大絶滅 2億年後 -原付でエルフの村にやって来た勇者たち-

半道海豚

文字の大きさ
3 / 40
第1章 2億年後

01-003 広大なひまわり畑

しおりを挟む
 健吾と耕介はウニモグを放棄するつもりだったが、亜子、彩華、心美は違った。
 キャンピングトレーラーは快適なのだ。キッチンとトイレがある。シャワーと小型の洗濯機も装備している。
 ベッドはフカフカではないが、十分に快適だ。
 心美が身振り手振りでレスティに意見を尋ねると、彼女は泣き出してしまった。
 レスティからウニモグとキャンピングトレーラーの遺棄を聞いたシルカも反対する。
 亜子が「燃料が手に入るんだから、捨てることないじゃん!」と言うと、彩華と心美が「そうよ、そうよ」と合いの手を入れる。

 健吾が「計画が滅茶苦茶になる」と抗議し、耕介は「何でもかんでも上手くいくわけじゃない」と戒めるが、便利グッズを獲得した女子には抗えない。
 結局、放棄せずに使うことにする。完全な根負けで、健吾が彩華に何かを言われ、中立に転じたことは耕介にとっては裏切りに等しい。
 ただ、現状のままでは非効率だとして、耕介が策を考えることになった。

 耕介によれば「ウニモグは望んでも手に入らないクルマだ」とは言うが、同時に「燃料の消費が格段に増える」と心配する。
 耕介は裏切り者ではあるが健吾と相談し、ここから先の方針を検討する。
 耕介が編み出した案はシンプルだった。
「燃費の悪いウニモグは捨てる。
 そうする以外にない。
 だけど、キャンピングトレーラーは残す。
 問題は、俺たちのトレーラーが積んでいる荷物をどうするか、だ」
 健吾は、ウニモグについては思うところがある。
「ウニモグの所有者は、資金力があったんだ。
 キャンピングトレーラーだって、とんでもなく豪華だ。オフロード用大直径エアレスタイヤに、4輪独立懸架。
 時渡りに際して、財産を惜しまなかったんだ。いや、トレーラーは時渡り以前から所有していた。
 時渡りにあたって、ベッドだけ改造したんだ。ベッドだけは他の造作よりも貧相だからね。そうであっても、超豪華だ。
 来世でも同じ生活をしようと考えた古代エジプトのファラオと一緒だよ。
 だけど、燃料には限りがある。どれだけあっても、安心はない。
 俺たちも同じだ。基本はね。だけど、俺たちは快適さよりも行動距離を考えた。
 結果、俺たちには十分な燃料が残っている。この状況は崩したくない」
 耕介も同じ考えだった。
「キャンピングトレーラーをトラクターで牽引する。牽引できるようにする。
 そうするとして、トレーラーの荷物をどうやって運ぶ?
 その解決策が見つからない。
 だけど、明日から牽引フックの改造を始めようと思う。
 手伝ってくれるか?」
 健吾が「もちろんだ」と快諾する。

 耕介は難航を予測していたが、ウニモグの牽引フックをトラクターに取り付ける作業は、意外なほど簡単だった。
 トラクターのほうがフックの位置が低いので、その位置変更に苦労した程度。鋼材・部材の予備はあるし、工具も用意している。車輌の破損にも対応できるよう、溶接機と溶断機も持っている。

 シルカは、耕介と健吾の作業に興味があるらしく、見逃すまいと寸刻も離れない。
 2人の手際がよく、川の流れのように作業が進む。

 耕介が亜子、彩華、心美に言い放つ。
「トラックは放棄、キャンピングトレーラーは牽引していく。
 俺たちのトレーラーの荷物は置いていかない。
 そうできる方法を考えて」
 3人の動きは速かった。それに、レスティも協力する。
 当然、シャーシは鋼製だろうが、架装しているキャビンの外壁は軽合金製のモノコック構造。内装も軽量化のために樹脂を多用している。
 見かけほど重くはなさそうだ。
 ベッドは、2段ベッドが2つ、それと最後部の切りかけ部分がベッドになっている。都合5人分のベッドがある。

