ベータですが、運命の番だと迫られています

モト

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8.迫ってくるアルファ

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「ひぃいいい!? 待って! 待ってください!」

 近付いてくる八乙女の唇を両手でパシッと塞いだ。
 彼は眉間にシワを寄せてぐぐぐ……と力強く押してくるので、腰をのけ反る。

 八乙女の目がすぅーっと細くなり…………ひぃ、めっちゃメンチ切られとる。

 ぐるんぐるん目を回して狼狽える俺に八乙女は身を引いた。俺も後退ったので俺と八乙女は三歩の距離がある。

「ケチすぎやしませんか。キスの一つや二つ減ったりしません。海外では挨拶がてらするでしょう」

「ひぃ、無理です、無理です! 俺はキスとか好きな人としかできません! 展開が早すぎます! 待ってくれるためのお試し期間じゃないんですか!?」

 お試し始まって二時間だけど、もうやめたい! この人無理だ!
 喉から「や」が出てそうになっていると、八乙女が感心したように呟いた。

「……古風な」
「悪いですか!」
「いいえ、全く悪くありません」

 彼の眉間が広がりシワがなくなる。肩の力を抜いて何か納得している。

「ケチだなんて言って失礼しました」

「え? え……あ、いえ……、分かって頂けたなら」

「お仕事柄アルファやオメガに言い寄られることもあるでしょうし。むしろ身持ちが固い事は良い事です。素敵です、安心できます」

 褒めるとこそこなの!?
 そもそも俺にセクハラしてくる奴自体が今までいなくて、アンタが初めてだよ!

「あ……安心安全がモットーですので」

 いつも自信満々で伝えるマイセリフが弱弱しくなる。それなのに八乙女は「流石」とにこやかに拍手する。


 ────……この人、めちゃくちゃやりにくい。



 ちゃんと仕事との一線引こう。

 とにかく、今後の仕事に差し支えないように業務連絡しておかなくちゃと仕事時間終了十分前にリビングで相談することにした。

 キッチンにお高いお茶があったので淹れて八乙女の前に差し出す。彼はすぐに湯呑みを口に持っていった。

「美味しい」
「よかったです」
 昨日、同じお茶を八乙女自身も淹れて飲んだらしいが、全然味わいが違うと感心している。
 褒められることは単純に嬉しい。
 一緒に飲みましょうと誘われるまま、俺もお茶を飲んだ。

「こんな美味しいお茶が飲めるなんて。素敵な嫁になりますね」
「ぶぶぶぅうううっ!? ゴホッゴホゴホ!」


 とんでもない発言にお茶が気管支に入りそうになってむせて鼻に入った。鼻奥が痛い。
 大丈夫かと〇セレブのフワフワティッシュを手渡してくれる。それで鼻を押さえながら呼吸を整える。


 嫁……!?
 嫁って言ったよね!?
 だからなんでそんなにかっ飛ばしているんだ!? お試し期間だって言っただろう!? あぁぁ!! 早く“勘違い”だって気付いてくれよぉ!

 ゴホンッと咳払いをして姿勢を正す。

「……八乙女さん、これからのことでご相談があります」

「はい。なんでしょうか」

 まずはプライベートと仕事を分けてもらうように伝える。
 仕事中はセクハラ禁止だし、恋人同士のような雰囲気や会話は避けたい。勿論キスはもってのほかだ。今日みたいなことは絶対に止めて欲しい。
 八乙女が手帳を開いた。

「ならプライベートの空き状況を教えてください」
「お、追々……! 追々に!」

 プライベートまで八乙女に会ったら、気が休まらない。
 それにしてもすぐにアポイント取って来るな。うっかり話したことがとんでもないことになりそうだ。油断出来ない。

 あれやこれやと伝えたいことを言い切った。
 とりあえず静かに聞いてくれた八乙女だが、コトンと静かに手帳をサイドテーブルに置いて据えた目で右手を出した。
 これは怒っている。
 この部屋の冷気が漂ってフルフル身体の震えが止まらない。

「はい。これからよろしくお願いします」
「ぁ、え、と。握手? あ……はははは……はい……」

 その雰囲気にビビりまくって変な笑いが口から零れてきた。


 
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