40 / 46
第3章:広がる世界と、七歳の肖像
黄金の休息 ――消えない影と、守護者たちの誓い――
しおりを挟む
エレーナの休暇が始まって数日が経ちました。
今日は朝からアルベルトも部隊長たちも任務に出払っており、屋敷にはヴィンセントとエレーナの二人きり。もうすぐ夜勤明けのゼノの部隊が戻ってくる時間です。
「パパ、エレーナ、今日なにする? お外いく?」
一週間の休暇中、何をしようか悩んでいるエレーナに、午後から王宮へ出仕する予定のヴィンセントが優しく微笑みました。
「そうだな、エレーナ。パパが仕事に行く前に、一緒に街へ出かけようか。新しい服も見に行こう」
街の高級服飾店。ヴィンセントとお揃いの馬車で乗り付けたエレーナは、キラキラした布地に目を輝かせていました。
そこへ、夜勤明けの休暇に入ったばかりのフェイとジョエルが合流します。
「お嬢様! 街のパトロールから戻りました!」
「自分らもお供するっす」
ヴィンセントはエレーナに似合うドレスをいくつか見繕うと、手際よく支払いを済ませました。
「フェイ、ジョエル。エレーナを頼んだぞ。……おい、お前。この荷物を屋敷まで運べ」
ヴィンセントはフェイの部隊の一人を「荷物持ち」として指名し、先に馬車で荷物を運ばせると、自身は「では、行ってくる。エレーナ、楽しんでおいで」と王宮へ向かいました。
残されたのは、エレーナとフェイ、ジョエル、そしてエレーナの専属女騎士として背後に控えるカミラ。
「次はあっちのお店に行ってみよう!」とエレーナも笑顔で街歩きを楽しんでいました。
「お嬢様、次はあちらの装飾品店へ参りましょうか!」
「うん!」
フェイの明るい声に、エレーナも笑顔で応えていました。しかし、事件はその直後に起こります。
お店から出たエレーナの目の前に、一台の豪奢な馬車が止まりました。
中から降りてきたのは、宝石で身を飾った貴婦人と、その娘と思われる少女。
「さあ、行きましょう。今日は素敵なドレスをたくさん買ってあげるわね」
「本当!? お母様、大好き!」
幸せそうな親子の会話。しかし、その貴婦人が娘の肩を抱き寄せ、慈しむようにその名を呼んだ瞬間でした。
「ええ、もちろんよ。――フェリミア。貴女は私自慢の、世界で一番可愛い娘なんですもの」
「フェリミア」。
その名前が鼓膜を叩いた瞬間、エレーナの小さな体が、ビクンと大きく震えました。
能力の暴発こそなかったものの、エレーナの顔からは一気に血の気が引き、持っていた小物を落とし、ガタガタと震えながらその場に蹲ってしまいました。
「お嬢様!?」
異変にいち早く動いたのは、専属女騎士のカミラでした。彼女は周囲の視線を遮るように素早くエレーナを抱き上げ、その小さな顔を自分の胸に埋めさせました。
「お嬢様、どうされましたか!? どこか痛むのですか!?」
しかし、エレーナはカミラの腕の中で震えるばかりで、声を発することもできません。
「……何事だ!? 敵襲か!?」
フェイが鋭い視線で周囲を威圧しますが、殺気も、魔力の波動も感じられません。ただ、エレーナが突然崩れ落ちたという事実だけがありました。
「フェイ隊長、お嬢様の様子が尋常じゃねえっす……! 呼吸が浅いっす!」
ジョエルが焦燥感を露わにします。
フェイは瞬時に判断を下しました。原因は不明だが、ここに長居はできない。
「ジョエル! 閣下へ連絡だ! 『お嬢様急変、至急屋敷へ連れ帰る』とだけ送れ! 詳しい説明は後だ、まずは屋敷へ急ぐぞ!」
「了解っす!」
ジョエルは走りながら、震える指でヴィンセントへ短文のメッセージを打ち込みました。
カミラがエレーナを抱きかかえて走り出し、ジョエルが通信を入れる中、フェイは最後尾で周囲に目を光らせました。
(……敵襲はない。魔力干渉もない。なのになぜ、お嬢様は急に……?)
