41 / 47
第3章:広がる世界と、七歳の肖像
砕かれた平穏、守護者たちの咆哮
しおりを挟む
帝都の午後は、黄金色の陽光に包まれ、すべてが祝福されているかのように穏やかだった。だが、その静寂は一瞬にして、凍りつくような絶望へと塗り替えられた。
「馬を出せ!!3頭今すぐ出せ!早くしろッ!!」
帝都の一角にある、ロゼレイド公爵家直属騎士団の詰所。カミラの裂帛(れっぱく)の気合が響き渡った。彼女の腕の中には、もはや視界に光を宿さず、ガタガタと歯の根も合わぬほどに震え続けるエレーナがいた。
「カミラ様! しかしこれは……!」
詰め寄る番兵を殺気だけで退け、カミラはエレーナを抱えたまま馬に飛び乗った。続いて、顔面を蒼白にしたフェイとジョエルが、予備の馬に跨る。三頭の駿馬が、石畳を火花が散るほどに蹴り上げ、公爵邸へと爆走を開始した。
「……お嬢様、大丈夫ですよ。今、お家に帰りますからね……!」
カミラは馬の腹を蹴り、全力で疾走を始めた。蹄の音が心臓の鼓動を追い越していく。フェイとジョエルも、かつて戦場ですら見せたことのない必死の形相でその後に続いた。
やがて、ロゼレイド公爵邸の白亜の門が見えてくる。通常であれば、馬車が近づけば門番が優雅に会釈をするのが日常だ。だが、今のカミラにそんな猶予はない。
「――開けなさいッ!! 門を開けろッ!!」
カミラの咆哮は、門番の兵士たちの心臓を鷲掴みにした。その凄まじい気迫に、門番たちは全力で重厚な鉄門を押し開けた。門が完全に開ききるよりも早く、三騎は公爵邸の敷地内へと突入した。
正面玄関では、任務から帰還したばかりの第二部隊長ゼノが、執事長クラウスに報告を行っている最中だった。しかし、外から響く異常な馬蹄の音に、二人は同時に顔を上げた。
「……何事だ」
ゼノが剣の柄に手をかけた瞬間、玄関の扉が、外からの勢いで激しく弾かれた。
「クラウス様! ゼノ殿!!」
飛び込んできたカミラの姿に、二人は息を呑んだ。腕の中には、魂が抜けたかのように震え、うわ言で謝り続けるエレーナがいた。
「お嬢様……!?」
クラウスの端正な顔が、一瞬で凍りついた。
「カミラ殿、何があったのです! お怪我は!?」
「……傷はありません……。でも、お嬢様が……!」
「――ゼノ殿、カミラ殿をそのままお嬢様の部屋へ運びなさい! 離してはなりませんよ!」
クラウスの声が、ホールの高い天井に響き渡った。彼は即座に周囲の使用人、メイドたちへ矢継ぎ早に指示を飛ばしていく。
「アン! すぐに主寝室を温めなさい! 誰か、今すぐにマギーを呼んで来なさい! 彼女がお嬢様の部屋へ向かうよう、最優先で伝えるのです! 急ぐのです!!」
クラウスの苛烈な采配により、屋敷中がかつてない緊迫感に包まれ、一斉に動き出した。
エレーナが自室のベッドに横たえられた、まさにその時だった。
「エレーナ様ッ!! 何があったのですか!!」
廊下を駆ける激しい足音と共に、扉が開き、メイド長のマギーが飛び込んできた。普段の冷静な彼女からは想像もつかない、取り乱した姿だった。
マギーはベッドサイドに膝をつくと、震えるエレーナの手を包み込んだ。
「ああ、なんてこと……! 誰が、誰がこんな酷いことを!!」
マギーの温かい手が、エレーナの背中を優しくさすり始める。
「エレーナ様、マギーでございますよ。もう何も怖くありませんよ……」
マギーの懸命な呼びかけに、エレーナの激しい痙攣が、わずかに収まっていく。だが、その瞳にはまだ、消えない恐怖がこびりついていた。
第四節:執務室の報告 ――「フェリミア」という名の糸口――
カミラはマギーにエレーナを託すと、フェイ、ジョエルと共に執務室へと向かった。そこには、緊急帰還したヴィンセントが、全身から冷徹な怒りを放って立っていた。
「……報告しろ。何が起きた」
カミラが膝をつき、街での出来事を詳細に報告した。
「……お嬢様が崩れ落ちる直前、私たちはある母娘とすれ違いました。その母親が、隣にいた娘を呼んだのです。『フェリミア』と」
その名を聞いた瞬間、ヴィンセントの眉が鋭く寄せられた。エレーナの身元も、彼女がどんな家で育ったのかも、彼らはまだ何一つ知らない。
「お嬢様はその名を聞いた瞬間に、耳を塞いで蹲られました。うわ言では、そのフェリミアという娘に謝り続け、『お母様』と呼ぶ人物に許しを請うておられました」
「……フェリミア。それが、あの子を苦しめていた元凶に繋がる名か」
「そして閣下。その親子が乗っていた馬車には、ヴァルグレイ侯爵家の紋章がありました」
室内が凍りついた。だが、ヴィンセントは冷静だった。
「ヴァルグレイか。……だが、あの侯爵家の令嬢が、あの子に直接手を下した犯人だとは限らん。高位貴族の娘が、人知れずどこかの屋敷で子供を虐待するなど、物理的に不自然だ」
ヴィンセントは、まだエレーナが「伯爵家」の娘であったことすら知らない。だが、確信した。あの親子そのものが犯人ではなくとも、その周囲に答えがあるはずだ。
「ゼノ、クラウス。帝国全土の貴族から**『フェリミア』という名の令嬢がいる家をすべて洗い出せ。ヴァルグレイ侯爵家との接点がある家なら尚更だ」
ヴィンセントはデスクを拳で静かに、しかし重く叩いた。
「エレーナがどこの誰であったのか、そして誰が彼女を壊したのか……。その『フェリミア』という名を持つ者の家を特定すれば、自ずと答えは出る。……徹底的に洗え」
「馬を出せ!!3頭今すぐ出せ!早くしろッ!!」
帝都の一角にある、ロゼレイド公爵家直属騎士団の詰所。カミラの裂帛(れっぱく)の気合が響き渡った。彼女の腕の中には、もはや視界に光を宿さず、ガタガタと歯の根も合わぬほどに震え続けるエレーナがいた。
「カミラ様! しかしこれは……!」
詰め寄る番兵を殺気だけで退け、カミラはエレーナを抱えたまま馬に飛び乗った。続いて、顔面を蒼白にしたフェイとジョエルが、予備の馬に跨る。三頭の駿馬が、石畳を火花が散るほどに蹴り上げ、公爵邸へと爆走を開始した。
「……お嬢様、大丈夫ですよ。今、お家に帰りますからね……!」
カミラは馬の腹を蹴り、全力で疾走を始めた。蹄の音が心臓の鼓動を追い越していく。フェイとジョエルも、かつて戦場ですら見せたことのない必死の形相でその後に続いた。
やがて、ロゼレイド公爵邸の白亜の門が見えてくる。通常であれば、馬車が近づけば門番が優雅に会釈をするのが日常だ。だが、今のカミラにそんな猶予はない。
「――開けなさいッ!! 門を開けろッ!!」
カミラの咆哮は、門番の兵士たちの心臓を鷲掴みにした。その凄まじい気迫に、門番たちは全力で重厚な鉄門を押し開けた。門が完全に開ききるよりも早く、三騎は公爵邸の敷地内へと突入した。
正面玄関では、任務から帰還したばかりの第二部隊長ゼノが、執事長クラウスに報告を行っている最中だった。しかし、外から響く異常な馬蹄の音に、二人は同時に顔を上げた。
「……何事だ」
ゼノが剣の柄に手をかけた瞬間、玄関の扉が、外からの勢いで激しく弾かれた。
「クラウス様! ゼノ殿!!」
飛び込んできたカミラの姿に、二人は息を呑んだ。腕の中には、魂が抜けたかのように震え、うわ言で謝り続けるエレーナがいた。
「お嬢様……!?」
クラウスの端正な顔が、一瞬で凍りついた。
「カミラ殿、何があったのです! お怪我は!?」
「……傷はありません……。でも、お嬢様が……!」
「――ゼノ殿、カミラ殿をそのままお嬢様の部屋へ運びなさい! 離してはなりませんよ!」
クラウスの声が、ホールの高い天井に響き渡った。彼は即座に周囲の使用人、メイドたちへ矢継ぎ早に指示を飛ばしていく。
「アン! すぐに主寝室を温めなさい! 誰か、今すぐにマギーを呼んで来なさい! 彼女がお嬢様の部屋へ向かうよう、最優先で伝えるのです! 急ぐのです!!」
クラウスの苛烈な采配により、屋敷中がかつてない緊迫感に包まれ、一斉に動き出した。
エレーナが自室のベッドに横たえられた、まさにその時だった。
「エレーナ様ッ!! 何があったのですか!!」
廊下を駆ける激しい足音と共に、扉が開き、メイド長のマギーが飛び込んできた。普段の冷静な彼女からは想像もつかない、取り乱した姿だった。
マギーはベッドサイドに膝をつくと、震えるエレーナの手を包み込んだ。
「ああ、なんてこと……! 誰が、誰がこんな酷いことを!!」
マギーの温かい手が、エレーナの背中を優しくさすり始める。
「エレーナ様、マギーでございますよ。もう何も怖くありませんよ……」
マギーの懸命な呼びかけに、エレーナの激しい痙攣が、わずかに収まっていく。だが、その瞳にはまだ、消えない恐怖がこびりついていた。
第四節:執務室の報告 ――「フェリミア」という名の糸口――
カミラはマギーにエレーナを託すと、フェイ、ジョエルと共に執務室へと向かった。そこには、緊急帰還したヴィンセントが、全身から冷徹な怒りを放って立っていた。
「……報告しろ。何が起きた」
カミラが膝をつき、街での出来事を詳細に報告した。
「……お嬢様が崩れ落ちる直前、私たちはある母娘とすれ違いました。その母親が、隣にいた娘を呼んだのです。『フェリミア』と」
その名を聞いた瞬間、ヴィンセントの眉が鋭く寄せられた。エレーナの身元も、彼女がどんな家で育ったのかも、彼らはまだ何一つ知らない。
「お嬢様はその名を聞いた瞬間に、耳を塞いで蹲られました。うわ言では、そのフェリミアという娘に謝り続け、『お母様』と呼ぶ人物に許しを請うておられました」
「……フェリミア。それが、あの子を苦しめていた元凶に繋がる名か」
「そして閣下。その親子が乗っていた馬車には、ヴァルグレイ侯爵家の紋章がありました」
室内が凍りついた。だが、ヴィンセントは冷静だった。
「ヴァルグレイか。……だが、あの侯爵家の令嬢が、あの子に直接手を下した犯人だとは限らん。高位貴族の娘が、人知れずどこかの屋敷で子供を虐待するなど、物理的に不自然だ」
ヴィンセントは、まだエレーナが「伯爵家」の娘であったことすら知らない。だが、確信した。あの親子そのものが犯人ではなくとも、その周囲に答えがあるはずだ。
「ゼノ、クラウス。帝国全土の貴族から**『フェリミア』という名の令嬢がいる家をすべて洗い出せ。ヴァルグレイ侯爵家との接点がある家なら尚更だ」
ヴィンセントはデスクを拳で静かに、しかし重く叩いた。
「エレーナがどこの誰であったのか、そして誰が彼女を壊したのか……。その『フェリミア』という名を持つ者の家を特定すれば、自ずと答えは出る。……徹底的に洗え」
9
あなたにおすすめの小説
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
【完結】ある二人の皇女
つくも茄子
ファンタジー
美しき姉妹の皇女がいた。
姉は物静か淑やかな美女、妹は勝気で闊達な美女。
成長した二人は同じ夫・皇太子に嫁ぐ。
最初に嫁いだ姉であったが、皇后になったのは妹。
何故か?
それは夫が皇帝に即位する前に姉が亡くなったからである。
皇后には息子が一人いた。
ライバルは亡き姉の忘れ形見の皇子。
不穏な空気が漂う中で謀反が起こる。
我が子に隠された秘密を皇后が知るのは全てが終わった時であった。
他のサイトにも公開中。
どうぞお好きに
音無砂月
ファンタジー
公爵家に生まれたスカーレット・ミレイユ。
王命で第二王子であるセルフと婚約することになったけれど彼が商家の娘であるシャーベットを囲っているのはとても有名な話だった。そのせいか、なかなか婚約話が進まず、あまり野心のない公爵家にまで縁談話が来てしまった。
【完結】私が愛されるのを見ていなさい
芹澤紗凪
恋愛
虐げられた少女の、最も残酷で最も華麗な復讐劇。(全6話の予定)
公爵家で、天使の仮面を被った義理の妹、ララフィーナに全てを奪われたディディアラ。
絶望の淵で、彼女は一族に伝わる「血縁者の姿と入れ替わる」という特殊能力に目覚める。
ディディアラは、憎き義妹と入れ替わることを決意。
完璧な令嬢として振る舞いながら、自分を陥れた者たちを内側から崩壊させていく。
立場と顔が入れ替わった二人の少女が織りなす、壮絶なダークファンタジー。
奪われ系令嬢になるのはごめんなので逃げて幸せになるぞ!
よもぎ
ファンタジー
とある伯爵家の令嬢アリサは転生者である。薄々察していたヤバい未来が現実になる前に逃げおおせ、好き勝手生きる決意をキメていた彼女は家を追放されても想定通りという顔で旅立つのだった。
“いつまでも一緒”の鎖、貴方にお返しいたします
柊
ファンタジー
男爵令嬢エリナ・ブランシュは、幼馴染であるマルグリット・シャンテリィの引き立て役だった。
マルグリットに婚約が決まり開放されると思ったのも束の間、彼女は婚約者であるティオ・ソルベに、家へ迎え入れてくれないかというお願いをする。
それをティオに承諾されたエリナは、冷酷な手段をとることを決意し……。
※複数のサイトに投稿しております。
私の、虐げられていた親友の幸せな結婚
オレンジ方解石
ファンタジー
女学院に通う、女学生のイリス。
彼女は、親友のシュゼットがいつも妹に持ち物や見せ場を奪われることに怒りつつも、何もできずに悔しい思いをしていた。
だがある日、シュゼットは名門公爵令息に見初められ、婚約する。
「もう、シュゼットが妹や両親に利用されることはない」
安堵したイリスだが、親友の言葉に違和感が残り…………。
私の容姿は中の下だと、婚約者が話していたのを小耳に挟んでしまいました
山田ランチ
恋愛
想い合う二人のすれ違いラブストーリー。
※以前掲載しておりましたものを、加筆の為再投稿致しました。お読み下さっていた方は重複しますので、ご注意下さいませ。
コレット・ロシニョール 侯爵家令嬢。ジャンの双子の姉。
ジャン・ロシニョール 侯爵家嫡男。コレットの双子の弟。
トリスタン・デュボワ 公爵家嫡男。コレットの婚約者。
クレマン・ルゥセーブル・ジハァーウ、王太子。
シモン・グレンツェ 辺境伯家嫡男。コレットの従兄。
ルネ ロシニョール家の侍女でコレット付き。
シルヴィー・ペレス 子爵令嬢。
〈あらすじ〉
コレットは愛しの婚約者が自分の容姿について話しているのを聞いてしまう。このまま大好きな婚約者のそばにいれば疎まれてしまうと思ったコレットは、親類の領地へ向かう事に。そこで新しい商売を始めたコレットは、知らない間に国の重要人物になってしまう。そしてトリスタンにも女性の影が見え隠れして……。
ジレジレ、すれ違いラブストーリー
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる