• 『社交界の華は、影に咲く毒。〜私を捨てた世界、すべてお返しいたします〜』

ヨォコ

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第3章:広がる世界と、七歳の肖像

砕かれた平穏、守護者たちの咆哮

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帝都の午後は、黄金色の陽光に包まれ、すべてが祝福されているかのように穏やかだった。だが、その静寂は一瞬にして、凍りつくような絶望へと塗り替えられた。


「馬を出せ!!3頭今すぐ出せ!早くしろッ!!」
帝都の一角にある、ロゼレイド公爵家直属騎士団の詰所。カミラの裂帛(れっぱく)の気合が響き渡った。彼女の腕の中には、もはや視界に光を宿さず、ガタガタと歯の根も合わぬほどに震え続けるエレーナがいた。
「カミラ様! しかしこれは……!」
詰め寄る番兵を殺気だけで退け、カミラはエレーナを抱えたまま馬に飛び乗った。続いて、顔面を蒼白にしたフェイとジョエルが、予備の馬に跨る。三頭の駿馬が、石畳を火花が散るほどに蹴り上げ、公爵邸へと爆走を開始した。
「……お嬢様、大丈夫ですよ。今、お家に帰りますからね……!」
カミラは馬の腹を蹴り、全力で疾走を始めた。蹄の音が心臓の鼓動を追い越していく。フェイとジョエルも、かつて戦場ですら見せたことのない必死の形相でその後に続いた。
やがて、ロゼレイド公爵邸の白亜の門が見えてくる。通常であれば、馬車が近づけば門番が優雅に会釈をするのが日常だ。だが、今のカミラにそんな猶予はない。
「――開けなさいッ!! 門を開けろッ!!」
カミラの咆哮は、門番の兵士たちの心臓を鷲掴みにした。その凄まじい気迫に、門番たちは全力で重厚な鉄門を押し開けた。門が完全に開ききるよりも早く、三騎は公爵邸の敷地内へと突入した。

正面玄関では、任務から帰還したばかりの第二部隊長ゼノが、執事長クラウスに報告を行っている最中だった。しかし、外から響く異常な馬蹄の音に、二人は同時に顔を上げた。
「……何事だ」
ゼノが剣の柄に手をかけた瞬間、玄関の扉が、外からの勢いで激しく弾かれた。
「クラウス様! ゼノ殿!!」
飛び込んできたカミラの姿に、二人は息を呑んだ。腕の中には、魂が抜けたかのように震え、うわ言で謝り続けるエレーナがいた。
「お嬢様……!?」
クラウスの端正な顔が、一瞬で凍りついた。
「カミラ殿、何があったのです! お怪我は!?」
「……傷はありません……。でも、お嬢様が……!」
「――ゼノ殿、カミラ殿をそのままお嬢様の部屋へ運びなさい! 離してはなりませんよ!」
クラウスの声が、ホールの高い天井に響き渡った。彼は即座に周囲の使用人、メイドたちへ矢継ぎ早に指示を飛ばしていく。
「アン! すぐに主寝室を温めなさい! 誰か、今すぐにマギーを呼んで来なさい! 彼女がお嬢様の部屋へ向かうよう、最優先で伝えるのです! 急ぐのです!!」
クラウスの苛烈な采配により、屋敷中がかつてない緊迫感に包まれ、一斉に動き出した。

エレーナが自室のベッドに横たえられた、まさにその時だった。
「エレーナ様ッ!! 何があったのですか!!」
廊下を駆ける激しい足音と共に、扉が開き、メイド長のマギーが飛び込んできた。普段の冷静な彼女からは想像もつかない、取り乱した姿だった。
マギーはベッドサイドに膝をつくと、震えるエレーナの手を包み込んだ。
「ああ、なんてこと……! 誰が、誰がこんな酷いことを!!」
マギーの温かい手が、エレーナの背中を優しくさすり始める。
「エレーナ様、マギーでございますよ。もう何も怖くありませんよ……」
マギーの懸命な呼びかけに、エレーナの激しい痙攣が、わずかに収まっていく。だが、その瞳にはまだ、消えない恐怖がこびりついていた。
第四節:執務室の報告 ――「フェリミア」という名の糸口――
カミラはマギーにエレーナを託すと、フェイ、ジョエルと共に執務室へと向かった。そこには、緊急帰還したヴィンセントが、全身から冷徹な怒りを放って立っていた。
「……報告しろ。何が起きた」
カミラが膝をつき、街での出来事を詳細に報告した。
「……お嬢様が崩れ落ちる直前、私たちはある母娘とすれ違いました。その母親が、隣にいた娘を呼んだのです。『フェリミア』と」
その名を聞いた瞬間、ヴィンセントの眉が鋭く寄せられた。エレーナの身元も、彼女がどんな家で育ったのかも、彼らはまだ何一つ知らない。
「お嬢様はその名を聞いた瞬間に、耳を塞いで蹲られました。うわ言では、そのフェリミアという娘に謝り続け、『お母様』と呼ぶ人物に許しを請うておられました」
「……フェリミア。それが、あの子を苦しめていた元凶に繋がる名か」
「そして閣下。その親子が乗っていた馬車には、ヴァルグレイ侯爵家の紋章がありました」
室内が凍りついた。だが、ヴィンセントは冷静だった。
「ヴァルグレイか。……だが、あの侯爵家の令嬢が、あの子に直接手を下した犯人だとは限らん。高位貴族の娘が、人知れずどこかの屋敷で子供を虐待するなど、物理的に不自然だ」
ヴィンセントは、まだエレーナが「伯爵家」の娘であったことすら知らない。だが、確信した。あの親子そのものが犯人ではなくとも、その周囲に答えがあるはずだ。
「ゼノ、クラウス。帝国全土の貴族から**『フェリミア』という名の令嬢がいる家をすべて洗い出せ。ヴァルグレイ侯爵家との接点がある家なら尚更だ」
ヴィンセントはデスクを拳で静かに、しかし重く叩いた。
「エレーナがどこの誰であったのか、そして誰が彼女を壊したのか……。その『フェリミア』という名を持つ者の家を特定すれば、自ずと答えは出る。……徹底的に洗え」
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