フェイの鋭い瞳が、路肩に停まった馬車と、そこから降りて楽しそうに店へ入っていく親子――先ほどすれ違った「フェリミア」と呼ばれた少女とその母親を捉えました。
(……あの親子とすれ違った直後だ。まさか……いや、今は推測より退避が先決だ)
フェイはその親子の姿と、馬車に刻まれた家紋を脳裏に深く焼き付けると、踵を返してカミラたちの後を追いました。
今日は朝からアルベルトも部隊長たちも任務に出払っており、屋敷にはヴィンセントとエレーナの二人きり。もうすぐ夜勤明けのゼノの部隊が戻ってくる時間です。
「パパ、エレーナ、今日なにする? お外いく?」
一週間の休暇中、何をしようか悩んでいるエレーナに、午後から王宮へ出仕する予定のヴィンセントが優しく微笑みました。
「そうだな、エレーナ。パパが仕事に行く前に、一緒に街へ出かけようか。新しい服も見に行こう」
街の高級服飾店。ヴィンセントとお揃いの馬車で乗り付けたエレーナは、キラキラした布地に目を輝かせていました。
そこへ、夜勤明けの休暇に入ったばかりのフェイとジョエルが合流します。
「お嬢様! 街のパトロールから戻りました!」
「自分らもお供するっす」
ヴィンセントはエレーナに似合うドレスをいくつか見繕うと、手際よく支払いを済ませました。
「フェイ、ジョエル。エレーナを頼んだぞ。……おい、お前。この荷物を屋敷まで運べ」
ヴィンセントはフェイの部隊の一人を「荷物持ち」として指名し、先に馬車で荷物を運ばせると、自身は「では、行ってくる。エレーナ、楽しんでおいで」と王宮へ向かいました。
残されたのは、エレーナとフェイ、ジョエル、そしてエレーナの専属女騎士として背後に控えるカミラ。
「次はあっちのお店に行ってみよう!」とエレーナも笑顔で街歩きを楽しんでいました。
「お嬢様、次はあちらの装飾品店へ参りましょうか!」
「うん!」
フェイの明るい声に、エレーナも笑顔で応えていました。しかし、事件はその直後に起こります。
お店から出たエレーナの目の前に、一台の豪奢な馬車が止まりました。
中から降りてきたのは、宝石で身を飾った貴婦人と、その娘と思われる少女。
「さあ、行きましょう。今日は素敵なドレスをたくさん買ってあげるわね」
「本当!? お母様、大好き!」
幸せそうな親子の会話。しかし、その貴婦人が娘の肩を抱き寄せ、慈しむようにその名を呼んだ瞬間でした。
「ええ、もちろんよ。――フェリミア。貴女は私自慢の、世界で一番可愛い娘なんですもの」
「フェリミア」。
その名前が鼓膜を叩いた瞬間、エレーナの小さな体が、ビクンと大きく震えました。
能力の暴発こそなかったものの、エレーナの顔からは一気に血の気が引き、持っていた小物を落とし、ガタガタと震えながらその場に蹲ってしまいました。
「お嬢様!?」
異変にいち早く動いたのは、専属女騎士のカミラでした。彼女は周囲の視線を遮るように素早くエレーナを抱き上げ、その小さな顔を自分の胸に埋めさせました。
「お嬢様、どうされましたか!? どこか痛むのですか!?」
しかし、エレーナはカミラの腕の中で震えるばかりで、声を発することもできません。
「……何事だ!? 敵襲か!?」
フェイが鋭い視線で周囲を威圧しますが、殺気も、魔力の波動も感じられません。ただ、エレーナが突然崩れ落ちたという事実だけがありました。
「フェイ隊長、お嬢様の様子が尋常じゃねえっす……! 呼吸が浅いっす!」
ジョエルが焦燥感を露わにします。
フェイは瞬時に判断を下しました。原因は不明だが、ここに長居はできない。
「ジョエル! 閣下へ連絡だ! 『お嬢様急変、至急屋敷へ連れ帰る』とだけ送れ! 詳しい説明は後だ、まずは屋敷へ急ぐぞ!」
「了解っす!」
ジョエルは走りながら、震える指でヴィンセントへ短文のメッセージを打ち込みました。
カミラがエレーナを抱きかかえて走り出し、ジョエルが通信を入れる中、フェイは最後尾で周囲に目を光らせました。
(……敵襲はない。魔力干渉もない。なのになぜ、お嬢様は急に……?)
