大絶滅 2億年後 -原付でエルフの村にやって来た勇者たち-

半道海豚

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第1章 2億年後

01-005 傍観と介入

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 クルナ村では、シンガザリに降伏し、要求を呑むべきだ、とする意見が大勢を占めていた。
 そもそも、抵抗してもどうにかなる相手ではない。
 トレウェリ固有の特徴なのだろうが、男尊女卑の風潮があり、女の子は軽く扱われる。女の子がいる家庭でも、女の子を差し出すことに反対しない。
 銀貨が惜しいシークムントなどの富者は、村からの逃亡を画策している。

 村では毎日話し合いが行われているが、結論が出ない。銀貨が惜しい富者、娘を守りたい親、生命と跡取りが助かるなら少女の運命などどうでもいい大半の農民とが対立している。

 幸運か不運かは別にして、左側面を大破しているランクル70には燃料タンクにわずかな残量があった。
 遺棄されていた10リットル携行缶の半分ほどを回収する。
 回収方法は、ホースと口での吸引だ。短いホースは耕介が常時携帯している。
 遺棄されていた園芸用の台車で、壊れたランクルのタイヤを運ぶ。
 スペアタイヤを含めて、合計5本を3回にわけて運ぶ。
 タイヤ5本、軽油5リットル、バッテリー、ランクル備え付けのだるまジャッキを回収するだけで、かなり手間取ってしまい3時間もかかってしなった。
 タイヤのエアは抜けているが、適正な空気圧の半分程度は残っていた。短距離なら走行できる。

 耕介が使えるか否かも不安な軽油を入れ、を交換したバッテリーにジャンプスターターつなぎ、エンジンスタートボタンを回す。
 3回ダメだったが、4回目で始動する。数分間、エンジンを稼働させ、止める。
 タイヤを交換し、樹脂製の輸送用パレット4つを回収して、フェミ川の岸辺まで移動する。

 無線でキャンプを呼ぶと、亜子が出た。向かえに来るよう頼むと、彼女は「村が大騒ぎで無理。自力で何とかしろ!」と。

 亜子と彩華は当惑している。
 10歳代の村の女の子が50人以上も集まってきたのだ。
 彼女たちの代表はフィオラで、シルカに何かを訴えている。
 わかっていることは、シンガザリの兵が現れたことだけ。
 なぜ、女の子ばかりが、キャンプにやって来たのかわかっていない。怯え、泣いている子もいる。年齢も12歳くらいから16歳くらいの子が多い。
 全員が身体だけでやって来ている。

 亜子に見放された耕介と健吾は、必然的に自力で渡渉し、燃料の残りを気にしながらどうにかして戻るしかなかった。
 現在の燃料では、20キロ走れるかどうか。

 フェミ川北岸のヒトの痕跡は多くない。所々に何かが落ちている程度。林道を走っていて、不法投棄の家電を見つけてしまうような感覚に似ている。
 トレーラーや重量のある機材も捨てられている。ここまで運んできたが、燃料の残りが心許なくなり、燃費を向上させるために重量物を捨てる。その際、トレーラーも不要になれば、当然放棄する。
 この回廊状の草原は、そういった場所だった。

 耕介と健吾は、ボロボロに錆びていない限り、ディーゼル発電機を見つけると、燃料タンクを漁った。
 少しでも残っていれば、携行缶に吸い上げた。
 車輌は多くなく、あっても数十年、数百年前のものばかり。燃料タンクに何かあっても、使えるはずがない。
 ジェリカンやドラム缶も見つけると調べているが、残しているはずがない。
 ここまで来ると、油の一滴は血の一滴となる。北緯46度に何かあるならば、残り100キロでたどり着けるのだ。
 確保と節約に必死になる。

 比較的新しいように見える、単軸平荷台のカーゴトレーラーを見つける。
 ゴミ漁りのようで、気が引けるのだが、やるしかない。
 ジェリカンが2缶、それとシートにくるまれた円筒状の荷物。
 ジェリカン1缶は空だったが、1缶は液体の音がした。0.5リットルほど残っていた。
 円筒状の荷物は、ゴムボートだった。必要だと感じて、ここまで持ってきたが、結局捨てたわけだ。
 耕介と健吾は、ジェリカンとゴムボートを荷台に積む。

 健吾が徒歩で、フェミ川を渡る。往路とは違うルートだ。
 15分かかったが渡りきった。水深は、膝よりも深くなかった。

 健吾が戻ってきて、健吾の誘導で、ランクルが渡渉を開始する。
 エアインテークがルーフよりも上にあるので、ヒトの腰程度の深さまでなら渡れるはず。
 何度かエンストするが、どうにか渡りきる。

 燃料の警告灯が点いているが、もう少し走れそうだ。

 ディーゼル発電機などから回収した軽油を、布きれを使って路傍で濾し、補充する。キャンプまでは戻れないだろうが、近くまでは行ける。

 じゃんけんで負けた健吾が、8キロ歩いてキャンプに戻る。
 女の子が何十人もいて、広い敷地ではあるが、過密を感じる。
 泣く子、怒る子、叫ぶ子。
 キャンプは、興奮状態にある。
 健吾は亜子を見つけ「何があったの?」と問うが、彼女は「よくわかんないんだ」と答える。
 彩華にも尋ねてみるが「そもそも言葉がわからない」とバッサリ。
 心美に「耕介のところに戻るよ」と伝えると、レスティと一緒に行くという。
 ハンターカブに3人乗りは無理なので、どうにか諦めてもらう。
 軽油10リットルを荷台に縛り付けて、ランクルがガス欠になっている路上に向かう。

 日没近くになっても、女の子たちは帰らない。
 それどころか、女の子は増える一方。キャンプは村の西北端にあるが、東南端からやって来た子もいる。
 しかも徒歩で。幼い妹と手をつないでいる子もいる。
 黄昏時を過ぎると、若い男たちが現れた。彼らも怒っている。恋人同士なのか、泣き崩れる女の子を抱きかかえる男の子もいる。

 耕介が「こいつら、腹減らないのか?」と薄ら笑い。
 心美が「お腹減ったよ」と訴える。
 しかし、夕食の支度どころではない。

 彼女たちがここに集まった理由を、亜子たちが知ったのは深夜になってからだった。

「あ~ん、どういうこっちゃ?」
 耕介の問いに亜子が答える。
「健吾みたいな飢えたヤツがたくさんいるんだよ」
 彩華が「それはたいへんだ。女の子の危機だ!」と茶化す。
 心美は「ひどいよ、ひどいよ、ひどすぎるよ」と怒っている。
 問題はシルカで、ほとんど興味なしといった風情。
 心美がシルカの呟きを通約する。
「自由がほしいなら、戦えって」
 亜子が「そりゃ、そうだ」と同意し、彩華は「戦うって、どうやって?」と簡単ではないことを告げる。
 シルカが「明日、村に弓を買いに行く」と伝えると、彩華が「弓ならあるよ」とキャンピングトレーラーの中に入る。

 弓は2種類。リカーブボウとコンパウンドボウ。
 この地方の複合弓に比べると、数分の1の重さで、射程・威力は同等。
 シルカは、大喜びでカーボンファイバー製のリカーブボウを選ぶ。
 ただ、矢を買い求めたほうがいいと主張。そのために、明日、村の武具商人と交渉することになった。

 女の子と男の子が激論を交わしている横で、彩華とシルカが弓で対決することになった。
 的は茎が中空の植物の束。

 シルカが狙い、射ると的の真ん中に命中。彩華はコンパウンドボウを弓道の作法で使い、シルカの矢と接するように命中させる。
 健吾が「俺も!」とボウガンを持ち出す。
もちろん命中させる。

