• 『社交界の華は、影に咲く毒。〜私を捨てた世界、すべてお返しいたします〜』

ヨォコ

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第3章:広がる世界と、七歳の肖像

黄金の瞳と、愛の重すぎる男たちの聖戦:誕生日編

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エレーナがロゼレイド公爵家に迎え入れられてから、早くも一年。
ヴィンセントが「あの日をエレーナの誕生日にする」と宣言した運命の日まで、残り二週間となりました。
公爵邸の地下、分厚い魔導扉に守られた会議室。
ヴィンセントは、まるで戦の作戦を練るかのような鋭い視線で、集まった者たちを見渡しました。……しかし、その瞳の奥には、どこか落ち着きのない光が宿っています。
「いいか、これは国家機密以上の最重要事項だ。……クラウス、例の物は」
「はっ。こちらに」
侍従クラウスが恭しく差し出したのは、王宮の宝物庫から半ば強引に「徴収」してきた伝説の魔石『紅蓮の心臓』。
「私はこれをエレーナに贈る。エ、エレーナ……お前がこれを……ククッ、エレーナ……エレーナ……」
「……父上、何を仰っているのか全く聞き取れません。不気味ですのでハッキリ話してください」
アルベルトが眼鏡を光らせ、冷ややかに突っ込みました。どうやらヴィンセント、エレーナへの愛が飽和状態に達し、口の中で何やらブツブツと独り言を繰り返す、怪しいトランス状態に入っているようです。
「私とハンスが開発したのは、知育魔導具です。これこそが、彼女の将来を約束する最高の贈り物です」
「兄上、それはあまりにも情緒がなさすぎる!」
ジュリアンが立ち上がります。
「僕とリュカは、能力『瞬刻』を組み込んだブレスレットを用意したよ。エレーナが転びそうになった瞬間、僕が駆けつける。悪い虫を近づけない警報機能も完備だ!」
「「「「………………」」」」
侍従のクラウス、ハンス、リュカの三人は、主君たちの「愛の重さ」に、黙って天井を仰ぐしかありません。
その時、静かに、しかし抗いようのない威圧感と共に、会議室の扉が開きました。
「皆様、少々よろしいでしょうか。」
現れたのは、ロゼレイド公爵邸の裏の支配者、メイド長マギーです。
彼女は手に持った銀のおたまを胸元に掲げ、完璧な微笑みを浮かべました。
「閣下、アルベルト様、ジュリアン様。……さきほどから伺っておりますれば、石だの、勉強だの、監視だの……。エレーナ様を何だと思っていらっしゃるのですか?」
「マ、マギー……しかし、これはエ……エレーナ……エレーナ……(ブツブツ)」
「閣下。何を仰っているのか、一言も聞こえませんわ。」
マギーの言葉が、ヴィンセントの不審な呟きをバッサリと切り捨てます。
「エレーナ様の安全を第一に考えるのであれば、魔法のような不確かなものではなく、『確かな知恵』が必要でございます。……私が用意いたしましたのは、この『特製・絶対防御肌着』。魔法糸を十重に織り込み、どのような衝撃も吸収いたします。エレーナ様は万一屋敷が崩れても、埃一つかぶることなく生還されるでしょう。」
「マギー、それは流石に可愛くないのでは……」
「アルベルト様。可愛さよりも、生存でございます。エレーナ様が健やかに呼吸を続けてくださること……それ以上に嬉しいことが他にございますか?」
マギーの圧倒的な正論(と殺気)に、男たちは一斉に沈黙しました。


二週間の準備期間中、邸内は「極秘任務」を遂行する隠密たちの巣窟と化しました。
エレーナに悟られてはいけません。しかし、大人たちの行動はあまりにも不審でした。
フェイは、「虚空の糸」を使ってエレーナの周囲に不可視の結界を張る練習に没頭。
一方、アカデミーから休暇を前倒ししたアルベルトとジュリアンは、侍従のハンスとリュカを連れ、エレーナが歩く廊下の「摩擦係数」を測るために四つん這いで廊下を調べるという、怪しい密偵のような行動を繰り返していました。
ハンスとリュカは、寝不足で真っ青な顔をしながら「……エレーナ様、早くこの地獄を終わらせて、私たちを解放してください」と虚空を見つめていました。
当のエレーナは、そんな大人たちの奇行を黄金の瞳でじっと見つめていました。
「ねえ、カミラ。パパ、さっきから壁に向かってなんかブツブツ言ってるの。……なんだか、大変そう」
ヴィンセントは、練習のしすぎで発声機能がバグり、エレーナの前ではまともな言葉にならず「エレーナ……エレーナ……」と小声でブツブツ呟くことしかできない、極めて怪しい男になっていました。
カミラは無言で、エレーナの視界を遮るように立ちました。
「……エレーナ様。あれは、一種の『通過儀礼』です。どうか、見なかったことにして差し上げてください」


――
誕生日当日。王宮では皇帝陛下が絶叫していました。
「なぜだ! なぜ私は今日、ここで和平のサインをしているんだ! エレーナに『おじ様だよ』と言いたいんだ!!」
ヴィンセントからの「来たら即、国家反逆罪で処刑する」という短い手紙を握りしめ、陛下は血涙を流していました。
しかし、その陛下を尻目に、悠然と公爵邸の門を潜る馬車がありました。
前皇太后リサーナの降臨です。
「あら。男どものプレゼントがいかに『夢』がないか、私が教えて差し上げるわ。ねえ、マギー?」
「ええ。皇太后様。……ですが、最終的には『安全』が勝つものと信じておりますわ。」
マギーは優雅に一礼し、二人の女傑は火花を散らしながら食堂へと向きました。
第四章:聖戦の結末 ――リサーナの雷鳴と黄金の微笑み――
食堂の扉が開くと、そこにはヴィンセントが用意した、天井まで届く特大のデコレーションケーキ。
「エレーナ! 誕生日おめでとう!!」
アンに連れられたエレーナ様が現れた瞬間、男たちとマギーが一斉に前に出ました。
「エ、エレーナ……エレーナ……(ブツブツ……呪文のように魔石を差し出す)」(ヴィンセント)
「知能を磨く最高の道具を!」(アルベルト)
「僕のブレスレットを身につけて!」(ジュリアン)
「エレーナ様。何よりの安全、この肌着をお召しくださいませ。」(マギー)
一触即発の空気。そこへ、リサーナの扇子が机を叩きました。
「ええい、控えなさい!! このバカ息子共!!」
全員が直立不動になります。
「ヴィンセント! 何をブツブツ言っているの、不気味よ! アルベルト、勉強なんて今日はいらない! ジュリアン、お前のはただのストーカーグッズよ!」
そして、リサーナはマギーを鋭い視線で見つめました。
「そしてマギー!! 安全なのはいいけれど、五歳の誕生日に『衝撃吸収肌着』は、あまりに情緒がなさすぎますわ!!」
「……皇太后様。命あってこその情緒でございます。」
マギーが凛として言い返しますが、リサーナは勝ち誇ったように笑い、最高級の箱を開けました。
「エレーナ、これをご覧なさい。女の子には、夢が必要なのよ」
そこにあったのは、持ち主の気分でふわふわと色が変わる、世界に一着の「魔法のドレス」。そして、歩くたびに光の蝶が舞い上がる、透き通ったガラスの靴でした。
「……わぁ!! おひめさま……! ちょうちょさんが、いっぱい!」
エレーナの黄金の瞳が、今日一番の輝きを見せました。
「おばあさま、ありがとう! わたし、これがいちばんすき!!」
「「「「「ぐはぁっ!!!」」」」」
ヴィンセント閣下(ブツブツ言いながら卒倒)、アルベルト、ジュリアン、そしてマギーまでもが、心臓を押さえて膝をつきました。完敗でした。乙女心を完璧に理解したリサーナの、圧倒的勝利です。
しかし、エレーナはそのまま、膝をついた大人たちの元へ駆け寄り、一人一人の手を握りました。
「でもね、パパのいしも、おにいさまたちのブレスレットも、マギーがつくってくれたハンカチも……ぜんぶ、いっしょに使うよ! だって、みんながわたしのこと、いーっぱい考えてくれたんだもん!」
エレーナの黄金の瞳に宿る、無限の愛。
その純粋さに、ヴィンセントは「エレーナ……エレーナ……」と涙を流しながらブツブツと愛を呟き続け、マギーもまた、そっと目尻を拭いました。
「……エレーナ様。そのようなことをおっしゃっていただけるなんて、メイド長として、これ以上の喜びはございませんわ。」
「……クラウス。肖像画の手配を。ドレスの下に、マギーの肌着を着せて、少し着膨れしてペンギンのようになったエレーナ様の姿だ。それと……閣下がブツブツ言っているのはカットして描かせろ」
「心得ております。安全かつ優雅な、世界一のエレーナ様の姿を残しましょう」
「さあ、皆様。いつまで泣いていらっしゃるのですか。早くケーキを切り分けましょう!」
マギーの凛とした声が響き、ロゼレイド公爵邸の夜は、世界で一番重くて温かい笑い声(と閣下の怪しい呟き)に包まれて更けていきました。
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