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第3章:広がる世界と、七歳の肖像
アカデミーの静かなる熱狂
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王立アカデミーの大講堂。厳かな雰囲気の中、卒業生総代として登壇したアルベルトの姿は、まさに完璧でした。知性と気品、そして若きエリートとしての風格を漂わせ、彼は淀みない声で答辞を述べました。
「我々がここで得た知見は、王国を支える礎となるべきものです。私は明日より王宮にて、その責務を全うする覚悟であります……」
その凛々しい姿に、会場中の令嬢たちが溜息を漏らしました。
しかし、最前列に陣取った父ヴィンセントは、腕を組みながら見守っていた。
在校生席で見守るジュリアンも、「兄上、今日だけは格好いいじゃないか。明日から王宮勤めで家を空ける時間が増えるのが、せめてもの救いだな」と、内心では兄の門出を認めつつも、エレーナの独占権が少しだけ自分に傾くことを計算していました。
一方、その頃のロゼレイド公爵邸。
主役のいない静かな屋敷で、エレーナはこれまでにないほど真剣な表情で悩んでいました。
「アルベルトおにいさま、明日から、おうきゅうのお仕事でしょ? だから、お祝い、あげたいの……」
エレーナの目の前には、メイド長マギーをはじめとするメイドたちが整列していました。マギーは完璧な姿勢で一礼し、優しく、しかし凛とした声で助言を差し上げます。
「エレーナ様。アルベルト様は明日より王宮にて、この国の未来を担う公務に就かれます。……そうなれば、お嬢様と過ごせるお時間は、今より限られてしまうかもしれませんわ」
「えっ……おにいさま、いなくなっちゃうの?」
エレーナの黄金の瞳が不安に揺れるのを見て、マギーは微笑んで首を振りました。
「いいえ、夜にはお戻りになりますわ。ですが、お仕事中もお嬢様を近くに感じられるものがあれば、アルベルト様は何よりの励みにされるでしょう。……エレーナ様、ご自身の目で、お兄様に相応しい品を選びに行かれませんか?」
「ええ。エレーナ、いく!」
こうして、異例の「お買い物部隊」が結成されました。
護衛には一歩も側を離れない鉄壁の女騎士カミラ。案内役兼、荷物持ちの第一部隊長フェイ。そして、若き侍従として完璧にサポートするジェエル。
「ジェエル、エレーナのおさいふ、準備できましたか?」
「はい、エレーナ様。こちらに。お嬢様の大切なお金、しっかりとお預かりしておりますわ」
春の陽光が降り注ぐ城下町。小さなエレーナがカミラの手に引かれ、一生懸命に店を覗き込む姿は、道ゆく人々を瞬く間に笑顔にしていきました。
「おや、あのかわいいお嬢ちゃんは……ロゼレイド公爵家のお嬢様じゃないか!」
「お兄様の卒業祝いを探してるんだってさ。なんて健気なんだ……」
街を巡回していた騎士たちも、エレーナを見つけるなり背筋を伸ばして敬礼を送ります。しかし、その瞳は「(尊い……あまりにも尊い……)」と潤んでいました。
エレーナは宝石店、文具店、魔導具店と巡りますが、なかなか決まりません。
「おうきゅうで、おにいさまが、さみしくないのがいいの」
その時、一軒の老舗の装飾品店で、エレーナの足が止まりました。
そこにあったのは、王宮の正装にも相応しい、気品あるラペルピン(胸元の飾り)でした。
中央にはエレーナの瞳と同じ黄金色の小さな石が、それを取り囲むように家族を象徴する深い青と赤の石が配置されています。
「これ! これなら、おにいさまが、おうきゅうにいても、エレーナがいっしょだよ!」
ジェエルが手際よくお会計を済ませ、エレーナは大事そうに小さな箱を抱えて屋敷へと戻りました。
第四章:玄関の「奇跡」
夕暮れ時。屋敷の玄関ホールには、エレーナとマギー、そして使用人たちが整列していました。
やがて、重厚な馬車の音が響き、玄関の扉が勢いよく開かれました。
「ただいま戻った! エレーナ、寂しくなかったかい……!」
入ってくるなり、卒業の感動よりもエレーナを求めて駆け寄るアルベルト。
その瞬間、エレーナが小さな弾丸のようにアルベルトの胸元へ飛び込みました。
「おにいさま!! おめでとう!!」
「うわっ……! ああ、エレーナ、ありがとう……!」
アルベルトは跪き、エレーナをしっかりと抱きとめました。後ろではヴィンセントが**「……アルベルト……ずるい……私も抱っこ……エレーナ……」**と壁際でブツブツ呟いています。
エレーナはアルベルトの腕の中で、少し照れくさそうに、でも誇らしげに箱を差し出しました。
「これね、エレーナがえらんだの。明日からおうきゅうでしょ? だから……。……かわいく、もらってくれる?」
その瞬間、アルベルトの思考は停止しました。
箱を開け、中にある輝くラペルピンを見た瞬間、エリートの理知的な瞳がみるみるうちに涙で溢れました。
「……かわいい、だと? いや、エレーナ……。これは、私にとって王冠よりも重く、尊い勲章だ。明日からこれを胸に、私は王宮で誰よりも精悍に働けると約束しよう」
アルベルトは、エレーナを再び強く、しかし壊れ物を扱うように優しく抱きしめました。
「ああ……卒業して、王宮へ行くのがこれほど誇らしいと思ったことはないよ。すべては君のおかげだ」
ジュリアンが呆れたように言います。
「兄上、喜びすぎです。鼻の下が伸びてますよ」
「黙りなさい、ジュリアン。これはエレーナが『私のために』選んでくれたのだ。明日、王宮の全員に自慢してくるからね」
「皆様、お話はそこまでになさいませ。」
マギーの凛とした声が響きました。
「お祝いのご馳走が準備できておりますわ。アルベルト様、王宮での初仕事の前に、今夜は家族団らんで英気を養ってくださいませ」
「……マギー、ありがとう。……エレーナ、本当にありがとう」
エレーナの小さな贈り物は、アルベルトの胸元で、そして家族の心の中で、春の月明かりよりも優しく輝き続けていました。
「我々がここで得た知見は、王国を支える礎となるべきものです。私は明日より王宮にて、その責務を全うする覚悟であります……」
その凛々しい姿に、会場中の令嬢たちが溜息を漏らしました。
しかし、最前列に陣取った父ヴィンセントは、腕を組みながら見守っていた。
在校生席で見守るジュリアンも、「兄上、今日だけは格好いいじゃないか。明日から王宮勤めで家を空ける時間が増えるのが、せめてもの救いだな」と、内心では兄の門出を認めつつも、エレーナの独占権が少しだけ自分に傾くことを計算していました。
一方、その頃のロゼレイド公爵邸。
主役のいない静かな屋敷で、エレーナはこれまでにないほど真剣な表情で悩んでいました。
「アルベルトおにいさま、明日から、おうきゅうのお仕事でしょ? だから、お祝い、あげたいの……」
エレーナの目の前には、メイド長マギーをはじめとするメイドたちが整列していました。マギーは完璧な姿勢で一礼し、優しく、しかし凛とした声で助言を差し上げます。
「エレーナ様。アルベルト様は明日より王宮にて、この国の未来を担う公務に就かれます。……そうなれば、お嬢様と過ごせるお時間は、今より限られてしまうかもしれませんわ」
「えっ……おにいさま、いなくなっちゃうの?」
エレーナの黄金の瞳が不安に揺れるのを見て、マギーは微笑んで首を振りました。
「いいえ、夜にはお戻りになりますわ。ですが、お仕事中もお嬢様を近くに感じられるものがあれば、アルベルト様は何よりの励みにされるでしょう。……エレーナ様、ご自身の目で、お兄様に相応しい品を選びに行かれませんか?」
「ええ。エレーナ、いく!」
こうして、異例の「お買い物部隊」が結成されました。
護衛には一歩も側を離れない鉄壁の女騎士カミラ。案内役兼、荷物持ちの第一部隊長フェイ。そして、若き侍従として完璧にサポートするジェエル。
「ジェエル、エレーナのおさいふ、準備できましたか?」
「はい、エレーナ様。こちらに。お嬢様の大切なお金、しっかりとお預かりしておりますわ」
春の陽光が降り注ぐ城下町。小さなエレーナがカミラの手に引かれ、一生懸命に店を覗き込む姿は、道ゆく人々を瞬く間に笑顔にしていきました。
「おや、あのかわいいお嬢ちゃんは……ロゼレイド公爵家のお嬢様じゃないか!」
「お兄様の卒業祝いを探してるんだってさ。なんて健気なんだ……」
街を巡回していた騎士たちも、エレーナを見つけるなり背筋を伸ばして敬礼を送ります。しかし、その瞳は「(尊い……あまりにも尊い……)」と潤んでいました。
エレーナは宝石店、文具店、魔導具店と巡りますが、なかなか決まりません。
「おうきゅうで、おにいさまが、さみしくないのがいいの」
その時、一軒の老舗の装飾品店で、エレーナの足が止まりました。
そこにあったのは、王宮の正装にも相応しい、気品あるラペルピン(胸元の飾り)でした。
中央にはエレーナの瞳と同じ黄金色の小さな石が、それを取り囲むように家族を象徴する深い青と赤の石が配置されています。
「これ! これなら、おにいさまが、おうきゅうにいても、エレーナがいっしょだよ!」
ジェエルが手際よくお会計を済ませ、エレーナは大事そうに小さな箱を抱えて屋敷へと戻りました。
第四章:玄関の「奇跡」
夕暮れ時。屋敷の玄関ホールには、エレーナとマギー、そして使用人たちが整列していました。
やがて、重厚な馬車の音が響き、玄関の扉が勢いよく開かれました。
「ただいま戻った! エレーナ、寂しくなかったかい……!」
入ってくるなり、卒業の感動よりもエレーナを求めて駆け寄るアルベルト。
その瞬間、エレーナが小さな弾丸のようにアルベルトの胸元へ飛び込みました。
「おにいさま!! おめでとう!!」
「うわっ……! ああ、エレーナ、ありがとう……!」
アルベルトは跪き、エレーナをしっかりと抱きとめました。後ろではヴィンセントが**「……アルベルト……ずるい……私も抱っこ……エレーナ……」**と壁際でブツブツ呟いています。
エレーナはアルベルトの腕の中で、少し照れくさそうに、でも誇らしげに箱を差し出しました。
「これね、エレーナがえらんだの。明日からおうきゅうでしょ? だから……。……かわいく、もらってくれる?」
その瞬間、アルベルトの思考は停止しました。
箱を開け、中にある輝くラペルピンを見た瞬間、エリートの理知的な瞳がみるみるうちに涙で溢れました。
「……かわいい、だと? いや、エレーナ……。これは、私にとって王冠よりも重く、尊い勲章だ。明日からこれを胸に、私は王宮で誰よりも精悍に働けると約束しよう」
アルベルトは、エレーナを再び強く、しかし壊れ物を扱うように優しく抱きしめました。
「ああ……卒業して、王宮へ行くのがこれほど誇らしいと思ったことはないよ。すべては君のおかげだ」
ジュリアンが呆れたように言います。
「兄上、喜びすぎです。鼻の下が伸びてますよ」
「黙りなさい、ジュリアン。これはエレーナが『私のために』選んでくれたのだ。明日、王宮の全員に自慢してくるからね」
「皆様、お話はそこまでになさいませ。」
マギーの凛とした声が響きました。
「お祝いのご馳走が準備できておりますわ。アルベルト様、王宮での初仕事の前に、今夜は家族団らんで英気を養ってくださいませ」
「……マギー、ありがとう。……エレーナ、本当にありがとう」
エレーナの小さな贈り物は、アルベルトの胸元で、そして家族の心の中で、春の月明かりよりも優しく輝き続けていました。
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