 気付くと、騒がしい声が消えていた。
 フィオラが歩み出る。
「シルカ、私たちに戦い方を教えて!」

 実戦経験豊富なシルカには、フィオラと彼女の仲間たちの考えは、甘いと感じた。
 1日や2日で戦えるようにはならない。

 彩華の考えは違う。
 正面から戦えなくとも、戦術を駆使すれば戦いようがある。

 健吾は道具頼み。長期間の訓練が必要ない武器を作ればいいと考えた。

 亜子の考えは、シルカに近い。
 耕介は「気合いだ、気合いで戦えばいいんだ!」と意味不明。

 翌朝、彩華とシルカがハンターカブで村に向かうことになる。
 シルカが彩華に「剣はないのか?」と問うと、彩華は面倒くさそうに、長脇差を持ち出した。刃渡りは58センチ(1尺9寸)。
 シルカが満足する。

 シルカは、フィオラたちを冷ややかに見ていた。自身の苦難の人生を考えれば、彼女たちの現状などたいした危機ではない。
「自分たちで何とかしろ!」
 シルカの端的な気持ちは、言葉になっていた。
 矢を欲している理由は、火の粉が降りかかってきた場合の備えだ。

 店主の顔は引きつっていた。彼もシルカの帰還を知っており、我が身と友人の仇として、村の実力者シークムントの妻と息子を殺していることも。
 シークムント派の彼としては、追い払いたいが、追い払える自信がない。

 シルカが店のカウンターに金貨を1枚置く。
「主殿、この金貨1枚で長尺の矢を何本買えるか?」
 店主は追い払うことを考えていたが、木の葉が刻印されている中判金貨を見て、考えが変わる。金貨を見るのは、5年ぶりだったからだ。
「お客様、確かめさせていただいてよろしいか?」
「結構だ」
 店主は金貨を噛みはしなかったが、天秤で重さを量り、重量と大きさから金と確信する。
「500本でいかがでしょう?」
「800本は無理か?」
「では、600本……」
「すぐに受け取れるか?」
「200本はすぐに、400本は明日お届けいたします」
「私はシルカ」
「存じております。
 お父様にはお世話になりました。友人でもありました」
 事実だが、シルカに媚を売ったことも事実。

 店主が手代に矢を用意するよう指示し、手代が小僧を連れて店の奥に消える。
 店主は純粋に彩華の刀に興味を持つ。刀身が湾曲した刀剣のことは知っているが、この地方では珍しい。また、備えも独特だ。
「そちらのお方。
 失礼ではございますが、お腰の物を拝見させていただけないでしょうか?
 いえ、武具商の興味ですので……」
 彩華は会話の大半はわからなかったが、いくつかの単語と店主の身振りで、意味を察していた。
 彩華がシルカの顔を見ると、シリカが頷く。彩華が左手で刀を鞘ごと抜き、右手に持ち替えてから店主に渡す。
 店主は懐からハンカチよりも大きな畳んだ布を出し、口に咥える。
 鞘を払い、刀身を見る。
 そして、唸る。
「これは、名のある職人の逸品。
 職人の名を教えていただけないでしょうか」
 彩華は半分くらいは理解していた。
「備前国長船兼光。
 古の名工だ」
 完全な嘘。関孫六でもよかった。いい刀だが、無名だ。

「よいものを見せていただきました。
 これほどの業物、家宝でございましょう」
 店主が言い終わると同時に、手代が顔を出す。
 200本の矢をハンターカブの荷台に荷台用ゴム紐で縛り付け、シルカを後席に乗せると完全に積載重量オーバーだった。
 だが、さすがカブの系譜。過積載に強い。

 翌日、シークムントの裏切りがわかる。彼は独自にシンガザリの軍団長と面談し、村の事情を説明する。
「村は恭順します。
 ですが、若者が反乱を起こそうとしています。どうか、軍団長様のご威光で鎮圧してください」
 シンガザリの軍団長が、豪農・豪商の言葉に飛びついたわけではないが、側近の部隊長を派遣することにする。
 だが、シークムントに命じる。
「まずは、そなたが何とかせよ。
 できなければ、我らが出張る。
 1カ月で反乱を収めよ。
 そなたを村長とする」

 シークムントはシンガザリ軍に取り入ろうとしただけだったが、村の事態収拾の全責任を負わされてしまった。

 経過はどうあれ、クルナ村はシンガザリ軍の軍政下に置かれてしまった。村民の代表はシークムントであり、いままでの村役は自動的に全員が解任された。
 しかし、そんな横暴を村民が受け入れるはずがない。たとえ、シークムントと意見が同じ村民でも。
 追い詰められたシークムントが出した結論は、反対する村民は殺す、だった。
 そして、翌日早朝、前村長宅を襲撃、前村長と妻を殺害する。その後もシークムントによる暴力はやまず、同日の昼には抵抗する村民がいなくなる。

 1カ所を除いて。
 シルカの家では、崩れ落ちた建物の修理が始まっていた。崩れた壁を積み直し、丸太で屋根を組み直し、麦藁の束で屋根を葺き直す。
 雨露をしのげる程度には修理されて、常時20人ほどが寝泊まりしている。
 ときどき自宅に帰る子もいるが、帰らない子もいる。昼間だけいる子や夜だけの子、昼夜を問わずいる子。
 いろいろだが、ここが10歳代若者の根拠地になっていることは確かだ。

 修理されつつある家屋のとなりに、ブルーシートで囲まれた奇妙な一画がある。
 内部には深さ80センチの大桶が置かれている。ソーラー給湯器から供給されるお湯で、入浴できる。
 この地方では浴槽のある風呂はない。川や池での水浴びが一般的。
 風呂は、都の超大店の婦女子か、高位政治家の妻子くらいしか利用しない。
 至高の贅なのだ。
 その究極の快楽である入浴が、この村では誰でも楽しめる。もちろん順番があり、いつでも誰でもではない。
 それでも、特別なことだ。
 その隣には、立派な小屋が建つ。掘っ立て小屋ではない。川石を使ったしっかりした土台を作り、その上に建てた本格木造の小屋だ。
 その中には、床の間に飾られた骨董の壺のように洗濯機が鎮座している。
 洗濯機の威力は絶大で、その存在は秘密になっている。つまり、この根拠地に関係している村民しか知らない。
 なぜか?
 村民全員に知られたら、使う順番が回ってこなくなるから。
 洗濯という重労働から解放される、神の道具が洗濯機なのだ。そして、往々にして洗濯は女性の仕事だった。

「この箱に入れだけで、洗濯ができてしまうの?」
 前村長の妻が洗濯機に触れて、不思議そうな顔をしていたことを亜子は忘れていない。
 親しく接してはいないが、感じのよい婦人だった。彼女が殺害されたことに、静かな怒りを感じていた。

 シルカは、シンガザリの侵攻に対して態度を明らかにしていない。
 ただ、長尺の矢を600本も購入したので、すぐに立ち去る意志はないのだろう。
 この村に長くとどまるつもりか、単に立ち寄っただけか、はっきりしないのだ。
 それと、フィオラが「戦い方を教えて!」と懇願しても、応じていない。確かに短期間の訓練では、シンガザリの正規軍とは戦えない。

 若者たちはフィオラがとりまとめているし、彼女が気に入らないものはキャンプに来ない。
 だが、軍事的指導者がいない。
 勇敢なだけの若者が集まっても、何もできない。

 最初に動いたのは彩華だった。
 彩華がフィオラにクロスボウの使い方を教える。
 農民でも男性は弓を使う。エルフは菜食なので狩りはしない。弓は畑を荒らす動物の駆除に使う。
 だが、伝統的に女性は使わない。
 弓の訓練は長い期間が必要だが、ボウガンは違う。操作法を覚えれば、上手下手はあれど誰でも使える。
 フィオラが彩華に「この武器が50あれば、戦える」と目を輝かせるが、そんな数はない。

 次に動いたのは、健吾だった。
 実物大の6面図をCADで描く。それをプリンタで印刷し、男性の1人に見せる。
 彼は木を削って、動物を作ることが上手だった。
「作れるか?」
 健吾の問いに怪訝な顔をするが、頷いた。言葉はわからないが、意味は通じた。
 次に鍛冶師の見習いに声をかける。
 金属部品10個ほどを「作れないか」と問うと、彼も怪訝な顔をする。木ネジの現物を見せると、首を横に振る。木ネジは作れない。
 ただ、彼はポケットから返しのある釘を見せる。ネジの効果を理解し、代案を提示したのだ。
 健吾は了承し、鍛冶師見習いに「作ってくれ」と依頼する。
 彼は、首を縦に振る。

 健吾は1人で自筆のイラストを持って、村に3件ある武具商に行った。
 武具商は、剣、槍、胸甲、冑、弓と矢を扱う。商社的武具商とメーカー的武具商がある。
 3件目で、目的の品が見つかった。左右完全対称のM字型短弓だ。
 支払いを3グラム金貨で行おうとすると、非常に驚かれる。
 健吾は同じ弓を3つ受け取った。

 村では、シルカと健吾が金貨を使ったことで、静かな騒ぎになっていた。
 そのことは、当然のこととしてシークムントの耳にも入った。

 数日後、若者たちは、健吾を取り囲んでいた。木工職人の見習いと鍛冶師の見習いが作った、部品の組み立てを始める。
 部品を調整しながら、1時間ほどでクロスボウが組み立てられる。
 木部は塗装されていおらず、ボウは既製品だが、造作は洗練されている。

 健吾が使い方を説明していると、彩華が割って入る。
 クロスボウを受け取ると、最初のボルトが的に命中する、少し照準を修正すると、今度は的の真ん中に命中。
 歓声が上がる。

 シルカは速射性に劣るクロスボウには否定的だが、健吾が設計した道具を使うと、女性でも簡単に弦を張れる。
 何人かが試射すると、半分は的に当てた。訓練すれば、すぐに上達する。

 健太も動いた。
 6メートルもの長槍を模した棒を作り、戦い方を見せた。
 この常識外れの長さの槍で、集団戦闘を行えば、剣、戦斧、槍、盾が使えなくても、戦える。
 戦国時代の足軽の戦い方を真似てみた。
 シルカが興味を持ち、長槍5対剣1の模擬戦を行うと、たいした訓練をしていないのに、シルカは追い詰められた。
 結果はシルカの勝ちだったが、一瞬でも彼女の顔色が変わったことは事実だ。

 シルカと亜子が2人で話している。言葉の問題があるが、時間をかければ不完全だがコミュニケーションは可能だ。
 そもそも、コミュニケーションとは、不完全なものだ。

 シルカ自身、帰還の目的が曖昧だった。
「母と弟の行方を知りたかった。
 ただ、それだけ。
 仇を討ちに帰ってきたわけじゃない。
 だけど、その先のことはわからなかった」
 亜子は、自分の体験を話す。
「私たちが住んでいた土地は、災害で住めなくなっちゃったんだ。だから、住める場所、生きていける土地を探して、旅に出た。
 その前に準備が必要だった。
 その準備に8カ月かかったんだ。
 その間に心美の兄が死に、耕介の両親も死んだ。食料を持っていたので、何度も襲われたんだ。
 最初は話し合いで去ってもらおうとした。そして、心美の兄が殺された。ナイフでお腹を刺されたんだ。
 耕介のお母さんは「おコメを盗らないで」と叫んで棒を振り回した。止めようとしたお父さんと一緒に、殴り殺された。
 それから、私たちは変わった。
 簒奪者を容赦しなくなった。
 戦う意思がないと、生きてはいけない」
「アコは、私に何をしろ、と?」
「ここで戦う意味は、私たちにはない。
 たぶん、シルカにも。
 でも、困っている誰かがいるなら、できることをしないと。
 フィオラたちが死ぬのを見たくない。
 戦う理由があるとすれば、それだけ。
 でも、それだけで十分」
「私もフィオラに生きていてほしい。
 幸せになってほしい」
「でも、このままでは、そうはならないよ」
「シンガザリの兵は強い。
 農民や鍛冶屋がかなう相手じゃない」
「戦いの勝敗は、兵の優劣でも、兵の多少でもないよ。どう戦うかだよ」
「どう戦う?」
「まず、どこで戦うか。戦う場所を私たちが決める。いつ戦うか。それも私たちが決める。
 そして、真正面からは戦わない。勝てないからね。大勝ちする必要はないんだ。何となく勝てばいい。負けなければ、勝ちだ」

 シルカの覚悟が固まらないうちに、戦いの準備は始まっていた。
 剣はまったく用意されず、木製のクロスボウだけが作られていく。鍛冶場と木工場各1カ所を1カ月間借り切った。
 資金は、心美がフィオラに貸し付けた。3グラム金貨4枚で、材料から燃料まですべてを借り受けた。
 ボルト(クロスボウの矢)は、1挺あたり80本用意される。これは、過去に例がない数だ。

 シルカがフィオラを呼ぶ。
「ここで戦う」
 同じことを亜子にも伝える。

 耕介が健吾に食ってかかる。
「どうして作れねえんだ!」
「いろいろ探したけどないんだよ!」
「綿はあったんだろ!」
「硫酸と硝酸が手に入らない!
 下瀬火薬も綿火薬も、どちらも無理だ!」
「路肩爆弾作らないと、勝てねぇぞ!」
「テルミットしかない」
「何だ?
 それ?
 健吾、俺の知らないことを言うなよ」
「酸化第二鉄とアルミの粉末を混ぜて着火すると、爆発的高温を発する。
 テルミット焼夷弾を作れる」
「じゃぁ、それを作れ!
 鉄なんて、そのへんにあるだろ!
 アルミは空き缶使えよ!」

 2人の言い合いにシルカが心配するが、喧嘩ではないようで、彼女は安心する。

 シルカ、フィオラ、亜子、彩華が相談している。
 彩華が「大量の穀物袋がほしい」と、実物を見せる。亜子が穀物袋の口を広げ、彩華がその中に土を詰める。
 亜子が「これを積み上げて、城を造る」と説明すると、シルカとフィオラは驚いた。
 彩華が土嚢に至近から矢を射込むと、貫通しない。
 シルカは即納得する。
「古い穀物袋をできるだけ集めるんだ。
 村中の蔵を空にするつもりで、集めるんだ」

 1カ月で、クロスボウ40挺、ボルト2500本、長槍20本、土嚢を積んだだけの野戦築城を完成させた。
 この日、シンガザリ軍先遣隊2個分隊が到着。シークムントの屋敷を接収し、ここを本営として村の軍政を始める。
 最初の布告は徴税の率だった。
 高札には、農民は作物の半分、その他の村民は利益の半分、納税を拒んだもの、誤魔化したものは死罪、とある。
 村民は、ようやく理解する。娘を差し出したくらいでは、すまないことを……。

 若者たちが、キャンプに集まってくる。多くは徒歩だが、一部は荷車を引いてくる。

 先乗りしたバスクアル遠征隊長は、村から見える奇妙な陣地に驚く。
「あれは何だ?」
 シークムントが答える。
「反乱軍です。隊長様。
 どこぞの小国の残兵が指揮しております。
 どうかご成敗を」
 シークムントの異常なほどの慇懃さに、バスクアル遠征隊長は彼を殺したくなった。
 シークムントでは、争乱を収められないことは最初からわかっていた。村を分裂させ、村の有力者をシークムントが殺すことを期待していただけ。
 バスクアル遠征隊長は、この反乱に対処できなかった責を問うて、鎮圧後にシークムントを処刑するつもりだった。
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