大絶滅 2億年後 -原付でエルフの村にやって来た勇者たち-

半道海豚

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第2章 東エルフィニア

02-019 密かな防衛策

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 シルカの土地は、耕介によって無駄なく耕作されていた。モイナク村からの移住者の件もあり、耕作はもちろん、開墾可能な土地は残っていない。
 その事実を知ったマイケルは、ひどく落胆した。マイケルから説明を受けたメアリーは、夫とともに泣いた。
 彼ら家族がどれだけ幸運かを知り、少しの希望を感じていたところで、絶望に変わってしまったからだ。
 農地がなければ、この先の生活が厳しい。

 メアリーが庭で泣いている様子を見たシルカが亜子に問う。
「母親はなぜ泣いている?」
 言葉を発することが希なシルカの問いに、亜子がどう答えるか戸惑う。
「畑がないでしょ。
 畑がなければ、糧が得られないから……」
 シルカは亜子の言葉には、反応せずに立ち去った。

 夕食時、診療所にはリズとフリッツが残り、久々にモンテス少佐が早上がりしてきた。
 ショー家族とモンテス少佐は初対面で、ヨーロッパ系成人女性と話がでいたことから、ホッとして感情が表に出たのか、メアリーが涙を流した。

 シルカが亜子に「通訳しろ」と言う。
「メアリー、シルカがね。
 チュウスト村だけど、農地を借りられる約束をしてきた、って?
 えっ!
 本当なの?」
「あぁ、本当だ。
 父と懇意にしていたチュウスト村の村役に相談したところ、地下水路が埋まってしまった地域にケンとナナリコの設備を導入することが条件だが、話がまとまった。
 年貢ではなく、地代にした。格安だ。
 そう伝えてくれ」
 亜子はメアリーに伝える前に、シルカに確認したかった。
「それ、健吾に確認した?
 まさか、安請け合いしてきたんじゃ?」
 シルカは平然としている。
「ケンならできる。
 賢者なのだから」
 亜子はため息しか出なかった。
 しかし、メアリーと彼女の家族の農地が手に入った。
「メアリー、シルカが隣村に農地を借りてくれた。
 正確には、農地を借りられるように手配してくれたの。
 シルカは面積とか、契約内容とか、気にするタイプじゃないから、詳しくはわからないけど、とにかく農地は借りられる」
 メアリーは驚いたのか、口を片手で押さえて嗚咽する。

 耕介は先々はわからないが、当面はマイケルに畑を手伝ってほしかった。マイケルは農学者で、高度な知識を持っている。
 しかし、彼の思いはシルカの思い付きで、消えてしまう。

 メアリーが子の相手をしていたマイケルに話しかける。
 マイケルの表情が驚きに変わる。
 メアリーとマイケルがシルカの席に近付く。
「シルカさん。
 アコさんから、話を聞いたのですが……」
 シルカはいつもの無表情。言葉が通じないので。軽く片手を上げただけ。
 亜子がシルカの身振りを通訳する。
「礼には及ばないって。
 それと、借りられる土地はチュウスト村で、私たちが住んでいるのはクルナ村。
 村が違うだけじゃなく、クルナ村はトレウェリで、チュウスト村はアクセニに属しているの。
 すぐ近くなんだけど、いろいろと厄介なこともある。
 何事も、これからだよ」
 メアリーが小首をかしげる。
「シルカさん……、そんなにたくさんのことを言ったのかしら?」
 亜子が笑う。
 メアリーも微笑んだ。

 耕介は自己都合なのだが、マイケルに畑を手伝ってもらいたかった。
 シルカの土地は80ヘクタールほどあり、そのほとんどを耕作している。休耕地はあるが、荒れ地や耕作放棄地、未開墾地はない。
 限界まで耕作しているので、人手が足りないのだ。信頼できる協力者がほしい。
 健吾にはフィオラの弟エトゥなど多くの協力者がいるが、耕介は孤軍奮闘の毎日だった。フィオラは優しいパートナーで、エルフ社会との融和を図ってくれているのだが、農業技術の点では頼りにならない。

 マイケルは耕作地を得たとしても、無視できない問題があることを理解していた。
 彼が長年の研究から生み出したテンサイの種は、十分すぎるほどある。ジャガイモは食べてしまい、ごく少量が残る。しかし、ジャガイモは耕介が日本の種を栽培している。
 それを譲り受ける約束はしている。
 だが、農具がない。役に立ちそうな道具は、バラクーダの車体側面に取り付けている、シャベルと斧しかない。
 これでは、農業はできない。政府が用意した純銀100グラムインゴットを100枚持っているが、これを使ってしまったら先々が不安になる。
 少なくとも、半分は残したい。
 資金以外にも問題がある。農耕馬を買うとしても、ウマなんて触ったこともない。乳牛は扱ったことはあるが、エルフの土地に役牛はいない。
 農地があっても、耕作は簡単ではない。合理的な判断をするなら、耕介のもとで小作人になるしかない。
 しかし、それが正しい判断か?
 アイルランドにおける小作人の印象は、極めて悪い。
 彼は、どうすべきか迷っていた。

 耕介はモイナク村の農家のうち、完全に困窮してしまった数家族から父親や年長の息子を雇い入れていた。
 耕介はアルバイトの感覚でいたが、働きやすいことと即日現金収入が得られることから、多くが居着いていた。
 資金を貯めて、農地を買うことを目指している家族もいる。

 トレウェリのクルナ村は人口300ほどの小村だったが、住民が増え続けており500を超えるまでになっていた。
 対して、アクセニのチュウスト村は、3000規模の大村だ。
 シルカが農地の賃借を申し入れた村役は、100戸を超える集落の代表。同じ村役でも、健吾とは格が違う。
 だが、村役のシルカへの対応は、極めて丁寧で、耕介と健吾を驚かせるものだった。
 エルフの社会は厳格に平等なのだが、権威の差と貧富の差から上下関係がある。
 動物に詳しい亜子は「霊長類社会の基本は、階級だ」と言い切る。エルフ社会も例外ではない。

 シルカの態度はいつもの通りで、無愛想そのもの。村役はシルカを「姫」と呼び、多大な敬意を払っている。シルカへ、ではなく、彼女の父親への敬意だ。
 彼女の父親は、高徳なエルフだったらしい。

 健吾と村役の交渉は、延々と続く。シルカには敬意を払うが、健吾にはまったくない。隣村の小戸数の村役としてしか扱わない。
 面積は40ヘクタール。うち耕作放棄された35ヘクタールが農地になる。残り5ヘクタールは林。

「林は、開墾してもいいですか?」
「それはダメだ。
 西からの強風を防ぐ役割がある。
 それと、川からの冷気も遮ってくれる」
「では、35ヘクタールを貸していただけませんか?」
「断る。
 農地と林は一体だ」
「水が出ませんよね。
 井戸がなく、地下水路は何十年も前に埋まってしまっている……」
「川から運べばいい。
 水がないことを織り込んだ貸し賃を提示している」
「……、そうなんですか……?」
 健吾は、水がない無価値な農地への賃料とは到底思えなかった。
 耕作放棄地とはいえ、すでに低木が繁茂しかけている。開墾は簡単ではない。
 村役は足下を見ている。シルカの顔は潰せないだろうと……。
 健吾にその気持ちはないのだが、耕介やマイケルとは別に農地の拡大を望んでいた。少しでも農地がほしかった。

 マイケルはエルフの言葉をまったく理解しないものの、この交渉が自分のためのものではないことに気付いていた。
 それと、耕介や健吾は、農地の所有にこだわっていないことにも。ただ、農地の拡大には尋常ではない執念を見せている。
 彩華は「当面の目標だけど、200ヘクタールまで拡大したい」と言っていた。

 交渉は村役が押し切ったが、借用期間は5年から10年に延ばさせ、返還時は原状復帰することも納得させた。灌木の代わりに、川石を土に混入させることも同意する。
 地主の多くは、借地人(小作人)に農地を作らせ、収穫できるようになった段階で取り上げることを画策する。今回も同じだ。

 シルカの館の庭に、集落の出歩けない病人や老人を除く全員が集まっている。
 館内には入りきらないからだ。
 すでに日没。松明と篝火が焚かれる。
 シルカが玄関前の3段しかない階段の2段目に立つ。
「我が村役ケンが、チュウスト村の村役から農地を借りた。
 当家の半分ほどの広さがある。
 もちろん、荒れた土地だ」
 集落の大人たちが笑う。
 シルカの話を耕介が引き継ぐ。
「慣例上、集落が集落から農地は借りられない。また、ヒトは農地を借りられない。
 また、農地を借りるには、正当な理由が必要。
 だから、シルカ個人の名義で農地を借りた。理由は、ヒトであるマイケルを小作とするため。
 現状、我々の農地はこれ以上拡大できない。しかし。チュウスト村には開墾されていない土地や耕作放棄された農地がある。
 みんなの手を借りて、農地を増やしたい。
 協力してほしい」
 最高齢の農民が問う。
「労賃はいつもと同じか?」
 彩華を差し置いて、シルカが答える。
「いつもの倍出そう」
 彩華が慌てる。1.25倍までは想定していたが、倍は考えていなかった。
 だが、農民たちは大喜び。子供たちは、飛び跳ねている。些細な手伝いでも、菓子がもらえるからだ。
 彩華はシルカの言葉を否定できない。
 シルカには、それだけの権威と、ある種の霊的な雰囲気があるからだ。本来、生きて戻るはずのない存在なのだから……。
 エルフは不可視な存在は信じないが、幸運や強運は日常的に感じることなので、信じている。
 シルカの強運は、運不運とは次元を異にする。

 耕介は呆然とし、彩華は蹲ってしまった。健吾は労賃節約のために、どうやったら開墾を短期間で終わらせることができるのか、その方法だけを考えていた。

 500×800メートルもある広大な荒れ地を集落の力を借りて、開墾していく。
 スパルタンと不整地運搬車のパワーは圧倒的で、ストーマーも投入して、雑木の根を掘り起こす。
 この凄まじいほどの開墾速度に便乗して、耕介は林の一部を伐採する。チュウスト村の村役は、半年はかかると予測していた開墾が、1週間で農地の片鱗を見せていることに衝撃を受けていた。
 しかも、約束とは異なり、林の一部が伐採されてしまっている。
 文句を言おうとしたが、隣村の集落民から物騒な雰囲気を感じ、黙ってしまった。
 10年経ったら契約を更新しないつもりでいたが、もし、それを口にしたら、焼き討ちくらいは覚悟しないといけなくなる。
 郎党の数は8人。
 シルカたちは、集落全体で立ち向かってくる。到底勝ち目はない。
 村役は、当然のごとく、小作を使い捨てるつもりだったが、そうはならないことを悟った。
 そして、もしかすると、自分の農地すべてが乗っ取られるかもしれない、と恐怖する。

 開墾は2週間で完全に終わった。草は灰にして土に混ぜた。麦藁を原料とした堆肥を加え、土壌を改良する。
 マイケルがミミズを使った土壌改良を提案し、耕介が即時同意する。
 子供たちにミミズ集めを頼むと、1日で信じられないほどの数を集めた。

 この頃には、マイケルの立場が明確になっていた。農場技師長の役職で、新たな作物の開発にあたることになった。
 新規に入手した40ヘクタールの農地には、テンサイが植えられることになった。
 メアリーは、農場の会計を担当することになる。いままでは彩華が兼務していたが、彼女は精油工場の会計に専従することになる。

 シルカたちの農場は、新たな段階に移行し始めた。

 シルカは無頓着だが、彩華とメアリーは毎日頭痛に悩まされていた。
 財政が火の車なのだ。利益よりも設備投資が上回っている。
 食べ物は収穫物があるし、パン屋の売れ残りもある。エルマのパン屋と心美の小口配送は利益を上げているが、グループ全体から見るとビジネス規模が小さい。

 エルフは、フェミ川北岸に足を踏み入れない。唯一の例外はシルカ。
 シルカと亜子が、耕介と健吾の秘密基地兼拾得物資集積所を物色している。
 メンバーが増えていて、手軽な移動手段が不足しているからだ。
 もちろん、耕介と健吾には伝えていない。
 そして、排気量125ccのトレールと270ccの鞍上型4輪バギーを強奪した。
 館に帰ると、亜子は「トラクターの残骸があった。2人乗りの乗用型バギーもフレームが残っていた」と全員に報告。
 耕介と健吾に説明と反論の機会は与えられず、最優先での修理が決まった。

 耕介と健吾はいつも何かに追われているが、クルナ村は総じて平穏だ。
 しばしば、盗賊の偵察らしい数人が村を訪れるが、襲撃はなかった。村の防備が固いからかもしれない。
 シルカと亜子は油断しておらず、集落の防備をどうするか、いくつかの提案をしている。

 夕食後、食堂に館の居住者全員が集まった。ショー家族も参加する。エルフの言葉が理解できないので、リズが通訳する。
 いつもの通り彩華が司会。
「何度か話題になっているけど……。
 シルカと亜子から防衛態勢の強化が必要だと、しつこく言ってきてるの。
 無視してもいいんだけど、もし本当に危険だと厄介でしょ。
 だから、みんなの意見を聞きたいわけ」
 彩華の言葉にはトゲがあるのだが、この件での2人のしつこさは誰もが閉口するほどだった。
 亜子が発言する。
「シンガザリ、盗賊、武装した未知の生き物。何が襲ってくるのか、まったくわからない。
 だけど、盗賊の偵察は頻繁にあるし、シンガザリは隊商に化けて侵入している。
 未知の生き物は、山脈の麓で見たという旅の商人の話が絶えない。西の端を南北につなぐ街道を使いたい商人は、少なくなっている。
 その生き物だけど、ヒトの領域に侵入したという噂もある。
 クルナ村は平穏だけど、平和を求めるなら、戦争に備えなくっちゃ。
 いまが、そのときよ」
 健吾は亜子のいう通りだとは思うのだが、周辺の情勢はそれほど緊迫していない。
 シンガザリは正規軍による侵攻を諦めたらしく、隊商を装っての非正規戦を挑むようになっていた。
 嫌がらせ程度の攻撃なのだが、その都度被害が出ている。
 盗賊の多くは、シンガザリ軍の脱走兵、アクセニの自称小王国軍退役兵や敗残兵で構成されていた。
 軍事の専門家たちで、正規軍並みの規律で統率されているグループもある。その戦力は、侮れないし、作戦遂行能力も高い。
 未知の生き物については、何もわかっていない。エルフは、伝説のオークではないかと危惧している。
 だが、ヒトはトールキンのオークの姿とは大きく異なることから、オークとは考えていない。
 だが、潜在的脅威であることは、事実だ。
 彩華が問題を提起する。
「亜子の話だけど、論理的に正しい。
 防備を固めることには賛成なんだけど、村の防備か、集落の防備か、それとも館の防備か、どのレベルか考えないと」
 シルカの答えは端的だった。
「決まっている。
 この館だけだ。この館を最後の砦にする」
 耕介が賛成する。
「それがいい。
 面倒がない。
 こういったことは、思惑が入り乱れるからな」
 心美が挙手をしてから、話し出す。
「防衛力強化って、どうするの?
 城壁を築くとか、濠をめぐらすとか?」
 健吾は心美に同意だった。
「この丘は、頂部が直径50メートル、底部が直径100メートルの真円で、どう考えても人工物だ。
 エルフ以前の文明の遺産だ。似た丘や石囲いが各地に残っている。
 この丘の頂部にも石囲いが残る。一部は崩れてしまっているけど、大半が残っている。
 精巧な石組みだ。
 これを修理すれば、城壁に匹敵する防御力になる。
 崩れた石組みは、丘の斜面に転がっているけど、キャリアダンプやクレーンを使えば、修復は不可能じゃない」
 彩華は別の心配をする。
「マイケルさんたちがFN FALを持っていたから、バトルライフルが4挺になった。
 だけど、7.62ミリNATO弾は多くない。ビッカースの.303口径弾は多いけど、銃は3挺しかない。
 拳銃もない。
 11.4ミリ拳銃弾は多いけど、この弾が使える銃がない。
 武器が不足している」
 リズがマイケルとメアリーに代わって質問する。
「マイケルとメアリーからだけど、ここは危険なのかって?」
 亜子が答える。
「他所よりは安全。
 相対的な比較だけど、クルナ村は安全よ。
 だけど、何があるかわからない。
 それが、2億年後」
 耕介には、別の考えがあった。
「相手がエルフならば、フェミ川は渡らない。
 ヒトやドワーフも渡らない。
 例の動物は渡る。
 だけど、北岸に拠点を設けることは、一定の意味がある。
 それと、山脈より東側には、硫黄と硝石が存在しないから、黒色火薬がない。
 武器は、弓矢、弩、槍、刀剣に限られるから、軽装甲でも被害は受けない。怖いのは、火炎瓶だけ。
 外壁の修復に反対はしない。
 しかし、それだけでは不十分なんだ。川の北に本格的な拠点を作るべきだ」
 ナナリコが耕介の案に賛成する。
「北岸は、比較的安全。
 魔獣は恐ろしいけど、接触を避ける方法がある。食べ物を捨てないこと。それだけ守ればいいの。
 北岸に食料庫と宿舎があれば、しばらくは持ちこたえられるよ」
 健吾がもう1案出す。
「ストーマーの主砲を修理したい。発射できるようにすれば、長射程の投石器を破壊できる。重武装の正規軍相手でも、どうにか太刀打ち可能になるよ。
 それと、綿火薬を作りたい。山脈の西側は乾燥しているから、条件が整えば硝石が手に入る。綿花はヒトが栽培しているから、入手可能だ。
 硝酸、硫酸、綿があれば、ニトロセルロースを作れる。火薬があれば、銃弾の製造が可能になる」

 2億年後への移住において、何回かの時系列破綻があった。破綻は3回確認されているが、それ以外にもあったはず。
 それと、パンゲア・ウルティマは広い。この地以外にも生存者がいる可能性がある。
 既知の脅威、未知の恐怖、どちらも限りなくある。
 警戒を怠れば、それだけダメージが大きくなる。

 健吾は、村役会議で驚くような要求をされることが少なくない。
 だが、この日は本当に驚いた。
 盗みを働いたヒトの子が2人、保護され、その引き取りを求められたのだ。
 リンゴを盗もうとして捕まったが、村が適切に保護していた。ヒトの子なので、ヒトの村役が引き取るべきだと。
 リンゴの代金は、村が代弁していた。
 健吾は同額を納め、幼い女の子2人を引き取った。

 2人は保護されてから丸1日が経過していた。十分な食事は与えられていたが、衣服は保護されたときのままだった。粗末な素材・縫製ではないが、汚れ、破れていた。
 2人はエルフを恐れてはいないが、ヒトは怖がった。
 だから、レスティが事情を聞こうとしたが、彼女はヒトの言葉がわからず、2人はエルフの言葉を解さない。

 結局、丸3日間、何もわからないままだった。

 4日目、年長の子がエルフの言葉で答えた。いままで、警戒してエルフの言葉がわからないフリをしていた。
 強いメルディ訛りで、それだけでおおよその出身地がわかる。
 ヒトの言葉を話せるが、常用はエルフの言葉だともレスティに説明した。メルディにはヒトの村があり、そこで育ったと。
 パラト村はホルテレンの西にあり、村外でヒトの武装商人に襲われ、掠われたとのことだった。
 その村のことは、噂程度だが健吾が知っていた。数千人規模の大村らしい。コムギの大産地で、豊かだと聞いている。ヒトの国とは異なり、王や領主がいない統治を行っていると。
 同時に、ヒトの国の多くが、この村を忌み嫌っているとも。

 2人は姉妹で、推定8歳と6歳。商家の子で、両親がどうなったのか不明。子守役とともに村の居住地域に戻る途中で掠われた。
 よくわからない部分もあるが、馬車が襲われ、掠われた。
 姉のたどたどしい説明では、断片的な事情しかわからなかった。
 健吾は「パラト村に連れていく」と決めていて、反対はない。

 健吾が遠征の準備をし、シルカと亜子、懐いているレスティが同行することになった。

 姉妹を連れて遠征に出発する前日の朝、朝食が終わる頃、ウマに乗ったヒトの武装商人がやって来た。
 総勢15騎。
 耕介と健吾が庭に出て、物騒な来訪者を迎える。
「ヒトの娘が2人いると聞いた」
 耕介が答える。
「あぁ、掠われた女の子を保護している」
 馬上から声をかけていた壮年の男が、下馬する。続いて、全員が下馬し、下役らしい少年が全員の馬の手綱を預かる。
「あの娘は、私のものだ」
「つまり、あんたがヒト掠い、ってことか?」
 壮年の男が笑う。
「あの娘は、パラト村のものだ。
 あの村は神を信じていない。神のいない村だ。そんな村の住民は、掠おうが、殺そうが、どうでもいいとは思わぬか?」
 シルカと亜子、心美が出てきた。
 壮年の男がシルカに告げる。
「これはヒトの問題だ。
 エルフには関係ない」
 シルカが答える。
「ほう。
 ここは私の住処だ。
 私に関係ないなら、さっさと立ち去れ」
 壮年の商人が少し驚く。
 ヒトとエルフの混住は珍しくないが、同じ家に住む例は少ない。
 耕介がシルカを下がらせる。
「シルカ、どうもヒトの問題らしい。
 関わらないほうがいい」
 シルカは何かを察したらしく、大きく後方に下がる。
 モンテス少佐とリズは、診療所に出勤の時間だが出てこない。フリッツは、昨夜は夜勤だった。
 エルマはすでに出勤している。

 壮年の商人は、左腰に長剣を佩き、右腰に短剣を差す。上衣は明らかに革鎧で、鮮やかな青のマントを羽織る。
 帽子は被っていない。
 彼の配下も似たような装備だ。数人が弓を携えている。

 三つ巴の印章を首から下げた男が歩み出る。
「そなたは、どんな神を信じている?」
 エルフには宗教がない。宗教はヒトに独特で、耕介は宗教がらみと感じたので、シルカを下がらせた。
「さぁね。神にも仏にも会ったことがないんでね。話したこともない他人さんを、信じたり拝んだりはしないんだよ。
 俺はね」
「そなた、ヒトであろう?」
「あぁ、生粋のヒトだ」
「ならば神を信じるはず」
「いいや、俺も、俺の親父も、俺の爺さんも、俺の曾爺さんも神を信じていない。
 信じるに足る根拠がない」
「それは許されることではない。
 ヒトは神を信じなければならない。
 ヒトとエルフを分けるものは、神を信じるか否かだ。ヒトは、ヒトである以上、神を信じるべきなのだ。
 神を信じぬなど、許されない!」
「だから、パラト村の娘を掠ったのか?」
「あの村のものは神を信じぬ。
 ならば獣〈けもの〉と同じ。捕らえて何が悪い!」

 心美がブチ切れていた。
「じゃぁ、神を妄信する獣〈けだもの〉をどうこうしてもかまわないね?」
 小柄な女の子の言葉に、神の代弁者であろう男が微笑んだ。
 瞬間、心美はソードオフした古い散弾銃の撃鉄を起こし、銃口を三つ巴印章の男の胸に向けて発射する。
 神の代弁者は、胸を押さえて悶絶する。
 発射薬の薬量はごくわずかで、鉛ではなく塩が衣を貫き、皮膚を破り、肉の中で止まった。
 神の代弁者が胸をかきむしる。
 耕介が「清めの塩にこんなに反応するのは、おまえ、相当に邪悪なんだな。いるかいないか知らんが、神がいるなら、神を裏切っているとしか思えないな」と。
 清めの塩に反応しているのではない。
 単に痛いのだ。

 壮年の商人が剣を抜く。
「娘を渡せ、そして不信心者をすべて出せ。
 神に代わって、神の偉大さを教えてやる」
 姉妹が虐待されていたことは、全員が知っている。
 耕介は、できるだけ穏便に済ませたかった。
「2人は返せないし、俺たちをどうこうすることは、あんたたちにはできない。
 妙なことをすれば、故郷に帰れず、川の北側で土に帰ることになる」
 耕介がそう伝えると、壮年の商人がキョトンとし、次に大笑いする。
 釣られるように、彼の従者たちも笑う。
 神の代弁者が「この不信心者を殺せ!」と叫ぶ。
 全員が抜剣する。

 耕介、健吾、心美は何もしなかった。耕介と健吾は、ナイフさえ持っていない。

 戦いは起こらなかった。
 集落のエルフはもちろん、近在の村民、開墾を手伝ったチュウスト村の村民までもが武器を手に集まってきたのだ。

 無勢と悟った壮年の商人が叫ぶ。
「エルフの衆!
 これはヒトの問題だ!
 あなたたちには関係ない!」
 フィオラの父親が大声で伝える。
「ここはエルフの地。
 そして、賢者ケンはクルナ村の村役にして、チュウスト村の耕作者でもある。
 我らの仲間ではないか!
 みなの衆!」
 次々と「そうだ!」との賛意を示す、叫びと喝采が起こる。
 フィオラの父親が続ける。
「エルフの地で、エルフの仲間が、ヒトによって血を流されていいと思うか!」
 否を示す「ブー!」という声が響く。
 この時点で、戦いは終わっていた。
 フィオラの父親が壮年の商人に告げる。
「私はあなたの生命を救いたい。
 我が息子コウは、近在では知らぬものがいない乱暴者だ。
 だがな、この屋敷には、助けた数よりも殺めた数のほうが多い治療師や1500歩の距離から仕留められる使い手がいる。
 我が息子など、かわいいもの。
 この屋敷の恐ろしさを知らぬ旅人の生命を救いたい。
 ここは堪えて、引いてはもらえぬか?
 我らも戦いたくはない。
 何かをすれば、生きては帰せなくなる」
 壮年の商人は剣を鞘に収めた。多勢に無勢。勝ち目がないからだ。

 険悪な空気が残ったが、この場は収まった。だが、厄介なヒトの集団がエルフの領域に入り込んできたことは、大きな危機感を亜子たちに抱かせた。
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この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

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