 亜子たちは、高級そうなグラスや磁器を惜しげもなく車外に出していく。ダイニングテーブルを撤去、バーカウンターも撤去、食器棚も撤去、ワインセラーも撤去。実に手際よく解体していく。
 キッチンとダイニングから撤去しなかったのは冷蔵庫のみ。理由は簡単。彼らの冷蔵庫よりも大容量だから。
 そして、食料、食器、衣類、寝具などを手際よく運び込む。
 ウニモグの所有者の所持品は、一切合切車外に出した。
 電気で動く工具類は車内に、エンジンで動く道具は車体全体を覆うロールバーに取り付けたルーフキャリアに運び上げ、防水シートで覆った。
 問題は燃料で、1500キロ走って、トラクターは100リットル、バイクは2台で75リットルしか消費していない。遺棄できる燃料容器は、赤ポリタンク4個しかない。空のジェリカンが2缶あるが、これは捨てたくない。
 計算上、バイク2台の燃料は6500キロ分残っていて、トラクターは4500キロ進める。
 燃料の消費率は地形に左右されるが、想定以上に燃料の消費が多い。それと、発電機など、ガソリンエンジンを使う機械の消費も意外と増えている。
 電気がなければ何もできない。電気を得るには、発電機を動かさなくてはならない。発電機を動かせば、ガソリンが減る。
 当然の結果だ。

 耕介の案は非現実的だった。
「ジェリカン6個とドラム缶3個を載せるトレーラーを作ろう」
 健吾が訝る。
「何で引っ張るんだ」
「キャンピングカーの後部に連結する。
 言いたいことはわかるが、それしかない」
「耕介、あのトラクターで引けると思うのか。
 やはり、キャンピングカーは無理があるんじゃないのか?」
「無理は承知だ。
 健吾。
 それしか方法がない」
「トレーラーを作るって……。
 どうやって?」
「俺たちのトレーラーを改造する。
 上物のFRPキャビンを撤去して、車輪から後方を切断する。
 荷台は2.5メートル短くなる。
 トラクターで牽引できると思う」
「耕介、スピードが出せないぞ。
 たぶん、徒歩と同じくらいの速さになってしまう」
「それでもいいさ。前進できるなら、それでいい。
 健吾に対案はあるの?」
「う~ん。
 素人考えだけど、いい?」
「いいよ。
 迷案、珍案、大歓迎だ」
「キャンピングトレーラーの前部、シャーシがV字形の部分にトランクとスペアタイヤがあるだろ、この2つを撤去して、カゴみたいなものを作って載せる。
 材料はウニモグからもらう。荷台のアオリとか使えるでしょ。
 ここにジェリカンとポリタンを並べて置く。
 キャンピングトレーラーの後部は、斜め上方、逆台形に成型されているよね。オーバーハングを稼ぐために。
 シャーシを見たんだけど、整形板を外せば、シャーシの後端が見える。
 で、シャーシを継ぎ足す。継ぎ足したシャーシに奥行き60センチ、幅180センチの荷台を取り付ける。
 この大きさならドラム缶3個を立てて置ける」
「健吾の案のほうが現実的かもな。
 キャンピングトレーラーのサスを見たか?
 1輪にショックが3本だぞ。
 贅の限りってヤツだ。俺たちの貧乏トレーラーとは雲泥の差だよ。
 ドラム缶3本くらいどうにでもなるさ。
 だけど、継ぎ足しシャーシで600キロの過重を支えられるか?」
「健吾、それを何とかするのがおまえだろ。
 ある道具、ある材料で、何とか考えてくれ」

 耕介の工作は、健吾が考えたものよりもはるかに精巧だった。
 手持ちの等辺アングル鋼と網板(エキスパンドメタル)を使って、トレーラー前部にドラム缶3本分のラックを作った。
 そして、ラックの前に手動クレーンを移植する。これで、重さ200キロのドラム缶を積み込みできる。
 ドラム缶は2缶に減らす。
 軽油を一部の飲料水用白ポリタンクに移す。これで、ドラム缶を1缶減らす。もちろん、空になった赤ポリタンクやジェリカンも使う。
 工作が面倒なシャーシの延長はしない。車体全体がロールバーで保護されているが、これを利用して車体後部にラックを新設。ここにジェリカンとポリタンを2段で載せる。
 ラックは手持ちの等辺アングル鋼を使って作った。
 スペアタイヤは普通のオフロードタイヤなので放棄、ルーフにはトラクターのスペアタイヤ4本を持ち上げた。この重労働は、全員総出の作業になった。
 スペアタイヤは、ルーフキャリアに置き、ラッシングベルトで固定した。
 工作は、1日で終わる。

 移動の準備が終わり、電源の供給もでき、ブレーキは慣性方式なので問題なしとなった。

 道に出るには、村に向かわなくてはならないが、村に行けば当然のようにもめ事になる。健吾が偵察すると、村は占領され、一部の村民は強制労働をさせられている様子だった。
 亜子の判断は、川に沿って20キロ進み、その付近で道を見つける、というものだった。
 その方針で、進むことになる。

 驚くべきことがある。
 心美がレスティと会話できるのだ。十分ではないが、意思の疎通ができる。心美がレスティから、この地方の言葉を教わった。
 シルカによると、植物油を生産している地方までは「ウマで5日」とのことだった。
 健吾が「1日40キロとすれば200キロ、50キロなら250キロ。
 ここから200キロから300キロ離れていることになるね」とおおよその目処を示す。

 シルカは、剣以外の持ち物をすべて失っていた。村か街に立ち寄って、買い物がしたいと心美に伝えた。

 村を見るたびに5人の心が痛む。シルカとレスティも同じだろう。
 襲撃され、占領され、生き残った村民は捕らえられた。
 シルカとレスティは、トレーラーの中に隠れた。見つかれば、捕らえられてしまう。
 亜子たちは、ヒトなので見逃される。だが、ひどく蔑まれる。それは態度でわかるし、片言しかわからない心美が悔し涙をにじませることもある。
 それでも、もめ事を起こさないよう、用心しながらやり過ごした。

 心美によると……。
「シルカは、カレテスという小国の王女の護衛だったんだ。
 だけど、カレテスがシンガザリに侵略されて、王家が滅びてしまう。
 シルカがどこに行こうとしているのかわからないけれど、シンガザリから逃げていることは確かだよ。
 レスティが言ってたんだけど、シルカはシンガザリの将軍の息子をやっつけたみたい。
 エルフの国は、トレウェリ以外は全部、シンガザリに征服されたんだ。
 私たちは、そのひまわりの国トレウェリに向かっている」

 正確か否かは微妙だが、おおよその情勢は心美が調べてくれた。
 心美はレスティの味方で、シルカにもシンパシーを感じている。
 だが、ヒトではない種のもめ事に介入する気持ちは、亜子にはなかった。自分たちに危害が及ばない限り、スルーするつもりでいる。
 そう耕介に話すとせせら笑われた。
「自分が一番お節介なのに?
 私には関係ないって言っておいて、ぶっ放しそうで怖いよ」

 150キロ東に進むと、シンガザリの軍を見かけなくなる。勢力圏から脱したと考えてよさそうだが、シルカは用心している。
 大きな村がキャンプの近くにあるが、立ち寄っても大丈夫か心配している。

 それに、物資輸送が駄載と馬車の世界では、否応なく亜子たちは目立つ。

 シルカの目的地がわかった。
 彼女は、故郷に帰ろうとしている。だが、そこに家族はいない。
 故郷に帰って、何をしようとしているのか、それはわからない。

 朝食の前、トレーラーから延びるターフの下。全員が起きている。
 男子はトイレ使用禁止なので、健吾が折りたたみのスコップを持っている。
 亜子が言う。
「できるだけ、人家には近付かないことにしよう。
 野菜とかがほしい場合は、シルカと私か彩華が一緒に行く。
 お金がないから物々交換かな?
 物々交換なんてできるのかな?」
 心美がレスティと話す。
「物と物の交換はできるって」

 朝食後、交換できそうな物資をキャンプテーブルに並べる。
 ペティナイフ、万能包丁、スプーンとフォーク、鏡、衣類など。
 シルカは、捨てたはずのガラス食器を出してきた。すべてではなく、グラスなどごく一部。
 2億年前でも、高価な品だと言うことはわかるが、こんなものいらない。
 しかし、シルカには「村が買える」ほどの価値に思えたらしい。
 レスティが怒り出す。
 心美によると「野菜と交換するなんて、ヘン!」と言うことらしい。バランスがとれないのだ。

 シルカがペティナイフを欲しがる。もちろん武器としてだ。
 耕介が自分のハンティングナイフを渡すと、シルカは感激していた。
 その理由が日を経てわかるのだが、耕介は複数持っているものから1つを譲ったにすぎない。

 亜子たちは、小麦粉をまったく持っていなかった。パンは、米粉から作っていた。柔らかく、モチモチしていて、固くてパサパサのこの地方のパンとは違う。
 受け入れられるとは思えない。
 だが、レスティはそうは思わないらしい。
 心美の通訳によると「パンを作って、村で売って、そのお金で野菜を買う」との案だ。
 シルカは反対。
 心美の通訳では「商売をすれば、村の元締めに目を付けられる。危険だ」と。

 理由は曖昧なのに、パンを売るか売らないかが論点になってしまう。
 心美は「おもしろそう」、亜子は「めんどくさい」、彩華は「パン屋さんになりたかったんだ」と。
 小型のパン釜は、キャンピングトレーラーの装備だった。備え付けではなく、ピザ釜と兼用の簡易なキャンプ道具。
 パン焼き器は、亜子たちも持っていた。これで、全米粉の食パンが焼ける。
 しかし、売り物にするには、丸パンがいいと考え、試作してみることにする。目的は、あくまで自家消費用。
 料理なら健吾。
 心美とレスティは遊びながら、亜子は嫌々、彩華は積極的に手伝う。
 シルカは無視。
 耕介は釣りに行った。

 焼き上がりは、バンズ風だった。適度な小麦色で、外も中も柔らかい。
 何となく物足りない。
 健吾が考え込む。
 ジャガイモを蒸かし、荒く潰し、塩を加えてパンに挟んでみる。マヨネーズやケチャップは使っていない。
 コショウも使わなかった。貴重な香辛料だから。
 やはり何かが足りない。キュウリとニンジンのピクルスを刻んで加えた。
 心美とレスティが喜んで食べ、健吾が「腹持ちがいいね」と笑った。

 焼き方を変えたパンは、外側はカリ、内側はシットリ、バゲットとは違うがやや似ている。

 パンを焼く香ばしい匂いが街道に漂う。
 すると、背に荷を背負った行商人が立ち止まる。
「パンを売ってくれないか?」
 レスティが値段を伝えると、行商人が首を振る。シルカが一言伝えると、行商人は渋々だが銀貨1枚を出した。軽い銀貨1枚で、小さな米粉パン2個が等価とわかる。
 1グラムほどの銀を含有する銀貨が最も価値の低い貨幣で、重さの違う銀貨が数種類ある。民間の少額取り引きは、銀貨で行う。
 金貨も存在するが、普通の民衆は金貨を見ることは生涯ない。

 心美が「レスティが値段を言ったら、値切られたんだ。だけど、シルカの長い剣を見て諦めたんだ」とたったいまの出来事を説明する。

 大災厄の混乱の中で、普遍的価値として金がもてはやされた。
 しかし、円を金に換えても、それで食料が買えるわけではない。金の延べ棒を抱きかかえて、餓死する資産家もいた。

 耕介の両親は、東京近郊でナシ農家を営んでいた。自家消費分のコメと野菜も作っていた。
 食糧難になると、たびたび襲われる。彼の父は「奪われるくらいなら」と、コメを金貨に変えた。
 その金貨は、耕介が持っていた。
 心美を含めて、多少はあるが金貨を持っていた。5人とも両親を失っているが、健在なときに「何かあったら使いなさい」と渡されていた。

 耕介がシルカに金貨を見せる。
 心美に手招きして、通訳を頼む。
「どれだけの価値があるか聞いてくれ?」
 心美が「金貨だよ。これで、何が買える?」と彼女の語彙の範囲で尋ねる。
「これは金か?
 これが金貨か?
 初めて見る。
 何が買えるか?
 わからない。
 いや、知らない。
 だけど、とんでもない価値がある。
 誰にも見せてはいけない」
「耕介のだよ」
 心美の言葉を聞き、なぜかシルカが嬉しそうな顔をする。彼女の様子に心美は小首をかしげた。

 パン屋さんごっこで売れたのは、6個。道ばたの商売としては成功か?
 銀貨3枚はレスティに預けられた。レスティにとっては、生涯はじめての通貨所有だった。

 危険が去ったと思えば、警戒心は弛緩する。油断していなくても、危険を察知する能力が減退していく。
 用心して、村や街には入らないが、大きな村の近くでキャンプを張ってしまった。

 シルカの身の上は何もわかっていない。複雑な意思の疎通が難しいことと、シルカが無口なこともある。
 村が襲われた際、シルカは銀貨を入れた巾着と剣を持ち出すだけで精一杯だった。
 鎧を着ける間はなく、靴を履くだけが猶予の限界だった。弓と矢筒も置いてきた。
 きちんとした軍装であれば、誰何されなかっただろう。だが、キャンプで靴を見られた。軍靴を履いているのに、軍装ではない。女性なのに男装している。
 脱走兵ではないかと疑われた。
 彼らのキャンプの近くでは、他の旅人も野営の準備をしており、不審に思った誰かが村の官吏に知らせた。

 官吏は、シンガザリの武装兵を4人ともなっていた。服装が乱れており、士気・統制の低い兵のように見える。
 全員が緊張し、レスティは心美に抱き付いた。
 シンガザリ兵の死角にいた亜子が、気配を消してトレーラー内に消える。
 トレーラーから出てくると、彩華にガンベルトを渡す。小声で「弾を入れた」と伝える。彩華はガンベルトを背に隠すように持つ。
 対して、亜子は見えるように日本刀を専用懸吊具に通す。
 耕介と健吾は、ナイフしか持っていない。シルカは寝るとき以外は帯剣している。寝るときは剣を抱いている。
 5人は事態を見守るしかない。

 官吏は文官ではあるが高圧的だった。シンガザリの官吏は、占領地の政治を受け持つが、実際は徴税しかしていない。
 シルカはそのことをよく知っていた。
 官吏は馬上から詰問する。鐙を外すことさえしない。完全に礼を失している。
「おまえは何ものだ!
 どこの兵だ!
 我が軍の脱走兵か!」
「官吏殿、私はシルカ。
 退役兵だ」
「どこの兵だ!」
「カレテスの兵だった」
「我が軍収容所からの脱走兵だな!」
「いいや、違う。
 カレテスが降伏する前に除隊していた。
 除隊して国に帰るところだ」
「どこに向かっている!」
「生まれ故郷のクルナ村、トレウェリの村だ」
「トレウェリ族か?
 傭兵だな!」
 傭兵と判断したのか、シンガザリ兵が失笑する。シンガザリでは、傭兵は賤しい職業とされている。
「除隊証明を見せろ!」
「申し訳ないが、道中で盗まれた。
 着替えからウマまですべてだ。
 いまは、異国人の好意で故郷に向かっている」
「怪しい!
 捕らえよ!」
「官吏殿、ここで死にたくはなかろう。
 やめておけ」
 シンガザリ兵が大笑いする。
 4人がかりの必要はないと思ったのか、2人がめんどくさそうに下馬する。

 戦いが始まる雰囲気は、言葉がわからなくいても感じていた。
 亜子と彩華がシルカの味方をすることは、耕介と健吾は悟っていた。
 兵2人が剣を抜いた瞬間、健吾は心美を肩に担ぎ、耕介はレスティを抱き上げて、脱兎のごとく逃げた。

 シルカが剣を抜き終わらないうちに、彩華が発射。下馬していた兵2人が吹き飛ぶ。
 亜子は乗馬兵の左太股を斬り、シルカはもう1人の乗馬兵の腹を刺し貫いた。

 一瞬で、兵3人が息をせず、1人は足を両手で押さえている。
 シルカがとどめを刺そうとすると、亜子が止めた。
「大腿静脈を斬った。
 30秒で死ぬ」
 シルカは亜子の言葉を解さなかったが、亜子が生命を助けようとしていないことは解した。

 官吏の逃げ足は速かった。
 数秒で弓の射程圏外に出る。
 彩華は、レミントンM700を道の真ん中で構える。
 乾いた銃声が空気を振るわせる。
 官吏は路上に倒れ、ウマだけが村に帰っていく。

 健吾が「逃げるぞ~」と声をかけ、耕介は幼い2人をトレーラーに乗せ、撤収の準備を始める。
 7人の逃げ足も速かった。
 この戦いは、多くの旅人に見られた。
 シンガザリの横暴をよく思わないエルフたちによって、噂は街道中に広がっていく。

 最低限の休息で、シンガザリの占領地を抜け、トレウェリの勢力圏に入る。
 道の両側は、ひまわり畑。青い空とひまわりしか見えない。

 夜、雨が降った。
 朝は青空。
 そして、ひまわり畑。
 ひまわり畑、ときどき農家、村や街は滅多にない。ひまわり畑の次は、ひまわり畑だ。

 先頭を耕介が走る。亜子が続き、トラクターの健吾が続く。速度は時速15キロから25キロ程度。トラクターはトレーラーが重すぎて30キロ以上出せない。
 燃費も悪い。
 健吾の喫緊の望みは、パワーがあって超絶高燃費なトラクターだ。望み薄だが……。

 パン屋さんごっこは、広いスペースがあって水の補給が可能な場所があると、旅人相手に行った。
 客の大半は、旅の商人か役人だった。彼らしか銀貨を持ち歩かないからだ。
 レスティとシルカが売り、パン作りは心美と彩華の担当。健吾はときどき手伝うが、亜子と耕介は逃げ腰だ。
 トレウェリの勢力圏下では、誰何されることもなく、銀貨と情報の獲得にパン屋は有効だった。
 トレウェリの都やシルカの故郷であるクルナ村の状況もわかった。
 トレウェリの都ハイカンでは、シンガザリに対して主戦派と恭順派が激しく対立している。
 トレウェリは王制ではなく、権力者による合議制を採用していた。権力者の中から統領を決め、指導者としている。
 恭順派はシンガザリの調略を受けていて、主戦派は武器商人から多額の賄賂を受け取っている。
 つまり、どちらも腐っている。
 これが、商人たちの噂。役人たちは、主戦派に勢いがあると判断している。彼らもどちらに付くかで、人生が変わる。
 耕介の感想は「2億年後も2億年前も同じじゃねぇか。つまんねぇ」だった。

 クルナ村については、都よりもいい噂がない。村の統治は機能していない。実力者シークムントの私領化してしまっている。
 都の混乱と治安の悪化に乗じて、対立者や競争相手を排除していた。

 亜子たちはクルナ村には行くつもりで、その先の情報によって、行く先を決めようと考えていた。シルカとの別れは惜しいが、仕方ない。
 レスティがどうするかは、レスティが決めればいいと。同行は歓迎している。

 今日もひまわり畑を走る。左右の視界が悪く、前方しか見えない。
 突然、ひまわり畑が終わり、ムギ畑になる。広大なムギ畑だ。視界にはムギ畑と、点々と民家があるだけ。
 心美が「きれいだね」と言い、彩華が微笑んで同意する。
 シルカが「クルナ……」と発し、ついに彼女との別れの地に至ったことを悟る。
 心美は一気に悲しくなった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

身体交換

廣瀬純七
SF
大富豪の老人の男性と若い女性が身体を交換する話

おめでとう。社会貢献指数が上がりました。

水井伸輔(Mizui Shinsuke)
SF
「正しく」生きれば、どこまでも優しいこの国。 17歳のシュウは、社会貢献指数を高め、平穏な未来を手に入れようとしていた。しかし、システムに疑問を抱く父のランクは最低の「D」。 国家機能維持条項が発令された夜、シュウの端末に現れたのは、父の全権利を支配するための「同意」ボタンだった。 支配か、追放か。指先ひとつで決まる、親子の、そして人間の尊厳の行方。

【架空戦記】狂気の空母「浅間丸」逆境戦記

糸冬
歴史・時代
開戦劈頭の真珠湾攻撃にて、日本海軍は第三次攻撃によって港湾施設と燃料タンクを破壊し、さらには米空母「エンタープライズ」を撃沈する上々の滑り出しを見せた。 それから半年が経った昭和十七年(一九四二年)六月。三菱長崎造船所第三ドックに、一隻のフネが傷ついた船体を横たえていた。 かつて、「太平洋の女王」と称された、海軍輸送船「浅間丸」である。 ドーリットル空襲によってディーゼル機関を損傷した「浅間丸」は、史実においては船体が旧式化したため凍結された計画を復活させ、特設航空母艦として蘇ろうとしていたのだった。 ※過去作「炎立つ真珠湾」と世界観を共有した内容となります。

本能寺からの決死の脱出 ~尾張の大うつけ 織田信長 天下を統一す~

bekichi
歴史・時代
戦国時代の日本を背景に、織田信長の若き日の物語を語る。荒れ狂う風が尾張の大地を駆け巡る中、夜空の星々はこれから繰り広げられる壮絶な戦いの予兆のように輝いている。この混沌とした時代において、信長はまだ無名であったが、彼の野望はやがて天下を揺るがすことになる。信長は、父・信秀の治世に疑問を持ちながらも、独自の力を蓄え、異なる理想を追求し、反逆者とみなされることもあれば期待の星と讃えられることもあった。彼の目標は、乱世を統一し平和な時代を創ることにあった。物語は信長の足跡を追い、若き日の友情、父との確執、大名との駆け引きを描く。信長の人生は、斎藤道三、明智光秀、羽柴秀吉、徳川家康、伊達政宗といった時代の英傑たちとの交流とともに、一つの大きな物語を形成する。この物語は、信長の未知なる野望の軌跡を描くものである。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

処理中です...