フェイの鋭い瞳が、路肩に停まった馬車と、そこから降りて楽しそうに店へ入っていく親子――先ほどすれ違った「フェリミア」と呼ばれた少女とその母親を捉えました。
(……あの親子とすれ違った直後だ。まさか……いや、今は推測より退避が先決だ)
フェイはその親子の姿と、馬車に刻まれた家紋を脳裏に深く焼き付けると、踵を返してカミラたちの後を追いました。
10
あなたにおすすめの小説
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
【完結】ある二人の皇女
つくも茄子
ファンタジー
美しき姉妹の皇女がいた。
姉は物静か淑やかな美女、妹は勝気で闊達な美女。
成長した二人は同じ夫・皇太子に嫁ぐ。
最初に嫁いだ姉であったが、皇后になったのは妹。
何故か?
それは夫が皇帝に即位する前に姉が亡くなったからである。
皇后には息子が一人いた。
ライバルは亡き姉の忘れ形見の皇子。
不穏な空気が漂う中で謀反が起こる。
我が子に隠された秘密を皇后が知るのは全てが終わった時であった。
他のサイトにも公開中。
どうぞお好きに
音無砂月
ファンタジー
公爵家に生まれたスカーレット・ミレイユ。
王命で第二王子であるセルフと婚約することになったけれど彼が商家の娘であるシャーベットを囲っているのはとても有名な話だった。そのせいか、なかなか婚約話が進まず、あまり野心のない公爵家にまで縁談話が来てしまった。
【完結】私が愛されるのを見ていなさい
芹澤紗凪
恋愛
虐げられた少女の、最も残酷で最も華麗な復讐劇。(全6話の予定)
公爵家で、天使の仮面を被った義理の妹、ララフィーナに全てを奪われたディディアラ。
絶望の淵で、彼女は一族に伝わる「血縁者の姿と入れ替わる」という特殊能力に目覚める。
ディディアラは、憎き義妹と入れ替わることを決意。
完璧な令嬢として振る舞いながら、自分を陥れた者たちを内側から崩壊させていく。
立場と顔が入れ替わった二人の少女が織りなす、壮絶なダークファンタジー。
奪われ系令嬢になるのはごめんなので逃げて幸せになるぞ!
よもぎ
ファンタジー
とある伯爵家の令嬢アリサは転生者である。薄々察していたヤバい未来が現実になる前に逃げおおせ、好き勝手生きる決意をキメていた彼女は家を追放されても想定通りという顔で旅立つのだった。
“いつまでも一緒”の鎖、貴方にお返しいたします
柊
ファンタジー
男爵令嬢エリナ・ブランシュは、幼馴染であるマルグリット・シャンテリィの引き立て役だった。
マルグリットに婚約が決まり開放されると思ったのも束の間、彼女は婚約者であるティオ・ソルベに、家へ迎え入れてくれないかというお願いをする。
それをティオに承諾されたエリナは、冷酷な手段をとることを決意し……。
※複数のサイトに投稿しております。
私の、虐げられていた親友の幸せな結婚
オレンジ方解石
ファンタジー
女学院に通う、女学生のイリス。
彼女は、親友のシュゼットがいつも妹に持ち物や見せ場を奪われることに怒りつつも、何もできずに悔しい思いをしていた。
だがある日、シュゼットは名門公爵令息に見初められ、婚約する。
「もう、シュゼットが妹や両親に利用されることはない」
安堵したイリスだが、親友の言葉に違和感が残り…………。
王太子妃が我慢しなさい ~姉妹差別を受けていた姉がもっとひどい兄弟差別を受けていた王太子に嫁ぎました~
玄未マオ
ファンタジー
メディア王家に伝わる古い呪いで第一王子は家族からも畏怖されていた。
その王子の元に姉妹差別を受けていたメルが嫁ぐことになるが、その事情とは?
ヒロインは姉妹差別され育っていますが、言いたいことはきっちりいう子です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる