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第3章:広がる世界と、七歳の肖像
光の中にいた、二人の騎士様
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ロゼレイド公爵邸の最上階。エレーナの部屋は、今日も柔らかな陽だまりと、静かな沈黙に包まれていた。
かつてのエレーナにとって、この「静けさ」だけが唯一の味方だった。けれど、昨夜の出来事――お父様の温かい腕の中で眠り、ベッドの真ん中で朝を迎えたという奇跡――が、彼女の小さな心に、今までにはなかった「外への窓」を作り始めていた。
エレーナは、お気に入りの窓辺に座り、見習いメイドのアンがめくってくれる絵本を眺めていた。その傍らでは、メイド長のマギーが午後のティータイムの準備を整えている。カチャリ、カチャリという銀食器の触れ合う音だけが、穏やかに流れていた。
その時だった。
「……っ!」
エレーナの小さな耳が、廊下の向こうから近づいてくる「異変」を察知した。
ドタドタという、地響きのような騒がしい足音。そして、部屋の壁を震わせるような、明るく、大きな男の子たちの声。
「わははは! だから言っただろ、アルベルト! 今朝の父上、見たかよ? 書類に目を通しながら、ずっと鼻の下が伸びきってたぜ。あんなにデレデレな父上、騎士団の連中に見せてやりたかったな!」
「……声を落とせ、ジュリアン。邸の中だぞ、エレーナが驚く。……まあ、確かにあんなに幸せそうな顔をされている父上は、僕も初めて見たがね。今朝の稽古も、なんだかいつもより剣筋が優しかった気がするよ」
エレーナは反射的に、抱えていたクッションをぎゅっと握りしめた。
いつもなら、この「知らない誰か」の大きな声を聞いただけで、顔を青くしてベッドの隅の暗い隙間へと逃げ込んでいたはずだ。
けれど、今の彼女の足を止めたのは、彼らが口にした言葉だった。
「……わたし?父上……?」
エレーナは小さな声を零し、マギーとアンを交互に見つめた。
「……アン。いま、お外でお話ししてるのは……だれ? お父様のこと、呼んでたみたいだけど……」
アンが優しく微笑み、エレーナの肩をそっと包み込むように答えた。
「エレーナ様、あの方たちはジュリアンお兄様とアルベルトお兄様ですよ。お昼ご飯を食べるために、騎士団の訓練所から一度帰っていらしたんですわ。……エレーナ様の『お兄ちゃん』です」
「……ジュリアンお兄様……アルベルト、お兄様……」
エレーナの胸が、ドクンと大きく跳ねた。
「お兄ちゃん」。
マギーから名前は聞いていた。自分には、お父様と同じ銀色の髪をしたお兄様がいるのだと。
けれど、昨夜の暗闇の中で気配を感じたことはあっても、エレーナは怖くてずっと目を閉じていた。だから、その姿がどんなものなのか、今の今まで一度も見たことがなかったのだ。
「……みてみたい。……どんな、人なの……?」
その呟きは、自分でも驚くほどはっきりとしたものだった。
マギーは、ワゴンを置いてエレーナの元へ歩み寄ると、慈愛に満ちた眼差しで頷いた。
「では、エレーナ様。……少しだけ、扉の隙間からのぞいてご覧になりますか?」
「えっ……のぞくの……?」
エレーナの心臓がバクバクといっている。自分から「見る」なんて。
けれど、マギーが音を立てないように、ほんの数センチだけ、廊下へと続く扉を開けてくれた。
エレーナは、恐る恐る椅子を降りた。一歩、一歩、自分の足で床を踏みしめて、扉の隙間へと近づいていく。そして、外の眩しい光が差し込む細い隙間に、片目をくっつけるようにして覗き込んだ。
「…………わあ……!」
エレーナは思わず、息を呑んだ。
そこには、二人の少年騎士がいた。
一人は、お父様と同じ銀色の髪を光らせて、豪快に笑うジュリアン。
もう一人は、整った顔立ちを少し真面目そうに引き締め、背筋をピンと伸ばして歩くアルベルト。
窓から差し込む陽の光を浴びて、二人の制服の金ボタンや、手入れされた髪がキラキラと、宝石のように輝いている。
二人とも、お父様よりは体が小さいけれど、メイドさんたちよりはずっと逞しくて、凛々しい。何より、お互いの肩を叩き合いながら、心底楽しそうに「父上」の話をして笑い合う姿は、とても温かそうに見えた。
(……とっても、……ピカピカしてる……!)
エレーナの瞳は、釘付けになった。
これまで自分の世界は「暗くて冷たい隙間」しかなかったのに、扉の向こう側には、あんなにまぶしい光の中で笑っている「お兄ちゃんたち」がいる。
昨夜の暗闇の中で、一生懸命に自分を笑わせようとしてくれた声。
不器用だけど温かかった気配。
それが、あんなに素敵で「かっこいい二人」だったなんて、エレーナは夢にも思わなかったのだ。
「……アン、マギーさん。……お兄様たち、とっても……かっこいいわ。なんかキラキラしてる。」
エレーナがぽつりと零したその声は、驚きと、そして隠しきれない憧れに満ちていた。
その時、廊下を歩いていた二人が、ふと足を止めた。
「……ジュリアン、いま何か聞こえなかったか?」
「え? ああ、天使の羽ばたきみたいな音がした気がするな!」
ジュリアンが冗談めかして振り返ろうとした瞬間、エレーナは「ひゃっ!」と短い声を上げ、慌ててマギーのスカートの後ろに隠れた。
バクバクと暴れる心臓。顔は、夕焼けのように赤くなっている。
けれど、その胸の内にあるのは、これまでの「震えるような恐怖」ではなく、「もっと見ていたい」という、生まれて初めて抱く好奇心だった。
「……また、お昼ごはんのあと……ここ、通るかな?」
マギーのスカートをぎゅっと握りしめながら、上目遣いで尋ねるエレーナ。マギーは感極まったように目元をそっと拭い、優しく答えました。
「ええ、もちろんですわ。午後の訓練へ戻る際、またここを通られますわよ」
「……そっか。……よかった」
エレーナは、まだ少し開いている扉の隙間を、じっと見つめ返した。
昨夜までの暗い隙間から、光のあふれる廊下へ。
エレーナ・ロゼレイドの「家族を知る旅」は、こうして扉の隙間から見た、二人の「ピカピカなお兄ちゃん」への憧れとともに、静かに、けれど鮮やかに始まったのである
かつてのエレーナにとって、この「静けさ」だけが唯一の味方だった。けれど、昨夜の出来事――お父様の温かい腕の中で眠り、ベッドの真ん中で朝を迎えたという奇跡――が、彼女の小さな心に、今までにはなかった「外への窓」を作り始めていた。
エレーナは、お気に入りの窓辺に座り、見習いメイドのアンがめくってくれる絵本を眺めていた。その傍らでは、メイド長のマギーが午後のティータイムの準備を整えている。カチャリ、カチャリという銀食器の触れ合う音だけが、穏やかに流れていた。
その時だった。
「……っ!」
エレーナの小さな耳が、廊下の向こうから近づいてくる「異変」を察知した。
ドタドタという、地響きのような騒がしい足音。そして、部屋の壁を震わせるような、明るく、大きな男の子たちの声。
「わははは! だから言っただろ、アルベルト! 今朝の父上、見たかよ? 書類に目を通しながら、ずっと鼻の下が伸びきってたぜ。あんなにデレデレな父上、騎士団の連中に見せてやりたかったな!」
「……声を落とせ、ジュリアン。邸の中だぞ、エレーナが驚く。……まあ、確かにあんなに幸せそうな顔をされている父上は、僕も初めて見たがね。今朝の稽古も、なんだかいつもより剣筋が優しかった気がするよ」
エレーナは反射的に、抱えていたクッションをぎゅっと握りしめた。
いつもなら、この「知らない誰か」の大きな声を聞いただけで、顔を青くしてベッドの隅の暗い隙間へと逃げ込んでいたはずだ。
けれど、今の彼女の足を止めたのは、彼らが口にした言葉だった。
「……わたし?父上……?」
エレーナは小さな声を零し、マギーとアンを交互に見つめた。
「……アン。いま、お外でお話ししてるのは……だれ? お父様のこと、呼んでたみたいだけど……」
アンが優しく微笑み、エレーナの肩をそっと包み込むように答えた。
「エレーナ様、あの方たちはジュリアンお兄様とアルベルトお兄様ですよ。お昼ご飯を食べるために、騎士団の訓練所から一度帰っていらしたんですわ。……エレーナ様の『お兄ちゃん』です」
「……ジュリアンお兄様……アルベルト、お兄様……」
エレーナの胸が、ドクンと大きく跳ねた。
「お兄ちゃん」。
マギーから名前は聞いていた。自分には、お父様と同じ銀色の髪をしたお兄様がいるのだと。
けれど、昨夜の暗闇の中で気配を感じたことはあっても、エレーナは怖くてずっと目を閉じていた。だから、その姿がどんなものなのか、今の今まで一度も見たことがなかったのだ。
「……みてみたい。……どんな、人なの……?」
その呟きは、自分でも驚くほどはっきりとしたものだった。
マギーは、ワゴンを置いてエレーナの元へ歩み寄ると、慈愛に満ちた眼差しで頷いた。
「では、エレーナ様。……少しだけ、扉の隙間からのぞいてご覧になりますか?」
「えっ……のぞくの……?」
エレーナの心臓がバクバクといっている。自分から「見る」なんて。
けれど、マギーが音を立てないように、ほんの数センチだけ、廊下へと続く扉を開けてくれた。
エレーナは、恐る恐る椅子を降りた。一歩、一歩、自分の足で床を踏みしめて、扉の隙間へと近づいていく。そして、外の眩しい光が差し込む細い隙間に、片目をくっつけるようにして覗き込んだ。
「…………わあ……!」
エレーナは思わず、息を呑んだ。
そこには、二人の少年騎士がいた。
一人は、お父様と同じ銀色の髪を光らせて、豪快に笑うジュリアン。
もう一人は、整った顔立ちを少し真面目そうに引き締め、背筋をピンと伸ばして歩くアルベルト。
窓から差し込む陽の光を浴びて、二人の制服の金ボタンや、手入れされた髪がキラキラと、宝石のように輝いている。
二人とも、お父様よりは体が小さいけれど、メイドさんたちよりはずっと逞しくて、凛々しい。何より、お互いの肩を叩き合いながら、心底楽しそうに「父上」の話をして笑い合う姿は、とても温かそうに見えた。
(……とっても、……ピカピカしてる……!)
エレーナの瞳は、釘付けになった。
これまで自分の世界は「暗くて冷たい隙間」しかなかったのに、扉の向こう側には、あんなにまぶしい光の中で笑っている「お兄ちゃんたち」がいる。
昨夜の暗闇の中で、一生懸命に自分を笑わせようとしてくれた声。
不器用だけど温かかった気配。
それが、あんなに素敵で「かっこいい二人」だったなんて、エレーナは夢にも思わなかったのだ。
「……アン、マギーさん。……お兄様たち、とっても……かっこいいわ。なんかキラキラしてる。」
エレーナがぽつりと零したその声は、驚きと、そして隠しきれない憧れに満ちていた。
その時、廊下を歩いていた二人が、ふと足を止めた。
「……ジュリアン、いま何か聞こえなかったか?」
「え? ああ、天使の羽ばたきみたいな音がした気がするな!」
ジュリアンが冗談めかして振り返ろうとした瞬間、エレーナは「ひゃっ!」と短い声を上げ、慌ててマギーのスカートの後ろに隠れた。
バクバクと暴れる心臓。顔は、夕焼けのように赤くなっている。
けれど、その胸の内にあるのは、これまでの「震えるような恐怖」ではなく、「もっと見ていたい」という、生まれて初めて抱く好奇心だった。
「……また、お昼ごはんのあと……ここ、通るかな?」
マギーのスカートをぎゅっと握りしめながら、上目遣いで尋ねるエレーナ。マギーは感極まったように目元をそっと拭い、優しく答えました。
「ええ、もちろんですわ。午後の訓練へ戻る際、またここを通られますわよ」
「……そっか。……よかった」
エレーナは、まだ少し開いている扉の隙間を、じっと見つめ返した。
昨夜までの暗い隙間から、光のあふれる廊下へ。
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