大絶滅 2億年後 -原付でエルフの村にやって来た勇者たち-

半道海豚

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第1章 2億年後

01-004 強奪と侵略

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 エルフの大国は4つ。明確な国家体制があるわけではなく、部族集団が準国家になった。小部族や支族が作る小国も多い。
 部族には数え切れないほどの支族があり、かつては部族・支族間抗争が激しかった。
 多くは、農地の奪い合い、水の奪い合いが原因だった。
 だが、東方で農業技術の向上に伴う改革が進み、灌漑設備が充実するとともに、東方では抗争が減じていった。
 数百年を要したが、部族・支族への帰属意識も消えていく。

 東方は2国。北東のトレウェリ。シルカが生まれた国だ。南東のメルディは、コムギの最大産地だ。

 西方は部族・支族間抗争が続き、北西のセクアニは荒廃・弱体化していく。
 南西のシンガザリは、支族間抗争の中でネ・シンガザリ支族が強大な力を付け、武力で部族統一を果たす。
 また、ネ・シンガザリ独特の土着宗教であるサトリ教の信者以外の弾圧を始める。シンガザリ部族民へのサトリ教改宗を強引に進め、シンガザリの国教にしていまう。
 部族を固めたシンガザリは、北隣のセクアニを属領にする。続いて、西隣のメルディに侵攻。国土の西半分を制圧する。
 そして、エルフ統一に向けて、シンガザリのトレウェリ侵攻が開始されようとしていた。

 そんなエルフの事情など、亜子、彩華、心美、耕介、健吾の5人はまったく知らない。
 少しの間、疲れきった身体と車輌を休めたいだけ。

 クルナ村は戸数300の中堅の村。中心地には宿屋、飯屋、旅行者相手の商店、鍛冶屋、車屋があり、機能としては街に相当する。

 シルカの家はクルナ村の最北西辺にあった。豪邸ではないが、一般的農家の家屋の3倍はある平屋だ。
 だが、焼け落ちていた。
 シルカ以外は、呆然としている。
 心美が「シルカのお父さんとお母さんは?」と亜子に尋ね、彼女は「いないみたいだね」と答えた。
 古い火事の跡で、火事場特有の臭いは消えている。

 シルカが指差す。
 シルカの家はあまり高くない丘の頂上にあり、クルナ村の中心部がよく見える。
 耕介が「いままでで、一番大きい村だ」と。

 焼けた母屋の近くにトレーラーを設置する。トラクターとの連結も解く。

 倒壊していた木造の納屋には、農具が少し残っていた。
 シルカは鋤を見つけると、母屋からそう離れていない場所を耕し始める。
 気付けば、彼女は泣いていた。
 耕介は、放ってはおけなかった。剣を腰から離して、鋤を持ち、泣きながら耕そうとする女の子を無視できるほど無神経ではない。

「健吾、手伝え、トラクターにアタッチメントを付ける」
 耕介と健吾は、農業トラクター本来の使い方のための準備を始める。
 タイヤはオフロード用ブロックのままで、農作業用ではないが、それは問題じゃない。
 泣いている女の子を助けないという精神構造は、耕介にはない。
 亜子と彩華も手伝う。
 農家の子であるレスティは、倒壊した納屋に使えそうな農具を探しに行く。
 心美はどうしていいかわからず、ウロウロ。

 シルカは鋤で浅く耕している。どうにか10メートルほど耕すと、トラクターのエンジン音が聞こえた。
 シルカは、驚嘆していた。これほど早く深く耕すことは、ウマではできない。

 耕介は家業のナシ農園を継ぐ気はなかった。将来は自動車関係の仕事を希望していたが、電動車が全盛に移っていく時代に、自分の希望に不安を感じていた。
 農業は自動車がダメなときの滑り止めで、それなりに家業には関わっていた。
 外販している作物はナシとタケノコ。コメや野菜は自家消費分のみ。自家消費用の作物は、完全有機栽培だった。
 父母から教わった土壌改良の方法なども継承している。

 耕介が土をつかむ。
「いい土だ。
 堆肥を加えてやれば、いい作物ができる」
 耕介は、内心で「ここで農業ができれば、生きていける」と感じていた。
 だが、異種の国でヒトが生きていけるものか、疑問だ。現実的ではないと、考えてもいる。

 丘を2人の男が徒歩で登ってくる。緩い傾斜なので、歩みは早い。
 壮年の農民が2人、シルカに対する。チラリと耕作された小さな畑を見る。
「あなたはどなたかな?
 この家の主は、行方がわからぬのだが」
 慇懃ではなく、丁寧な口調だ。
「ここは、私が育った家。
 私はシルカ。
 当家の長女」
 2人の男が目を見開く。
 もう1人の男が叫ぶ。
「おお!
 シルカだ。面影が残っている。それに、母親にそっくりではないか!
 美しい奥方によく似ている!」
 最初に声をかけた男が慌てる。
「シルカなら、早く逃げなさい。
 ここにいてはいけない」
 シルカが微笑む。
「やっと、帰って来られたのだ。すぐに立ち去りたくはない」
 シルカと認めた男が問う。
「どこにいたのだ?
 我らはてっきり……」
「お隣のおじさん。
 てっきり、殺された?」
 男が沈黙する。
 最初に声をかけた男が続ける。
「ここはあなたの家。
 父母がいないいま、あなたに管理権がある。
 立ち退けとは言えないが、逃げる勇気も必要だぞ。生きていたのだから、その生命を大事に……」
「ありがとう。
 おじさん、フィオラは元気か?」
 男の顔がとたんに曇り、泣き出しそうになる。言葉を発しない。
 シルカは、病か何かで生命を落としたと感じた。だから、それ以上は問わなかった。
 だが、立ち去る意思がないことを伝える。
「故郷に戻ってくることができた。
 偶然だが、それが許されることになった。
 だから、戻ってきた。
 ここを立ち去る気はない」
 2人の男は顔を見合わせ、悲しそうな表情をする。
「御身大事。
 何かあったら、言ってくれ」

 2時間ほどして、2人の女性が丘に早足でやって来た。
「本当にシルカなの!」
 シルカと同年齢の女の子が叫ぶ。
「やだ、奥様に生き写しじゃない!」
 中年の女性が驚く。

 3人は話し込み初め、抱き合ったり、泣き出したり、感動の対面だった。
 亜子と彩華がテーブルと椅子を用意し、適当な茶請けがないので、瓶詰めのナシを皿に体裁よく盛り付けて出す。
 貴重な紅茶も用意した。
 会話の内容は、5人にはわからない。

 突然、勢いよくシルカが立ち上がり、心美を呼ぶ。
 心美が耕介を呼ぶ。
「あのね。
 このおばちゃんの畑に水が来ないの?」
「どうして?」
「よくわからないけど、塞がれたみたい」
「塞がれた?」
「このままだと、枯れちゃうみたい。
 シルカがね、川から水を直接運べないかって」
「その畑ってどこにあるの?」
 心美がシルカと話すと、シルカが南西を指さした。
 境界線はわからないが、広大な麦畑だ。バケツの水汲みでは、どうにもならない。
 西から東に流れる大河には、2カ所に堰がある。小さな水門だ。その水門から地下水路で、畑に水を引いている。
 この地方は、西が高く、東が低い。西から水が流れてくるが、西側で水を止めれば、東には流れていかない。水路のどこかを堰き止めて、畑への水が断たれたのだ。
 耕介が東南を指さす。大きい池がある。自然の湖沼だ。
「心美、あの池は誰のものか聞いてくれ」
 心美とシルカが話す。難しい会話はできないので、要約にしかならない。
「あのね、村のものだって。
 いまは、あの池から水を汲んできて、畑に撒いているんだって」
「けっこう距離があるな。
 ホースを伸ばしても60メートルがやっとだ。
 おーい、健吾、いい方法ないか?」
「川岸にある竹に似た植物、茎が中空なヤツ。
 竹ほど頑丈ではないけど、つなぎ合わせてパイプに使えるんじゃないかな。
 むしろ、エンジンポンプのパワーで長距離を送れるか、だね。
 排水ポンプで途中まで送り、ためた水をさらに送れば、いけるかもね。
 中空の植物は、竹ほど頑丈ではないし、軽い。チェーンソーでバンバン切れる。3メートルくらいの長さだから、10本で30メートル、20本で60メートル、30本なら90メートル。
 30本くらい、簡単に刈れるよ。
 軽いから簡単に運べるし」

 心美とシルカの会話は延々と続くが、シルカは理解できない。
 すると、心美が絵を描き始めた。
 心美は絵が上手で、リアルな絵図面にシルカと来客の母娘が納得する。耕介と健吾が絵を修正させながら、現実的な方法を提示する。

 母娘は手を取り合って喜んだが、それが可能かとすれば、納得はできない。水は高い場所から低い方向に流れていく。
 その逆はない。自然の理を崩す方法があるのか、疑問だった。

 耕介が調べると、池から母娘の畑の東端まで400メートルほどある。
 100メートルの余裕を考えて、まず排水ポンプで30メートル汲み上げる。古い樽にためた水をエンジンポンプで送る。
 その中間に、川岸の繁茂する茎が中空の植物を使う。
 母娘によると、乾燥した茎は割れやすい。枯れていないと弾力がある。
 母娘はのこぎりを用意してきたが、健吾がチェーンソーでバッサバッサ切りまくったことから驚きで固まってしまった。
 輸送は、この計画に半信半疑の父親が用意した荷馬車で行う。
 天然のパイプをつないでいき、接合部を植物由来繊維の紐で縛る。

 早朝から始めた作業は、夕方には終わった。
 中継の古樽に水がたまり、古樽からの水は勢いよく噴射されている。
 母娘は抱き合って喜び、父親は耕介と健吾の手を握って感謝を伝える。
 父親は、さらにパイプを20メートル延ばせば、畑の70パーセントに水を撒けると考える。
 残りはパイプを通せないので、バケツで撒けばいい。
 週に1回散水ができれば、収穫を無事に迎えられる。

 だが、設置した粗末なパイプラインは、その夜に破壊されてしまう。
 父親は愕然とし、息子は冷めている。こうなることは、わかっていた。原因は姉にあり、毅然とした態度を取れない父親に幻滅を感じている。

 パイプラインの修復と善後策のために、母娘の家に、シルカ、亜子、心美が訪れていた。
 息子が父親を何度もなじり、娘が泣き出す。
 心美は状況が理解できない。
 わかることだけを亜子に伝える。
「あのね、お姉ちゃんがね、悪いんだって」

 シルカは怒りに震えている。
「フィオラに……、許せない!」

 息子は家を飛び出し、娘は泣き続け、父は膝を屈し、母はシルカに抱き付いた。

 丘の上のキャンプに戻ってきた3人は、彩華に説明する。
「許せない」
「許しちゃいけない」
「許せるわけがない」
 シルカ、亜子、彩華の順に声を発する。
 健吾と耕介は、とばっちりを恐れて空気になった。
 亜子が「抗議に行こう」と言い出し、彩華が「そのバカの家はどこにあるの?」と確認する。
 シルカの説明を聞いたフィオラが叫ぶ。
「やめて!
 殺されちゃう。
 シルカのお母さんだって……」
 思わず口走り、フィオラが黙り込む。
 シルカが微笑む。
「だから行くの。
 喧嘩を売りに行く。
 むこうが来る前に、こちらが動く。
 先手を取るか、後手を待つかの違いだけ」

 シルカは彩華が同行するものと信じていたのだが、彼女は途中でどこかに消えた。
 フィオラは怯えきっていたが、同行させた。被害の当事者だからだ。

 シークムントは、シルカの帰還に驚いていた。彼の妻の驚きは、夫を遙かに上回っていた。
「どうしてだ?
 何でだ?」
「女衒に売ったのよ!
 おカネになったからいいじゃない!
 戻ってくるなんて、あり得ないはず……」
「殺せと言ったろう!
 まぁいい、娼婦が戻ってきたくらいで、慌てる必要はない」

 つい1時間前の会話なのに、事態の状況について行けない。
 長剣を背負った女丈夫は、明らかに娼婦ではない。威圧を感じさせる武人のたたずまいだ。
 屋敷の敷地で、対応しているが、一緒にいるヒトは立場がわからない。加勢だろうが、笑いたくなるほど意味がわからない。

 この地方の家は外壁に囲まれていない。
 彩華は狙いやすい高台にいて、距離は300メートル離れている。晴天、無風、太陽は真上にある。目標は南にいる。

 シルカが落ち着いた声で、要求を伝える。
「おまえの息子は、同じ村の娘に悪さを働いた。
 この場で謝罪せよ」
 シークムントが笑う。
「そんなことで押しかけてくるとは、ご苦労なことだ。
 帰りなさい。
 女3人で押しかけても、男に頭を下げさせられない」
 次男が笑う。
「おまえ、また楽しませてくれ」
 郎党たちが声を出して笑う。
 フィオラは悔しさと恥ずかしさで、泣き出す。怖さもある。
 シルカは冷静だった。
「頭を下げてもらう」
 そう言ってから、父親の足下に古びた布の手袋を投げる。
 これは、挑戦を意味する。手袋を拾って詫びるか、剣を抜くかだ。
 農民である父親は剣など帯びていない。だから、四男が代理で剣を抜く。
 シルカが動く様子を見せると、亜子が制する。
「動くな。
 下手に動くとあたる」
 フィオラは怯え、シルカと亜子は棒立ち。
 亜子の正面にいる四男が亜子に剣を振り上げる。

 乾いた銃声が空気に余韻を残す。

 四男が左側頭部を撃たれて、倒れる。母親が息子に走り寄る。
「あぁ、何が起きたの。
 起きて、起きてよ~。
 この女が帰ってきたからよ!」
 母親が両手を真っ赤に染めて、シルカをにらみ見上げる。そして、つかみかかろうと立ち上がり、弱々しく両手を伸ばす。
 銃声が轟く。
 彼女の身体が跳ね、夫の足下に横たわる。

 シルカがシークムントに伝える。
「この女は、私を女衒に売り、娼婦にしようとした。
 だが、私は娼婦になることなく、この村に戻ってきた。この女を殺したいとは思わないが、絶望を感じながら路傍で死んでもらいたいとは思う。
 その願いを、我が友がかなえてくれた。
 さぁ、どうする!
 手袋を拾うか?
 それとも、名誉をかけて戦うか?」

 シークムントは第3の道を選ぶ。
 踵を回して、屋敷の中に逃げ込んだのだ。
 長男が「殺せ!」と叫ぶ。
 次男がシルカに斬りかかり、三男は亜子に剣を突き出す。
 シルカの強さは、農民の腕自慢とは次元が違う。
 次男はシルカに完全に遊ばれた。
 路上に這いつくばり、剣をたたき落とされ、最後は後退りした際に石を踏んで仰向けに転んだ。
 シルカが胸を突き、次男が絶命する。

 亜子は一瞬で終わらせた。ガタイのいい男相手に、時間をかければ不利だからだ。
 三男の突きをかわすと、鞘から刀を抜くと同時に彼の腕を切り落とした。
 三男は右腕を押さえて、道を転がりながら、泣きわめいていた。

 郎党は動けなかった。
 動いた郎党は、撃たれて死んだ。
 音が聞こえると、頭から血を流して死ぬので、怖くて動けなかった。

 フィオラは、シルカの圧倒的な強さが信じられなかった。
 亜子が三男の腕を切り落とすところも見てしまった。まるで、野菜を切るように腕を切断した。

 彩華が合流すると、シルカが抱き付く。あの音は彩華が起こした。
 シルカは「アヤカは弓の名手だ」と言ったが、フィオラにはあの音が弓だとは思えない。
 ただ、とんでもなく強い3人であることは、確実だった。

 耕介と健吾、心美とレスティは、散水用パイプラインの修理に向けて、準備を進めていた。
 同時に本来の地中用水路のどこに問題があるのか、調べる方法を検討している。
 シークムントによる嫌がらせの可能性が高いが、地中用水路の経路が複雑で、簡単には突き止められそうにない。
 フィオラの父親は「収穫までは、協力してほしい」と懇願している。
 耕介と健吾は「収穫まで、ここに留まるとして、その先はどうする?」と相談するが、結論は出ない。

 シルカは、彼女の母の遺体は井戸の中ではないかと考え、井戸さらいをした。
 このときも排水ポンプを使った。大作業だったが、泥以外には何もなかった。
 シルカは「母が殺されるところは見た。母の遺体がどこにあるのか、弟がどうなったのか、わからない。シークムントを拷問でもすれば、わかるだろうが……」と2人の確認をほぼ諦めている。

 西から東に流れる大河は、地方によって名前が異なる。トレウェリでは、フェミと呼ばれている。
 フェミ川の北岸に、エルフは住まない。北岸は魔獣の世界だ。エルフはそう信じているし、深い森が川岸まで迫り、豊富な樹木の切り出しでも、北岸に渡ることはない。

 フィオラが重要な情報をくれた。
 心美の通訳は精度を増しているし、単語のレベルではあるが、耕介や健吾も少しは意味を解するようになっていた。
 心美がフィオラから聞いたことによれば、「北岸の森を抜けると草原があって、そこにヒトの道具が残されている」と。

 水深が浅い川は輸送に使われておらず、耕介と健吾の2人がフィオラの知り合いの協力で北岸に渡るルートを教えてもらった。

 2人は魔獣と呼ばれる動物を警戒し、銃を装備し、ボディアーマーとヘルメットを着用する。
 完全装備だ。
 耕介は15連発着脱式ボックスマガジンに改造したブローニングBAR Mk.3、健吾は5連発ボックスマガジンのウィンチェスター・レバーアクションライフルを持つ。
 どちらも.308ウィンチェスター弾仕様だ。口径は7.62ミリ、薬莢の形状はNATO弾と同じ。
 もちろん、無線も装備する。

 ルートを教えてくれた男性は、耕介と健吾を中州まで案内すると、一目散に南岸に戻っていった。

 森には切れ目があり、森と森の隙間は草原になっている。この草原が通路のようでもある。
 この通路が非幾何学的で、出口のない自然の迷路であった。
 健吾がドローンを飛ばす。
 ドローンがなければ、この迷路の全体像はわからない。いやドローンがあっても広大な面積を鳥瞰できるわけではない。ごく一部を見るだけ。
 この迷路に迷い込んだら、生存は運頼みとなる。
 森から離れ、森の淵に沿って進む。

「あった」
 健吾の言葉に耕介が即反応する。
「クルマか?」
「あぁ」
「健吾、どんなクルマだ?」
 健吾が耕介にモニターを見せる。
「1台じゃないのか?」
「3台見える。
 ずいぶん離れているけどね。
 ここからだと、かなりの距離がある。
 3キロか、それ以上」
 健吾はドローンを回収し、耕介と間隔を開けて、発見したクルマに向かう。

 シルカの帰還は、村民にとって衝撃だった。シルカの父の病死後、シークムントはシルカの家の畑を狙った。シルカの弟が継承者、母が後見人となるが、何者かに襲われる。
 シルカは母親が剣で刺されるところを見た。弟の最後は見ていない。
 弟の生死が不明である以上、弟は継承者であり、シルカには管理権がある。
 村長〈むらおさ〉は、シルカとシークムントの間で苦悩していた。シークムントの妻がシルカを女衒に売ったことは罪であり、その妻を殺したシルカは正義を果たした。
 だから、罪には問えない。シルカは、シークムントの息子も殺したが、これは友人の恥辱を晴らすためで、罪には問えない。
 慣習法は、シークムントが管理している土地を、作物ごとシルカに引き渡さなければならない。
 しかし、シークムントは納得しない。
 必然として、シルカとシークムントは、殺し合うことになる。
 シルカが勝てば、正義を行ったことになる。権力者であるシークムントが勝てば、誰も何も言えない。どのような結果となっても、誰も罰せられない。
 そして、シルカに勝ち目はない。怒り狂うシークムントに勝てるわけがない。
 だから、シルカに立ち退くよう忠告するつもりでいた。

 村長の自宅に招かれたシルカは、村長の妻から歓迎される。
「どこにいたの?
 何をしていたの?
 何もできなくて、ごめんなさいね」
「私は女衒に売られて、すぐにカレテスの軍に売られた。
 王女専属の護衛兵として、任務に就いていた。奴隷兵なので、私が死ぬか、王女が死なない限り、軍務からは離れられない。
 王女の死に方によっては、処刑される。
 でも、シンガザリが攻めてきて、忌々しいカレテスの王が降伏し、軍は解体、兵は全員除隊となった。
 隊に残る兵もいたが、私はさっさと除隊した。カレテスに義理はないからね」
 村長の妻が絶句する。
「奴隷……兵」
「えぇ、死ぬまで兵役に就かないと。
 20歳まで生きられる兵は、滅多にいない」
「でも、王女様の護衛なんでしょ」
「王女は気まぐれで、奴隷兵を殺すなんて何とも思わない。
 その日の気分次第だ。
 護衛兵になる前は正規軍の兵として、シンガザリと真正面から戦っていたが、そのほうが気楽だった」
 村長の妻が再度絶句する。彼女は声を絞り出し、再度忠告する。
「シークムント様は村の実力者で、夫でも……」
「大丈夫だ。
 いつでも、どこでも、好きなときに殺せる」
 村長が忠告。
「油断すると……」
「油断したことなどない。
 油断する心がない。
 油断する余裕などなかった」

 シルカが辞去すると、村長が妻に言った。
「シルカは、昔のシルカではない。
 私たちが知っている陽気で元気なシルカではない。
 が……、シルカはこの村を悪魔から救ってくれるかもしれない。そのシルカが新しい悪魔になるかもしれないが……」

 健吾が最初に調べたクルマは、アメリカンピックアップトラックだが車種は判別できなかった。
 フォードやダッジではなく、日本車かもしれない。
 ボディの大半が朽ちている。
 2台目は、歩いていて唐突に見つけた。民間移住者の定番車ランドクルーザー70ワゴンだ。燃料噴射を電子制御から機械式に改造するだけで使える。走破性と燃費、積載量と牽引力のバランスがいい。
 左側車体が大きく凹んでいて、ウインドウガラスが割れている。シャーシが歪んでいる可能性が高い。
 耕介が「動物に襲われたんじゃないか」と、推測する。
 車体は新しい。5年ほど前に捨てられた。

 1キロ北に進むと、旧型のレンジローバーが遺棄されていた。20年か30年前には、ここから動いていないだろうが、塗色は残っている。
 ボンネットに「north46 →」と大書されている。
 耕介が「北緯46度に何があるんだ?」と言い、健吾が「100キロ以上北だぞ。徒歩で向かったのか?」と疑問を呈する。
 燃料を失えば、自分の足で移動するしかない。

 4台目は地上では見つけにくく、探し回った。
 放棄されてから、10年くらいのランクル70ダブルキャブピックアップだ。
 荷台は背の高い幌で覆われていて、その幌が半分ちぎれている。触ると、経年劣化が甚だしい。
 荷台には物資が残っていた。
 健吾が「日本のクルマだ。青森ナンバーだよ」と告げ、耕介が幌を引き剥がす。
「積荷はなんだ?」
 耕介が後輪を足がかりに荷台に上る。
「洗濯機だ」
 健吾が吹き出す。
「まぁ、必要だよね」
「わけがわからなくなっちゃうんだよ。あの状態だとね」
「耕介、そっちの箱は?」
「何だろうな?
 中国語だ。
 ソーラー給湯器じゃないか?」
 健吾が声を殺して大笑いする。
「荷台の半分を潰して、洗濯機と給湯器を運んでいたのか?
 洗濯と風呂がそんなに大事か?
 わけ、わかんない!」
「まったくだ!」
 耕介が地面に飛び降りる。

 他にもヒトの痕跡はあった。打ち捨てられた樹脂製の輸送用パレット、朽ちたディーゼル発電機、旅行用のトランクスーツケース、ドラム缶やジェリカン、銃身が曲がったAR15自動小銃もあった。
 この付近が燃料の限界だったらしい。行動距離重視派でも、この付近で燃料がつきたのだ。

 ランクルは、ドアがロックされていた。耕介がキーを探すと、マフラーのパイプの中に差し込まれていた。
 車内には、めぼしい物は残されていない。小さなスニーカーがあった。
 これを見て、耕介と健吾は憂鬱になる。
 耕介が折りたたみスコップで穴を掘り、健吾がスニーカーを入れる。耕介が土をかける。
 これが墓。おそらく、この子は生きていない。

 ボンネットを開けると、部品が外された様子がない。
「タイヤがダメだね」
 健吾が右フロントタイヤを蹴る。エアが抜けているだけでなく、劣化による深い亀裂がある。
 耕介が「壊れたランクルのタイヤが使える」と。
 健吾が「正気か?」と批難する目を向ける。
「健吾、亜子と彩華にウソを付き通せるか?
 使えそうなものは何もなかったって。
 おまえは、どうせ彩華にやらせてもらって、全部ゲロちゃうだろ?
 洗濯機があったとわかったら、絶対取りに来させられるぞ」
「じゃぁ、この物騒な場所で、クルマを直すのか?
 タイヤは交換するとして、エンジンはどうやってかける?
 こんなところじゃ、押しがけなんてできないぞ。軽油だってない。
 魔獣が現れたら、食われちまうぞ」
 耕介は、健吾の最後の一言に笑った。
「魔獣よりも、オオカミに似た生き物のほうが怖い。群で狩りをするし……。
 軽油は壊れたランクルに残っているかもしれない。バッテリーも壊れたランクルから拝借する。それに、ジャンプスターターを持ってきた」
 健吾は、いつもながら耕介の準備のよさに感心する。ジャンプスターターは電源用バッテリーとしても使えるので、重宝している。
 耕介が「作業は俺がやる。見張りを頼む」と告げ、健吾が頷く。

 クルナ村の南隣の村がシンガザリ軍に襲われ、虐殺、略奪、拉致、放火など、暴虐の限りを行って、撤収していった。
 クルナ村には、シンガザリ軍の1個分隊が現れ、無条件降伏、すべての銀貨の供出、若い女性50人の提供を命じた。
 ついに、トレウェリにもシンガザリの爪と牙が届いてしまった。 
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