ベータですが、運命の番だと迫られています

モト

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5.残念ながら運命と決めてます

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 八乙女の依頼日まで時間は無情に過ぎていった。
 キャンセルされることを願って随時予約状況をチェックするが、何も変わらない。

 嵐の前の静けさかと思うくらい静かで問題のない日々。他の同僚に代わってもらうのも一つの手だが、後々こわい。



 ピンポーン。

 そして、ついに八乙女のマンションのインターフォンを鳴らす時が来てしまった。
 気は重いが、ここまで来たなら仕事だと割り切るしかない。

 八乙女の住まいは高級マンションの最上階。焦げ茶色のドアはすぐに開いた。
 依頼者は同姓同名ではないかと淡い期待を抱いていたけれど、やはり八乙女本人だった。

 前会った時はオールバックに整えられていた髪の毛だけど、今は全部下ろされていて年相応に見える。
 微笑む彼の口元には黒子。
 怖いくらいの美形に怯みそうになるけれど、いかんいかん! これは仕事だ!!


「家事代行サービスの三栗です! お久しぶりです!」

「お久しぶりです。心待ちにしておりました」

「……」

 どうぞ、中にお入りくださいと促される。奥へと案内されると掃除が不要なほどキレイなリビングが広がっていた。置かれている家具はシックでモダン。どれもセンスがいい。

 ウェブの予約ページには記入欄があるけれど、家事とだけ書かれていた。一体何をすればいいのだろう。

「まずご依頼の詳細を教えてください」

 俺はかばんから記入シートを取り出した。
 注意事項など詳しく書いてもらった方が動きやすいことを伝えながら、シートを八乙女に手渡す。
 その時、指先が触れると、きゅっとシートごと俺の手が掴まれた。

 ぎゃひっと俺の心が悲鳴を上げたが、声に出すのは堪えた。

「あ、あのぅ? 八乙女さん? 離してもらえませんか?」

「貴方が僕に何も感じていないことは理解出来ました」

「感じる? な、何を?」

「不思議ですね。どういうことなんでしょうね」

 ──どういうことなんだ?

 手を離そうとするけれど、力強くて離れない。
 もたもたしているうちに八乙女の顔がすぐ近くに。目力が強い。怖い。

 蛇に睨まれた蛙のように固まっていると、その口元が俺の耳元に近づいてふぅと息を吹きかけられた。

「ひぁっ!?」

 緊張状態で耳に息なんぞ吹きかけられたので、足に力が入らなくなり、くにゃっと腰砕け状態になる。床にぺたんと座ると、彼もしゃがみ込んできた。

 汗を掻いた額を彼の手が撫でた。額にひっついた前髪がサイドに分けられる。


「いきなりごめんなさい。だって、僕だけなんて悔しいじゃないですか。貴方にも感じてもらいたいのです」

「ひぇ……ぇ、え…ぇ」

 八乙女は案外力が強く、俺の両脇を掴むと立ち上がらせてソファに座らせた。
 記入シートにササっと書かれた内容は。『掃除、料理、洗濯、買い物、留守中の対応』などで特に変わった依頼ではなかった。


「七生さん、これからよろしくお願いします」

 よろしくという言葉の意味が、家政婦に仕事を頼むのとは違う気がして、思わず聞き直した。

「——こ、これから?」


「はい。残念ながら、貴方は僕の運命です」

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