大絶滅 2億年後 -原付でエルフの村にやって来た勇者たち-

半道海豚

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第2章 東エルフィニア

02-020 未知の圧力

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 シュリヤとアヌシュカの姉妹をパラト村に帰すため、健吾が準備を始めると、問題が次々と起こる。
 健吾以外は数人が同行する計画だったのだが、モンテス少佐が「ホルテレンに医療器具や医薬品を探しに行きたい」と言い出し、村役場は「新都に村の職員を2人派遣したい」と申し出てきた。
 こういった旅行には、ESKムンゴ装甲トラックが最良なのだが、人数が増えれば荷物も増える。
 トレーラーを牽引しなければならず、そうなると燃費が悪化する。当然、燃料を増積しなければならなくなる。
 準備が複雑になり、計画自体が大がかりになる。
 受け入れたくはないが、村役の1人である健吾の立場では、嫌々でも受け入れなければならない。
 姉妹が懐いているレスティ。
 医療物資調達が目的のモンテス少佐。
 新都に公務で向かう村の職員2人。
 護衛にシルカと亜子。
 健吾を加えて、8人でパラト村に向かう。

 村役場に到着すると、職員は公務行李を背負い、胸甲の上にマントを羽織り、帯剣し、矢筒とクロスボウを携えて待っていた。
 完全装備だ。

 ムンゴの荷台ルーフは3ミリ厚の鋼板で覆ってある。大落射角の矢であれば、貫通しない。開放部は防水幌で覆ってあり、外気が大量に入り込むことはない。

 姉妹は不安そうな様子。家に帰れる嬉しさよりも、長距離の旅を恐れている。誘拐されてから10日間、恐ろしい旅をさせられたからだ。
 姉妹を掠った隊商がクルナ村に立ち寄った際、一瞬の隙を突いて、姉は妹の手を引き飯屋に駆け込んだ。
 そして、エルフの言葉で叫ぶ。
「助けて!
 掠われたの!」
 昼時は過ぎていたが、飯屋は満席。客は全員が空腹の常備兵だった。
 これが幸運だった。
 女性兵がすぐに2人を保護し、指揮官が追ってきたヒトの武装商人と対峙する。飯屋の主が、村の若衆を鍋を叩いて呼び集めた。
 常備兵の暴力の臭いが凄まじく、また多勢に無勢で、ヒトの武装商人は引くしかなかった。

 ホルテレンに到るには、いくつかのルートがある。精油の輸送には、道幅が広く、起伏が少なく、道普請が定期的に行われている、フェミ川に沿って東進し、海岸に出たら南下するルートを使う。
 だが、今回は何かを輸送しているわけではないので、普段は使わない東南に向かうルートを選択した。
 ホルテレンの北20キロ付近で海岸に到る。
 この道は狭く、シンガザリ軍が侵入することがあり、野盗が出没することもあり、安全ではない。
 ただ、100キロ以上近道できる。距離の短縮は魅力で、行商人などは好んで利用していた。
 だから健吾は、選択肢から外すほど危険だとは考えていなかった。
 それは、護衛のシルカや村の職員も同意見。当然のようにこのルートを選択するものと考えていた。

 海岸から50キロ付近までは、特筆すべき出来事は何もなかった。池の近くで、アヌシュカが足を滑らせて、尻餅をついた程度。
 お気に入りの服が汚れてしまい、大泣きしたことが記憶に残る程度。
 極めて平和で平穏な旅だった。

 商人が利用する宿場。
 海岸まで、残り50キロほど。潮の香りはしないが、宿場は発展していて、賑やかだ。
 駐車場には、馬車が圧倒的に多いのだが、ごく少数ではあるが内燃機関を搭載する輸送用トラクターがある。
 それと、フェートンボディの蒸気レシプロ車も。ボディは木製のようで、2トン車並みの大きさだが、スタイリッシュだ。
 シルカが「ケン、わたしはあれがほしい」と要求し、亜子が「どこで作っているんだろう?」と興味を示す。

 宿は、2億年前でも通用する宿で、格安ビジネスホテル並みのサービスで悪くない。部屋は清潔、快適だ。
 これほど発展している宿場は、海岸ルートにはない。そもそも海岸ルートは、宿屋が限られる。

 健吾は、エルフの文字をどうにか解すことができるようになっていた。
 高札を見ているのだが、そこに貼られた似顔絵がリアルすぎて薄気味悪かった。
 似顔絵は3人。
 姉妹を掠った商人の長、その息子、商人に同行していた神の代弁者だ。
 リアルすぎて、姉妹には見せられない。
 だが、姉妹の脅威は去っていた。
「強盗の罪で、刑が執行されたのか?
 これからされるのか?」
 エルフは公開処刑やさらし首のような野蛮な刑罰はしない。処刑方法は絞首刑が多い。
 だが、この3人の行状はひどかったようだ。
「斬首は珍しいな」
 高札に気付いたのは健吾だけらしく、彼がこれを話題にすることはなかった。

 ホルテレンの役場で、村の職員とモンテス少佐を降ろし、7日後に向かえに来ると約束する。
 そして、姉妹が掠われたパラト村に向かう予定。

 ホルテレンの街役場から出てきた健吾の表情は、誰が見ても当惑していた。
 亜子が何事かと心配する。
「何か問題?」
 健吾が首を横に振る。
「いや、おおよその場所、ホルテレンからの距離はわかった」
 亜子が眉間に皺を寄せる。
「それで?」
 健吾は亜子が時折発する詰問口調が苦手だった。
「あぅ、で……。
 村の様子がわからない」
 亜子の眉間の皺が深くなる。
「どういうこと?
 偶然、行ったことのないヒトばかりとか?」
 健吾は、すでに落ち着いていた。
「いや、どうも入村制限しているらしい。
 村は3段の星型土塁上にあって、入村するには関所を通過しなければならない。だが、関所は村人以外、誰も通れない。
 想像するに五稜郭のような星形要塞なんじゃないかな。
 物資の搬入もダメ。荷さばき所で積み替えるらしい。
 村外にマーケットがあって、商品の売り買いはそこで行う。
 よそ者が村に入った例はないらしい」
 亜子は、特段不思議とは感じなかった。
「警戒してるんじゃないの?
 いろいろあるからさ。
 この世界は」
 だが、健吾はそれにしても異常だと感じていた。役場の職員がそう思わせる語調だったからなのだが、誇張しているようには感じなかった。
「まぁ、いいさ。
 行ってみればわかる」

 健吾たちは、パラト村にいる。
 正確には、パラト村の門前。門前にある恒久的な建造物は、木組みと漆喰で造られた市場の管理棟だけ。
 それ以外は、テントかタープだ。商品を並べる台も、簡易的なもの。朝市のような感じで、実際、たくさんの客が朝から訪れる。
 市場の管理棟に「この村から掠われた姉妹を保護している」と伝えたが、ほぼ無反応で、聞いていないかのようにスルーされてしまった。
 朝市の売り手は村外からの商人で、村の仲買が客になる。最終消費者は、村から出てこないらしい。
 仕方なく、姉妹を知っている仲買を探すが、3日かけても成果はゼロだった。
 仲買には通行証のような札が必要で、これがないと村外には出られない。また、商品の買い取りもできない。
 仲買の数は決まっていて、ほぼ固定。姉妹を知る仲買がいなければ、埒が明きそうにない。
 それと、市場の管理棟は、パラト村のものではなく、村外商人組合の所有だった。

 健吾が「村に入らないと、どうにもならないぞ」と全員に伝えるが、その手立てがない。
 村への入り口は固く閉じられていて、門衛もいない。

 亜子が夕暮れ間近にドローンを飛ばし、パラト村の全景を映像に収める。
 健吾は、パラト村の外周を回って、距離を確かめる。
 外周はおおよそ28キロ。真円と思われる基壇があり、その距離になる。真円と仮定すると、直径は9キロ。面積は60平方キロほど。これは、2億年前の東京都大田区とほぼ同じ。
 かなりの面積なのだが、2段目は□の基壇、3段目は◇の基壇で、これが重なって星形要塞の様式になっている。最下段が○、2段目が下段の円の外周に接する□、3段目が2段目と同じ大きさの正方形を45度傾けた◇になっている。
 こんな要塞は、初めて見る。
 ごく短時間、高く上昇したドローンが撮影した映像しかないが、3段目基壇上は、普通の村のように見える。軍事要塞の趣きはない。
 明確にわかる村の出入口は、門前市場の1カ所しかない。
 亜子が「どうする?」と質すが、健吾にもシルカにも名案はない。
 結局、シルカの案が採用される。
「手紙を書いて、仲買に頼んで村役場に届けてもらおう。
 同じ手紙を何通か用意して、仲買に銀を渡せば、1通くらいは届くんじゃないか?」
 シルカは、パラト村村民のモラルを疑っている。仲買の態度が冷たいからだが、態度の悪さとモラルの低さが連動するかは不明。
 だが、この方法しかないことも事実。

 村役場への手紙はシルカが書いた。
 そして、姉がヒトの言葉で手紙を書く。話しの信憑性を増すためだ。
 3通ずつ、3セット用意し、信用できそうな3人の仲買に渡す。見かけだけで判断したので、よい人物選定かは不明。

 村の職員が、武装軍警を伴って、ムンゴ装甲トラックまでやって来たのは、10時前だった。
 武装兵をかき分けるように女性が飛び出し、その女性を見た姉妹が「ママ!」と叫んで、抱き付いた。
 亜子、健吾、シルカ、レスティが顔を見合い、シルカが「やっと終わった」と疲れたフリをする。

 母親が感情がこもっていない「ありがとうございました」と礼を発するが、事情を尋ねる様子がない。
 事情は姉妹から聞けばいいのだろうが、保護し、連れ帰ってくれた当事者からも成り行きを聴取したいとは考えていないようだ。

 身なりのいい高齢の男が、亜子に巾着袋を無言で手渡した。
 中身は銀貨だろう。
 亜子は老人に冷笑を返したが、巾着袋は受け取った。かなりの重量で、集落の税をまかなえるかもしれない。

 星が3つの軍服を着た軍警が、シルカにエルフの言葉で告げる。
「褒美を得たのだから、さっさと立ち去れ」
 無表情のシルカの顔が一瞬、奇妙に歪む。
「あいわかった。
 すぐに立ち去る」

 姉妹が母親との再会で夢中になっている間隙を突いて、健吾たちはホルテレンに向かった。
 どうであれ、姉妹を親元に帰したので、ミッションは成功したのだ。何かを望んでの旅ではなかったが、実に後味の悪い結末だった。

 ホルテレンの街役場の会議室は、クルナ村のそれとは雲泥の差があった。
 豪華なのだ。贅の限りをつくしている。
 健吾は村の職員から「村の代表として振る舞ってください。ニコニコしているだけでいいですから……」と無茶を言われている。
 そもそも、村の職員がホルテレンに何の用で出向いてきたのかを知らない。

 禿頭で白髭の恰幅のいいヒトが会議室に入ってきた。椅子はソファーではなく、ビジネスチェアに近い。格段に豪華だが……。
 街の職員らしいエルフが6人。
 職員3、禿のヒト、職員3の順で、対面に立つ。健吾と村の職員2人は起立して向かえた。
 禿から着席を勧められ、村側3人が着席。直後に街側7人が座る。

「ずいぶんと、若い村役様ですね」
 禿の声音にトゲはないが、疑念の響があった。
「私が村役に値するか、私も疑問なのですが……。きっと、灌漑設備の設置を推進した褒美だったのでしょう」
「ほう、灌漑……、水は大事ですからね」
「近郊の畑を拝見しましたが、重油炊きの蒸気レシプロ機関で地下から水を汲み上げていますね」
「ふむ、機械にも詳しいようですね。
 近郊のパラト村がホット・バルブ・エンジンを製造していますが、彼らは低質重油を使うことを嫌うんですよ。
 親切ではないし……」
 ホット・バルブ・エンジンとは、焼玉エンジンのこと。ピストンを作動させる内燃機関としては、構造が簡単な種類になる。
「地下の水脈から汲み上げるには、何らかの動力が必要ですから……」
「それで……、村役様の地域ではどんな動力を?」
「そうですね、いろいろと使っています。
 風力、水力、それとアルコールが燃料のエンジン」
「燃料にアルコールを使うのですか?」
「えぇ、エタノールを使います。小型で可搬性がいいので、集落ごとに1台あれば十分です。
 揚水だけでなく、散水にも使えますし……」
「ふむ。
 想像できんな。
 いや、失礼。疑っているわけではないのだ。我々の機関は設置式なので……。
 機会があれば、ぜひ実物を見せてほしいのですが……」
「承知いたしました。
 機会を作らせていただきます」

 村の職員が本題に入る。
「クルナ村からホルテレンに運ぶ、植物油とコムギに関する税率ですが、ぜひともゼロにしていただきたいのです」
 街の職員が憤慨する。見え見えの田舎芝居だ。
「それは、法外な要求でしょう。
 我が街に何の益がない!」
 村の職員は対照的に落ち着いている。
「我がクルナ村は北辺の寒村。新都ホルテレンとは比べるものがないほど貧しいのです。
 どうか、お慈悲を持って税率をなしにしていただきたい!」
 村の職員は、芝居で涙を流せるタイプらしい。迫真の演技だ。
「しかし……、そんなことをしたら、南辺の寒村、内陸の寒村、西辺の寒村と、どの村も言い出してしまうでしょう。
 ホルテレンにも行政を行うための財源が必要なのです!」
「……でしょうが、そこを曲げて……」

 村の職員は、現在の売買価格の3パーセントから0.5パーセントへの引き下げを狙っているらしく、妥協点は1パーセントのようだった。
 健吾が思い切った提案をする。
「当村は、ホルテレン経由の軽油とガソリンの税率をゼロにします。
 その代わり、当村産植物油の税率をゼロにしてください。
 コムギは別途、話し合いで、いかがでしょう」
 コムギがもめることは当然。産地が多いから、影響も多くなる。
 その点、植物油の産地は限られる。最大産地はアクセニだが、アクセニの半分以上が東エルフィニアではない。
 それに、シンガザリの侵攻によって、耕作できる状況ではない。
 コムギは植物油の税率交渉を有利に進めるためのネタであって、最初から妥協するつもりなのだ。

 健吾は、禿に尋ねたいことがあった。
「弾性ゴムタイヤですが……」
 禿が即答する。
「あれは、パラト村製です。
 空気入りのタイヤはパラト村でしか作れません。あの、無礼千万な村が地域から見放されない理由が、ホット・バルブ・エンジンと空気タイヤなのです」
「どうすれば、購入できますか?」
 禿が一瞬、黙る。街の職員が説明する。
「街役様のお店〈たな〉で扱われています」

 税率の約定書(関税協定)に署名するため、さらに1週間、ホルテレンに滞在する。
 その間、レスティは、シルカと亜子を護衛にして、新都の珍品名物を堪能した。姉妹を届けた際のパラト村の無礼に対する憤慨も消えていった。

 健吾は細身だがブロックパターンのタイヤ5本を、禿の老人の店から購入した。
 チューブタイヤで、サイズは2億年前の規格を流用しているらしい。鋳造製スポークホイールも購入する。バイクかクルマを新造できるかもしれない。

 健吾は手の空いた時間のほとんどを、オークの情報収集に努めた。
 オークの情報は、ヒトの領域からが多く、体毛は灰色、丸くて大きな耳が頭部の横、革製の鎧を着て、弓矢、槍、刀剣を武器にする。
 ショー家族を襲った動物と、特徴が一致する。

 だが、問題は深かった。
 ドワーフの商人が「トロールが現れた」と騒いでいるのだ。
 トロールも直立二足歩行の動物で、似てはいるがオークに比べるとかなり大きい。体色は明るい茶色が多いとか。
 上顎の牙がサーベルタイガーのように長い。知能はオークほど高くなく、武器は棍棒程度で、着衣はない。
 オークやトロールは、西の山脈から現れる。山脈にトンネルがあるとか、地下に巨大な空洞があるとか、噂はいろいろだが想像の産物でしかない。
 ただ、ヒト、エルフ、ドワーフは、静かに圧迫され始めていることは確かなようだ。
 オークは数千年間、トロールは1万年以上、山脈以東には現れなかった。
 どちらも、ヒト、エルフ、ドワーフを襲う。その理由は、食べるためではなく、ニッチ(生態的地位)が重なるためらしい。

 つまり、ガウゼの法則(競争排除則)が機能してしまうのだ。
 ヒト、エルフ、ドワーフは、原初的な生存競争に巻き込まれかけているように健吾には感じられた。
 このことは亜子には伝えた。彼女の答えは「考えすぎだよ」だった。
 そうかもしれないが、心配でもあった。

 健吾は、2億年後の生活がこんなにうまくいくはずがない、と考えていた。
 ヒトと近縁種は、圧倒的な生態的地位を持たず、食物連鎖の頂点にもいないわけで、その存在は極めて不安定なのだ。
 バランスが崩れたら、一気に絶滅に向かってしまう。

 亜子は「心配しすぎ」と言い切るが、この問題は彼女も気付いている。

 耕介は、健吾が持ち帰った5本のタイヤに驚喜する。
 早速、フェミ川北岸の基地での車輌製造に取りかかる。
 タイヤは健吾が考えた通り、バイクに使える。ブロックパターンなので、オフロード車にはちょうどいい。
 再生したフレーム、エンジンとトランスミッションはすでに用意されていたのだが、ここで反対意見が出される。
 亜子が「バイクじゃ荷物が積めないじゃん」で、耕介の計画は消滅する。
 4輪バギーのシャーシを使った、軽貨物車の組み立てに変わる。
 タイヤが細身なので、乗用だが、バーハンドルで、運転方法はオートバイに近い。車体は鋼管と鋼板で作った。鋼板は回収した車輌のボンネットなどを切り出して利用している。荷台は木製。
 タイヤさえあれば、この程度の軽車輌ならば何台かを組み立てられる。

 東エルフィニア・トレウェリの北辺の村クルナにも、行商はやって来る。彼らがもたらすものは商品だけではない。
 噂話、つまり各地の細かな情報を携えている。又聞きのその又聞きだが、メディアのない世界では貴重な情報だ。

 山脈東麓付近では、オークやトロールが頻繁に目撃されている。危害を加えたり、畑を荒らしたりはしていないようだが、遭遇しても逃げたりしない。
 また、エルフが掠われた可能性のある事件があるらしい。
 別の情報では、頻発する誘拐はヒトの所業とのこと。心霊教団の信徒がエルフの土地を旅し、ヒトを見つけると「神を信じるか」と問い、次に「どんな神を信じるか」と。
 答えによって、殺したり、掠ったりする。掠って、改宗させるとも。
 エルフの土地に住むヒトは、例外なく不信心者で、特定の宗教の信徒ではない。
 神に祈ったとしても、宗教の概念は低い。

 オークやトロールの出現と、心霊教団の凶行とが混同されている、あるいは融合されてしまっている可能性が高かった。
 この頃になって、やっと姉妹が誘拐された原因がわかってきた。
 姉妹を掠い、クルナ村でもめた連中は、心霊教団の信徒だったようだ。

 心霊教団のことはよくわかっていない。だが、ヒトの土地からやって来る。エルフの土地で、不信心なヒト、無信仰なヒトを探し出し、懲罰を与えていることは間違いない。
 ヒトの土地では、神の代弁者を信仰するヒトと、神そのものを信仰するヒトがいて、神々(多神教)の信徒もいる。信仰の濃度には大きな差があり、経典を暗記するほどの信徒もいれば、経典の表紙さえ見たこともない信徒もいる。
 心霊教団は、神そのものを信仰する教団だが、過激な行動が特徴。ヒトがエルフの土地に住むことを嫌悪し、ヒトなのに神を真剣に信じないことも許せない。
 異教徒とは対等に戦うが、無信心者には強制的に改宗させ、応じなければ死の鉄槌を与える。

 耕介と亜子は心霊教団を警戒しているが、健吾はオークやトロールを心配している。
 だが、ヒトにとっての最大の敵はヒトだ。これは、2億年前も2億年後も変わらない。
 部品取り用に回収したFV103スパルタン装甲車を、亜子が「修理しろ」と言い始める。
 確かに、ストーマー、サムソン、スパルタンがあれば、装軌車輌で全員をフェミ川北岸に避難させられる。
 だが、スパルタンの再生は簡単ではない。

 会議は紛糾した。
 シルカとレスティは、ヒトと行動をともにすると決めていた。
 エルマは「お店を守る。絶対に守る」と言い切り、心美は「逃げる理由がない。戦える。戦ってここを守る」と告げる。
 耕介と健吾は避難一択なのだが、ショー家族も「踏みとどまって戦うべきだ」との意見。
 ナナリコは「北岸は飽きたから、ここがいい」と。彼女の意見に引きずられて、フリッツも「北岸に逃げても追ってくるでしょ。ならば、ここで戦おうよ。それに、放浪は疲れる。生命をかけて戦う価値はあるよ」と無条件の退却に同意しない。
 モンテス少佐とリズもフリッツと同意見。
 意見の流れは定まっていた。
 態度を表さない亜子と彩華は、迷っているようだ。
 しかし、もう撤退に傾くことはない。
 決定事項もあった。
 彩華が「武器が足りない。弾薬はいくらあっても不安。武器を探しに行かないと」と、明確に武器・弾薬の必要性を主張した。
 しかし、耕介と健吾、ナナリコ、フリッツの誰もが、フェミ川北岸にあるとは考えていなかった。
 結局、あるもので、どうにかするしかない。
 しかし、探索は続ける。

 数日後、心美が噂を聞いてきた。
「シンガザリがトロールに襲撃されたみたい」
 シルカが珍しく、感情を表に出す。
「伝説の大攻勢が始まるのか?」
 エルフやドワーフは、何度かオークやトロールの侵入を受けている。歴史の浅いヒトは、その経験がない。
 ガウゼの法則(競合排除則)が発動すれば、ヒト、エルフ、ドワーフの命運はわからなくなってくる。
 この生物界における自然法則に抗う術は、ヒトにはない。
 2億年後に時渡りしたヒトたちに、本格的な試練が襲いかかり始めていた。
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