屋敷はリオに与えられた。
リオの王都の屋敷に滞在しているアーロンだけでなく、友人のサイモンも加わったことから、リオとサイモンは狩猟をたのしみ、アーロンは町へ散策にでかけてとそれぞれ好きにすごした。
「貴様の国に孔雀はいるか?」
サイモンがアーロンにきく。
「動物園にはいるが、個人宅で飼っているのはみたことがない。どこぞの金持ちが飼っていてもおかしくはなさそうだが」
アーロンの答えを聞いているのか、聞いていないのかよく分からない表情をサイモンはみせた。
「そういえば離婚の話は進んだのか、リオ? そろそろ本家とヘザーの実家の契約もまとまる頃だろう」
サイモンに聞かれリオは言葉につまる。
「実はヘザーから離婚するのはやめようといわれた」
アーロンとサイモンが「ええ?」大声をだしながら、リオに頭だけでなく体ごとリオに向き直り視線をむけている。
「ジョセフの離婚が難航しているらしく、二人でジョセフの母国に移住する計画が実行できないかもしれないらしい。だから離婚するのをやめたいといってきた」
アーロンとサイモンが「ありえん!」同時に声をあげた。
「あの女、どこまで君をこけにするつもりだ。これまでも散々好き勝手してきたが、最後の最後でこれか。
私の友をこれほど馬鹿にしたことをするなら徹底的につぶしてやる。君が止めても無駄だ!」
激昂するサイモンをアーロンがのんびりした口調で
「貴族は権力を正しく使わないと。感情的に権力を使っちゃならんだろう」
となだめる。
「さすがにこれはないな、リオ。お前が彼女のいうことを聞く必要はまったくない。この国の法律にくわしくないが何かしら手はあるだろう、サイモン?」
アーロンの言葉にサイモンが大きくうなずく。
「貴様と意見が一致することなどほぼないが、このことに関しては完全に意見一致だ。リオ、何がなんでも離婚しろ。我が家の顧問弁護士にすぐ連絡をとる」
その言葉どおりサイモンは立ち上がると自身の従僕をさがしに部屋をでた。
「離婚すべきなのか?」
リオの言葉にアーロンが信じられないことを聞いたという表情をし、
「これほど人を食ったことをされても、もしかして離婚しなくてもよいと思っていたのか?」
呆れた声でいわれる。
リオは面倒くさがり屋だ。離婚はヘザーから望まれただけで、リオは離婚するつもりはまったくなかった。
お互い政略結婚の相手としてうまく距離をとり、子をなしてからヘザーが浮名をながすのを貴族として当然のことと黙認する。貴族としてごく普通の家の保ち方だ。
戻ってきたサイモンにアーロンが、リオが離婚しなくてもよいと考えていることをつげ、サイモンがリオにつかみかからんばかりの勢いでリオに近づいた。
「目を覚ませ、リオ! 君はもしかしてヘザーのことを愛しているのか? だから別れたくないのか?」
サイモンがリオに鋭い視線をおくる。
「いや、ヘザーのことは人として好意は持っているが、女性として好意をもったことはない」
サイモンとアーロンの安堵のため息がもれた。
「だったらなぜ離婚しない?」
「面倒くさいだろう。いまのままで不満はない。ヘザーに愛人がいるのはまったく問題ではないし、愛人がいるからといって離婚する貴族などいない。
離婚のためにヘザーだけでなく叔父や義父、弁護士と話し合いをしなくてはならないし、財産や子供の養育について婚姻時の契約を読み直したりと面倒だ。
ヘザーが完全に男爵家の妻としての義務を放棄しても、これまでと状況は変わらない。現状維持した方が私にとっては面倒がなくて楽だ」
サイモンの呆れた顔とアーロンの納得した顔がならんでいる。
「そういえば、そもそもなぜヘザーは離婚したいといったんだ? これまでも愛人と好き勝手やってたんだろう。なぜ今回は離婚したいとなったんだ?」
アーロンにきかれリオはため息をついた。
「ノルン国からの滞在許可をえるためだ」
アーロンは納得したが、サイモンは何のはなしかまったく分かっていないようだった。
他国で生活するにはその国から滞在許可が必要だ。
ノルン国の首都は音楽の都とよばれ、ノルン国内の音楽家だけでなく大陸中の音楽家が集まる場所だ。
そのため音楽家に対しノルン国は滞在許可を簡単にだしてきたが、それを悪用する自称音楽家や密偵、犯罪者がふえ事件をおこした。
そのためノルン国は十年前から滞在許可を簡単にださなくなった。ヘザーのように音楽家として実績がある人間であっても、ノルン国に身元が確かな受け入れ先がなければ滞在許可をださない。
