17 / 25
17.お試しは終わったはずなのに
しおりを挟む
──もうごっこはやめましょう。
「嫌です」
「……」
秒速の反応で八乙女が拒否をする。
「先日、七生さんの身体に触れたことが原因でしょうか。ですが、あのとき、七生さんは嫌がっていなかった。ギリギリのラインでしか触れていません」
「八乙女さ」
「ですが、あとになって後悔されたのでしょう。では、改めてどこまでならいいのか相談しましょう。いえ、僕の理性が心配だという話ならば、七生さんに合わせますので」
「……」
八乙女は勢いよく言葉を紡ぐ。
俺に次の言葉を言わせる前に、考えを改めさせているみたいだ。
必死な様子を知れば知るほど……
誰か八乙女に、俺が運命じゃないって分からせてくれよ。
「七生さんの負担になると言うのなら、毎日家事代行に来ていただくのもやめます」
「そうですね」
「……」
「俺は八乙女さんの担当を外れます。料理自慢のスタッフがいるんですよ」
料理はその方に教えてもらってください。
そう言いながら、エプロンを外すと、腕を掴まれ、引っ張られた。八乙女の胸の中にあっという間に入ってしまう。
「待ってください。貴方以外にいないんです」
「……」
俺は、すんっとそこで鼻を啜った。
ほんのわずかなたばこの匂い。それしか分からないので、俺はその胸に手を突っ伏して、離れた。
そして八乙女に背を向けて、仕事の報告を淡々と済ませたあと、帰り支度をする。
「──担当はそのままで」
玄関先で、靴を履き替えた俺に八乙女は言った。
「来週の月曜。いつも通りの時間、七生さんをお待ちしております」
八乙女の必死な表情に、俺は断ることが出来なかった。
◇◇◇
「え~? 三栗さん、本当に別れちゃったの!?」
今、俺は仕事でSEIの買い物について来ている。互いにラフな私服だ。
話はSEIの突発的な発情期の原因について、で、引き金になったアルファがいたかもしれない。ということだった。アルファというだけで、いつの間にか、八乙女の話へと移っていた。
「……SEI、俺の話はいいから」
二日前、俺は八乙女との“お試し期間”を一方的にやめた。
八乙女は頑なに嫌だと言ったが、俺も譲らなかった。
こうして、誰かに話したい気分ではなかったし、変に茶化したくもなかった。
SEIに聞かれて嘘をつくのも違うかと、正直に話したけど、結局「もう勘弁して」と会話から逃げてしまった。
の、だが……
「なんですか。その人は」
「や、八乙女さん?」
ブランド店が立ち並ぶ通りの角を曲がった時、偶然、オフィスビルから出てくる八乙女と出会った。
街を歩いていると、客とすれ違うことはよくある。
みんな軽く会釈する程度なのに。八乙女は、滅茶苦茶メンチ切るタイプらしい。
目が合った途端、アァン? 目があったやないケェ!? と言わんばかりに大股で寄ってきたのだ。
八乙女のあまりの迫力に、目が彷徨う。
「……仕事中です」
「仕事?」
「はい」
SEIは、毎日の鬱憤晴らしに買い物がしたいと言うので、付き合っていたのだ。
街中だから、ファンに見つかって、人混みを避ける想像をしていた。もっとボディーガード的な役目だと思っていたのだが、SEIの変装は完璧で今のところみつかっていない。
で、
SEIに腕を組まれて、コーヒー片手に自分も楽しんでしまっていた。
まさか、今、八乙女と鉢合うなんて。
八乙女の家庭代行はそのまま続行しているけど、こんな風に顔を合わせるのは二日ぶりだ。
「え──あぁっその威圧! アルファ臭! 三栗さんの恋人だった人!」
俺の後ろからひょこっと顔を出したSEIが八乙女を指さした。
「はぁ?」
途端、八乙女が任侠映画に出てくるヤクザそのものの雰囲気で睨むので、慌てて「後ろに隠れてください」と下がらせる。
八乙女の長い足が、また一歩詰めよってくるので距離が縮まる。
今までにない不機嫌。──威圧感半端ない。
「七生さん、本当に仕事ですか?」
「し、仕事です」
「へぇ、仕事。それにしちゃぁ密着しすぎやしませんか。腕を巻き付かせてベタベタして。今は背中に引っ付かせている。確か仕事中は駄目だと僕のときは拒否したじゃないですか」
「お、落ち着いて……、落ち着いてください」
「落ち着いて? 落ち着いているじゃないですか?」
額に青筋が立っている人の言うセリフじゃないから⁉
「うーわ、嫉妬深い人って嫌だよね。もっと嫌われちゃうよ」
俺の後ろで〇指を立てているSEI。ひぃ、こら、やめなさい!