ヘザーは以前、ノルン国に長期滞在して活動しようと計画していたが、ノルン国の国内紛争で外国人の入国が禁止され頓挫していた。
滞在許可を得るのが難しいノルン国だが、簡単に得ることができる方法として婚姻があった。ノルン国人と結婚すれば滞在許可がえられた。
そのためヘザーはリオと離婚したあと、ノルン国出身のジョセフと結婚しノルン国へ移住するつもりだった。
そのことをサイモンに説明すると「これまで他国に行くときは執事がすべて取り仕切っていたから知らなかった」とつぶやき、アーロンがすかさず「これだからお偉い侯爵様は」と茶々をいれサイモンに睨まれていた。
「ヘザーが離婚したい理由は分かったが、なぜ離婚をやめると言いだした? ジョセフの離婚が難航していてもそのうち決着はつくだろう。もしかしてヘザーとジョセフは別れたのか?」
アーロンの問いにリオはうんざりした顔をする。
「別れてはいないようだ。ジョセフ側の離婚が揉めに揉めてジョセフの妻が意固地になっているらしい。それでジョセフが弱気になってきているそうだ。だからヘザーがノルン国へいけないかもとあわてて私に話しにきた」
サイモンがうつむき肩を小刻みにふるわせている。大爆発しそうだとリオはかまえる。
「じゃあ、ジョセフの離婚を成立させればヘザーはお前と離婚するということだな。
おい、サイモン、お前の権力を使ってジョセフの離婚を成立させろ」
サイモンがあんぐりと口をあけた。
「貴様、よくよく死にたいようだな。貴様はまだ分かっていないようだが、我がクラーク侯爵家は王家につぐ名門で格が高い。貴様がこの国の平民なら、一生私と話しもできなければ会うことも不可能だ。
その私に向かって命令するとは。野蛮な国の者はこれだから嫌われるのだ」
サイモンは不機嫌そうにしているが、実際には怒ってもいないだろう。サイモンはアーロンが人の身分に頓着せず無礼なことを知っている。
アーロンは大学でポバーグ国の王配の体に触れた無礼者として伝説になっている。
その当時ポバーグの王配は、まだこの国の第三王子で、リオ達が卒業したモーガン大学の同期生だった。
アーロンが第三王子の着ているジャケットの刺繍が素晴らしいと刺繍に触れ、即座に護衛に捕縛された。
平等をうたう大学内でのことであったことと、アーロンが貴族制度のないディアス国出身で王族に対する礼儀をまったく知らないことが考慮され大事にはならなかった。
アーロンは学長から注意をうけただけでなく、ディアス大使館によびだされ大使からも直接注意をうけたという。
「ははっ。この国に生まれなくてよかったよ。サイモンならジョセフの婚家にゆさぶりをかけられるだろう? リオのために存分に権力を使ってやれよ。
でもさあ、それってジョセフの言い訳で、本当は妻と別れるつもりはないという線はないのか? ヘザーとは遊びで本気になられて困っているとしたらまずいよなあ」
その言葉をききサイモンがにやりと笑った。
「その場合は貴様がヘザーを口説いてろうらくしディアス国へ連れて行け」
アーロンが「はあ?」いやそうな声をだす。
「ヘザーを他国へ移住させるように仕向ければ、ヘザーはリオと離婚する。ヘザーをこの国から追い出すのに貴様と結婚させれば話がはやい」
アーロンが犬を追い払うかのように手をふっている。
「ヘザーはディアス国に興味はない。一度演奏会をしにこないかと聞いてみたが鼻であしらわれた。
そもそも俺はヘザーの好みではないからろうらくのろの字もなくおわるだけだ」
それを聞きサイモンがアーロンの背の低さと身分の低さをからかった。
アーロンがいうようにヘザーは背が高く体格のよい男が好みだった。これまで噂のあった男達は高身長で体格のよい男達ばかりだ。
サイモンとアーロンがジョセフについて状況の把握と、ジョセフが離婚する気がなくとも離婚させるための計画を立てているのを聞きながら、リオは自分の周りはどうしてリオに面倒くさいことをさせるのかと心の中でため息をつく。
義務として結婚したが、もし結婚しなくてもよいなら一生結婚しなかっただろう。領地経営と植物の研究で日々忙しい。サイモンやアーロンのように親しく付き合う友との時間があればそれで十分だった。
もし大学時代に恋人だったクレアと結婚していれば状況は違っていたかもしれない。
大学の時に初めて恋におち、リオは積極的にクレアと一緒にいられるよう画策し恋人になった。
クレアと一緒にいるのは楽しかった。クレアとすごすと話が途切れることなく時間がすぎるのがはやかった。リオが考えたこともない場所へいきたいといい、積極的にいろいろなことをしたがった。
リオはクレアとの結婚を考えていたが叶わなかった。リオはクレアにとって身代わりでしかなかったからだ。
ポバーグ国へ留学した男のことが好きだったクレアは、その男と似ていたリオと、男が留学している間だけ付き合うつもりだった。その男が留学をおえ戻ってきたのでリオは捨てられた。
リオはそれ以来、もう人を好きになるのはやめようと決心した。クレアを好きだという気持ちは行き場をなくし、リオの心の中で暴れた。そしてたくさんの傷をつくった。
行き場をうしなった想いは、心の奥底に押しこんでも、解放しても消えなかった。その捨てきれない想いは、油断をするとリオの心をその想いでいっぱいにしリオを苦しめた。
好きな人から想いをかえされなかった。それはリオの心に大きな傷をつくった。
もう二度とあのような痛みを感じたくなかった。
「よし、リオ。方針は決まった。まかせておけ」
サイモンが満面の笑みをうかべている。サイモンはせっかちだ。この後すぐにジョセフのことを調べ上げ、確実に、それも最短で離婚できるようにするはずだ。
リオは自分のことを大切に思ってくれるサイモンの気持ちは嬉しいが、なぜこのような面倒くさいことをしてくれるのだとしか思えずおざなりな返事しかできなかった。
しかしサイモンは意気揚々としているので気付いていない。
「侯爵様のお手並み拝見だな」
「貴様がこの国の平民でないことを幸運に思え。手打ちにしてやりたい」
サイモンがアーロンをにらんだ。
アーロンが窓際で外の景色をたのしんでいた。
叔父のダニエルが子供の頃に、暑い国からきた商人に土産として孔雀を贈られた。生息地と気候がちがうので繁殖するのか心配されたが、無事に生き延び庭園のいたるところに出没している。
孔雀は羽を広げていなくても大きな鳥なので目につきやすい。領地の庭園のはずれにある旧本邸の小さな芝生部分を好みよく出没する。そのおかげで屋敷から孔雀を目にすることは多かった。
週末、王都から領地の庭園にある旧本邸へやってきた。旧本邸はリオがうまれる前におこった戦争時に軍に接収され軍施設にされた。そのため本邸は現在叔父のダニエルが住む場所にうつされた。
戦後、軍から返還されたが、庭も含めて荒れた状態で、戦後しばらくは人も物資も足りないことから最低限の管理だけをし放置されていた。
それを十二年前、ダニエルが庭園へとつくりかえることにし復活させた。そして旧本邸の屋敷はリオに与えられた。
リオの王都の屋敷に滞在しているアーロンだけでなく、友人のサイモンも加わったことから、リオとサイモンは狩猟をたのしみ、アーロンは町へ散策にでかけてとそれぞれ好きにすごした。
「貴様の国に孔雀はいるか?」
サイモンがアーロンにきく。
「動物園にはいるが、個人宅で飼っているのはみたことがない。どこぞの金持ちが飼っていてもおかしくはなさそうだが」
アーロンの答えを聞いているのか、聞いていないのかよく分からない表情をサイモンはみせた。
「そういえば離婚の話は進んだのか、リオ? そろそろ本家とヘザーの実家の契約もまとまる頃だろう」
サイモンに聞かれリオは言葉につまる。
「実はヘザーから離婚するのはやめようといわれた」
アーロンとサイモンが「ええ?」大声をだしながら、リオに頭だけでなく体ごとリオに向き直り視線をむけている。
「ジョセフの離婚が難航しているらしく、二人でジョセフの母国に移住する計画が実行できないかもしれないらしい。だから離婚するのをやめたいといってきた」
アーロンとサイモンが「ありえん!」同時に声をあげた。
「あの女、どこまで君をこけにするつもりだ。これまでも散々好き勝手してきたが、最後の最後でこれか。
私の友をこれほど馬鹿にしたことをするなら徹底的につぶしてやる。君が止めても無駄だ!」
激昂するサイモンをアーロンがのんびりした口調で
「貴族は権力を正しく使わないと。感情的に権力を使っちゃならんだろう」
となだめる。
「さすがにこれはないな、リオ。お前が彼女のいうことを聞く必要はまったくない。この国の法律にくわしくないが何かしら手はあるだろう、サイモン?」
アーロンの言葉にサイモンが大きくうなずく。
「貴様と意見が一致することなどほぼないが、このことに関しては完全に意見一致だ。リオ、何がなんでも離婚しろ。我が家の顧問弁護士にすぐ連絡をとる」
その言葉どおりサイモンは立ち上がると自身の従僕をさがしに部屋をでた。
「離婚すべきなのか?」
リオの言葉にアーロンが信じられないことを聞いたという表情をし、
「これほど人を食ったことをされても、もしかして離婚しなくてもよいと思っていたのか?」
呆れた声でいわれる。
リオは面倒くさがり屋だ。離婚はヘザーから望まれただけで、リオは離婚するつもりはまったくなかった。
お互い政略結婚の相手としてうまく距離をとり、子をなしてからヘザーが浮名をながすのを貴族として当然のことと黙認する。貴族としてごく普通の家の保ち方だ。
戻ってきたサイモンにアーロンが、リオが離婚しなくてもよいと考えていることをつげ、サイモンがリオにつかみかからんばかりの勢いでリオに近づいた。
「目を覚ませ、リオ! 君はもしかしてヘザーのことを愛しているのか? だから別れたくないのか?」
サイモンがリオに鋭い視線をおくる。
「いや、ヘザーのことは人として好意は持っているが、女性として好意をもったことはない」
サイモンとアーロンの安堵のため息がもれた。
「だったらなぜ離婚しない?」
「面倒くさいだろう。いまのままで不満はない。ヘザーに愛人がいるのはまったく問題ではないし、愛人がいるからといって離婚する貴族などいない。
離婚のためにヘザーだけでなく叔父や義父、弁護士と話し合いをしなくてはならないし、財産や子供の養育について婚姻時の契約を読み直したりと面倒だ。
ヘザーが完全に男爵家の妻としての義務を放棄しても、これまでと状況は変わらない。現状維持した方が私にとっては面倒がなくて楽だ」
サイモンの呆れた顔とアーロンの納得した顔がならんでいる。
「そういえば、そもそもなぜヘザーは離婚したいといったんだ? これまでも愛人と好き勝手やってたんだろう。なぜ今回は離婚したいとなったんだ?」
アーロンにきかれリオはため息をついた。
「ノルン国からの滞在許可をえるためだ」
アーロンは納得したが、サイモンは何のはなしかまったく分かっていないようだった。
他国で生活するにはその国から滞在許可が必要だ。
ノルン国の首都は音楽の都とよばれ、ノルン国内の音楽家だけでなく大陸中の音楽家が集まる場所だ。
そのため音楽家に対しノルン国は滞在許可を簡単にだしてきたが、それを悪用する自称音楽家や密偵、犯罪者がふえ事件をおこした。
そのためノルン国は十年前から滞在許可を簡単にださなくなった。ヘザーのように音楽家として実績がある人間であっても、ノルン国に身元が確かな受け入れ先がなければ滞在許可をださない。
ヘザーは以前、ノルン国に長期滞在して活動しようと計画していたが、ノルン国の国内紛争で外国人の入国が禁止され頓挫していた。
滞在許可を得るのが難しいノルン国だが、簡単に得ることができる方法として婚姻があった。ノルン国人と結婚すれば滞在許可がえられた。
そのためヘザーはリオと離婚したあと、ノルン国出身のジョセフと結婚しノルン国へ移住するつもりだった。
そのことをサイモンに説明すると「これまで他国に行くときは執事がすべて取り仕切っていたから知らなかった」とつぶやき、アーロンがすかさず「これだからお偉い侯爵様は」と茶々をいれサイモンに睨まれていた。
「ヘザーが離婚したい理由は分かったが、なぜ離婚をやめると言いだした? ジョセフの離婚が難航していてもそのうち決着はつくだろう。もしかしてヘザーとジョセフは別れたのか?」
アーロンの問いにリオはうんざりした顔をする。
「別れてはいないようだ。ジョセフ側の離婚が揉めに揉めてジョセフの妻が意固地になっているらしい。それでジョセフが弱気になってきているそうだ。だからヘザーがノルン国へいけないかもとあわてて私に話しにきた」
サイモンがうつむき肩を小刻みにふるわせている。大爆発しそうだとリオはかまえる。
「じゃあ、ジョセフの離婚を成立させればヘザーはお前と離婚するということだな。
おい、サイモン、お前の権力を使ってジョセフの離婚を成立させろ」
サイモンがあんぐりと口をあけた。
「貴様、よくよく死にたいようだな。貴様はまだ分かっていないようだが、我がクラーク侯爵家は王家につぐ名門で格が高い。貴様がこの国の平民なら、一生私と話しもできなければ会うことも不可能だ。
その私に向かって命令するとは。野蛮な国の者はこれだから嫌われるのだ」
サイモンは不機嫌そうにしているが、実際には怒ってもいないだろう。サイモンはアーロンが人の身分に頓着せず無礼なことを知っている。
アーロンは大学でポバーグ国の王配の体に触れた無礼者として伝説になっている。
その当時ポバーグの王配は、まだこの国の第三王子で、リオ達が卒業したモーガン大学の同期生だった。
アーロンが第三王子の着ているジャケットの刺繍が素晴らしいと刺繍に触れ、即座に護衛に捕縛された。
平等をうたう大学内でのことであったことと、アーロンが貴族制度のないディアス国出身で王族に対する礼儀をまったく知らないことが考慮され大事にはならなかった。
アーロンは学長から注意をうけただけでなく、ディアス大使館によびだされ大使からも直接注意をうけたという。
「ははっ。この国に生まれなくてよかったよ。サイモンならジョセフの婚家にゆさぶりをかけられるだろう? リオのために存分に権力を使ってやれよ。
でもさあ、それってジョセフの言い訳で、本当は妻と別れるつもりはないという線はないのか? ヘザーとは遊びで本気になられて困っているとしたらまずいよなあ」
その言葉をききサイモンがにやりと笑った。
「その場合は貴様がヘザーを口説いてろうらくしディアス国へ連れて行け」
アーロンが「はあ?」いやそうな声をだす。
「ヘザーを他国へ移住させるように仕向ければ、ヘザーはリオと離婚する。ヘザーをこの国から追い出すのに貴様と結婚させれば話がはやい」
アーロンが犬を追い払うかのように手をふっている。
「ヘザーはディアス国に興味はない。一度演奏会をしにこないかと聞いてみたが鼻であしらわれた。
そもそも俺はヘザーの好みではないからろうらくのろの字もなくおわるだけだ」
それを聞きサイモンがアーロンの背の低さと身分の低さをからかった。
アーロンがいうようにヘザーは背が高く体格のよい男が好みだった。これまで噂のあった男達は高身長で体格のよい男達ばかりだ。
サイモンとアーロンがジョセフについて状況の把握と、ジョセフが離婚する気がなくとも離婚させるための計画を立てているのを聞きながら、リオは自分の周りはどうしてリオに面倒くさいことをさせるのかと心の中でため息をつく。
義務として結婚したが、もし結婚しなくてもよいなら一生結婚しなかっただろう。領地経営と植物の研究で日々忙しい。サイモンやアーロンのように親しく付き合う友との時間があればそれで十分だった。
もし大学時代に恋人だったクレアと結婚していれば状況は違っていたかもしれない。
大学の時に初めて恋におち、リオは積極的にクレアと一緒にいられるよう画策し恋人になった。
クレアと一緒にいるのは楽しかった。クレアとすごすと話が途切れることなく時間がすぎるのがはやかった。リオが考えたこともない場所へいきたいといい、積極的にいろいろなことをしたがった。
リオはクレアとの結婚を考えていたが叶わなかった。リオはクレアにとって身代わりでしかなかったからだ。
ポバーグ国へ留学した男のことが好きだったクレアは、その男と似ていたリオと、男が留学している間だけ付き合うつもりだった。その男が留学をおえ戻ってきたのでリオは捨てられた。
リオはそれ以来、もう人を好きになるのはやめようと決心した。クレアを好きだという気持ちは行き場をなくし、リオの心の中で暴れた。そしてたくさんの傷をつくった。
行き場をうしなった想いは、心の奥底に押しこんでも、解放しても消えなかった。その捨てきれない想いは、油断をするとリオの心をその想いでいっぱいにしリオを苦しめた。
好きな人から想いをかえされなかった。それはリオの心に大きな傷をつくった。
もう二度とあのような痛みを感じたくなかった。
「よし、リオ。方針は決まった。まかせておけ」
サイモンが満面の笑みをうかべている。サイモンはせっかちだ。この後すぐにジョセフのことを調べ上げ、確実に、それも最短で離婚できるようにするはずだ。
リオは自分のことを大切に思ってくれるサイモンの気持ちは嬉しいが、なぜこのような面倒くさいことをしてくれるのだとしか思えずおざなりな返事しかできなかった。
しかしサイモンは意気揚々としているので気付いていない。
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