此方が失礼なら、彼方も失礼。
八乙女は嫌悪を剥き出しにした表情をした。
「ゴミ臭い。あぁ、なるほど。貴方がSEIですね。以前、七生さんが持っていた臭いチョーカー裏に名前が書かれていましたから知っていますよ」
「はぁ、ゴミ臭い? 臭いのは、アンタの嫉妬深いフェロモンの方でしょう?」
あ。
なにこれ。胃が痛い。
すぐに訂正したいところだけど、八乙女がSEIと言ったことで、周囲にいた人が「え、SEI?」と視線が集まる。
変装は完璧だけど、人目が多くなると危ない。
ここは避難しなくちゃと、近くのファミレスに駆けこんだ。
個室需要が高まっている昨今、そのファミレスにも個室があった。
掘りごたつのお洒落席だ。
そこで……
「三栗さんも食べるでしょ? 何食べたい? いつものお礼に僕奢るから」
「七生さんの分は僕が支払います。七生さん、なんでもどうぞ」
「……自分で払います」
何故かSEIに張り合おうとする八乙女。
何か今日は様子が酷くおかしい。
いつもはこんな子供じみたことをする人じゃないのに。
「七生さんとあんまり引っ付かないでもらえますか」
「こわ、何言っているの。こういう席じゃ普通だよね?」
俺の隣にSEIが座っているのだが、そんなに広くないテーブルなので横座りになると肩と肩が微かに当たる。
「普通? 仕事中にその距離間は普通じゃないでしょう?」
「普通だよね!」
「へぇ、普通ねぇ……」
おい、もうよせ。俺の胃を爆発させる気か。
それにしても、八乙女が睨んでいるのに、流石SEIだ。
色んなアルファが出入りする芸能界で戦っているだけあって、飄々としている。
「あ、そういえばマネージャーも三栗さんと話したいって言ってたよ。フェスの打ち合わせかな」
SEIは怯むどころか、俺にだけ会話してくる。
「あの、SEI? ここでその話をしても大丈夫ですか?」
「いいんじゃない? 僕がフェスに出ることは公式ホームページにも載っているし。第一この人、僕に興味なさそうじゃん」
SEIと俺にしか分からない話題で八乙女の額には青筋が立っている。
完全に面白がっているSEIと始終睨む八乙女。
俺は一応サンドウィッチを注文したのだが、この雰囲気に一口食べて満腹になってしまった。
「嫌です」
「……」
秒速の反応で八乙女が拒否をする。
「先日、七生さんの身体に触れたことが原因でしょうか。ですが、あのとき、七生さんは嫌がっていなかった。ギリギリのラインでしか触れていません」
「八乙女さ」
「ですが、あとになって後悔されたのでしょう。では、改めてどこまでならいいのか相談しましょう。いえ、僕の理性が心配だという話ならば、七生さんに合わせますので」
「……」
八乙女は勢いよく言葉を紡ぐ。
俺に次の言葉を言わせる前に、考えを改めさせているみたいだ。
必死な様子を知れば知るほど……
誰か八乙女に、俺が運命じゃないって分からせてくれよ。
「七生さんの負担になると言うのなら、毎日家事代行に来ていただくのもやめます」
「そうですね」
「……」
「俺は八乙女さんの担当を外れます。料理自慢のスタッフがいるんですよ」
料理はその方に教えてもらってください。
そう言いながら、エプロンを外すと、腕を掴まれ、引っ張られた。八乙女の胸の中にあっという間に入ってしまう。
「待ってください。貴方以外にいないんです」
「……」
俺は、すんっとそこで鼻を啜った。
ほんのわずかなたばこの匂い。それしか分からないので、俺はその胸に手を突っ伏して、離れた。
そして八乙女に背を向けて、仕事の報告を淡々と済ませたあと、帰り支度をする。
「──担当はそのままで」
玄関先で、靴を履き替えた俺に八乙女は言った。
「来週の月曜。いつも通りの時間、七生さんをお待ちしております」
八乙女の必死な表情に、俺は断ることが出来なかった。
◇◇◇
「え~? 三栗さん、本当に別れちゃったの!?」
今、俺は仕事でSEIの買い物について来ている。互いにラフな私服だ。
話はSEIの突発的な発情期の原因について、で、引き金になったアルファがいたかもしれない。ということだった。アルファというだけで、いつの間にか、八乙女の話へと移っていた。
「……SEI、俺の話はいいから」
二日前、俺は八乙女との“お試し期間”を一方的にやめた。
八乙女は頑なに嫌だと言ったが、俺も譲らなかった。
こうして、誰かに話したい気分ではなかったし、変に茶化したくもなかった。
SEIに聞かれて嘘をつくのも違うかと、正直に話したけど、結局「もう勘弁して」と会話から逃げてしまった。
の、だが……
「なんですか。その人は」
「や、八乙女さん?」
ブランド店が立ち並ぶ通りの角を曲がった時、偶然、オフィスビルから出てくる八乙女と出会った。
街を歩いていると、客とすれ違うことはよくある。
みんな軽く会釈する程度なのに。八乙女は、滅茶苦茶メンチ切るタイプらしい。
目が合った途端、アァン? 目があったやないケェ!? と言わんばかりに大股で寄ってきたのだ。
八乙女のあまりの迫力に、目が彷徨う。
「……仕事中です」
「仕事?」
「はい」
SEIは、毎日の鬱憤晴らしに買い物がしたいと言うので、付き合っていたのだ。
街中だから、ファンに見つかって、人混みを避ける想像をしていた。もっとボディーガード的な役目だと思っていたのだが、SEIの変装は完璧で今のところみつかっていない。
で、
SEIに腕を組まれて、コーヒー片手に自分も楽しんでしまっていた。
まさか、今、八乙女と鉢合うなんて。
八乙女の家庭代行はそのまま続行しているけど、こんな風に顔を合わせるのは二日ぶりだ。
「え──あぁっその威圧! アルファ臭! 三栗さんの恋人だった人!」
俺の後ろからひょこっと顔を出したSEIが八乙女を指さした。
「はぁ?」
途端、八乙女が任侠映画に出てくるヤクザそのものの雰囲気で睨むので、慌てて「後ろに隠れてください」と下がらせる。
八乙女の長い足が、また一歩詰めよってくるので距離が縮まる。
今までにない不機嫌。──威圧感半端ない。
「七生さん、本当に仕事ですか?」
「し、仕事です」
「へぇ、仕事。それにしちゃぁ密着しすぎやしませんか。腕を巻き付かせてベタベタして。今は背中に引っ付かせている。確か仕事中は駄目だと僕のときは拒否したじゃないですか」
「お、落ち着いて……、落ち着いてください」
「落ち着いて? 落ち着いているじゃないですか?」
額に青筋が立っている人の言うセリフじゃないから⁉
「うーわ、嫉妬深い人って嫌だよね。もっと嫌われちゃうよ」
俺の後ろで〇指を立てているSEI。ひぃ、こら、やめなさい!
此方が失礼なら、彼方も失礼。
八乙女は嫌悪を剥き出しにした表情をした。
「ゴミ臭い。あぁ、なるほど。貴方がSEIですね。以前、七生さんが持っていた臭いチョーカー裏に名前が書かれていましたから知っていますよ」
「はぁ、ゴミ臭い? 臭いのは、アンタの嫉妬深いフェロモンの方でしょう?」
あ。
なにこれ。胃が痛い。
すぐに訂正したいところだけど、八乙女がSEIと言ったことで、周囲にいた人が「え、SEI?」と視線が集まる。
変装は完璧だけど、人目が多くなると危ない。
ここは避難しなくちゃと、近くのファミレスに駆けこんだ。
個室需要が高まっている昨今、そのファミレスにも個室があった。
掘りごたつのお洒落席だ。
そこで……
「三栗さんも食べるでしょ? 何食べたい? いつものお礼に僕奢るから」
「七生さんの分は僕が支払います。七生さん、なんでもどうぞ」
「……自分で払います」
何故かSEIに張り合おうとする八乙女。
何か今日は様子が酷くおかしい。
いつもはこんな子供じみたことをする人じゃないのに。
「七生さんとあんまり引っ付かないでもらえますか」
「こわ、何言っているの。こういう席じゃ普通だよね?」
俺の隣にSEIが座っているのだが、そんなに広くないテーブルなので横座りになると肩と肩が微かに当たる。
「普通? 仕事中にその距離間は普通じゃないでしょう?」
「普通だよね!」
「へぇ、普通ねぇ……」
おい、もうよせ。俺の胃を爆発させる気か。
それにしても、八乙女が睨んでいるのに、流石SEIだ。
色んなアルファが出入りする芸能界で戦っているだけあって、飄々としている。
「あ、そういえばマネージャーも三栗さんと話したいって言ってたよ。フェスの打ち合わせかな」
SEIは怯むどころか、俺にだけ会話してくる。
「あの、SEI? ここでその話をしても大丈夫ですか?」
「いいんじゃない? 僕がフェスに出ることは公式ホームページにも載っているし。第一この人、僕に興味なさそうじゃん」
SEIと俺にしか分からない話題で八乙女の額には青筋が立っている。
完全に面白がっているSEIと始終睨む八乙女。
俺は一応サンドウィッチを注文したのだが、この雰囲気に一口食べて満腹になってしまった。
611
あなたにおすすめの小説
言い逃げしたら5年後捕まった件について。
なるせ
BL
「ずっと、好きだよ。」
…長年ずっと一緒にいた幼馴染に告白をした。
もちろん、アイツがオレをそういう目で見てないのは百も承知だし、返事なんて求めてない。
ただ、これからはもう一緒にいないから…想いを伝えるぐらい、許してくれ。
そう思って告白したのが高校三年生の最後の登校日。……あれから5年経ったんだけど…
なんでアイツに馬乗りにされてるわけ!?
ーーーーー
美形×平凡っていいですよね、、、、
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
番解除した僕等の末路【完結済・短編】
藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。
番になって数日後、「番解除」された事を悟った。
「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。
けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。
運命じゃない人
万里
BL
旭は、7年間連れ添った相手から突然別れを告げられる。「運命の番に出会ったんだ」と語る彼の言葉は、旭の心を深く傷つけた。積み重ねた日々も未来の約束も、その一言で崩れ去り、番を解消される。残された部屋には彼の痕跡はなく、孤独と喪失感だけが残った。
理解しようと努めるも、涙は止まらず、食事も眠りもままならない。やがて「番に捨てられたΩは死ぬ」という言葉が頭を支配し、旭は絶望の中で自らの手首を切る。意識が遠のき、次に目覚めたのは病院のベッドの上だった。
カミサンオメガは番運がなさすぎる
ミミナガ
BL
医療の進歩により番関係を解消できるようになってから番解消回数により「噛み1(カミイチ)」「噛み2(カミニ)」と言われるようになった。
「噛み3(カミサン)」の経歴を持つオメガの満(みつる)は人生に疲れていた。
ある日、ふらりと迷い込んだ古びた神社で不思議な体験をすることとなった。
※オメガバースの基本設定の説明は特に入れていません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる